一日目・1
さっきまで白い空間にいたと思ったら、今度は真っ暗だった。
(むっ? なんだ動けないぞ)
どうも密閉された空間にいるようだが、少し動くと真っ暗な空間にヒビが入る……と言うより落ち着いてみると俺は卵の中にいるようだ。
(そっか魔物に転生したんだったな、そりゃ卵から生まれるか)
声を出してみたが、アギャとかグギャとかしか聞こえない。そりゃ魔物の口じゃ人間の言葉は難しいわな……
気を取り直して激しく動いてみると、ヒビは大きくなり隙間から新鮮な空気と光が入ってくる。もう少しだと自分に言い聞かせ、思いっきり体を伸ばすと、卵の殻は上下に裂け、俺は異世界の情景を目の当たりにする……
「グオオオッ(おおっ! スゲェ眺めだ)」
それは前世でもなかなかお目にかかれないであろう絶景だった。眼下には雲、その隙間からは見渡す限りの森林。
はっきりと見えたので日中だと勘違いしていたが、どうやら今は夜らしい。
雲上にある山頂から見る星空は、プラネタリウムが安っぽく見えるほどに星の光が輝き、地球で見るそれとは比較にならないほど巨大な月は、真円を描き煌々と眼下の雲海を照らしていた。
(月明かりだけでこんなにはっきり見えるとか、夜目が利くだけじゃなくて視力も半端ねぇな。いや目だけじゃない、耳を澄ますと葉擦れや生き物の鳴き声が聞こえる……ここって雲の上だよな? どうも大分麓の方から聞こえるんだが)
ふと、周囲に輝くものが見えると思ったら、どうやら俺の口から漏れているようだ。試しに大きく息を吐いてみると息は白く、次いでキラキラと輝く氷の結晶となった。
一瞬これがドラゴンブレスか! と思いテンションが上がったが、ふと周囲の状況を見てみると、辺り一面植物の類は一切存在せず。有るのは氷に覆われた岩や、氷に覆われた地面とか、ただ単に巨大な氷塊とか……氷しかねぇ!
以上の事から単に寒いだけだと分かった。うん、そりゃ雲の上だもんな気温も低いだろうな、寒さを感じないのはドラゴンの頑強さのせいか。
今度は自分の体も見てみる。鏡がないと全体像は分からないが、手にはナイフというかナタのように分厚く鋭い爪、全身が白い鱗で覆われ、首は随分と長く、振り向くと翼が生えていた、一瞬羽毛なのかと思ったが、よく見ると鱗と同質でまるで薄く鋭くまるで刃物を並べているかのようだった。
翼を意識して動かそうとすると、折り畳まれた翼は予想以上に大きく、軽く動かすだけで周囲に凄まじい風が吹き荒れた。
(翼は動くな、練習すれば飛べるんだろうか? 手も動く、足も動く、後は……)
やたらと背中が重く感じたのは翼のせいではなく、自分の体長の3倍はあろうかという尻尾だった。試しに自分が入ってた卵の殻を狙って振り回してみると殻は粉々になった……だけでなく、ついでとばかりに周囲の岩や、巨大な氷塊が呆気なく砕ける。
(比較対象がないから自分の大きさはよく分からないけど、スゲェスペックが高いぞこの体! 強いだけでなく寒くもないし、この図体で酸欠にもならない)
事前にある程度は聞いていたが、実際に体験すると興奮の度合いが違う。俺はその興奮のままに誰もいない山頂で雄叫びを上げた。
そうだ、俺はこの日ドラゴンとしてこの世界に産声を上げたのだ……
~~~~~
(さて、巣を作るったってどうすりゃ良いんかな? 普通に寝床作って住み着くのかな?)
大声を上げまくった後はちょっと冷静になり、恥ずかしくなったので、今後の事を考える。周囲は氷しかない岩山だし、耳を澄ませても生き物の気配は無い。いてもさっきの雄叫びで逃げたと思う……そんなことを考えてると。
「あー見つけました、声を出してくれて助かりましたよ」
不意に女の子の声が聞こえて振り向いてみるが、どこにもいない。なんてことだ、幻聴が聞こえるなんて、苦しくないだけで本当は脳に供給するべき酸素が足りていなかったのか。
「こっちですよ、上です上」
良かった、どうやら幻聴では無かったようだ、そこには白い翼の生えた少女が浮かんでいた。頭上には光る輪っかが浮かんでいて、比較対象がないので身長は分からないが、ぱっと見15~6歳くらいに見える。肩にかかるくらいで切り揃えられた亜麻色の髪は頭上の光輪に照らされ明るく輝き、顔立ちは穏やかそうな印象で……ものすごく可愛かった。
ドラゴンになった現状でなければ自分は臨終間近でお迎えが来たと思うに違いない。何故って? こんな可愛い子があの世からのお迎えなら、どんな未練があってもホイホイ付いて行く事間違いない。
(天使さん?)
