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三日目・4

 私は今エトナ大森林の上空を飛んでいる……ドラゴンの口に胴体を咥えられたまま。


(い、生き餌? 生き餌なの!? 巣まで運ばれてお腹がすいたらペロリされちゃうの!)


 目を開けばエトナ大森林の名に相応しい、見渡す限りの木々の絨毯、ドラゴンが向かう先に見えるのは、本来日中は中腹から雲に覆われているはずのエトナ大霊峰。


 正直何が何だか分からない、屍人の群れに殺されまいと虚勢を張っていたが、今度はドラゴンに捕まり、しかも落ちたら死ぬしかない上空。


 ちょっと力を込めただけで、恐らく私は真っ二つになるであろう、ドラゴンの口で―――家で飼ってた猫が小鳥を咥えてる姿を思い出した―――運ばれている。


 生殺与奪を全面的に相手に握られたこの状況、私の中で張り詰めていた何かが、ぷっつりと途切れるのを感じた。


 視界が滲む、涙一緒に必死に纏っていた誇りも溶けていく……


「ふぇぇ……ぐすっ……やだよぉ死にたくないよぉ……しにたくないのぉ……もうやだぁ」


 嗚咽が止まらない、屍人を前に啖呵をきった時、誇りを、心を守る為ならば潔く死を選ぶつもりであったというのに……私の中の理性は必死で口を閉ざし、涙を止めようとしたが……ダメ、止まらない。


 無様、なんて無様な姿だと、理性は自身を糾弾する、私は貴族だというのに……武門の名家スプリングガーデン家の娘だというのに!


「ゆるして……たすけて……ください……なんでも、なんでもしますから……れなはなんでもいうことききますから」


 止まらない、私の口から溢れるのは、命乞いの嘆願、とめどなく流れる涙で、周囲が滲んで何も見えない。


(あっ! ごっごめん! てっきり気絶してるものかと思って咥えたままだった、そこの川辺に降りるからな)


「ふぇ?」


 幻聴だろうか? 今ドラゴンが謝った? いや、まさかそんな、ドラゴンからすれば、私のような小娘なんてネズミも同然のはず。


(ゆっくり降りるからな、お嬢さんもさっきまで、怖かっただろう、俺もまぁ客観的に見れば怖いだろうが)


 頭の中に響いてくるのは念話の術だろう、この術は誰とでも意思疎通できる利便性の高い魔法だが、嘘がつけないという制限があったはず、つまりドラゴンの言ってることは全部本音?


 見れば、ドラゴンは負傷していた、あの巨大屍人―――恐らくA級討伐対象である巨人族の成れの果て―――が振るった大斧の回避に間に合わなかったのか……そんな目にあっても私を助けてくださったのか。


(お嬢さんが声かけてくれて助かったよ、あの一声が無かったら真っ二つにされてたかもしれない)


「い、いえ……きゃっ!」


 何か言おうとした時に、着地したようだ、魔物が溢れるエトナ大森林とは思えないほど静かで、川のせせらぎの音だけが響く。


(ここら一帯の魔物は俺が間引いたから安心してくれ、そもそも俺がいて寄ってくる奴は近くにいない)


 未だ状況が掴めないが、要するにここは安全で、この方はこの辺一帯で最も強いという事だけは理解した。


(汚いの踏んづけちまって手足が臭くて……あれ臭くない? ま、まぁ汚れたし巣に戻る前に軽く水浴びをしよう)


「そ、そうですわね、汚れを落としましょう」


 屍人の悪臭が消えたのは、屍人という魔物が持つ身を守るための生態だ、動きが遅い屍人には敵に襲われない為に悪臭を放つ能力を持ってるのだ。


 だからと言ってそのままでは気分が良くないので、彼の提案はありがたかった、落ち着いて考えてみると、屍人に触れられ、叩き潰した際に跳ねた汚物が体にもドレスにも付着していた。


