一日目・3
―――ゴスッ! ズズズズゥゥゥン……
「ギョアアァァ!(痛って~~! なんですかこの天井、滅茶苦茶堅いんですけど!)」
あまりの痛さに目がチカチカしたが、落ち着いて辺りを見渡すと、白い光を放つ球体を中心とした、石造りの部屋にいた……が天井が低くて頭をぶつけてしまったようだ。
俺のウロコの強度で思いっきり頭突きしたようなものなのに、天井にはヒビひとつない。
あれ、マリエルさんがいない、と思ったら密室で大音響の雄叫びを喰らったんで、目を回して気絶してた。仕方ないなこの部屋狭いけど、マリエルさんが起きるまで横になってよう。
目が覚めた時に脅かすと悪いからマリエルさんに背を向けて寝っ転がる。石造りの部屋に彼女を気絶させたままなのは心苦しいが、ドラゴンの身体に柔らかい部分は残念ながら無い。鱗はヤスリじみてるし、翼を構成する薄い鱗はほとんど刃物も同然なので、下手すると怪我させちゃうからね。
くっ、この身体がドラゴンでなければ気絶した美少女を膝枕して髪を撫でるという、誰もが夢想するシチュエーションを体験できたというのに。問題は人によってはセクハラだと訴えられる事だが、マリエルさんは天使なので些細な事だろう。
女の子の介抱もできない、ドラゴンの身をちょっとだけ恨めしく思いつつ、彼女が目覚めるまで待つことにした。
~~~~~
「あうう……まだフラフラします」
(すいませんマリエルさん、大声出しちゃって)
彼女は待つこと約10分くらいで目を覚ました、けどまだ本調子じゃなさそうだ。密室で怪獣の雄叫びはさぞキツかったことだろう。
声を出すと響くので、うっかり声を出さないように気をつけることにする。あと頭を下げようかと思ったけど、マリエルさんが怖がるから止めた。
「とにかくダンジョンの心臓部分である中枢部屋の設置は完了です、操作方法の説明をしますね」
(お願いします)
「と言っても、とても簡単に操作できるようにシステム化されてますのでご安心くださいサシュリカさん、ダンジョンコアに触れてください」
言われた通り、爪が触れないように掌でコアに触れてみる……すると目の前にスクリーンが現れた。
ダンジョン名《エトナ大霊峰》:レベル1
ダンジョンマスター:サシュリカ
保有マナ:1000/10000
未変換魔素:0/10000
ダンジョン入口:閉
(エトナ?)
「この地方の名称ですよ、周囲の森が『エトナ大森林』、この山は『エトナ大霊峰』と現地の人に呼ばれています。ちなみに、この大陸は『シケリア大陸』と呼ばれています。シケリア大陸エトナ地方のエトナ大霊峰です」
スクリーンを見ると大陸全土のマップが表示された、見た感じこの大陸は大雑把に菱形をしていている。ど真ん中に俺がいる山があり、その裾野に広がる森が―――湖やそれなりに大きな山も点在してるが―――大陸の5割を占めていた。
この中央部がエトナ地方と呼ばれるらしい。
しかしエトナか……しかもシケリアって、神話や伝承にそれなりに詳しい俺としては、待ったをかけたい名称だ、しかもドラゴンだし。
(う~~~ん、マリエルさん名称変更できません?)
「どうしたんですか? 何か気に障った事が?」
可愛らしく首をかしげるマリエルさん。マリエルさん日本のゲームは知ってても、地球の神話には詳しくないみたいだ。
(シケリアで、エトナってドラゴンが住むには縁起悪すぎじゃないですか。山の下敷きにされて苦しむギリシャ神話のテュポーンみたいで……)
「はぁ、ギリシャ神話というのはよく分かりませんが、名称変更はいつでも可能ですよ?」
興味がないならそんなもんか、俺だって、学生の頃に神話とか伝承とか興味持って調べたから知ってたんだし……まぁそれより名前か、どうせならギリシャ神話関係にするとして。
エトナ山……テュポーン……ドラゴンの子供な俺……テュポーンの子供……ラドン……ゴジ○……違うそうじゃない、ええっと……金の林檎……良し決めた! 如何にもお宝がありそうなネーミングだと思う。
(ダンジョン名は《ヘスペリデス大霊峰》に変更します、どうやるんですか?)
