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05. おいしく食べられました。

 死亡者は幸運にもゼロだった。そして驚く事に重傷者も出なかった。それは、戦いが終わった後、負傷者に気づいたセージが次々と自分から治療して回ったからだ。幸いにも相手はゴブリンがメインだった為、負傷といっても手足を失った者はいなかった。抉れた傷を塞ぎ、切られた傷をつけ合せ。セージは高位司祭も顔負けの高度治療をして回った。しかも礼金は特に要求しないという善行振りだ。冒険者達は諸手を挙げて喜び、都市兵団の者達も感謝し、都市長から感謝状まで出た。聖者と呼ぶ者さえ出る始末だ。

 しかし冒険者ギルドでは


「……早いところ、都市から出て行ってくれ」

「なにおう!」


 無常にも都市外への退去を告げたギルド長に、リルが腕まくりして食って掛かる。しかもゴブリンやジャイアントオーガの討伐も、直接手を触れておらず本当にセージが倒ししたのかどうか証明できない。だから討伐報酬は払えないというのだ。


「よし、セージ君。証明しよう! そこらのテーブルをあの魔術で潰しちゃって」

「いや、ギルド長の心臓を、ニ、三度優しく握ってやれ」

「ちょっ、おまっ」

「今更そのような了見が通ると思わない事だギルド長。あの戦いに出た冒険者全員に、今云った事を触れ回ってもいいのだぞ」

「わかった、わかった! 止めろ! 頼むから」


 リルより物騒な事を勧めたアリエイラに、ギルド長が青くなって謝罪する。さすがに虫のいい話だと本人も分かってはいたのだ。ただ今回は討伐数が多過ぎて支払い額が大きい。都市から多少の援助はでるとしても、ギルド運営の問題から、金払いを渋らざるを得ない立場なのだ。


「わかった。金は払う。その代わり、頼むからさっさとこの街から出て行ってくれ」

「また!」

「これだけは譲れねえ。またあんな魔獣が大勢押し寄せてきたら今度は対処出切るかわからねえんだ。無事、討伐出来たとしても、報酬が払えなくてうちが潰れちまうよ」

「むう……」

「その物言いはどうなのだギルド長。魔獣が来たのは本当にこの子の所為と、それこそ証明出来るのか」

「……悪いが証明とかどうでもいいんだよ。こいつがいると魔獣が寄って来る。ギルド間で注意が出回っている。それだけで俺としては滞在を認める訳にゃいかねえんだ」

「そんなのっ……」


 激昂したリルの裾をセージが引っ張って止める。


「いいの。 ……わかりました。出ていきます」

「セージ君!」

「ギルド長さんの話はもっともだもん。都市の安全を脅かす可能性がある人は注意しないと、だよね」


 子供の癖に一端の理解を示して寂しく笑う姿に、切なくなってリルは後ろから抱きしめる。次いでセージは服の裾を弄りながら上目使いでギルド長に伺いを立てる。


「でも、ごめんなさい。あと二日。二日だけ待ってもらっていいですか?」

「……そりゃ、いいが。どうしたんだ」

「ちょっと事情があって……」

「?」


 皆が首をかしげ、先をうながす。リルが背を丸めセージの顔を覗き込んだ。


「うんとね……明日、満月なのね」

「うん……それで?」

「それが、どうしたのだ?」

「うん」

「……僕ね。満月の日って、一日記憶がなくなるんだ」

「……は?」

「何だそりゃあ……だ、誰か死んでたりすんのか?」


 ギルド長の問いにセージは首を振って否定する。物騒に質問に少女二人がギルド長を睨みつける。


「気が付くと知らない場所で目が覚めたり、知らない人達に囲まれて起きたりするの」

「何それ。凄く危ないじゃない」

「うん。街の外を歩いてる時だと、全然知らない森や谷にいるので戻るのが結構大変なの。だから、ならべく街の中にいたいんだ」

「……それは、只事ではないな」


 過去の記憶を喪失しているだけではなく、現在も毎月記憶が無い日があるという。由々しき事態だ。


「ギルド長」

「お、おう分かった。その代わり、お前ら離れないで見てろよ」

「無論だ」

「行こっ、セージ君!」


 警戒を緩めないギルド長に、少女達二人は腹を立てセージを引きつれギルドを出た。


「大丈夫だよ。ボク達が守ってあげるからね」

「うん。ありがとう!」

「案ずるな。我等に任せておけ」

「ありがとう!」


 今ではすっかりアリエリラも絆されていた。二人はセージと手を繋いで街中をねり歩く。


「おお、セージじゃねえか。この間は助かったぜ」

「うん」

「おお元気か。ちょうど今、焼きあがったんだ。コレ食ってけよ」

「ありがとう!」

「相変わらず仲良いなお前ら」

「えへへー」


 何時の間にやら都市の人気者になっていた。冒険者達にとっては助けてくれた仲間。住民にとっては都市を救った英雄。それなのに、その姿はまだ幼く素直で愛嬌があり礼儀もしっかりしてる。誰もが感謝の声を掛ける。


