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三日目・9

 既に夜の帳は降りて、数刻後には屍人の軍勢はこの町に到達するだろう、これから魔物との戦が始まるという緊張感からどうしても寝付けずに、私―――グレン・ヴェルウッド―――は夜風に当たろうと城壁へ向かった。


 対屍人を想定し、可能な限り備えをした、休息をとらせた兵の体力も士気も十分、それでもまだ何か見落としはないかと考えてしまう。


 有事の際指令本部となるここは、本来大魔物の生け捕り依頼なども稀に存在するので非常に堅牢な造りをしていて、E級魔物の屍人など幾ら集まっても破壊は不可能、それこそ巨人でもな限りは。


 森林から得られた魔物の素材を売買する場所でもあり、魔物の死骸を持って町中を歩かれても困ると言う理由で、北側の城壁と隣接している。


 その為この砦の屋上から、城壁に登れる階段がある、見張りの兵士が頻繁に使うので大きく頑丈な造りだ、私は夜食と、ついでに見張りの兵士用の差し入れを持って階段を登る。


 従騎士達は私の指示で町中を忙しく走り回ってるので、供回りはいない、忠実な兵士しか立ち入れない指令本部だが、流石に立場上丸腰で歩く訳にもいかず、重くて面倒だがチェインコートを肩にかけ剣を吊るしている、部屋着は略式の軍服なので、まぁ見苦しくはあるまい。


 このコートは錬金術の粋を集めた特殊な鋼糸を編み、並みの金属鎧よりも高い防御力を誇る、軍幹部のみが纏うことを許される豪奢な装飾の施された最高級の防具だ、しかも王家の紋章入りなので目立って仕方ない。


「ご苦労、異常はないか?」


 見張りをしていた兵士達は、私を見て驚いたように敬礼する、一部の者が慌てたように手を後ろに回すが、煙が見えてるから意味ないぞ、まぁタバコくらいで見咎めはしないから安心するといい。


「これは殿下、現在屍人どもは影も形も見えません」


 年長の者が困ったような顔をして報告し、他の者は見張りに戻るように指示、タバコを持ってる兵士は急いで城壁の死角へ移動する。


 私は笑って軽く手を振り言外に咎めない事を伝えると、年長の兵士も苦笑している。


 見張りを任されている兵士は全員が【夜目】と【遠視】の術を習得している、魔法を使うことが日常の我が国ならではの事。


 夜間の見張りで城壁の上にいる兵士は5人、交代を含めて10人だったか?


「なに、食事をする暇もなくてな、腹が減って寝付けんのだ、知っているか? 私は夜に間食をすると怒られてしまうのだ」


 私が肩をすくめて苦笑すると、兵たちも冗談と思ったのか肩の力が抜けたようだ。


「私が夜食を食べるのは黙ってるのだぞ、口止め料がわりにコレを見張りの者たちで分けるといい」


 兵士に渡したのは干した果物を練りこんだ一口サイズの固めのパン、似たようなパンは保存食として多めに備蓄されてるのだが、私が持って来たものは、私直属のパン職人の作ったもので貴重な砂糖をふんだんに使った贅沢品だ。


 籠から取り出したパンを私が取り出して食べると、兵士たちも遠慮がちにパンを食べる。


「おっおお! 甘ぇ!」


「こんな美味いもの初めてです」


 好評なようでなによりだ、私はパンで口の中が乾いたので、水筒の水を飲みつつ北の平原を眺める、戦の前でなければ満天の星空を眺め酒でも飲みたいものだ。


 草原から吹く風は草の香りを含み、気持ちを落ち着かせてくれる、石畳に囲まれた王都では決して感じない風を目を閉じて、匂いと風の音を楽しむ、常に吹き付ける涼しさは、戦の前の緊張を解してくれるようだ。


 これ以上兵士の邪魔をしてはいかんな、眠れないにせよ、目を閉じて横にだけなってるか……踵を返し部屋に戻ろう。


 ―――バンッ


 いきなり扉が開き、血相を変えた従騎士がやってきた、なんだ? 城壁で涼むくらいで何を焦ってるのだ?


