三日目・7
何も見えない聞こえない、感じない、考えることも頭の中に靄がかかったようで曖昧だ、はて我は何をしてるのだろう?
「まっまっまだか、のっのろま共! うっうっ裏切った報復におっ王都を攻撃だ!」
ぼんやりと、人食い鬼どもが我の周りに居るような気がする、奴隷を引き連れてるとなると戦か? そう言えば我はヒトとの戦で果てたのでは無かったか?
「ゲヒッヒヒヒ! ばっバカにした報いだ! 思い知らせてやっやるぞ!」
はて? ヒトに侮辱された覚えは無いはずだが? 戦場で我に向けられるのはいつも畏怖と殺意、もっとも戦とは言え数多の命を奪ったのだから恨まれてはいるだろうが。
ヒトとの戦が起こった理由はなんだったか? そうそう増えた奴隷共を養えなくなりヒトの家畜や穀物を奪うためだ、ヒトも我らの縄張りを奪おうとしてたはずだ。
「おっ女も沢山いっいるだろうな! おっおっ王女を差し出せばゆっ許してやっても良いな! ゲヒッゲヒヒ」
差し出す? 馬鹿な話が聞こえる、ヒトとの戦は奪うか奪われるかだ、一部に和平を唱える者もいたが、人食い鬼を多数飼ってる以上、ヒトとは相容れぬ。
それゆえ戦は必然、我は巨人の戦士として……死んだのではなかったか?
無数の投槍に貫かれたはずだ、ヒトの中で一番の戦士に斬られたはずだ、奴隷共を率い敵陣を砕いたはずだ、強烈な魔法を正面から耐え凌いだはずだ……白い竜に斬りかかった……ん?
おかしいな? 竜を斬った程の誉れが曖昧とは?
曖昧だ、何もかもが曖昧で、自分がどうなってるかすら分からないが、これから戦なのはなんとなく分かった、向かう先はヒトの縄張りか? それとも竜の巣か?
「こっこっこのグズども! もっと早く! もっもっと早く王都に! みっみっ皆殺しにするんだ! おっ女を残してみっ皆殺しだ!」
我の近くから聞こえるこの不快な声はなんであろう? バカな事だ戦士ではないヒトを殺すなどありえぬ……そうだ戦士以外用はない、例えばそう、少し先にいる草に紛れて矢を番える男たちのような。
何もかもが曖昧な中、向けられる戦意だけはハッキリと感じられた、何もかもが曖昧な中なんとなくだが、そちらに顔を向けることができた気がした。
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チッ! 体中が腐敗した巨人の屍人がこっちに顔を向けた瞬間、まるで全身の血が凍り付いたかのようだった。
「逃げるぞ、あの巨人こっちに気付きやがった」
俺の名はロビン、元々大森林に最寄りの村で狩人を生業としていたが、魔物の大発生で村に住めなくなり、今ではエトナシーカーの町で冒険者をしている。
村から逃げて早3年、子供の頃から大森林で狩りをしていた俺には冒険者が合ってたみたいで、今では誰からも一目置かれ、ベテラン冒険者とも肩を並べるほどだ。
「屍人がそんな感覚働くのか? いやでも巨人だしな」
「ああ、A級討伐対象の巨人族だ、慎重になってなりすぎって事はない」
同じ村から逃げてきた戦士のタックと魔法使いのシャードは、俺の言葉を聞き即座に屍人を討つのを断念し撤退に入る。
繰り返すが、ガキの頃から大森林の魔物の討伐を手伝ってた狩人の俺や、魔物が頻繁に姿を現す環境の村で自警団を勤めていたタックの実力は町でも上位に入るし、見習い魔法使いでさえ討伐に駆り出される村だったのだ、そこで修行を積んだ魔法使いのシャードも週に一回は士官の誘いが来るレベルだ。
国民の誰もが魔法を使えるミリス国民だが、一般人や普通の冒険者は一つか二つ使えるのが精々だ、俺も多少視力が良くなる魔法しか使えない、使えないが狩人としては十二分に有効な魔法だ。
そんな中魔法使いを名乗れるように修行した連中が使える魔法は最低でも20種類、使える魔法が多ければ多いほど魔法使いとしては高位とされ、このシャードは40種類もの魔法を使いこなし、しかも威力が高い。
魔物の肉を日常的に食ってると魔法の威力が高くなるなんて迷信があるが、どっちかというと過酷な環境だから強くなった感じだな、体感的に。
さて、そんな過酷な大森林最寄りの村で狩人の指示に従わない奴はいない、なぜなら俺たちにとって最も重要な『危機を察知する』能力を持つのが狩人というものだからな。
危機察知は魔法じゃない、常に魔物のテリトリーで狩りを続けるうちに身につくモノだ、周囲の奴らは魔法だと言ってるが、いつの間にか使えるようになったモノだし魔法じゃないだろ。
「意識を向けられた感覚がした、群れのボスの位置、移動速度が測れただけでも十分だ」
俺とタックは撤退の準備、シャードは魔法を使って他の冒険者チームと連絡を取っている、俺たちは複数の冒険者チームと合同で偵察任務に就いたんだから連絡はちゃんとしないとな。