 一刻も早く臭う体を清めたいので、早速ボロボロになったドレスを脱ぎ捨て、下着も血と泥に塗れていたので同様に捨て、川に入る。


 一瞬、視線を感じたが……まぁ小動物くらいはいるのかもしれませんね、チラリとドラゴンの方を見てみると……なんて事!彼の足元には血が垂れていたッ! あぁ……そこまで深い傷を負った体でここまで私を……感謝致します心優しきドラゴンよ、先ほどの私の愚かなる振る舞い、どうかお許し下さい。




   ~~~~~




 いかんいかん、ドラゴンも鼻血って出るんだな、躊躇なく全裸になるんだもん、不意打ちで心の準備が出来てなかったよ。


 川に入り体を洗いつつ、目線が向くのは仕方ないだろう、精神的に健全な男だし、しかもこの子めっちゃ……一言で表すとええ体してます、何より胸元にたわわに実る二つの小玉スイカはとっても美味しそうです。


 ありがたやありがたや、実に眼福でございます……あ、なんかまた鼻血が出そう。


「どうかなされましたか?」


 いかん、ガン見してたら不審に思われた、ここはなんとか誤魔化さないと!


(幾つか傷があるな、連中が毒でも持っていたら一大事だ、傷口を洗ったら、これを飲むと良い)


 宝物庫から怪我も状態異常も纏めて治す万能ポーションを取り出し―――ついでに宝物庫に何故かあったバスローブも取り出し―――彼女に渡す。


 アイテムの一覧にはエリクサーとか書いてあったけど、まぁヘルメスさんが量産できるものだし大丈夫だろう、女の子の珠の肌に傷があったら可哀想だしね。


 エリクサーとローブを受け取った彼女は、一瞬だけ目を見開き……瞳は潤み顔を真っ赤にし……何かを決意したような表情になる。


「重ね重ねの配慮、このご恩に如何にして報いれば良いか、無能非才なるこの身では見当もつきません」


 彼女はバスローブを着て、飲み干したエリクサーのビンを胸元に抱いたまま、その場で跪く。


 やっべ、なんか更に色気が増した気がする、このバスローブは浴衣みたいに腰のところを帯で縛るんだけど、柔らかい生地のせいか胸の大きさが強調され腰からお尻のラインが非常に……エロいです。


「貴方様には人の世の身分など無意味と存じあげますので、作法に則った名乗りではございませんが……私の名はレナ・スプリングガーデンと申し上げます」


 レナさんね、さっきまで泥だらけだったから、よく見てなかったけど、真面目そうというか、ちょっと強気そうな感じの、とんでもない美人さんだ、この美貌とスタイルじゃさぞモテるだろう。


 しかし丹念に髪も洗ったはずなのに、縦ロールは微動だにしていない、魔法でセットでもしてるんかな?


(俺はサシュリカ、まぁそこのデカイ山を縄張りにしてるモンだ)


「サシュリカ様、厚顔の極みであると承知の上で、言上奉ります」


 ん? んな大仰な、俺は単なる山に住み着いたドラゴンだぞ、この娘見るからにお嬢さんって言うか、貴族の令嬢って言われたら即納得できるオーラがあるな、金髪縦ロールだし。


「先ほど屍人の群れを作り出したのは邪霊と呼ばれる、魔物の一種でございます、邪霊そのものは脆弱な精神だけの存在ですが、巨人族の屍人に憑依してしまっておりその脅威は単体でもA級討伐対象となります、しかも群れを率いるとなれば、我が国の全軍を以てでも必勝を確信できません」


 巨人のゾンビか、対峙して分かったけど、邪霊とやらが体を動かしても体に染み付いた技能はそのままっぽいな、斧の扱いが絶対素人じゃない、素人目にも戦い慣れてる風だった。


 俺が背後に立たれても気付けなかったのは、あの巨人の技能か? それとも魔法も使えるのか?


「邪霊とは、個々に異なる妄執を抱いており、その為だけに災禍を撒き散らすのです、私どもが対峙したアレは、我が国への憎しみと、身分の高い女子への劣情でございます」


(死んでなお恨むとは相当だな)


「はい、私は薬を盛られ、生贄のようにあの廃村に置き去りにされておりました、その私が逃走したことで、奴は怒りの矛先を我が国の国民に向けるのは間違いございません」