「ああ、良かったここにおわしたか! 緊急の報告です会議室に……」


 何かあったのか?! 駆け足で従騎士が開けた扉へ向かい……さっきまで私の立っていた場所から……城壁から生えた腕に(・・・・・・・・・)……見張りの兵士は……握りつぶされ(・・・・・・)……息絶えていた。


「……は?」


 私のこの時何も考えることが出来なかった、何故だ? たった今私が差し入れしたパンを美味そうに食っていた兵士は? なんで……


「危ない!」


 従騎士が私を突き飛ばし、城壁から生えた腕に立ち向かう。


「殿下ぁぁぁぁ急いで逃げてくだガハッ!」


 斬りかかった従騎士は、あっけなく弾き飛ばされそのまま動かなくなる。


 たった今会話してた兵士が、血を流して倒れていた者が何故、悪臭を放って(・・・・・・)私を見るのだ(・・・・・・)? 弾き飛ばされた従騎士もまた起き上がって……表情のない目で私を見る。


「うっうわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 走った、とにかく逃げることしか頭になかった、扉の前には同じく屍人と化した兵士が立ち塞がっている、私は人がすれ違うのがやっとの狭い城壁の見張り通路へ向かって逃げた。


 悪臭を放つ者達は最初こそ緩慢な動きであったが、徐々に動作が滑らかになっていく、剣を抜き走り寄ってくる、表情のないままに……


「おっおっ王族……おまえ! おっお前そのコートは王族だっだな!」


 いつの間にか巨人が私を見ている、血走った狂気を孕んだ眼で。


 かつて兵士だったモノが駆けてくる、剣を構え、巨人と同じ怖気の走る眼で。


「ぐっぐちゃぐちゃだ! 原型がわっ分からないくらい、ぐちゃぐちゃにしてやる」


 迫る屍人から逃れるために走っても、所詮狭い城壁の上、あっという間に隅に追い詰められてしまった。


 ―――イチかバチか身体強化をかけて飛び降りるか?―――


 空を飛ぶような高等な魔術は習得していない、このまま敵に斬られるなら飛び降りた方が……いや。


 巨人は屍人に罵声のような指示を出すだでけ自らは寄ってこない、考えてみれば巨人はいきなり城壁から生えてきたように見えた、つまり……石や土を透過できる?


 断言はできないが、奴が直接襲ってこない理由は恐らく、私がいる場所が狭いからだ、とても巨人の重量は支え切れまい、もっとも広い場所で巨人に襲われるなど想像もしたくないが。


「救援が来るまで耐え凌ぐしかないか……」


 悪夢のような状況だが、将軍たちはこの異常事態にすぐ気がつくだろう、重くて嫌だったチェインコートが今は頼もしく感じる。


 剣を抜き、構える、軍の総司令官として恥ずかしくない程度の鍛錬は積んでいるものの、実戦はほとんど経験がない。


 しかし、まだ動きのぎこちない屍人相手、しかも狭い城壁の上なのだから相対するのは一匹だけだ、助けが来るまで凌いでやる。


「侮るな! ミリス王太子グレン・ヴェルウッドの首、易くはないぞ!」


 とにかく声を出して周りに知らせるのだ、軍の中には飛行の術を習得した者もいる、彼らが駆けつけてくれるまで耐えるのだ。


「ぎっぎっ貴様ぁぁぁぁ! 馬鹿にしやがって! ばっ馬鹿にしやがっでぇぇぇぇ」


 巨人は意味不明な罵声を叫ぶ、報告によるとこの屍人の異常発生は一匹の邪霊によるものとされていた、ならばこの邪霊の憎悪はどこから来たのか?