「おおリルー。舎弟連れ回してんじゃねえぞ」

「街中で襲うなよ」

「違うってば! そんなんじゃないからね!」

「誤解するでない!」


 先日、皆の前でセージがおっぱいを要求したのを見て、冒険者達内では少女二人が、彼を身体で誘惑し舎弟扱いしているとの誤解が広まった。からかわれる度に否定するのだが、一向に収まる様子が無い。とんだ醜聞が広がって二人は頭を抱えていた。年下少年愛好家なんて言葉を始めて掛けられた時は泣きそうになった。

 しかしその晩も、しっかり堪能されてしまった手前、詳しく説明しようとすればボロが出る。言い返し難いのが頭の痛いところだった。


 怪我人達の治療経過を見た際に菓子を貰い、市長邸でおやつを貰い、夕飯で入った呑み屋で顔見知りと出会い食べ切れない程食事を奢られる。すっかり豪遊して宿に戻ってきた。セージの保護者という事で、いつの間にやら少女達もたらふく食べさせられた。


「うわー、今日も食べたー」

「おいしかったね」

「金も払わず食べ歩いてしまったな。これは堕落しないよう注意しなくては」

「うん」


 なし崩しにセージは二人が借りている宿の部屋に泊まっていた。幼い子供を別室に一人で泊まらせるのも心苦しくてリルが同衾を許したのだ。宿の夫婦もセージの愛嬌にあっさり絆され了解していた。

 湯を貰って交代で身体を拭く。セージはベッドでシーツをかぶり、壁に向かって目を両手で覆っている。少年の外見から、そこまで警戒する程の相手でもないのだが、何分普段の言動があれである。しかし、見ては駄目と言い聞かせば少年は素直に従うので安心でもあった。逆にリルがからかって見せようかとするので、アリエイラが叱り付けたくらいだ。だんだん彼女は気が緩んで来ているようで心配である。


「じゃあ明日はどうしよう」

「宿内で何か起きては不味いのだが、野外に出ていた方がいいのか? セージ、目覚めた時に何か壊れてたりした事はあるか?」


 セージは首を振って否定する。


「では下手に動かないで、宿で大人しくしている方がいいのかな」

「そうだね」


 明日は一日、このまま宿の部屋から出ないで様子を見る事になった。

 就寝になる。

 セ-ジはリルと同じベッドで眠る。


「今日は揉んじゃダメだよ」

「うん」

 

 そう言い含めはするのだが、セージは一度寝入ってしまうと無意識に抱きついておっぱいを揉んでくる。リルは毎晩犠牲にあっていた。


「いいのかそれで」

「えー。そりゃあ駄目なんだけど、子供が寝てる時の事を叱っても仕方ないしねー」


 というのはリルの弁。幼い弟がいたという彼女にとっては、おねしょと同じ感覚らしい。確かに床に寝かしたり縛り付けたりする訳にもいかないが、少し甘過ぎる気がする。注意するだけでは少年の行為は止まらない。毎夜添い寝をする時は横になっているのだが、気が付けばしがみつき、おっぱいを揉みしだいているのだ。とんだエロ小僧である。


「また夜中ボクの胸を揉んでたよ。駄目だって、言ったでしょう」

「え、そうなの? ごめんなさい!」


 叱ればしっかりと謝る。下手に照れて誤魔化したりしないので逆に好感をもつくらいだ。


「どうして、覚えてないんだろう……」


 そして残念そうに半べそ掻いて両掌を見つめるので、阿保らしくなって怒りが持続しない。やってる事はただのエロガキなのに怒り難い。困った相手だった。

 これが先端に吸い付いたり、つまんだりと性的な悪戯なら怒り易いのだが、単に頬擦りして揉んでくるだけなのだ。乳離れの遅れた子なら逆に吸い付くだろう。下半身を擦りつけて来たりする事も無いので性的な思惑をイマイチ感じない。どう判断したものかと経験の無い二人は困惑していた。

