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三日目・8

 ―――遠くからその戦いを見た者達は、後にまるで御伽噺のようだったと口を揃えて語った。


 ―――屍人の群れの侵攻と言う災害にあって、斥候を請け負った冒険者たちは漏れなく腕利き揃い、故にその凄まじさの一端を理解し得た。


 ―――巨人の斧と戦乙女の槍がぶつかり合い、破裂音とともに放たれる衝撃波は周囲の屍人を粉々に引き裂く。


 ―――屍人と化してなお変わらぬ、いや生前にも増した剛力で振るわれる大斧は、止まらない、時に片手で、時に両腕で、斧を振るった勢いを利用し流れるように、緩急織り交ぜた連続攻撃を戦乙女に叩きこむ。


 ―――人の目には白い閃光の如く、夜の帳がおりた草原に軌跡を残しながら白い翼の羽ばたき、膨大な魔力を槍の穂先に束ね、巨人を討つべく縦横無尽に天を翔ける。




「見たところヘルヴェル嬢が優位のようであるな、まぁ種族的に当然の事であるが」


 戦士の魂を神の宮殿へ運ぶ役割を持つ戦乙女達は、死神としての側面を持つのだ、当然不死者に対して『浄化』乃至『抹消』する権能を生まれながらにして所持しており、圧倒的な身体能力を持つ巨人族に対しても、地力の差を相性で覆し、現状一方的に攻めている。


 いや、それだけではないな、巨人の斧を振るう姿は腐った外見を別にすれば中々堂に入ったものだが、戦いの組み立て方、そして速さに勝る相手への対応が素人同然、否それ以下だ。


 見た目に派手なため、凡人の目には互角と写るやも知れぬが、現状巨人に憑依した邪霊は防戦一方、身体能力と巨人に染み付いた戦闘技能でなんとか凌いでるに過ぎぬ。


 さて我輩としては、そろそろモルモット収集を再開するのである。


 やれやれ、ヘルヴェル嬢に襟首を掴まれ、群れの密度が高い前線に放り込まれてしまったが、巨人の指示がないと何もできないのか、屍人どもは棒立ちになっているのであるな、実に好都合。


 屍人は元はヒトの死骸とは言え、魔素を吸収したれっきとしたE級魔物である、動きが遅く知能が低いとなればモルモットとして適しておる、まぁ臭いには閉口するが、悪臭を放つのは屍人の基礎技能、『食われない為』の生態なのだから仕方のないことだ。


 ここは我輩が巨人を討ち、研究資材としてA級魔石を頂きたいところであるが、ヘルヴェル嬢が戦っていては手を出せないのが困りものである、やむを得ん、援護だけしてやろう。


 ヘルヴェル嬢のような脳筋、もとい戦闘を生業とする者は一騎討ち(タイマン)の邪魔をすると、怒るという理不尽な思考体系をしてる者が多い故、周囲に屍人が入れないようにしてやった、援護はこれで終わりである。


 さて気を取り直してモルモットの収集である、屍人どもよ、我輩の研究の一助となれる幸運を噛み締めるが良いぞ。


 【神翠の秘奥板(エメラルドタブレット)】を使い、無表情で棒立ちする屍人の群れに術を行使、異空間の入口である黒い霧に飲み込まれ、一帯の屍人は一瞬で消え去った。


 そうして周囲の屍人のほとんどを異空間に閉じ込めた頃に、現地人が複数集まり我輩に話しかけてきた、見たところ小集団を束ねるリーダー格が集まってるのであるな。


「あ、あの……」


 集まった中での代表らしい、猟師のような格好の男が前に出てきた。


「用件は手短にしたまえ、我輩は忙しいのである」


「あ、貴方がたは何者なのでしょうか? あ、俺の名前はロビンです、ここに居る全員がエトナシーカーで冒険者やってます」


 なんでも屍人どもの侵攻を受け偵察に来たらしい、ふむ、戦で斥候を放つのは当然であるな、しかしヘルヴェル嬢が巨人と戦ってる現状を報告せんで良いのか?


