表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/26

三日目・5

 今から巣に戻るとなると、全速力で飛んだとしても、夕方になる、積乱雲がないのが幸いだった、普段通りだったら夜まで待つ必要があったからね、ゾンビが彼女の国に迫ってる現状では悠長にしてられない。


 してられないのだが、このままバスローブ姿のレナさんを連れて山頂まで飛ぶとなると、過酷な環境なので普通の人間は準備なしでは死ぬ可能性がある、ってかこのままじゃ十中八九死ぬ。


 寒さは魔物の毛皮に包まってもらって凌ぐとしても、空気の薄さだけはどうしようもない。


 酸素ボンベなんてあるはずないし、ここは魔法でなんとかするため、宝物庫を検索する。


 ポーションの欄を確認して、状態異常回復のポーションを調べると、飲めば肉体、精神を平常の状態に戻し維持する、と書かれている。


 酸欠状態は状態異常になるのかな? 確か病気にも効くはずだし大丈夫なはず。


(レナさん、これ持ってて、苦しくなったら飲んでね)


 宝物庫から回復ポーション数個と、寒さ対策に一番暖かそうな毛皮を取り出す、確か赤い狐っぽい魔物―――確か尻尾が5本あって火を吐いてくる奴―――の毛皮は彼女をすっぽり覆えるくらいのサイズだった。


「これはっ! この鮮やかな緋色の光沢は五尾火狐(フィフステイル)のモノでは!?」


 なんかレナさん驚いてるけど、寒いから全身を包める毛皮が必要だと思ったし、山の近くに住んでた魔物の毛皮の中で防寒具に最適だと思ったから渡しただけだけなんだけどな。


 考えてみれば俺の巣の麓って人里からスゲェ遠いし、C級の魔物とは言えプレミアついてたりするんかな?


(この毛皮に包まって俺の手の中にいるんだ、呼吸が苦しくなったら渡したポーションを飲むんだよ)


 欲しいならプレゼントするよ、ちょっと大きめの街に行く機会があったら、専門の職人に頼んでコートを仕立てるのも良いな、金髪縦ロールお嬢様なレナさんには、さぞ似合うだろう。


 と、思ったけど、レナさんが驚いたのは防寒具としての性能面であっったようだ。


「山の風に冒されないようにですね、サシュリカ様のお心遣い、有り難く受け取らせていただきますわ」


(聞き覚えがない言葉だけど、山の風ってなに?)


 別に悪い意味には聞こえないけど、ファンタジーな異世界特有の魔法じみた自然現象があるのかな?


「山の風とは、登山の際、徐々に呼吸が苦しくなり、少し前まで健康だった者が病に冒されることでして、高地に住む方々が煎じた薬湯でしか予防のできない、恐ろしい病ですわ、山を降りれば回復しますが、間に合わず死に至る者も毎年数人はおります」


(あ、つまり呼び方の違いだけで高山病か)


 ファンタジーでもやっぱりあった高山病、とことん俺のダンジョンって人を招くのに向いてないな、昼は積乱雲だし、夜は極寒だし。


「標高が高い山で罹る病ですから、言い得て妙でございますね、我が国では北に大森林、南に山脈がございまして、山登りは貴賎を問わず好む者が多ございます、山の神の祝福を受けた薬湯を飲まずに山を登れば、神の勘気に触れるのが原因と言われてますわ、魔法の防護が意味を成しませんもの」


 なるほど、魔法が生活に根付いてるせいか、意味不明な病気は神様を怒らせたって事になるのか。


(あ、それって空気が薄くなるのが原因だから、そりゃ魔法の防御は効かないだろうね、下手するとポーションも効かないかもしれないけど、気をしっかり持つんだよ、ダンジョンに戻れば安全だし治療もできるから)


 俺の注意にレナさんは嬉しそうに頷く、なんか顔が赤かったけど緊張してるのかな? なんかボソッと流石ですわとか、なんて博識な、とか聞こえたけど、そんな大したこと言ってないよな?