 こちらに大斧を振るうが、巨人の体躯では城壁の上で上手く立てないのか、バランスを崩し壁を壊しつつ落下する。


 良かった、町の内部ではなく外に落ちた、そう思い、目の前の屍人に集中しようと……


 巨人に叩きつけられた一撃で私の立っている城壁が崩れ落ちた。


「なっ! うわぁぁぁぁぁ」


 なんとか落下しないで留まれたが、すぐ脇には崩落する城壁、後ほど知った事だが、巨人は『地面と同化する』能力を利用し城壁を破壊したのだが、この時の私には巨人の強大な攻撃力に恐怖し一瞬ではあるが呆然としてしまった。


 それ故に目の前に迫っていた元従騎士の屍人が、横薙に振るった槍を躱せず、槍の柄で強かに脇腹を打ち据えられる。


「がっ!」


 チェインコートのお陰でダメージは少ないが、屍人とは動きが遅くなる分生前よりも腕力が強くなる、その衝撃に私は城壁から叩き落とされてしまった。


 落ちる、眼下には私を憎悪の目で睨む巨人。


 ―――もはやこれまでか―――


 巨人は私を握り潰そうとしてるのか手を伸ばし、表情が無いはずの屍人でありながら歪んだ喜びが浮かんでいた。


 落下しながら意外と冷静な自分に驚いた、死の目前になると案外落ち着いてしまうものだな、醜く嗤う巨人がだんだん大きく写る、伸ばされた巨人の手に握り潰される前にせめて剣で一刺ししてやる。