この話を聞いたのは夕食には少し早い時間帯で、仲間たちと行きつけの酒場で駄弁ってた時だった。
この酒場は冒険者への依頼の斡旋もしており、冒険者同士の情報交換の場でもあった、そんな酒場に血相を変えた騎士が飛び込んできたときは、儲け話の予感がして周囲の目が変わったものだ。
「ジョンやティンガムの一味はどうした? あいつらは俺たちとかなり離れてたはずだけど、連絡つくか?」
「いや、この距離じゃ無理だけど流石に偵察をして退くだろ、この数の屍人相手に考えなしに暴れるような馬鹿はいねぇよ」
酒場に駆け込んできた騎士が告げた依頼は、突如発生した屍人の群れの偵察、破格とも入れる報酬を提示してきたので、名乗り出る冒険者チームは多かったが危険な依頼なのは間違いない。
酒場のマスターもある程度の実績と実力がある奴らにしか依頼を回さなかった、俺たちの知り合いで請けられたのは”貴族崩れのジョン”と”猟犬ティンガム”のチームだ。
ジョンは護衛とかをメインにこなす冒険者チームのリーダーで、顔がよく礼儀正しいので名指しで依頼を受けることが多い、『貴族崩れ』とか言われてるが、物腰が丁寧で貴族っぽいというだけで、実際は商家の三男坊だからこの渾名で呼ぶと怒るけどな。
ティンガムは元々兵士をやってたが問題起こしてクビになった男だ、お世辞にも腕が立つとは言えないが、食い詰めた素人同然のチンピラでも手足のように使いこなす手腕は一目置かれている、コイツのチームの討伐実績は町一番だ。
一度狙った獲物は偏執的なまでに集団で追い込む、その狩りのスタイルから付いた渾名は『猟犬使いのティンガム』なにげに本人も気に入ってるらしいが、手下連中が犬呼ばわりされるのを嫌がるので、冒険者仲間からは猟犬ティンガムと呼ばれる。
他にも数チーム、顔だけは知ってる連中だった、要するにそれなりに顔の売れてるベテランか俺たちのような腕の立つ奴らを揃えたってわけだ、引き際を間違うような真似はしないだろう。
「戻るぞ、巨人が1、オーガが12体確認した、人間サイズは数えるのもアホらしい数、依頼通り報告を優先、こっから俺たちが何体か倒しても時間稼ぎにすらならねぇよ」
仲間たちは頷き、魔物の感覚を鈍らせる香を焚いて、町に向かって戻ろうとした瞬間だった。
暗い夜の草原に、光り輝くモノが巨人のすぐ前に『降って』きて俺たちの方に顔を向ける。
「勇気ある戦士たちよ、無数の軍勢を前に少数で挑むその姿、真に見事デス」
闇夜の平原で一際輝く白い翼を背負う、全身鎧の女は、光の加減で顔はよく見えないが笑ってるように見えた、なんで偵察に来ただけの俺たちが褒められるんだが知らない、知らないがなんとなく巨人を前にした緊張が解れた気分だった、なんだろうなこの感じは、この声に褒められると安心してしまう。
例えるなら森で迷った時に親が自分を見つけてくれた時のような……一刻も早く安全地帯まで退かなくてはならないのに、つい彼女の背中を見つめてしまう。
彼女は輝く翼を大きく羽ばたかせ、巨人の前に立ち塞がった。
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エトナ大森林の探索の為、冒険者たちが集まり栄えたこのエトナシーカーの町は、王都と大森林のちょうど中間に位置し、魔物が溢れた場合に王都の盾となるよう造られた堅固な町だ。
今、城壁の前には明かりが規則正しく並んで灯り、兵士たちが緊張した面持ちで整列している。
城壁の上に立つ私―――ミリス王国王太子、グレン・ヴェルウッド―――はすぐ傍に控える大将軍レヴィン・スプリングガーデンと共に北の平原を見つめていた。
屍人の群れが向かってくるので迎え撃つ、それは問題ない、魔物の襲撃に備えるのは軍の義務なのだし、軍の最高司令官たる王太子が大規模な魔物の襲撃に際し、指揮を執るのは当然のこと。
「殿下に申し上げます、住民の避難及び、簡易ではありますが陣地の構築完了致しました、また現在冒険者から送られてくる遠距離念話の魔法道具による報告を纏めております」
「ご苦労、下がれ」
表面上は平静に、いつもどおりの声色で伝令兵を下がらせる。
私は今年で三十になった、王太子としてそれなりに長く軍のトップを務めてるのだから、不機嫌だからといって兵にそれを見せるような真似はしない。
「それでレヴィン……揃ったか?」
彼は首を振る、この町には、武器が十分にあった、燃料も潤沢だ、食料だって一ヶ月の籠城に耐えられる、治療に使うポーションも備蓄も問題ない……しかし。
「方々手を尽くしましたが……対不死者用の武器だけどうしても見つかりませぬ」
―――ギリィ!
