三日目・6
召喚儀式陣の部屋で、俺の前には9人の戦乙女がいた。
全員白銀の全身鎧を纏い、フルフェイスの兜を被っており、何より目を引くのが白く輝く翼だ。
(招きに応じてくれてありがとう、俺は召喚者のサシュリカ)
名乗ると彼女たちは一斉に兜を外し小脇に抱え、翼を折りたたむ、そして片膝と片手をつき顔を伏せる、これは主人の下知を待つ時の姿だと教えてもらった。
彼女たちは”無銘”の戦乙女だから自己紹介とかはない、それ以前に名前のない戦乙女は自我や感情すら無く、命じたことをこなす知能だけ持つロボットのような存在らしい。
皆、顔立ちも髪の色も異なるが、レベル1だからなのかヘルヴェルさんに比べると、幼いというか、やや頼りなさげな印象だった。
「……サシュリカ」
召喚が終わるのを見計らってたのか、ヴィーラントさんが部屋に入ってきた、目線を向けると軽く頷いたので、彼女たちの武器ができたのだろう。
「流石に一から創る時間が無かった……既存の武器に……手を加えて強化した」
手ぶらという事は武器は宝物庫に仕舞ったのだろう、俺はヴィーラントさん作の武器を宝物庫から取り出すと剣やら槍やら、多種多様な武器が、召喚部屋に所狭しと並ぶ。
その全ての武器が、彼女たちの翼と同じように白い輝きを放つ、注文通り対ゾンビに有効なのだろう。
「……質は悪くない……種類を増やした……好みの武器を選ばせろ」
なんでも彼女たちは生まれついて、それぞれ得意な武器を扱う技術を習熟してるらしい、なので全員同じ武器を持たせて戦わせても、使えない武器だった場合、素人同然に振り回すだけになってしまうそうだ。
(それでは用意した武器から扱えそうな物を選んでください)
彼女たちは全く迷うことなく、自分の武器を選び、再び俺の前で指示待ちのポーズをする、武器を持った場合は自分の背後に置くようだ。
『名前』を与えないと彼女たちは自分の意思を持たない、いや、持てない、これは上位者の命令に忠実に従い戦うという、ヴァルキリー種族の生態のせいらしい。
次に俺は順番に保管庫から経験値を与え―――B級魔物をヘルヴェルさんが狩ったおかげで経験値は潤沢だった―――全員をレベル10にまで上げる。
順番に武器を選び終わった子から金の指輪を渡す、この指輪はヘルヴェルさんの固有技能で生み出されたもので、装備者のステータスを大幅に上昇させる他、多くの恩恵を与える秘宝級の装備品だ。
そして、渡すと同時に名前を与える、これによって戦乙女は自我を持つ。
―――『大剣』のユクシ
―――『刺突剣』のカクシ
―――『突撃槍』のコルメ
―――『投擲槍』のネリャ
―――『戦斧』のヴィーシ
―――『投擲斧』のクーシ
―――『鈎爪』のセイツェマン
―――『儀仗』のカハデクサン
―――『弩弓』のユフデクサン
彼女たちに名前をつけた途端、目の色が変わった気がする、強いて言えば寝ぼけ眼だったところ、急に目が覚めた感じか? 無事に自我が芽生えたようだ。
早速、彼女たちの中から一歩前に出て来た娘がいる、大剣を持ったユクシちゃんだ、ちゃん付けなのは何と言うか全員子供っぽいからだ、背は高くて美人系な子が多いんだけど……うん、雰囲気的に初めて中学校の制服に袖を通した小学生のような、子供が無理して背伸びしてる感じがする。
「名を賜り、至上の誉れでございます我が君、『大剣』のユクシ以下8名、我が君の剣となり盾となることをここに宣誓致します!」
ビシィッとかいう擬音が聞こえてくるような完璧な敬礼だった、このユクシちゃんは最初に名前を与えたからお姉さん気質なのか? なんとか妹たちを纏めようと頑張ってる感じでとても可愛い。
(ヴィーラントさん案内とフォローお願いしますね)
「……ん」
嫁さんじゃないから、また無口モードになっちゃったな、まぁ頷いてくれたから大丈夫だろう。
(さて全員に経験値と武器、そして金の指輪を与えた、次はD級以下の部屋で魔物と戦ってもらう、お互いに協力するように心掛けるように)
「はい! おっ任せください! サクッと全滅させて見せます」
突撃槍をブンブン振り回しながら、元気良く返事したのはコルメちゃん、危ないから長物振り回すのやめなさい、目にも止まらない速度でカクシちゃんが首筋にレイピアを突きつけてるよ?