「はい、私は魔素収集のサポートを仰せつかりました、マリエルと申します」
天使さん改め、マリエルさんは俺の足元に降り立ちペコリとお辞儀をする。反射的にこちらも頭を下げたが、途端に彼女は後ずさり悲鳴じみた待ったがかかる。
「ちょっ! ちょっと待ってください! 怖いです、貴方の頭が迫ってきますと、食べられそうでおっかないです!」
マリエルさんは全力で距離を取ってしまう、よく見るとなんか目尻に涙が滲んでた……
―――【悲報】俺氏美少女天使に顔を近づけたら涙目で逃げられる【俺も涙目】―――
と、心の中の掲示板にスレッドを立てたところ、脳内レスは『残当』と『通報』で埋まってしまった……くっ! 悲しくなんてないもんね!
「ガオォォ(あ、すいませんちょっと無思慮でしたね)」
「い、いえいえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。実はこっちの世界で何度か食べられかけまして……」
役人さんに見せてもらった画像からすると、俺の姿は首が一本のキング○ドラみたいなもんで、顔も似たような感じである。それが頭上から迫ってくればそりゃ怖かろう。と自分で自分を慰める、いくら理不尽に怖がられても紳士の俺は少女を責めたりはしないのだ。
「グギャ?(ん? そう言えば俺の言ってること分かるんですか? 声を出してもゴジ○じみた唸り声しか出ませんが)」
「会話ができなければサポートもできませんからね、【思念会話】と言うテレパシーのようなスキルをお渡ししてるはずです。言語の壁を取り払う便利なスキルですよ。まぁ嘘をつけないって欠点がありますが」
サプライスとかドッキリが出来ないが残念ですねー、とマリエルさんは笑う。冥府の住人である役人さん達や天使は嘘をついて相手を貶めるとか、そういう発想をそもそも持っていないようだ。
「ガァァ(俺も腹芸とか出来ませんし、嘘がつけないくらいハンデじゃありませんよ。それに強ければ嘘なんてつく必要ないですし)」
「そうですね、この世界では強いということは、それだけで正しいとされます。その点貴方は種族からしてチートですし、いやぁ、それにしても大きいですね、目算で体高5メートルくらいでしょうか? 翼を広げれば20メートルはいきそうですし、尻尾も随分と長いようで……すいません卵から孵ったばかりの幼竜なんですよね? なんか今の時点で仔竜並なんですけど」
「アギャ(いや、疑問形で言われても、他のドラゴンの事とか知りませんし)」
マリエルさんの目の前にスクリーンが出現し、こちらに『ドラゴンの生態について調べてみます』と言って、なにやらタップを繰り返してる。タブレットの辞書機能と言うか、図鑑のアプリが入ってるみたいなものかな?