 さて、レナさんはこれで大丈夫として、急いで巣に戻ってゾンビ対策しないと、特に巨人ゾンビはおっかないから勝てる人に相手してもらおう。


 彼女が言うにはゾンビが最寄りの町に向かうとすれば到着するのは、早ければ今夜、遅くとも明日の明け方にはあの廃村から南にある『エトナシーカーの町』に着くそうだ。


 早ければ今夜か……巣に帰って準備するとなると、その頃には日が沈む。


 出発して夜間にゾンビのボスを探すとなると……俺やヘルヴェルさんの飛行速度から考えて、準備する時間の確保には足止めがいるな。




   ~~~~~




 巣に戻った俺は、入口にいたD級魔物は無視して中枢部屋に急ぐ、侵入者を防ぐ扉に、レナさんが入れるか心配だったけど、幸いな事に俺が『持って』いた為に素通りできた。


 そこでダンジョンの基本操作を使い仲間全員を呼び出し、中枢部屋に来た人から順に指示を出す。


 最初に入ってきたのはナウクラテーさんだ、丁度近くに居たらしいが好都合、レナさんを任せよう。


(ナウクラテーさん、ゾンビの群れに襲われていた女の子を保護しましたので、看病と詳しい事情を聞いてください)


「お任せ下さい」


 先ずレナさんだが、桁違いの高所にある山頂の環境にはポーションを飲んでも厳しく、頭痛が酷いらしく、頭を抑えながら朦朧としている。


 あまり詳しく事情の説明をしてられないし、丁度マリエルさんとヘルヴェルさんがやってきたので、最低限だけ伝える。


(え~と、この娘はレナさん、俺の部下になるから人里を襲おうとするゾンビの群れを、倒して欲しいって頼まれてね、一応連れてきたんだ)


「ほぅ、民を守る為に身を捧げるとは、素晴らしい心根デスね」


 ヘルヴェルさんは何やら感心してるが、マリエルさんはレナさんの症状をひと目で看破し、確認として動けない彼女を触診する。


「やっぱり重度の高山病の症状ですね、この方の容態だと……」


 マリエルさんの背後の空間が歪み、包み紙は現れる、なんか見たことのない文字が書かれてるな。


「ナウクラテーさん、只今冥府から取り寄せた薬です、一粒飲ませて後は安静にしていれば数時間で回復するでしょう」


 受け取って一粒飲ませると、頭痛に苦しんでいた彼女の顔が和らいだ、意識はまだ朦朧としてるけどもう苦しんではいない。


「ありがとうございますマリエル様、それでは私はこれで失礼を」


 ナウクラテーさんはレナさんをおんぶして、居住区に急ぐ、これでレナさんは一安心。


 彼女と入れ替わりにダイダロスさんとヴィーラントさんも部屋に到着した。


 二人はナウクラテーさんに連れて行かれた彼女の素性を気にしているようだが、俺が焦って集合をかけたのだから、別の優先する事があると察して、こちらに話を促してくる。


(ゾンビ系とか幽霊系に強くて、機動力が高い種族って、どんなのがいます?)


 その問いにはヘルヴェルさんが真っ先に前に出た。


「それならヴァルキリーが一番デス、不浄の者共を祓い、天を翔ける、サシュリカ様の要望そのものデス!」


(できれば手数が欲しいんです、A級魔石は流石に数が足りないでしょう)


 ヴァルキリーは俺も考えたけど、コストが高い、もうちょっと低コストで数を揃えられる種族はないかと、マリエルさんに聞いてみると、予想外にも彼女もヴァルキリー種族を勧めてきた。


「サシュリカさん、”無銘”のヴァルキリーでしたらB級魔石と1000マナで召喚できます」


 マリエルさんが言うには、ヘルヴェルさんのような”名持ち”のヴァルキリーは、逸話による強化がされてるので最低でもA級魔石が必要だが、”無銘”であれば、レベル1ではあるけどもヴァルキリー種族を召喚できるそうだ。


 加えて、集団で戦う場合ヘルヴェルさんの指揮があれば、高度な連携もこなせるとか。


「現在宝物庫にはB級魔石は9個、送られてきた魔物をヘルヴェルさんが倒したので今すぐ使えます」


 そう言えば結構強い奴をメイスで送ったっけ、土鰐の大きめの個体がB級だったらしい、それなら迷う時間はない。


(ではヴァルキリー9名を召喚します、ヴィーラントさんは彼女たち用に武器を作ってください、ゾンビの群れと戦うことを想定したやつです、中には身長5メートルを超えるオーガのゾンビや、一体だけですが10メートルの巨人ゾンビを確認したので、それ対策もお願いします)


「……ん、承知した」


 頷くとすぐに鍛冶場に向かう、そういえばサイズが自動で変わるから個人ごとに合わせる必要がないのか。


(ダイダロスさんは、俺もヘルヴェルさんも遠出するので、その間ダンジョンをお願いします)


「おうよ、任せな」