「静かになさい」
カクシちゃんは切れ目で真面目そうな印象だけど、注意より先に手が出るあたり割と好戦的……戦乙女は大半脳筋だから何も問題ないな。
「ちょ! ちょっと当たってる、硬くて尖ってるのが当たってチクチクしてるから!」
「当ててるのよ」
全然嬉しくない『当ててるのよ』だな、俺が人に変化できるようなったら是非とも本来の意味で『当ててるのよ』して欲しい。
それはさておき、青い顔で背後のカクシちゃんに抗議するコルメちゃん、表情がコロコロ変わって面白いな。
「当てんなよ、レイピアが刺さって血が出そうだから!」
二人の言い合いの中、常識的なツッコミをしたのが戦斧を持ったヴィーシちゃん、ツッコミ属性がいたか、お願いだからその大斧でツッコミは入れないでね?
それにしても全員名前をつけた途端、無表情から一転個性豊かになったな、お姉さんぶるユクシちゃん、口より先に手が出るカクシちゃん、元気なコルメちゃん、ツッコミのヴィーシちゃん。
他にもネリャちゃんは二人を仲裁しようとしてるけどオロオロしてるし、我関せずと武器の使い心地を確かめるように素振りしてるクーシちゃん、早く部屋を移動したいけど、言い出しにくそうなセイツェマンちゃん、長いからこの子はセイちゃんと呼ぶ事にする。
おっかなびっくり俺に挨拶しようとして、やっぱり躊躇するカハデクサンちゃんこと、略してカハちゃんはデカい俺が怖いのかな? 怖くないよ~、ほらユフデクサンちゃん、もとい略してユフちゃんみたいに懐いて大丈夫だよ?
「ご主人様~ユフは頑張ったらご褒美欲しいなぁ~」
「だ、駄目だよぉご主人様に失礼だよ」
オロオロとユフちゃんに注意するカハちゃん、なんて可愛い生き物なんだ、俺がもう少し小さければ頬を舐めてみたい……まぁ俺の舌はヤスリどころか、おろし金みたいなもんだから無理なんだけど。
一方、俺の目の前でパタパタ飛びながら上目遣いでおねだりとはやるなユフちゃんや、可愛いのでお兄さん的に、お願いされたらなんでも頷いちゃいそうだよ……けどね。
「も~カハちゃんは心配性だねご主人様は優しいか『ゴンッ』キャウン!」
「ユフデクサン……我が君にその態度、少し教育する必要がありそうですね?」
目の前で俺の号令を待ってる、ユクシちゃんの前だと拙いんじゃないかな? 笑顔だけど目は笑ってないし、なんか怒りのオーラが漂ってるよ。
「やだなぁ、冗談だよ冗談、仕えるべきご主人様に早く顔を覚えてもらおうとしてただけだよ~」
「だからと言って、従者としての在り方というものが……」
ユフちゃんは笑いながら上手く怒りの矛先をそらし、なんだかんだとユクシちゃんを丸め込んでる、要領と言うか世渡りが上手いタイプだなこの娘。
(それじゃ自己紹介も終わったし、部屋の魔物を全て倒すか、全員がレベル15になったら中枢部屋に集合してね、先発のヘルヴェルさんを追って、ゾンビの群れを討伐する、もう一度言うけど皆で協力するんだよ?)
俺が言うと全員敬礼で返事して、先に行ったヴィーラントさんの後を追っていく、個性豊かではあるけど命令には忠実なんだな。
(それじゃ俺はC級部屋に行く、みんな頑張ってくれ)
さて、俺も巨人相手に少しは凌げるようにレベルアップするか。
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空には満天の星空、巨大な月の輝きが燦然と地上を照らし、不浄の者どもの姿を映し出してます。
ああ、戦をするには良い夜デス、まるで天地の全てから声無き声援が送られてくるような。
「屍人の群れが補足できたようであるな、ではヘルヴェル嬢よ、我輩を降ろしたまえ」
「降ろすって、下は屍人の群れデスよ? 魔法使いなのだから場所を選んでデスね……」
そう言えばダンジョンの麓に居たヘルメスも連れてきていたのでした、おんぶしていても人間一人など軽いものなので、戦の高揚の前に忘れてました。
「何を好き込んであんな悪臭の近くに寄りたいものか、おんぶはもう良いと言っているのだよ」
そう言うとヘルメスは私の背中から離れると何事もないかのように宙に浮かぶ、そう言えばヘルメスは最高位の魔法使いでした、考えてみれば空くらい飛べますよね。
「ヘルメス、貴方空を飛べたのデスか? だったら背負う必要は無かったじゃないデスか」
「愚問であるぞ、ヘルヴェル嬢よ」
浮かびながら、しかも態々私より高い位置に移動してから、偉そうにふんぞり返るヘルメス、さっきまでおんぶされてたクセに何でこんなに偉そうなんデスかね?
