04. 魔獣襲来す
「おい、お前ら。なんてガキを連れてきやがった。あれは小鬼だ。災厄の落し子じゃねえか」
物騒な事を言いだしたギルド長にアリエイラ達は鼻白む。
「なんだ。その物騒な呼び名は」
「そうだよ。あんなに可愛いのに」
「……あいつは冒険者ギルドの要注意人物に挙げられてんだよ。あいつ自身が何かする訳じゃねえんだが、行く先々で魔獣が活性化したり国が荒れたりするってえ話だ」
「……そんな馬鹿な」
「根も葉も無かったらリストに載りゃあしねえよ。そんだけの実績があるんだ。ギルドだって遊びでやってんじゃねえんだぞ」
一笑しようとしたのに、強面に真剣な顔で言い返された。
思わずリルとアリエイラは顔を見合わせる。そこへギルドの扉が開き、血相を変えて一人の冒険者が走りこんできた。
「た、大変だ! ゴブリンの群れが見つかった。ザウーラに向かって来てるぞ!」
「「……」」
「……ホレ見ろ」
ギルド内は大騒ぎになった。
城砦都市ザウーラ北西、レーデの森からゴブリンの群れが南下しているという。都市の四方の門が急遽閉鎖され厳戒態勢が敷かれた。
この都市は高い城壁を要する人口二万程度の城砦都市である。都市の兵団に召集が掛かり、偵察部隊が組まれ飛び出して行った。
冒険者ギルドにおいては都市兵団と連携を取り、要請に応じて戦力を出す準備が進められた。
冒険者ギルドでは先走って勝手に向かわないように通達が出た。血の気も多い者達も、規模が分からずに飛び出す馬鹿は居ない。出番を待つ冒険者達でギルド本部はごったがえしていた。
都市の兵士が来て魔獣の規模と要請が伝えられる。
その規模、およそ二百。例を見ない規模に皆が息を呑んだ。一対一ならそれ程怖い相手ではないが、今回は集団だ。現在の冒険者ギルドには、長年この都市の顔であるランクBの男が一人。Cランクが十名、Dランクが十四名、。Eランクは4名だ。FGランクは六名いるが今回は戦力的に参加は見合わせる。
しかしCランク三名とDランク四名が現在都市を離れているので、実質二十二名の構成だ。
対して都市の擁する兵団が六十名。そのうち参加できるのが五十四名。総合計七十六名で二百以上のゴブリン集団に対応しなくてならないのだ。
伝えられた作戦は以下の様なものだった。
兵団十六名の決死隊が林よりゴブリン達を誘き寄せ都市外壁西へ呼び込む。城壁西に待つ残り兵団四十名と合流し、交戦しながら城壁側に呼び込み、冒険者Eランク四名含む民兵二十四名が城壁から矢を射掛ける。時を同じくして北門から出発した冒険者BCDランク二十二名が背後から奇襲を掛けるというものだった。
ゴブリンの中にはホブゴブリンや魔術を操るマージゴブリンも確認されており、正直五分五分の勝算である。
「僕、冒険者だもん。僕も行く! 都市を守るんだ!」
セージは意気揚々と声をあげたが、彼をよく知らない冒険者達やギルド職員に一斉に止められた。こんな幼い子が戦場へ行こうとするのを良しとする者はギルド内にはいなかった。
「冗談じゃねえ。そいつは先頭だ。さっさと叩きだせ!」
いた。よりにもよってギルド長が激昂して命令した。周囲の者は驚き呆れ軽蔑する者が後を絶たなかったが、結局ギルド長の権威に負けて奇襲部隊に参加させる事になった。
「大丈夫だぞ。俺が守ってやるからな」
「最後尾から攻撃してればいいからな」
「離れちゃ駄目よ」
「うん。ありがとう!」
声を掛けられる度に、素直にお辞儀をして礼を言うセージに皆が目尻を下げる。
「「……」」