「スクリーンの名称の部分に触れて念じるだけですよ、やってみてください」
言われて画面をタッチ、色が変わったので念じてみたら、あっさりとダンジョン名が変更された。
後々この名前でも最終的にドラゴン殺されるんじゃね? と、指摘されたが、考えてみればドラゴンは、大抵の神話で英雄に殺られるので気にしない事にした。ヘラクレスのような理不尽極まる大英雄はやってこないものと信じたい。
「続いて、コアに触れたまま【迷宮の主】スキルを使用してください」
また言われた通りにする、するとスクリーンに様々なメニューが表示される。
基本操作、マナの使用、魔素の変換、アイテム購入、ダンジョンルームの移動、通路の設定、etc etc……
(色々試してみるのも楽しそうですね)
「楽しんで貰わないとやる気が無くなってしまいますからね、そのへん色々気を使ってるんですよ。さて、早速ですが、メニューの【マナを使用】の後、【ダンジョンルームの設置】を押してください」
ホントにゲームみたいだな、ヘルプ機能もあるし、書かれた説明文も分かり易い。
「押しましたね、そうすると【ダンジョン基本セット】の部分に触れて、【迷宮の主】スキルを使用です」
アレだな、【迷宮の主】スキルって最終決定権と言うか、早い話がメニュー画面の決定ボタンかエンターキーだな。
ふむふむ、基本セットは居住区、宝物庫、食料庫に大きめの部屋が一つの合計四部屋をまとめて創れるようだ。価格、もとい消費マナは500。
居住区と大部屋が単体で100マナ必要で、宝物庫と食料庫が200マナ必要なことを考えると、一つ一つ創るより安上がりな設定なのはセット価格だからか、初回限定のサービスか。
俺は言われた通り【ダンジョン基本セット】に触れスキルを使用する。するとダンジョンコアが輝き、突如石造りの部屋の四方に大きな扉が出現する。
「サシュリカさんから見て正面は居住区です……人間の大きさを想定してますから今は入れても住むには狭い、ですね……申し訳ありません、上に報告して、成長したサシュリカさんが暮らせるように設定し直してもらいます」
俺が頭をぶつけたことで、居住区の問題が発覚した。このダンジョンの居住区って全部人間サイズに設定されてたんだ。
やってみて初めて気付いたミスだな、まぁ今度のテストケースになると思えば気にしたって仕方ない。だから申し訳なさそうにしないで良いんですよマリエルさん。
「本当に申し訳ございません、担当に急ぐよう要請しますから」
もう一度気にしないように伝えた後、説明を続けるように促しておく。
「ええっと、説明を続けます、右手側の宝物庫には必要になりそうな物を一通り揃えてあり、左手側の食料庫は満タンです、スクリーンで確認できますよ。
言われて確認、宝物庫には現在、素材というより生活雑貨の類が山のように積まれている。生活に必要なものを集めてみた感じかな? 薬品なんかも宝物庫に入ってるそうだ。
食料庫の方は……ちょっと大きめのスーパーの食料品売り場かと思うような様々な食材が保管されていた。【食糧庫:500/500】とあるが、これってどういう単位だろう?
「食糧庫の1ポイントは、『E級魔物小集団の一日分』の目安としています。モンスターを使役するときの目安にしてください」
そっか、食べ物がないのに魔物を過剰に飼っても養えないってことか。空腹のあまり同士打ちなんて目も当てられないしな。
ゲーム的思考をするならユニット維持に必要なコストだな、強い魔物ほど多くの食料が必要な感じ。
「最後に背後の扉は大部屋となってまして、外に出る際ダンジョン入口が自動的に作られますが、現在デフォルトで出入り口が『閉』になってますので、外に行かれる際は『開』にしてください。メニューの【基本操作】の欄にある【出入り口】の項目です」
どれどれ……基本操作の欄はマナを使わない基本的な操作ができるようだ。出入り口の開閉やら、ダンジョンの明るさ調整、温度調整、ダンジョンのマップ、ダンジョン外の映像やら。
もう一度ダンジョンのステータスを確認してみると基本セットの分項目が増えて、使用したマナが消費されていた。
ダンジョン名《ヘスペリデス大霊峰》:レベル1
ダンジョンマスター:サシュリカ
保有マナ:500/10000
未変換魔素:0/10000
居住区:レベル1
宝物庫:200/500
食料庫:500/500
大部屋:1
ダンジョン入口:閉
(あれ? 魔素が吸収されてなくないですか? ダンジョン創って十数分経ってますけどゼロのままですよ)
「ダンジョン入口が閉じてると吸収されないんですよ、この状態だとどんなに強力な魔物でも……それこそ神ですら立ち入れない防御機能が働いてますから。当然魔素も遮断されてしまうんです」
ダンジョンレベル1の状態だと大体1分に1点の魔素が収集させるようだ、これがダンジョンレベル2だと1分に2点といった具合に増えていく。ダンジョンのレベルを上げるには保有マナを限界まで貯めると、メニュー画面に【ダンジョンのレベルアップ】が表示されるので、選んで【迷宮の主】を使えば晴れてレベルアップだ。
ただし、注意点として、レベルアップには保有マナ全てを消費する必要があるので、レベルアップ直後は保有マナがスッカラカンになる事。
保険として魔素を貯めておいてレベルアップしたら変換する感じにすればいいか。
(できれば常に開放していられるように色々設置しておくことですね)
「よろしくお願いします、魔素の収集をしないとダンジョンの意味がないので……ええっと、注意点として未変換の魔素が限界を超えると、ダンジョンは勝手に魔物を生産してしまうので、こまめにメニュー内の【魔素の変換】を行うか、『魔石作成陣』を設置してください。この魔法の部屋は魔素が一定量になると勝手に魔石を作ってくれますので、うっかり変換を忘れても安心ですよ」
レベルアップの為に外に魔物退治に行きたいけど、現状で入口を開けたままじゃ、折角のダンジョンコアが危ない。と言うか閉めたままじゃ、そもそも外に出れないからな、思いついたプランを実行してみよう。
(宝物庫に魔石とかありますか?)