「うーん……多分ですけど親が相当強力なドラゴンなんだと思います。親が強ければ子も強い個体になる可能性が高いので」
どうやらこの体は、最初からスペックが高いようだ、生き残る目が高くなったと喜ぶべきか。
それと会話してて気付いたけど、俺が吠える度にマリエルさんの体が強ばってるな。怖がる女の子に我慢させたくもないので声を出さないで、頭の中だけで会話するようにしてみる。
(となると、親とも戦う可能性があるんでしょうか? いやまぁ顔も名前も知りませんが)
「無理して戦う必要はありませんよ、強力なドラゴンはその分知能も高いので魔素の収集は邪魔しないでしょう。この世界では人に変化出来るドラゴンは普通に共存してます……むしろ、一部では崇められてたりしますね」
俺が思念だけで会話しだしたので、彼女はホッとしたようだ、怖いなら言ってくれても良いのに、俺が気分悪くすると思って気遣ってくれたのかな? はぁ可愛くて俺のために怖いの我慢してくれるなんて、まるで天使……天使だった。
(それは良かった、できれば他のドラゴンとも争いたくはありませんしね)
うん、いくら自分がハイスペックでもドラゴンが相手の場合、自分以上に強い可能性もあるからね。好き好んで強敵に挑むほど血に飢えちゃいないよ。
「それは難しいですよ、この世界のドラゴンの習性を教えますね」
マリエルさんが言うには、俺が卵から孵った時に誰も居なかった事から分かるように、ドラゴンには子育てという概念が無い。なぜなら雌のドラゴンは卵を産むと、そのまま飛び去ってしまうからだ。
それだけだと放任に聞こえるが、卵から孵った後、暫くの間飢えないよう自らの生命力を分け与えるらしい。
その時に消耗しすぎて、番である父竜の下に帰ることができず、力尽きるドラゴンもいるのだとか。
「夫婦の仲が良好だと雄の竜が背中に乗っけて、巣に帰る事も多いらしいですけどね」
自分を産んだ母竜は強いらしいので生きてると信じよう、さて、そんな感じで卵を放置するのがドラゴンの習性だ。であるからして雌竜は出来るだけ強い雄―――できれば自分より―――と番になるのを望む、つまり将来的に同種である雌のドラゴンと結婚しようと思えば、婚活は避けられないと……おい、知能が高いんじゃないのかドラゴン種族。
(そもそも俺、雌の竜にそういう気分になるんですかね? 前世的に考えて)
多分人間に変化出来るようになったら、人間の女の子口説くんじゃないかな俺。その前にマリエルさんにアプローチするかもしれないけど。
「ドラゴンって個体毎に体格とかが全然違いますので、そういう事は人間に変化してするそうです。今の貴方は幼竜ですが、仔竜から更に成長して成竜になれば人に変化できまし、普通の人間、獣人やエルフとかとも子を成せますよ」
(おおっ! やっぱり居るんですね! やる気が出来てました!)
やっぱファンタジーの定番だよね! 楽しみだなぁ獣耳とかしっぽとか、エルフなんて美人が多そうだしなぁ……うっ! マリエルさんがジト目で俺を見てる、違います男の性がそうさせるんです。
「こほんっ! 話が逸れてますよ、話を戻しますと、母竜は生命力を分け与えるのと一緒に、子供に名前を与えるのです。子育てはしないにしても、自分と血の繋がった相手には惜しみなく力を貸してくれるのもドラゴンの習性です。貴方の名前が有名になれば、向こうから接触してきて協力してくれるかも知れませんね」
確かに、ドラゴンの力を借りられるなら、強力な魔物を倒すのも捗りそうだ、だがその前に根本的な問題がひとつ。
(俺の名前ってなんだろう? さっきの話からすると母竜が付けてくれたんですよね?)
「普通は本能的に分かるらしいですけど、貴方は前世の意識が有りますから、本能的な部分が薄れてるのでしょう。これもサポートの一環なんですが、目を瞑って自身の内部に意識を向けて見てください」
言われた通りに目を瞑って見る、すると……
個体名:サシュリカ
種族:/幼竜(レベル1)
基礎技能:幼竜基本セット(レベル1)
肉体技能:巨体
精神技能:思念会話
固有技能:迷宮の主
※幼竜基本セット:鱗防御 爪攻撃 尻尾攻撃 牙攻撃 状態異常耐性 自己治癒 飛行・翼 鋭敏感覚
基本性能からしてチートだなドラゴン、基本セットの他に【巨体】があるから、俺は普通より体がデカいって事か。これで成長したらどうなるんだろうマジで、ちょっと楽しみになってきたな、でも怖いから他のドラゴンと争うの止めよう。
美人のエルフとかケモ耳美人にチヤホヤされるように頑張るべきだな。勿論怖がりなマリエルさんを俺が守ってあげないと。
(うん、俺の名前は「サシュリカ」らしい、幼竜レベル1ってありますね)
「サシュリカさんですね、いい名前だと思います」
(ありがとうマリエルさん、それと気になる項目に【迷宮の主】とかあるんですが)
「それは生まれ変わりの際にサポートで与えた加護です。そう、この世界では魔物が巣を造るだけでも魔素の収集は行えますが、迷宮つまりダンジョンはそれをより高効率化させたものなのです」
この技能の説明がメインらしくマリエルさんは、拳に握って、ふんっ! と気合を入れるポーズをする。見た目美少女のマリエルさんがそんな勇ましいポーズをすると実に微笑ましい、天使の羽と輪っかで更に倍率ドンッだ。
「それでは早速この山をダンジョンにしてしまいましょう!」
読んでいただきありがとうございます