彼の強さを知っているリルとアリエイラだけは複雑な心境だった。なんと口出ししていいのか分からない。あの異様な強さは実際に目の前にしないと言っても分からないだろう。自分達もいまだに信じられないのだ。
「よし。行くぞ!」
「「おう!」」
防衛戦が始まった。
◇
戦いは初手でつまずいた。誘導する筈の決死隊がゴブリン集団に捕まったのだ。原因はマージゴブリンが四名もいて、次々と兵士達を土属性魔術バインドウィップにてその場に縛り付けたからだ。決死隊の足が止められてしまった。
引きずられるように都市兵団の本体先頭が救援に飛び出し、なし崩しに混戦となった。
城壁からは遠くなり、援護の矢は届かない。城壁の上で射手達の絶望的な声があがる。
このまま待っていては各個撃破されてしまう。
状況を見守っていた冒険者達も突撃を決意する。二手に別れ、一隊を敵集団の側面からぶつけ都市兵団の援護を。そして、主力部隊は迂回して後背から襲い掛かり、敵ボスを一気に叩くのだ。
敵陣中央が動き出す前に速攻で勝敗を決めなくてはならない。かなりの犠牲を覚悟した突撃となった。
リルとアリエイラはセージを挟んで護衛役として立ちながら、側面からの襲撃部隊の最後尾に位置した。
あれよあれよと戦線が崩壊し、最悪の状況がで戦わざるを得なくなって二人は焦りを隠せない。嫌な流れだった。こんな不利な集団戦闘は初めてだ。
それを尻目にセージはまったく緊張を感じさせず、すったかすったかとついて行く。しかも手ぶらのまま。凄い糞度胸だった。
考えてみれば、彼はこう見えても自分達よりも強いのだし、戦闘経験もあるのだろう。それでも外見から、つい守らなくてはと思ってしまう。
「離れないでね。セージ君」「マージゴブリンに気をつけるんだ。周囲から目を逸らすなよ。いくぞ!」
先頭が接敵した。剣戟が響き合う中、セージは大人達の隙間を縫ってそのまま先へ進む。
「ちょっ、セージ君!」「待て!」
しかし、セージはそのまま先頭の後ろまで進み、まったく気負わず敵集団に向かって小さな掌を突き出した。
「えい」
「……ガッ!」「グッ」「ハッ」
彼がその掌を握り締めた途端、先頭集団と交戦していたゴブリン達は一斉に硬直し、血反吐を吐いて崩れ落ちた。
「うおっ」「なんだ」「おおっ?」
戦っていた者達は何が起きたのか理解できない。しかし、隙を逃す手は無く次々と止めを刺していく。廻りの者達は意味が判らず戸惑っていた。事情を知るリルとアリエイラのみが、口元を引き攣らせ少年を見入る。
セージはそのまま速度を緩めず、ゴブリンに止めを刺す仲間達の脇を抜け集団から飛び出した。といってもかけっこ程度の速度ではあったが。
「なんだ」「おい」
飛び出した者に気づいて仲間達が声を掛けるが、彼の歩みは止まらない。すぐさま次の敵集団の眼前に出る。その数二十以上。
「わあああ、待って!」「危ない!」
「えい」
「ガッ」「ゴオッ」「グアッ…」「……」
再びセージが向けた掌を握ると、相対したゴブリン達は一斉に硬直し、血反吐を吐いて崩れ落ちる。
冒険者達からどよめきが起きる。彼等は今度こそ何が起きたかを理解した。少年がなにか魔術な様な技でゴブリンの集団を瞬殺したのだ。
セ-ジは背後のどよめきにも気に留めず、倒れたゴブリン集団の脇を駆け抜け更に先に進む。
リルとアリエイラが集団から飛び出して追いかける。
それを見て仲間達も慌てて走り出した。
セージは敵陣側面から都市兵団と交戦している前線の背後に躍り出た。通りすがりに襲ってきた数匹は何故かセ-ジが顔を向けただけで昏倒し絶命している。