 一度ならずアリエリラも添い寝を許した事がある。

 セージに背中を向けていた筈なのに、気が付いたら逆を向いて腕の中に少年を抱いていた。寝返りした記憶も無いのに不思議な事だった。そして彼は頬擦りしながら胸を揉んでいるのだが、これがまたなんというか……上手いのである。

 やっている事は同じなのだが、昼間とは段違いに興奮させる揉み方なのだ。昼間は手加減していたとしか思えない。意識して堪えないと声が洩れ出る。身体が熱くなって興奮に導かれるのが解る。途中で耐え切れず、飛び起きて下着を替えてしまった程だった。

 相棒はよくもこれに毎晩耐えているものだと逆に関心してしまった。道理で夜中に漏れ聞こえるリルの吐息が、妙に艶めいている訳である。

 それとも本人も熟睡してて気づいていないだけなのだろうか。アリエイラとしては少しばかり悩ましい事態であった。


 その晩も少し悶々とした夜を過ごした翌朝。


「セージ君朝だよー」


 いつもの時間に少女二人がセージを起こしたのだが、珍しく寝起きの良い彼が目を覚まさなかった。呆れながらも揺すって起こそうとしたのだが……まだ起きない。起きないのだ。叩いても起きなかった。二人は表情を改めた。

 息はある。脈も正常だ。体温も変わらない。外傷も無い。しかし一向に目を覚まさない。

 何が起きているのかは解らないが、例の記憶喪失に関係するのは間違いないだろう。ならばこの後に『朝起きたら別の場所にいる』という事態への何かが起きる筈だ。二人はじっと見守ったが変化は無かった。

 昼になっても起きないので、抱きかかえて医者や治療士にも回ってみたが原因は不明のままだった。

 ただ脈も呼吸も正常なので、深く寝ているだけじゃないだろうか。まだ一日だし、それ程心配する事では無いと云われてしまった。

 結局、宿に連れ帰ってベッドに寝かせる。そのままセージを、眺めるだけとなった。

 これが毎月起きる事象なら明日には無事起きるのだろうとは予測できるのだが、かといって心配せずにはいられない。

 そして夕刻。満月が昇り始めた頃、セージに異変が起きた。


 彼の小さな身体が淡く発光し始めたのだ。


「なんだ、これは……」

「ううー。ううーん……」

「セージ君、セージ君大丈夫?」


 胸を掻き毟って唸りだしたセージにリルが声を掛けるが聞こえていない様子だった。揺すっても状況は変わらないので動揺しているリルをアリエイラが抑える。

 光が更に強くなった。

 どくんとセージの鼓動が室内に鳴り響いた気がした。そしてその鼓動に合わせて、光の鳴動が始まる。


「う、う……あああっ!」


 どくん!


「ええっ?」

「何だ?」


 驚くべき事が起きた。少年の身体が一回り大きくなったのだ。鼓動が響く度、光が鳴動する度に少年の身体が大きくなっていく。

 見間違えかと少女達二人は顔を見合わすが、間違いなく目の前で起きている現実だった。


 どくん、どくんっ!


「ちょっ、何?」

「もしかして、呪いとやらの影響なのか」

「呪い。これが?」

「わからん。しかし、それくらいしか考えられん」


 そう言いながらも、室内に鼓動が響くと共に身体が明るく光る。そしてその度に少年の身体は一回り大きく、大人になっていくのだ。手が伸び、足が伸び、身体が大きくなる。まるで封印が解かれ大人へ戻るかのように彼は成長していく。

 上体が起き上がった。見開かれた目には何も映っていない。どきりとして二人は飛び上がる。


「う…

おぉっ!」

 

 セージであった人物が天井に向けて叫ぶ。最後に一際明るく光った。二人は眩しさに目を細める。

 光が納まったその後には――美しい青年がうずくまっていた。


「ふう……」

 

 線の細い青年だった。歳は二十台後半だろうか。身長はかなりの長身になったと思われるが、すらりとしているので威圧感は無い。色白の肌。軽く伸びた金髪は更に光沢が増している。

