三日目・10
「今一度申してみよ!」
なんじゃ? このスベントの耳が遠くなったのであろうか? 今この者は何と言った? このスラウエスト王国国王スベントに申してみよ!
「……タイタンブレイブの町、中央の『勇者の墓所』から……巨人の遺体が盗まれました」
儂は一瞬頭の中が真っ白になった、盗まれた? 遺体が? 儂の生涯においてこれ以上ないと断言できる好敵手が?
何やら外野が煩いと思ったら、何故か近くの石像が粉々になっておった、ふんっどうせ気当りで砕けたのであろう、安物を謁見の間に飾るでないわ。
ついでに儂の周囲にいたはずの近衛騎士共が全身鎧を砕かれ倒れておる、まぁ死んではおらんから気にすることはあるまい。
年寄りになると癇癪が酷くなるそうじゃが、儂も歳じゃの、そう言えばもう60になるんじゃな、やれやれ若いモンの前で全開の気当りとは大人気ない真似をしてしもうた。
ひとまず深呼吸じゃ、好敵手の亡骸を盗まれると言う凶事を前に、血が沸騰しそうな憤怒を無理やり鎮める。
そう、戦場において飢えた獣の如き凶暴性なくしては、殺意に飲まれよう。
自らの肉体すら駒が如く俯瞰する戦略性なくしては、足元をすくわれよう。
真の戦人なれば、即座に意識の切り替え乃至、両立は当然の嗜み、儂はひと呼吸の間に煮えたぎる激情を隠さず冷静になった。
「へ、陛下! な、何卒冷静に! ご冷静になられて頂いて恐悦至極かと愚考と良いと思っておられます!」
うむ、唯一無事だった近衛騎士隊長よ、お前が落ち着け、何が言いたいのかさっぱり分からんぞ?
まったく、儂の気当たりに耐えられる実力を持っていながら、こんな気弱なザマで大丈夫か? ここはひとつエトナ大森林にでも放り込んで野生を取り戻させるべきか、少しは弛んだ性根もマシになるであろう。
「で? 巨人の勇者イリヤームの遺体が盗まれたと聞いたが、どのような状況であるか」
周囲は儂の気当たりで、砕けた彫刻やら騎士の鎧やら―――ついでに気絶しただらしない家臣ども―――が散乱し、ちょっと散らかっておるが、玉座だけは特別頑丈に作られている、深く座り直して報告者を再び見下ろす。
タイタンブレイブの町は巨人族から奪った鉱山を中心に開拓した町である、鉱山で働く者や、金属の加工を生業とする職人が住民の大半で、酒、女、賭博と賑わい夜の方が人通りが多いと言われておる。
その町の中心が『勇者の墓所』である、この儂が月に一回の墓参りを欠かさぬ場所であるからして、常備兵の詰所はあるし、兵を客層とした商店も立ち並び、特に人が多い地区だ。
当時儂が率いた軍勢は巨人の勇者ただ一人に散々打ち負かされた、が、数の優位を用い彼以外の巨人、オーガを倒した。
堅牢な陣地は勇者一人に破壊され、儂の率いる精鋭は人食い鬼共を鏖殺した、誘き寄せて放った最大火力の魔法はA級相当の巨人戦士を打倒した、巨人の勇者はただ一人で軍は潰走せしめた。
巨人族の生活は奴隷として使役するオーガによって成り立っている、好んで人畜を喰らう人食い鬼を養うため、巨人とヒトは争い、そこに落としどころは存在しない。
それは欲と野心と飢えと無数の理由で始まった戦、ヒトは巨人の領土を奪い国力増大させ周辺国に対抗しようとし、巨人は奴隷を更に増やすために人畜を奪おうとしていた、生きるか死ぬか、滅ぶか栄えるかを賭けたヒトと魔物の生存競争。
巨人族に勝利し土地を奪って暫くし、吟遊詩人が儂を称える詩を詠ったが戦を知らぬ部外者の声など不快なだけ、あまつさえ我が好敵手を貶めるなど言語道断、酒甕を投げつけ黙らせてやったわ。
戦場は綺麗なものでは断じてない、さも楽勝であったかのように吹聴する愚か者は、我が家臣にはおらぬ、地獄の中で泥を食み糞尿塗れになって尚、微かな勝機を掴んだのだ。
どれほど知恵を絞っても勇者には届かない、川の水が血の色に染まるほど屍の山を積んだ我が軍、そうして若かった当時の儂は無謀にも彼に挑み……恐らくは万に一つの勝機を拾い得た。
ああ、彼が地に伏した時、それまでの憎しみは嘘のように儂の心から雪がれた、残ったのは強き戦士への尊敬そして畏怖。
武功と王子としての権限を用い、巨人の素材は剥ぎ取らぬように頼み込んだ、なぜなら儂は巨人の勇者イリヤームこそ戦士の鑑としてその生き様を子々孫々に語り継ぐため立派な墓を建てさせたのだ。
「その遺体を穢す? 悪い冗談じゃのぉ、犯人は楽に死ねると思うなよ?」
おっといかん、独り言と同時怒気を抑えられず放ってしもうた、壁にヒビが入ってるではないか。
「へ、へ、陛下……ガタガタ……も、申上げるでおじゃって宜しいかと存ずるでありんすか……ガチガチ」
なんじゃい儂の機嫌が悪くなった途端に遠くに逃げた大臣、震えておるが風邪か? 寒そうじゃの、儂も歳なんじゃから伝染ったらどうする。
犯人に対する怒気は隠しておらんし、殺気を撒き散らしておるが、別に大臣に向けてる訳ではないので怯えるはずは無いからの。
「は、犯人は……ガチガチ催眠効果の霧を吐くスライムを使役しガタガタ……じゅ、住民を眠らせ……空間を歪める術にて持ち去ったと……」