傍には腹心のレヴィンしかいないせいか、つい感情を露にしてしまった、落ち着け冷静にならなければ……
「調べてる時間はない、屍人の群れはすぐそこだ、手持ちの札でなんとかするしかあるまい」
無論不死者用の武器も皆無ではない、急な出来事であったがレヴィンの伝手でなんとか確保できた武器もある、しかし屍人の数に対してあまりにも少ない。
準備は終え、主だった者達は既に配置に付いている、しかし不安で仕方ない、まだ何か出来ることがあるのではないか? ひょっとして邪魔する者が現れるのではないか?対不死者用の武器だけが手に入らない事が、不安を煽る。
「冒険者達の報告は逐次私かレヴィンに伝えるようにしろ、指示が遅れれば後手に回るかもしれん」
単なる魔物の異常発生であってくれ、理性ではそんなことはありえないと考えつつ、そう願わずにはいられなかった。
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「巨大な斧を携えた巨人の屍人だと!?」
偵察に向かった冒険者たちの報告は一瞬耳を疑うような内容だった、しかし長年対魔物を生業としている者達、ましてや複数のチームが同じ報告をしてくるとあっては信じるしかない。
魔法道具による冒険者からの遠距離念話の担当をしている側近は、私の驚愕を余所に報告を続ける。
「はっ! また、巨人の周囲にはオーガの屍人が確認されております、報告では最小で8体、最大で12体と」
「周囲には配下を置く……邪霊が作った群れの特徴だな」
本来屍人とは自身の妄執の為だけに動くが、群れと化す場合、狭い範囲の―――大抵は町一つくらい―――大勢の人間が怨念を抱き亡くなるとリーダー格に引き摺られるかのように屍人と化し、怨嗟のままに暴れまわる、この場合リーダーは単なる切欠に過ぎず、守るような動きは決してしない。
邪霊が作った群れなら、ボスである邪霊を倒せば終わりであり、全滅させる必要はないのだが、憑依してるのが巨人というのが問題だ。
巨人族……数こそ少ないが我々の基準で最低でもB級上位、戦士階級ならA級と見て間違いなく、しかもB級下位の魔物である人食い鬼を奴隷として多数従える。
約40年前、隣国の王が若干二十歳の王子であった頃、自ら陣頭指揮をし、巨人族との戦いに見事勝利し版図を大きく広げたそうだ、そしてかの王子は英雄といて王に選ばれたとか……
我が国でも吟遊詩人が好んで題材とする、極間近な英雄譚、巨人殺しの大英雄として国内外に畏れられ敬われている、生きる伝説『剛剣王』スベント。
数年前、かの王に一度だけ会ったことがあるが、スペンド王の威容こそ英雄の資質というのだろう、60歳を過ぎた老人でありながら身に纏う覇気は、まるで巨人に睨みつけられたような重圧を感じたものだ。
(私にはとても巨人を前に剣を振るうなど恐ろしくて出来んよ)
齢30を超え、次期国王として過不足なく、それなりに振る舞えてるとは思うが、どうにも私の小心ぶりは筋金が入ってる、巨人が率いる軍勢を想像するだけで頭痛がしてくる、準備の為に忙しく書類と戦ってるのが一番気が休まるというものだ。
とは言え司令官としてずっと執務室に篭ってるわけにはいかない、方針を定め部下を動かし、時には鼓舞しなければならない、怯えを見せるなど以ての外だ。
「ならば戦力を束ね巨人を討つ、将を集めよ対抗策を協議する、兵には交代で休息を取らせるのだ」
私の宣言に傍に控えていた従騎士達全員が敬礼の後、伝令の為に部屋を出る。
将達が集まるまで恐らく30分程、飲みかけだったワインを飲み干し、報告書を持つ側近を見る。
「それで? 他に報告があるのだろう?」
即金の彼とは長い付き合いだ、実は従騎士に話せない報告があるときのサインを決めていた、全員が伝令で出て行って助かった、何人か残ってたら、別の命令を考える必要があったからな。
従騎士とは、全員が貴族の子弟で私の護衛でもあり、彼らの実家とのパイプ役でもある、それ故に彼らの前では話せないことも多い、彼ら個人を信用して無いわけではないのだが、背後の実家がどう動くのか分からないのだから仕方ない。
「はっ信じがたい話ですが……女神が巨人の足止めをしていると」
巨人に続いて女神とは、どうにも私の理解を超えた事態が起こってるようだ……なんかまた頭痛がしてきたな、そうだこの戦いが終わったら王都で心配してはずの妻や子供達とピクニックにでも行こうかな、きっと心身ともに癒されることだろう。
読んでくれた皆様ありがとうございました。