「あの、一応遠距離で会話できる魔法道具を預かってるんです、持続時間も短いし貴重品なんで一つだけですけど、それで出来れば貴方達のお話を聞いてからと思いまして……」


 調べることは調べ終えて、既に報告済みらしいのだが、突如現れ巨人と戦いだした我輩たちと接触しようと、機会を伺っていたそうだ、まぁ周囲の屍人は我輩が消し去ったので安全と見たのであろう。


 なんと答えるべきか……まぁ学究の徒たる我輩が、問われて偽りを述べる理由もあるまい。


 ここに来る途中ヘルヴェル嬢が語っていた経緯をすべて話す、サシュリカ殿も焦っていたようで最低限の事しか話してないらしいので又聞きに過ぎんがね、勿論その間モルモットの収集も忘れない。


 連中は神妙な顔で我輩の話を聞いていた、無知な者の為に可能な限り、分かりやすく噛み砕いて説明してやったが、理解したであろうか? 宇宙の至宝たる我輩の頭脳と、十把一絡げの民草では知能に差がありすぎる故な。


 話が終わると、冒険者たちの中では、それなりに整った身なりの男が手を挙げ質問してきた。


「そのレナと言う女性はどうしたんですか? 話を聞く限り……その……」


「屍人に襲われていた娘であるか? 我輩は面識がないが、ヘスペリデス大霊峰の主が屍人どもを討つべく動いたからには、代償を支払ったのであろうよ、すなわち竜にその身を捧げたのである」


 質問をしてきたジョンと名乗る男が悼むような表情を浮かべるが、ヘスペリデス大霊峰は住みよい場所であるぞ? ヘルヴェル嬢が言うには大層美しい娘でサシュリカ殿も気に入ってるようであるし。


 現地人はエトナ大霊峰と呼んでるそうであるが、地域による呼び方の違いだと勝手に解釈したようだ、主が勝手に改名しただけなのであるが。


 冒険者たちはザワザワと話し合ってる、うむ、似たような教養の連中での意見交換は有意義であるぞ。


 そんな中で恐る恐るといった風情でロビンも質問してきた。


「邪霊が発生した経緯とかは……」


「我輩は『意図的に生み出された』と見ておる、即ち思考を奪い欲望と偏った情報を延々と埋め込んだ上で、自身が死んだことにも気付かぬようにして殺害する事で、都合よく動く手駒(・・・・・・・・)を作ったのであろう」


 我輩も似たようなことをやろうと思えば簡単にできるが、手間に対してメリットが皆無と断じる、まぁ無知な者を躍らせるパフォーマンスとしては悪くないのではないか? 我輩ならば少ない手間暇で万倍有効な手段をいくらでも思いつくが。


 我輩の言葉に周囲の者は驚愕した様子であるが、こんなもの正しい知識と僅かな洞察があれば、たどり着く結論であろう。


 まぁ我輩以外にはその正しい知識がない故、無知な者共が訳も分からず不安を抱くのは理解できる。


「ま、待ってくれよ! それじゃこの事態は誰かが意図的に起こしたって言いたいのか! 何のために!?」


 ティンガムと名乗る者が狼狽したように食って掛かってくる、我輩の顔に唾が飛んでくるではないか、愚か者め。


 愚か者とはいえ問いには答えてやるべきではあるが、他人の意図など我輩の知ったことではない、正確な裏付けのない推測など、学究の徒たる者が軽々しく口に出すことではない、なぜなら無知な者に我輩の推測を聞かせては、不完全な推測すら真理として扱いかねんからな。


「待てよ、以前から対不死者用の武器が買い占められてて、全然手に入らないよな」


「巨人の墓が暴かれたって噂聞いたけど、まさか……」


「王様は一ヶ月後の50歳の誕生日で隠居するって噂だけど偶然なのか?」


 連中は急に深刻そうに話し始め、代表格であろうロビンも魔法道具を起動させ何処かと話し始める、まぁ我輩に関係はないが。


 ここら一体の屍人は全て異空間に収納した、そろそろ移動するべきであるな。


 ヘルヴェル嬢の方向を見て問題なさそうであれば別行動を……はて? 巨人の巨躯がいつの間に……


「皆! 散るのデスッッ!」


 ヘルヴェル嬢の狼狽した警告を聞き、我輩は即座に上空に飛び上がる……瞬間、地面から巨人の上半身だけが現れ、大斧を振るう。


 我輩の周囲に集まっていた男たちは、ヘルヴェル嬢の警告でバラバラに散ったが、数人は巻き込まれ、大斧に切り裂かれる。


 巻き込まれた者の中には、通話に集中していた為か、一瞬飛び退くのが遅れたロビンもいた。


 身の丈を遥かに超える大斧に切り裂かれ、またはその大質量を叩きつけられ、逃げ遅れた者達は大量の血を流し倒れふす、なんとか難を逃れた者は倒れた仲間のもとへ駆け寄ろうとする。