「方向は? 遺体とは言えよもやA級討伐対象を見失う訳はあるまい」
さっきからガチガチガタガタ煩いのぉ、報告終わったら養生するのじゃぞ。
「ミ、ミリス王国方面でございます……」
「うむ、報告ご苦労であった、下がって良いぞ」
体調が悪かったのかの? 転げるように退室しおったわ、まぁ病に侵されても己が職責を果さんとする姿勢は嫌いではないぞ。
「さて……儂はちょっと出かける支度をする、王位は倅に譲るから、お前ら後は任せた」
おっと、誰も聞いておらん、儂の怒気に当てられいつの間にか全員気絶しておる、仕方ないから書置きだけしておくか。
……そんなことがあった翌日、必死の形相で止める家臣どもを―――まぁ斬るのは流石に可哀想なので素手で―――なぎ倒し、単なる一冒険者として身分を隠しつつ、ミリス王国に単身乗り込む支度を終え旅立った。
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途中で潰れた軟弱な馬を乗り捨て、儂は国境の山脈を単身踏破する、この山道以外では商人が通れる様に整備され、歩きやすいのだが手続きが面倒なので仕方ない、具体的には「どうか考えを改めください」とか抜かして、兵士全員が土下座してくるのがウザったいったらありゃせんわ、まったく儂は前王なのだから顔パスでも良かろうに。
地図も何もない山道じゃが、遭難の心配はない、とにかく頂上を目指せば、どの方向に降りれば良いか分かるからの、儂は崖を駆け上がったり、谷を飛び越えたりしながら山頂を目指す。
この歳で山歩きは厳しいの、軽く汗をかいてしもうたわ、若い頃であれば息一つ乱さず山脈の一つや二つ超えられたのだが。
偶に魔物が襲って来るが、戦力差も理解できん程度の雑魚じゃ、魔物とは格が上がれば上がるだけ賢くなるからの、頭が悪い魔物イコール弱いと言って過言ではない。
山道を駆けつつ斬り捨てた魔物の血肉を喰らう、新鮮な生肉は栄養満点だというのに家臣どもは泣いて止めさせようとする、そんなんじゃから貴様らはモヤシなのだ、人間野生の中に身を置かねば堕落するばかり、嘆かわしい。
おっと、もう引退した身、家臣どもの軟弱さの責任は倅に任せたのだから儂が口を出す道理もないわい。
山脈を駆け下り目にしたのはミリス王国の草原、大層肥沃な大地ではあるが魔物の多さから開拓が一向に進まない国じゃ、一度だけ会った事のある現王も王太子もモヤシではあるが、儂や倅と違い頭が良さそうじゃったの、モヤシじゃが。
勢いでミリス王国に乗り込んだのは良かったが、肝心の勇者イリヤームの亡骸を奪った愚か者はどう調べれば良いのだろうか? まさか酒場で聞き込みをすればヒントがあるわけも無いし……
まぁ噂話程度は聞けるじゃろう、そう思い人里を探そうとした瞬間、儂は戦の気配を感じ取った。
「これは……」
多くの士気に満ちた兵が集い布陣している、『軍気』とも呼べる、一種『ヒトの群れ』の気配を儂は感じ取った。
その瞬間儂は駆けた、直感であるが、恐らく間違いあるまい、この軍気の先に儂が求める戦場がある……
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駆けつけた城塞は一人の巨人に攻められ、混乱しているようだった、そう、巨人に攻められていたのだ、我が生涯おいて唯一戦場で育んだ友が変わり果てた姿で。
「馬鹿な……アレが! あんな姿が巨人の勇者だと! 認めぬ」
儂は駆けた、認めぬあの無様な姿は勇者への冒涜、下らぬ中身が入っておるな、殺す。
戦場で無駄に怒気を撒き散らすような真似はしない、殺意は我が剣に、怒りは四肢に漲らせ、飢えた獣の如く感覚を研ぎ澄ます。
駆けつける間に勇者イリヤームは一撃で城壁を破壊―――儂も随分と苦しめられた彼の能力だ―――すると豪奢な身なりの男が落下する。
急いで駆けつけるがこの距離では間に合わん! そう判断した瞬間儂はあの男は死んだ者として、どのように戦うか組み立て始める……しかし。
「ぎっぎゃぁぁぁぁぁ! うでぇぇぇおでのうでぇぇぇ!!」
勇者のものとはとても思えん汚い悲鳴が響く、なんとイリヤームの腕は切断され、指揮官と思しき男は、全身鎧を纏った背中に翼の生えた女に抱えられ地上に降ろされる。
屍人の体で痛みがある訳もないが、巨人は地団駄を踏んでいる、まるで腕を失った痛みに泣き叫ぶように。
「勇者が、巨人の勇者が腕一本失った程度であのような醜態を晒す筈が無い、ええい! その肉体をそれ以上貶めるでないわ!」
許せん、我が友への侮辱にしても、儂の予想を遥かに超えおった……A級の魔物は全身余さず高価な素材として扱われ、捨てる部位はほとんど存在しない。
それ故に遺体を盗んだのは、魔石や素材が目当てで金銭に変えるかか、武具に造り変えるのだと思っておった、それ以外に巨人の遺体を狙う理由は思い付かなかった。
地団駄を踏んでいる巨人には誰も近づけない中、儂は真っ直ぐにイリヤームへと駆け寄る、これ以上友の尊厳を汚されるのは耐えられん、むしろ耐えたことはない! 今すぐ殺す!