 美しかった。

 男性にこのような形容は間違っていると思うが、そうとしか形容できない容姿だった。


「ここは……?」

「あ……」「……」


 顔をあげた青年が、リルとアリアエイラに気が付いた。二人はびくりと後じさる。

 彼は一度目を見張った後、朗らかに微笑んで挨拶を始めた。 


「……始めまして、お嬢さん達」




 青年はグンゼ・エーブリルと名乗った。つまり、セージとは別人ということか。


「ど、どういう事なんですか」

「そうだね……順を追って説明しようか。その前に……」


 そう言いながら、彼が片手を上げると肘から先が消えた。


「!?」

「あ、ああ……驚かせてすまない。ちょっと服をね」


 次に彼が手を引き抜く動作をすると手首が現れた。手には見たことも無い上等な生地の服が握られている。そのまま彼は着替え始める。セージの来ていた服ではサイズが合わないからだ。慌てて二人は背中を向けた。相手は知らない青年でほぼ全裸だ。


「僕は昔、ある邪術士に呪いを掛けられてね、赤子に変えられてしまったんだ。その際も色々抵抗して遠く離れた国に逃げ延びたんだが……もういいよ」


 振り返る。


「あっ……」

「……っ」


 セージの持つ冒険者Aランクカードから、二人が連想した美丈夫が其処に立っていた。艶やかな服。大きな上背、引き締まった体躯。穏やかな微笑みの影には歴戦の戦士を思わせる威風を漂わせている。見ただけで英雄と呼ぶにふさわしい器の人格者だと判った。二人は思わず見惚れて我を忘れた。


「座っていいかな」

「あ。は、はい。どうぞ!」

「おっ、おきゃまいなく!」


 青年はセージの寝ていたベッドに、少女二人は向かいのアリエリラのベッドに座る。青年の威風に呑まれた二人は、並んでベッドに正座していた。


「ことの他、強い呪いで、記憶の一切を失ってしまってね。ただ、月の影響か封印が緩む時期があって、なんとか苦労して私が表に出る事に成功したんだ。そのままその街で生活するという手もあったのだけど、呪いの影響で周辺によくない影響を与えるのが解って、仕方なく呪いを解く方法を探して旅をしているという訳なんだよ」

「え……じゃあ、セージ君って……」

「ここの場所の名と、暦の日を教えて貰えるだろうか」


 アリエリラが答えると青年は少し難しい顔をして頷いた。


「そうか……思ったよりも……」


 そう言いながら上げた右手がまた消えた。 ……そして現れた時には、豪奢な茶器セットを持っていた。


「ひっ?」

「な……なんですか、それは?」


 先程も見たが、手が消えて戻った時には何かを持っているのだ。こんな魔術は見たことが無い。まるで未知の現象だった。


「ん?……ああ……驚かせてしまったね。すまない。ちょっと時空座標を指定して物を取り出しているんだ。この子もポケットから色々出し入れしていただろう」

 

 言われてセージがポケットや外套の中から凄く大きな物を出し入れしていたのを思い出した。しかし、説明された理屈はさっぱり解らなかった。どうやったらそんな事が出来るのというのか。

 彼が次に出したのは焼き菓子だった。焼きたてのスコーンに多数のジャム、そして綿菓子の様に膨らんでいるのはシュークリームだ。

 少女達二人は見たことも無い菓子に目を奪われた。一目で高級な茶菓子だと判断できる。

 青年が手馴れた仕草で紅茶を入れる。差し出されたカップからは嗅いだ事の無い良い香りが漂っている。


「ただ、話すのもなんだからね。ささやかだけど茶菓子を用意させて貰った。遠慮なく召し上がってくれたまえ」

「え、ええと……それじゃあ……」

「い、頂きます」


 最初は遠慮したのだが、漂ってきた美味しそうな匂いに堪え切れなくなった。

 紅茶は嗅いだ事もない甘い香りと味がした。身体の隅々まで暖まり緊張が解けていくようだ。

 青年の食べ方にならってスコーンを割る。柔らかさに仰天する。見た事も無い食器を掴んで赤いジャムを塗って口に含んでみた。


「「~~~っ!!」」


 二人揃って身悶えた。

 こんな美味しい物は初めて食べた。青年の前で、はしたないと気付いてはいたが感動が抑えられない。

 

「こちらは、そのままかぶり付いて大丈夫だよ」


 もう一種類の菓子の方は、触っただけで潰れてしまいそうな柔らかさだった。割って開けば甘い匂いの黄色い液体が詰まっている。何かの蜜だろうか。絶対こっちも美味しいに違いない。間違いない。確信を持って頬張る。