(ヘルヴェルさんは今すぐ南に飛んで、ゾンビの群れの足止めをお願いします、数は多いですがボスと思われる巨人のゾンビを止めれば全体が止まるはずです、俺が連れてきた少女に聞いたところ、連中の歩みは遅いので一番近い人里に到着するのは夜から夜明け頃になると思われますが、その前にケリをつけようと思います)


 俺の言葉に、彼女は凄絶とも言える笑みを浮かべる。


「くっ……ふふふふふ……感謝致しますサシュリカ様」


(え、えっと……やる気ですね? 俺も召喚したヴァルキリー達の準備が整ったら、纏まって南に向かいますので、無理はしないでくださいね?)


 なんか聞いてないっぽい? この人こんな好戦的だったの?


「は、はは……素晴らしい戦場デス、不浄の者共から無辜の民を救う戦、なんと”正しい戦争”デスか……まして一番槍を頂けるとは、ははは、このヘルヴェルに万事お任せくださいサシュリカ様」


 なんか変なスイッチ入っちゃった? もの凄く嬉しそうな顔なんだけど、血走った目で自分の槍を見つめてるのが怖いよ!


「さっ、こうしてはいられません、サシュリカ様招かれた”妹”達にコレを渡して欲しいのデス」


 彼女の手にはいつの間にか金色に輝く指輪が9つ、ヘルヴェルさんの固有技能【黄金の指輪】を俺に渡して、そのまま入口に向かって走り出す、ああ、ポーションも受け取らずに飛んでっちゃった。


 彼女がそうそう遅れをとることはないだろうけど、なんか変なテンションだったし誰か援護できる人がいれば……まだ一人来てないな。


(マリエルさん、ダイダロスさん、ヘルメスさん見かけましたか?)


「外に出ていったきり戻ってきてません」


「俺も見てねぇな」


 そう言えば、俺が狩りに行く前外に行くって言ってたっけ、こんな事があるなんて予想してなかったし、タイミング悪いな、レベル70の英霊がいれば巨人対策が楽になるのに。


(困ったな、戦力としてアテにしてたのに……)


 いないものは仕方ないとして、召喚部屋に向かう……その途中ヘルヴェルさんの声―――遠距離念話の術らしい―――が聞こえた。


「サシュリカ様、ヘルメスを見つけましたがいかが致しますか?」


 なんでも麓の近くで、色々実験しているらしい、爆発が起こったり、派手な色の煙が漂ってたりと、かなり目立ってたみたいだ。


 レナさんが心配で見逃してたか、山頂に飛ぶ前に彼を見つけてれば、高山病もなんとか出来ただろうな、だって受肉して人間基準の肉体なのに平気で山頂から麓まで移動してるし。


 連れて行くように指示しようとしたが、ヘルメスさん実験を中断してまで、ゾンビ退治してくれるかな? ちょっとしか話してないけど、あの人興味のない事は視界にすら入れないタイプに見えた。


 煽てて連れてく? 駄目だな直情傾向のヘルヴェルさんにそんな器用な真似はできなそうだ、情に訴えるのも同様に無理そう……


(一応事情は話してください、渋るようなら拉致ってゾンビの群れの中に放り込みましょう)


「了解デス、都合よく油断してますので問題なく近づけます、断られても近距離なら気絶させて運べます」


 さて、これで足止めの戦力は十二分だろう、へそ曲げたら土下座でもなんでもしてやろうじゃないか。


(マリエルさん、C級、D級の魔石を砕いてマナの補充をお願いします、戦乙女達(ヴァルキリーズ)を召喚したあとは武器を渡して、D級以下部屋で戦いに慣らし、俺と一緒に出ます。)


「分かりました、でもその前に失礼しますね、鱗が剥がれてしまってます」


 マリエルさんは俺の傷口に近寄りポーションをかけてくれる。


「これでよし、自己治癒だと怪我そのものは治っても、鱗が剥がれたままだと簡単に怪我してしまいますよ」


 まだ怖いだろうに、俺のそばでポーションを振りかけるのにも、歯を食いしばってるし手が震えてるのも見えてますよ、それでも自分から治療してくれるのは、トラウマを何とか克服しようと頑張ってるんだろう……健気だなぁ、怖がられても責めなんてしないのに。


(気をつけます、ありがとうマリエルさん)


 ゾンビを倒すのは何も知らない一般人が襲われるのが可哀想だからだったけど、今度は別のやる気が出て来たな、マリエルさんに良いところを見せる為にも気張るとするか。


 ……しかし、薬で急に鱗を治したせいかな? なんかサイズの小さい服を着た時のような窮屈さを感じるな、少し動けば気にならなくなるかな?

読んでくれた皆様ありがとうございました


主人公的には空からチクチク攻撃して足止めさせるイメージだったはずですが

戦乙女的には『軍勢に単騎で突っ込んでこい』はご褒美でしかありません

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