自慢の大剣を振りかぶり首を落とそうと跳躍する直前、地面の中へ消えてしまう、中身が違うクセに能力を使えるのが厄介。
「イリヤァァァァァァァム!!」
吠えた、吼えた、叫んだ! 勇者がなぜ逃げるのだ、40年前の戦いを思い出せ、さぁお前を斬った男がここにいるぞ、お前の好敵手スペンドはここにいるぞ!
一瞬、地面が盛り上がり、儂の背後から勇者の大斧が振り下ろされる……ああ、懐かしい、振るわれた斧の鋭さも力強さも未だ色褪せぬ記憶のままじゃ。
全身の筋肉を稼働させ、大剣を切り上げた、巨人の一撃を人の身でしかも剣一本で受け止める? 余人は狂気の沙汰と評するであろう、だが知ったことか、力が足りんのは怒りで補え! 体重が足りない? 殺意でなんとかせい! そもそも生物としてのスペックが違う? 知ったことかアホンダラ!
武器同士がぶつかったとはとても思えんような爆音と火花を散らし、足元にクレーターを作りつつなんとか振り下ろされた斧を受けきった、その時儂はイリヤームの目を見た。
「久しい、どのような形であれ再び仕合えるのは嬉しいぞ友よ……」
「なっなんだおっお前……めっ目が見えない何をした!」
儂は何もしていない、ただ……ああ、魂は冥府に、しかしてその肉体には未だ記憶が在ったのだな友よ……苦しいであろう、悲しいであろう、戦士の誇りを汚されるのは耐え難いであろう。
その涙が全てを語っておるぞ我が好敵手よ……そしてさっさと消えい下種が。
「ぎっぎざまらぁぁぁ! 馬鹿に馬鹿に馬鹿に馬鹿にするなぁぁぁ!!」
半狂乱の中身は仕留め損なった儂から逃げるように、再び地面へと消えた……気配が遠ざかる逃げたのか。
ここで思考を切り替える、勇者の遺体は屍人と化した以上、討伐されれば灰となるまで焼かれるであろう、中身が消えてもまた動かん保証はなく、それを止める筋合いも儂にはない。
現実的な話として『遺体を持ち帰る』のは不可能、輸送手段の問題もあるし、誰が武勲の証拠を他人に渡すものか、儂が逆の立場であればまぁ血を見ることになるな。
そんなことを考えてる間に、綺麗な女の声が聞こえてきた。
「私はヘスペリデス大霊峰の主サシュリカ様が家臣ヘルヴェルデス! 巨人は南へ逃げました、私は王都に累が及ばぬようします」
―――おぉぉぉぉ!
全身鎧の羽女の声は、兵を奮い立たせるような不思議な響きがあった、鳥をも遥かに超える速度で南へ飛び去り、残されたのは兵士の服を着た屍人のみ。
指揮官らしき男は兵士を指揮し、防衛から屍人の討伐に切り替えたようだ、儂はどうする? 南へ向かうか? 否、流石に空を飛ばれては追いつけまい。
本音を言えば、儂の手でイリヤームを楽にしてやりたい、が、高確率でさっきの女との決着がつくまでには追いつけず、屍人もまた羽女には長時間は凌げまい、直観で分かった、アレは巨人以上の怪物じゃ。
ならば儂のすべき事は遺体を盗んだ犯人の捜索、精々暴れて恩を売ってやろう、改めて見ればあの指揮官のコートは総司令官のモノ、即ち王太子ではないか、ククク最優先で探索の手を貸してもらうぞ? 見ておれよ犯人、必ずやその罪に相応しい鉄槌を下してくれようぞ。
読んでくれた皆様、ありがとうございました。
スペンド爺様はヒトから進化した「種族:英雄(人間)」です、某漫画のセリフですが『強さとは我儘を押し通す力』というのを意識して書いてるので
この小説において強い人ほどフリーダムな傾向になります。