「「~~~っ!!!」」


 更に身悶えた。

 甘い。なんと甘いのだろう。舌と一緒に頬も蕩けそうな感じに二人は顔を抑えた。目は完全にハートマーク。視界は桃色に染まっていた。二人揃って顔を見合わせ、肩をぶつけ合う。


「……気に入って頂けたようでなによりだ。遠慮なく食べてくれたまえ。それで、こちらからも聞いていいだろうか。君達はどのようにして小さい僕と一緒にいるのかを」

「……ふあっ、ハイ! ええと……」


 異界に飛んでいきそうになった意識を呼び戻し、セージと出会った経緯を説明する。緊張している為か話が纏まらない。こんな時にいつもフォローしてくれるアリエイラも一緒に舞い上がっているからだ。しかし、青年は大人の余裕で対応する。聞き上手に徹し、話しが大きくずれそうになるとさりげに茶菓子を勧めて話題を引き戻す。気がつけば二人は出会うった経緯どころか自分達の経歴、趣味や目標など余計な事までペラペラと話してしまった。まるで、英雄に親しくされて舞い上がり、自分の話せる事を全部話そうとした幼児の様だ。


「ふむ……そうか。二人にはとても世話になったね。礼を言わせてもらえるかな。ありがとう」


 これだ。澄ませば甘いマスクなのに、目が合って微笑まれるとセージの面影を濃く残した愛嬌のある笑みなのだ。二人はドキリと胸を弾ませた。頬が熱く火照るのを自覚する。


「いいえ。とんでもないです!」

「ええ! 私達も助けられました!」

「何か礼を差し上げたいとは思うのだが……」

「いいええ!」

「おお気遣いなくっ……」

「そうだな……では、せめて……」


 青年は立ち上がり少女達の下に歩み寄る。リルとアリエイラはその立ち上がった威風に改めて胸をときめかせ、彼が膝をつき端正な顔が近づいた事に緊張して上気する。青年がリルの右手を優しくく取った。


「この身を以って、感謝を示させてくれないだろか……」


 そう言って、青年はもう片方の手でリルのおとがいに指をかけ、上を向かせると――唇を奪った。


「!?」


 リルの全身が硬直する。 

 キスは一度では終わらない。二度、三度と長く続けられ、離された際にはリル顔を真っ赤にしたまま呆けてしまった。

 そのまま青年はアリエイラの手を取って迫る。アリエイラも完全に場に呑まれていた。呆然としたまま青年の唇が迫るのを見上げ、そのまま受け入れてしまった。

 再び二度、三度と甘いキスが交わされる。ようやく顔を離した青年は少女達に優しく囁いた。


「いいかな……」


 どう答えたのか二人は覚えていない。ただ何度も頷いた様な気がする。

 キスの雨が降り注ぐ。額に。頬に。まぶたに。耳朶に。唇に。キスを受ける度に女の幸せを感じて身を震わした。

 既に身体の重さは感じず、常に宙に浮いた様な気分だった。

 気が付けば彼の腕の中にいた。彼の片膝に乗っていた。

 いつの間にか衣類は全て脱がされていた。

 リルの両手は抵抗なく落ちていた。アリエイラは彼の首に両手を回し、しがみ付いていた。

 鼓動が早い。肢体が熱い。耳朶を、首を這う青年の指に、舌に知らず身体が跳ね上がる。血液が音をたてて頭を、耳元を駆け巡るのを感じる。

 生まれて初めて舌を絡めた。甘噛みされた。掘り起こされた。

 もう何がなんだかわからない。

 巡り巡る快感と愉悦に呑み込まれ、二人は肢体をわななかせた。



 その夜、少女達は青年と熱い夜を過ごした。





 翌朝。


 傍にあった身体が変化した感触にリルは目を覚ました。

 逞しい腕の中にいた筈が、何故か小さなの子供の腕を掴んでいたのだ。


「……!?」


 見上げれば、その場にいるのはいつもの小さな子供、セージだった。もちろん裸である。というか三人全員ベッドに素っ裸である。


「いっ……ぇええっ!?」

「!……なにっ!?」


 リルの奇声に、セージの反対側に寝ていたアリエイラも瞬時に目を覚ました。ここら辺は彼女も冒険者だ。そして、状況を理解して同様に驚きの声をあげる。

 両脇の二人の奇声にセージも吊られて目を覚ました。少年は起き上がり、眠い目を小さな手でこしこしと擦って辺りを見回す。そして、不思議そうに首をかしげた。


「あれぇ。なんで、みんな裸なの?」




 ……彼はまったく覚えていないようだった。

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