「まぁ私より速く飛べるはずもないデスし……」
戦力を早く輸送するのは理に適ってるはずデス、事実町からかなり離れた場所で屍人の群れを補足できたのは、ヘルメスの広域感知能力のおかげデス。
「楽ができるのに何故好んで疲れたいものか、まったく、もう少し同行者を気遣って飛びたまえ」
ふんっと鼻を鳴らし、瞬間移動かと見紛う速度で屍人が避けてる高台まで移動する……待て、なんで私より速く飛べるのデスかヘルメス。
高台に移動したヘルメスは、私が追いつく僅かな間に既に、エメラルドの石版を手に見える範囲の屍人を歪んだ空間―――黒い霧のように見えるデス―――に飲み込んでいた。
「ヘルメス、ボスである巨人を狙うべきでは?」
「まぁ落ち着きたまえ、我輩は別に民衆を救う為にやって来た訳ではないのだぞ?」
確かにコイツは無償で人助けとかしない奴デスね、断ったら気絶させて屍人の群れに放り込む気でしたけど、事情を話すとあっさりと付いて来たのデス。
彼は何やら目的があって、押し掛け家臣としてサシュリカ様のダンジョンにやってきた、歓迎会の時楽しそうに演説してましたね、話半分に聞いてましたが確か……
「我輩の生前、地球では既に魔素は枯渇し、現代に比べれば不安定であるにせよ、マナの循環が完成しつつあった」
ふむ、『生まれたての世界』に蔓延する魔素デスが、世界の安定の為には急いでマナに変換、そして循環するシステムを構築、維持する必要があります。
その手助けをするべく生まれたのが、私のような精霊や夫のような英霊なのデス、そして人々の信仰から誕生した神、天使、悪魔といった高次元の存在もまた然り。
全ては世界の安定のために、ヒトを増やし地に満たせ、絢爛な文明を開花させよ、そのための精霊であり英霊、神々もまたそのシステムの一端。
本来はそうあるべきデスが、我々には自我もあれば欲もあります、彼のように目的を持って現世に立つ者も少なくありません、冥府では満たせぬ欲の為に。
「魔素とは何か? 誰に聞いてもどんな書物を紐解いても、世界誕生の際に生まれる不純物としか答えない」
「私もそのように認識してますよ」
何を当たり前のことを言ってるのだろう? 彼は賢者ではなくタダのアホだったのデスか?
「そのような思考停止こそ愚者の行いである、そも何故世界は生まれるのだ? そも世界を生む”素”とはなにかね? 冥府でも知りえないこの疑問の答えの一端こそ魔素の発生……」
「長いデス、あっさり付いて来た理由だけ言ってください」
ちょっと不機嫌そうに睨んできますが、戦の前に演説なんて聞きたくないのデス。
「我輩魔素を調べてる、使い潰せるモルモットが欲しい、屍人の群れは好都合、以上である」
だったら最初からそう言えば、私だって協力しましたよ、目的は足止めなんデスから、話が長いのは学者だからデスかね?
「群れの先頭付近で『捕獲』してもらえますか? 大物は私が相手しますから」
「ふむ、上位個体が持ってるであろう魔石も欲しいと言えば欲しいが……」
何故大将首を渡さなければならないのデスか? 邪悪な巨人に一番槍をつけるのはこの私に決まってるのデス。
「屍人の群れの足止めはサシュリカ様の命デス、働いたら報いると仰ってましたし頑張ってください」
確か魔石やマナを欲しがってましたし、なにより彼は押しかけとはいえ家臣デス、下知に従う義務があるはずデス。
「そういう言われると断りにくいのであるな、仕方ない無理のない範囲で助けてやろうではないか」
そうと決まればこんな最後尾で話してる暇はないのデス、私はヘルメスの襟首を掴み、屍人の進行方向に向かって再び天を駆けた。
なにやらヘルメスからカエルを踏みつぶした様な声が聞こえて、体中の力が抜けて泡を吹いてる気がしますが戦の前には些細な事デスね。
読んでくれた皆様ありがとうございました
ヴァルキリーズの名前はフィンランド語で1~9の数字です
なお、主人公は「誰も知らないこと知ってる俺sugeeeee」の精神により
様々な言語の1~10までの数字と挨拶だけは知ってる模様