「うわぁぁぁぁロビィィィン!」


「タック! 離れろバラバラに……タァァァァァァック!」


 間一髪空に逃げた我輩は無事であるが、冒険者たちは突如地面から出現した巨人の猛威に晒される。


 拙い事に、最初のひと振りで、魔法道具を持ったロビンが殺られてしまった、道具も壊され、これでは巨人の能力を伝えることができん。


「しっ死ね死ね死ねぇぇぇぇぇぇ!! おっ俺のじゃっ邪魔するなぁぁぁぁぁぁ」


 狂ったように叫びながら斧を振り回す巨人の姿は、手負いの獣を連想させられる、流石の我輩も目の前での人死は気分が悪い。


 即座に上空から浄化の術を放つ、巨人は錯乱しているために気付かれることは無いはずであるが、ヘルヴェル嬢が近づいてきた為か、地面に逃げられてしまう。


「ヘルヴェル嬢、一騎討をしてたのではなかったのかね!」


「私だって逃がすつもりはなかったデスよ! 僅かに槍が掠ったら急に逃げ腰になったのデス」


 察するにヘルヴェル嬢の持つ浄化の権能を身をもって理解し、即座に逃亡を選択したのであろう、その代わり集まっていた我輩たちを八つ当たり気味に狙ったのか。


 相当ヘルヴェル嬢を恐れていると見える、近寄っただけで逃走するとは、まるで地面に染み込んだかのように見えた。


 どうやら邪霊とやらは、圧倒的に弱い、反撃できない、自分を傷つけられない者としか戦えないのだろう、自身を滅ぼし得る彼女からは全力で逃げるつもりであるか、それにしても厄介な特殊能力を持っておる。


地面と同化する(・・・・・・・)固有技能デス、私が近寄るとすぐに地面に潜ってしまいます」


「ならば、これでどうだ!」


 我輩は固有技能【神翠の秘奥板】を用い、地面に特大の火球を叩きつける、ただの火ではなく浄化の概念を内包した蒼き超常の聖炎、地面に到達した瞬間、蒼い火球は爆発するように周囲に飛散し、周囲を浄化の光で照らす。


 バラバラになって巨人の奇襲を避けた男たちを襲うように邪霊が指示したのであろうか? 集結しようとした屍人どもは、聖なる炎に照らされただけで消滅する。


「なっ……なっ?」


 魔法の心得がそれなりにある者がいたようで我輩の術に腰を抜かしておる、我が秘技の奥深さを理解し得ぬ無知なる者共ですら、生者を灼かぬ蒼い炎には驚愕している様子であるな。


 聖炎の灯火は汚れた魂を灼き尽くす、本来墓所ごと浄化する術を我輩の力で極限まで増幅されたこの術は、当然地中の巨人にも効果があるはずであるが……


「今の術、巨人とは言え不死者(アンデッド)であるなら十二分に致死に至る威力デスが……」


 手応えはない、かなりの広範囲に浄化の力が及ぶはずであるが、とっくに効果範囲の外に逃げたと見える。


「奴め、そもそもこの場から離れておるわ! 我輩らに攻撃をしたあと、地面と同化したまま逃げたのである」


 拙いぞ、敵は予想以上に臆病であった、地面と同化できる能力で戦うわけではなく、支配下の軍勢を捨てて逃げおった。


 聖なる炎の範囲外にいた屍人は……今まで指示がなければ棒立ちであったものを、今度はバラバラの方向へ動き出した、支配を放棄したことは間違いあるまい。


「巨人が向かう先は」


「ここから南にある町である」


 流石にあれだけ巨大な存在を見失うことは有り得ぬ、地面に同化したまま一直線に南下してるのである、その速度は馬よりもはるかに速い。


「私は巨人を追います、ヘルメスは……」


「統率を失った屍人どもの始末をするのである、まだまだモルモットは必要であるし、彼らも治療してやるのである」


 一直線に南下するヘルヴェル嬢、軍勢の足止めという点では既に達成しておる故、我輩も好きに動かせて貰う……が、その前に冒険者たちの治療をしてやろう、このヘルメス・トリスメギストスの手にかかれば、魂がまだ冥府に向かわぬ今のうちならば蘇生可能である故な、もっとも少々時間がかかるが。