「大きめの魔石を5個ほど用意してあります。参考までに用意した魔石の等級はC級魔石となっており、砕けば500マナになります。S級を頂点にA級からE級まで等級があるので、秘宝を創ったりする際の参考にしてください。それからマナが500あれば色々出来ますから、ご自身で選んでダンジョンを創ってみましょう」
早速設置しようと考えてた魔法の部屋を確認してみる、『召喚儀式陣』は200マナで作成可能。ヘルプで確認してみると召喚に必要なコストは、神話の神とか大天使とか大悪魔とかだと十万単位のマナとS級魔石が複数必要になる上に、儀式陣のレベルが高くないと無理らしいので、現状では無視するしかない、興味はあるけどね。
さて、本命の精霊や英霊の項目を確認する。ピンキリだが初期レベルを低くする代わりに召喚コストを下げることが可能で、C級魔石一個あれば大抵の召喚は可能なようだ。下がるのはレベルであって技能はそのままなので一安心。
(質問ですけど、異世界って沢山あるらしいですし、その分候補が多いですよね? って事は精霊や英霊と一言で言っても無数に候補がいると思いますけど、「こういう技能持ちが良い」って感じで検索機能とかあります?)
あまりに候補が多すぎると探すだけでも一苦労なので、聞いてみると召喚できる存在には制限があるようだ。
「召喚に関してですが、招けるのは「この世界の存在」か「地球の存在」に限るんです。理由としては、サシュリカさんは現在この世界の住民であって、まだ神ではありません。ですので全く無関係な世界の情報は知るべきではない、と言うのが冥府の見解です」
(候補が絞りやすいから、その方が有難いですよ。それでは地球の英霊を召喚したいので、先ず『召喚儀式陣』を作成します)
今度はどこに設置するか指定する必要があったので、とりあえず居住区の隣に設置する。ついでにメニューにあった【ダンジョンルームの移動】で宝物庫と食料庫も居住区と隣接させると同時に左右にあった扉が消える。どうやらダンジョンルームと扉はワンセットのようだ、確認すると指示した場所に魔法の部屋が並んでいた、部屋移動ではマナを消費しないのはありがたい。
(儀式陣の設置完了、次は呼ぶ英霊の指定ですね)
「どんな人を呼ぶんですか? 一応召喚された人はサシュリカさんに危害を加えたり、ダンジョンコアを悪用するような真似はできないようになってますけど。名前を教えてくれれば冥府で本人に問い合わせてみます」
説明を聞いてる時から呼んでみたいと思ってた英霊は2人いて、候補にいるのかどうか不安だった。片方は有名人ではあるが戦いに関する逸話は皆無だし、もう片方は英雄って感じじゃないし。
とは言えメニューにはちゃんと名前が表示されてるので、問題なく呼べる。ついでに冥府で本人に問題ないか確認してもらったところ、マリエルさん曰く、英霊召喚では「伝承や神話で語られる人物」であり、本人の現世に受肉したいという希望があれば問題なく候補になるようだ、戦闘力の高い英雄限定でなくて良かった、確認したら彼らの妻子も召喚可能のようだ。
(召喚するのは2人、それぞれC級魔石と200マナがあればレベルが下がるけど召喚可能か、マリエルさんC級魔石一個砕いてマナの補充をお願いします)
「了解です、それと冥府で問い合わせしたところ、お二人共、喜んで協力すると返事が返って来ました」
仕事早いねマリエルさん、俺は狭い通路に苦労しつつ、召喚儀式の部屋に到着。これが迷宮運営の第一歩だ、張り切って召喚しよう。
【迷宮の主】スキルを使用し魔法の部屋を起動する。問題なく魔石とマナは消費され、魔法陣から光が溢れる……
英霊召喚! ロマンだね、神話の人に会えると思うとワクワクが止まらない、ああ楽しくなってきたぜヒャッハー!
「グオォォォ!(さぁ我が呼び声に応え、顕現せよ……召喚ッ! 『英霊ダイダロス』! そして『英霊ヴィーラント』よ!)」
あ、ついノリで大声出してしまったせいで、マリエルさん気絶しちゃった。
この後の投稿は、2~3日に一回のペースで行こうと思います
時間は投稿前のチェックも兼ねるので23時にする予定です。