 対不死者用の剣を自分で持ってれば良かったと、少し残念に思いながら手にした剣を逆手に持ち、落下する勢いのまま突き刺す……そのまま巨大な掌は動かないまま。


「ぎっぎゃぁぁぁぁぁ! うでぇぇぇおでのうでぇぇぇ!!」


 なんと! 巨人の右手の肘から先が切断されていた、ずり落ちる腕と一緒に私も落下する、しかし何者かが私を抱き抱え兵士達の近くに下ろしてくれた。


 ああ、助かった今更ながら足が震えてきてまともに立てない、が、司令官として王太子としての矜持を総動員し、なんとか剣を杖替わりにしてまっすぐ立つ。


 助けてくれたのは飛行の術を使える部下だろうか? 礼を言おうと振り返ると……そこに女神が微笑んでいた。




   ~~~~~




 上空から地上を見ると、ゾンビの群れがてんでバラバラの方向に散っていた、なんだ? 真っ直ぐ南に向かってたんじゃなかったのか?


「我が君、前方に狼煙のようなものが」


 言われて前を見ると、確かに派手な色の煙が昇っていた、ってか火を焚いてるのヘルメスさんだ。


 事情を知ってるでだろう、ヘルメスさんの所まで飛ぶ。


(ヘルメスさん、どういう状況ですか)


「簡単に言うと巨人めはヘルヴェル嬢を恐れて、地面と同化する能力を駆使し隠れるようにして南に逃げたのである、恐らくヒトが多くいれば目くらましになるとか浅知恵を働かせたのであろう」


 見ればヘルメスさんは巨人にやられたと言う人たちの治療をしていた。


 皆俺の出現に驚いてるけど、ヘルメスさんと普通に話してるので逃げたり無闇に敵意を向けたりはしてこない、怯えてはいるみたいだけど。


「逃げる際に手下の支配を解いたようでな、群れの足止めは果したのである」


 巨人ゾンビはヘルヴェルさんが近づくと逃げるが、機動力がまるで違う、彼女一人に任せれば遠からず討伐は終わるとヘルメスさんは断言する。


「確かに地面と同化してる間ヘルヴェル嬢には打倒する手段は無いが、町を襲うのには能力を解除する必要がある故、いつかは討たれるであろうな」


(けど、その厄介な特殊能力で逃げ回って、その間に被害は拡大しますよね)


 それなら俺が行けばどうか? 一度俺が逃げたことで舐めてるんじゃないだろうか? 知能は低いからレナさん関係で挑発すれば簡単に引っかかりそうだ。


「しかし『群れの足止め』という点では十分過ぎるほどであるぞ? 支配を失った屍人どもは既に当てもなく彷徨くだけ、民間の者でも打倒は容易であろう」


 そりゃね、斬られた恨みはあるけどなんでかんで殲滅する必要は無いよ、ヘルヴェルさんに任せておけば巨人も倒せるだろう。


 けど準備して間、レナさんの話を思い出して気が変わったんだよ、彼女を生贄にした奴は気に食わない、思惑潰してやりたいってな。


 ゾンビを国に(けしか)けてダメージ与えようって作戦なら分かる、気に入らないけど俺が口を出す筋合いは何処にもない。


 権力争いで誰かを蹴落とそうとしたり、手柄のマッチポンプとかでも、所詮は他人事だと思う。


 で? 女の子犠牲にする意味は? ゾンビに無残に殺させるためだけに攫われたのはなんで? 考えれば考えるほど意味が分からない、理由が思いつかない、早い話が気に入らない。


(ヘルメスさん、俺は自由に生きようと思います)


「人の身であれば難しかろうが、竜ならば十分可能であるな」


 目の前の人は十分フリーダムだと思うけど、まぁそこは置いといて……


(ちょっと気に入らない奴の計画滅茶苦茶にしてきます、後は好きに動いてください)


 俺の言葉に彼はニヤリと―――なんだかやたらと邪悪そうに―――笑い、小さな黒い(オーブ)を渡してきた。


「了解なのである、面白そうなので我輩も手を貸してやろうではないか、この黒い玉は情報収集の為の使い魔である、身分のありそうな者の近くで割ると良いぞ」


(分かりました、やってみますね)


 黒い玉を受け取った俺は再び浮かび上がり空を飛ぶ、戦乙女達も俺に随伴して羽ばたく。


(皆は、三人一組で散らばってるゾンビ共を倒してくれ)


「我が君、屍人程度であれば単独でも十分殲滅可能です、三人組ですと手が足りなくなるのでは」


 ユクシちゃんが進言してくるが単独で万が一があってはならない、屍人だけでなく他の魔物が襲うかも知れない、二人組だと一人余っちゃうしね。


「それでは二人組で一人はご主人様に付いて行くのはどうでしょう、巨人に立ち向かうなら援護は必要かと」


 今度は鈎爪を構えたセイちゃんが提案してきた、その目は一刻も早く敵の群れに突貫したい欲求が見えた、焦りは禁物だよセイちゃん。


(単独でないなら構わないけど、それじゃ誰が付いてくる?)


 そういった途端、皆の目の色が変わった気がした、分かってたこの子達忠誠心高いもの。


 放っておくと殴り合いで決めかねないので、宝物庫からトランプを取り出した。


(それじゃこの札の中で一番高い数字出した子が付いて来てね)


 一応カードの強さはポーカー基準にするように伝えてユクシちゃんに渡す、俺がシャッフルするのが一番公平なんあろうけど、ドラゴンの手じゃ無理だしね。


 トランプを渡されたユクシちゃんはぎこちなくシャッフルする、そして順番に札を選んでいった結果……杖を装備したカハちゃんこと、『儀仗』のカハデクサンに決まった。


「くっスペードのエースだったのに、まさかジョーカーを引くとは」


 特に悔しそうだったのはユフちゃんだった、うん、スペードのエース引いてダメだったのは悔しいだろうね。


「あわわ……ご、ご主人様の足を引っ張らないように頑張ります」


 そういやこの娘は俺のこと若干怖がってたな、今回の事で打ち解けられれば良いんだけど。


(皆、無理はしないように安全第一でね)


 俺の声に戦乙女達は敬礼で返し、それぞれ別別の方向へ飛んでいった、何故か周囲の冒険者の皆さんは彼女たちを拝んでたけどなんかあったのかな?

読んでくれた皆様ありがとうございました。

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