 ヘルヴェル嬢は我輩が冒険者の治療をすると言うと、納得したように巨人を追うべく南へ向かって翔けた。


「ヘルヴェル嬢は人が良いのであるな……ククッ我輩が好意で治療するわけがあるまい、研究には現地人の協力があれば捗る故な、錬金術は等価交換、致命傷を治す代価に馬車馬の如く働いて貰うぞ冒険者諸君」


 まぁ我輩の名誉の為にも言っておくが、我輩は馬車馬を死ぬまで酷使するような愚かな真似はせんぞ、最大限効率よく働かせるのに『餌』と『恩』で自分から動くよう差配するだけである、特に自分の意思で正しいと信じるように仕向けるのが肝であるな。




   ~~~~~




 C級の部屋に送り込まれた魔物の群れを、ほとんど食い散らかした頃に、ヴァルキリー達のレベリングが完了したとマリエルさんの報告が来た。


「サシュリカさん、彼女たち全員レベル15以上にレベルアップしました、D級以下の部屋で待機してます」


(すぐ行きますね、魔法のポケットにポーションが入ってるか確認しといてください)


 魔法のポケットとは、実際の体積以上に物が入る魔法道具だ、服に縫い付けられる小さなポケットに中に、ポーションのビンが約100本入る。


 この手の便利アイテムはマナで購入できるので、寝る前にD級魔石を砕きまくって色々買ったのが良かった、俺こういうの選ぶのって時間がかかるんだよね。


「大丈夫です、確認した上で彼女たちに持たせています」


 流石、マリエルさん有能、可愛くて気がつくなんて最高だね。


 D級以下の部屋ではヴァルキリー達が直立不動で待機していた、かなりの数放り込んだはずだけど、特に大きな部屋なのに、生き物の気配は彼女達しか存在しない。


(怪我をした者は手を挙げて、ポーションを今のうちに飲んでもらうよ)


 見た感じ誰も怪我してない、ユクシちゃんが前に出てくる。


「お気遣い恐れ入ります我が君、我ら全員かすり傷一つなく、疲労もございません」


 D級魔物相手に無双やったみたいだな、ただでさえ強力な戦乙女が【金の指輪】まで装備してれば当然か、なんかこの指輪時間経過で怪我も治るし疲労も早く抜けるらしい。


(D級程度じゃウォーミングアップか、うん、皆良くやった、今日の討伐は頼りにさせてもらうよ)


 彼女たちはついさっき自我が芽生えたばかりだからね、言う事を聞いたらちゃんと褒めてあげる、そして子供扱いじゃなくて『頼りにしてる』アピールは戦乙女的に嬉しいと思うがどうだろうか?


「ご、ご主人様ぁ……」


 なんかユフちゃんが頬を染めて艶っぽい目で見てくる、この娘ほどハッキリ態度で示す娘はいないけど、全員多かれ少なかれ嬉しそうに見えた。


(行くぞ皆、外に出たら俺の背中に乗るんだ)


「ちょっと! 待って! 待ってください、主の背中に乗るとか畏れ多いというか…ないです、マジないですよ!」


 焦ったようにツッコミを入れてきたのはヴィーシちゃん、乗っけて飛ぶのはなんか拙いんかな? 準備に時間がかかった分急ぎたいんだけど。


「背に跨る、つまり馬の扱いも同然ですから、主君たる方にさせるわけにはまいりません」


 ユクシちゃんが困ったように、注意してきた、上下関係厳しそうだし命令だってやらせても、彼女たちも困っちゃうか。


(それじゃ尻尾に掴まってね、全速力で飛ぶから振り落とされないように)


 今朝設置した『真実の鏡』は色々細かい事まで分かるようで、色々確認したところ、現在俺の飛行速度は大体彼女たちの2倍ほど、ヘルヴェルさんにばかり負担をかけられないから急ぐ必要があるのだ。


 尻尾に掴まるなら彼女たちも大丈夫のようで、外に出ると彼女たちは俺の尻尾にしがみつく、中には紐で括りつけてる娘もいた。


 この世界に生まれた時と同じ満天の星空の下、南に向かって俺は全速力で飛んだ。


 待ってろよ巨人ゾンビ、斧で斬られた仕返しをしてやる……うーんやっぱり少し動きにくいな、レベルアップして少し体が大きくなったのかな?

読んでくれた皆様ありがとうございました


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