 薬盛られて置き去り? 話の流れからしても、見た目的にも、この娘って身分高いよな、なに嫉妬とかそういうもん? 貴族社会の愛憎劇? そんなことより、なんか色々怪しいぞ。


(なんで薬盛った奴は廃村に邪霊がいるの知ってんの? しかも妄執の内容知ってんだ? なんで明らかに襲われて殺されるの分かりきってるのに、なんで誘拐してまで魔物に差し出すんだ? 君が殺された後、どう考えても国を襲うだろ)


「それは……」


 考えないようにしてたのか、もしくは考える余裕がなかったのか、彼女は狼狽する。


 前世で好きだった戦記物の小説とかだとこういう展開は……


(無関係な第三者から見るとさ、離間の策か、謀反の準備じゃないかと邪推しちまうんだけど)


 素人考えだけど、彼女を生贄にして殺された後、ゾンビが国を襲うとする、その時ゾンビに襲われたのはレナさんのせいだ……とか噂流したら?


 またはゾンビ足止めの為にレナさんを攫って差し出したと言い触らしたら……現政権は舐められまくるわな、後レナさんの親族ブチ切れるな。


 ああ、巨人ゾンビはA級だっけ、準備してないところを襲われたらひとたまりもないな、準備してれば別だけど、ゾンビだから弱点明確だし、そんで気に入らない奴を先陣にして、苦戦してるところで美味しいとこ持ってくとか考えられるな。


 それ以前に、なんで身分の高いお嬢さんが簡単に誘拐されるんだ? 護衛くらいいるだろうし、ヒト一人分の大きさの荷物って目立つぞ。


 まぁレナさんの国での立場を知らないから全部想像だけど。


 彼女は今、必死に状況を整理してるのだろう、無言だった。


(まぁ俺はその手の謀になど関わりたくはないが、それで? なにか言いたいことがあるんだろ?)


「は、はい! お願いします、屍人の群れを倒すのに、サシュリカ様のご助力を……」


 段々、声が小さくなる、俺が厄介事に関わるのは嫌だと言ったからだろう。


 まぁゾンビの群れを倒すのは言われなくてもするつもりだ、いくらなんでも普通に生活してる人たちが突然ゾンビに襲われるなんて、流石に見過ごせない。


 ……だが、ふっふっふ、この子を、もしくは彼女の家族を通じて国に恩を売ったり、交渉チャンネルを作るのは、今後役に立つだろう。


 クックック俺は今悪役やってる! 先ずは交渉の定番として、到底飲めない盛大にふっかけた要求をしてと……


(レナだったな、汚物どもの始末であれば引き受けてもいいが、一つ条件がある、それはお前が俺のモノとして生涯仕えるのだ)


 地味に本気の要求だけど―――俺だって美人を侍らしたいって欲求くらいある―――当然彼女は難色を示すだろう。


 条件は保留にして、ゾンビ全滅させた後で、恩を高く売りつけてやる、念話では腹芸とかできないから、帰ったらそういうの得意な人を召喚しようかな……ふふ、自分の悪辣さが怖いぜ。


「はい、喜んでお受けいたします」


 残念だが当然だろうな、レナさんほどの器量よしなら、男なんて選り取りみどりで、彼女のお眼鏡に適った運のいいヤツもいるに違いない、ここは妥協案で……ん?


「このレナ・スプリングガーデン、サシュリカ様に誠心誠意お仕えすることを誓います」


 ……あれ?


(ほ、ホントに? 俺男だよ? 人に変化できるようになったら間違い起こるかもよ!? ただでさえ好みのタイプなんだから)


「まぁ! 好みのタイプだなんて……嬉しいですわ」


 しまった! 念話だから本音ダダ漏れだった、でもなんでダダ漏れの本音を聞いて嬉しそうなんですかレナさん?


 頬を染めてニコニコしながら俺の傍に寄ってくるレナさん、これ以上念話でこの話を続けたらボロが出そうだ、既に出まくってるが……こ、この場合巣に連れ帰るしかないんだろうか?


 俺なんか間違ったか?

読んでくれた皆様ありがとうございました

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