「えっと……七、八……うーんと……えいっ」
いきなり都市兵団と交戦していたゴブリン集団の後衛が瓦解した。交戦していないゴブリンが十匹以上の単位で次々と倒れていくのだ。気付いた兵士達が喚起の叫び声を挙げ戦況が覆る。ゴブリン達が振り返って原因を探し気づく。こちらに駆けて来る小さな子供が掌を握る度に仲間が殺されていくのだ。反転しようとした数名が次々と糸が切れたように倒れる。意味が判らず混乱するゴブリン達。どうすべきか、逃げるか、戦うかと迷う最中も次々と絶命していく。
そして気が付けば……都市兵団と戦闘をしていた七十以上のゴブリン達は全て地に倒れていた。
都市兵団の兵士達が武器を掲げて雄叫びを挙げる。二度三度と繰り返されたので、彼等も誰が自分達を助けてくれたのか理解している。声に応えたセージがこちらに向かって手を挙げた。ぎょっとして怯えたり、構えたりした兵士達だったが、よく見れば少年はにっこり笑って手を振り返してるだけだった。乾いた笑いが起きた。そのまま少年はくるりと方向を変え、てってけ敵本陣に向かって駆けて行く。
慌てて追いかけようとした兵士達を隊長が叱り、要救護者を下げ隊列を組み直す。しかし再び顔を上げた時にはとっくに少年の影は無くなっていた。
「ちょっ、セージ君凄いよ!」「無事か。大丈夫なのか」
「うん。だいじょーぶだよ。ありがとー」
ようやく追いついたリルとアリエイラが声を掛けると、少年は呑気な声で笑い返してきた。ここが戦場とは思えない笑顔だった。
少年は手ぶらのまま今度は敵本陣に向かって、てってってと軽快に駆けている。
「え、このまま行くの? マージゴブリンや敵ボスがいるんだよ」
「行くよー。おー」
「お、おー……って」
紅葉みたいな小さな手で、陽気に掛け声を挙げるので、釣られて拳を挙げて慌てる二人。
しかし、敵本陣でも流石に誰が原因でこの状況が起きてるか気付いていた。
隊列を組み直し弓を構えたアーチャーや、杖を構えたマージゴブリンが布陣を敷いて待ってた。
「うわっ、ちょっ、マズイ。マズイよっ」「来るぞっ」
矢が、火炎球が雨あられと三人に降り注ぐ。二人は咄嗟にセージを庇う。追いかけてきた冒険者達が悲鳴を上げた。
「だいじょうぶっ」
セージが手を振った瞬間、降り注ぐ矢が、火炎の玉が突風に叩きつけられる様に吹き飛んだ。
「見える物理攻撃なんて効かないよ」
明るく答えて庇った少女二人の手の下を抜け、そのまま敵本陣に駆けて行く。
二人は元より、コレは駄目だと叫んだ冒険者達、絶対に殺せると思っていた敵ゴブリン達もがあんぐりと口を空けて固まった。
我に返った敵ボス達の掛け声で再度炎と矢が飛ぶが全て射た直後に吹き飛ばされた。風ではない。何か見えない手のようなもので叩き落とされるのだ。
動揺したゴブリン達がボス達に振り返って指示を仰ぐ。一際大きな体格のホブゴブリンが雄叫びを上げて自分の武器を高く掲げた。
しかし、その時には全てのゴブリンがセージの視認できる距離に入っている。既に人数も数え終わっていた。
「てやっ」
再び少年がかざした掌を握ると、敵ボスを含む本陣のゴブリン達が一斉に呻き声を上げて痙攣し倒れだした。雑兵もマージ系も敵ボスも。強さには一切関係なく全員が倒れる。
……敵勢力が全滅した瞬間であった。
「……お。おお?」
「おおおおっ」
「うおおお!!」
数瞬の間の後、我に返った冒険者達が怒涛の様な歓声を上げる。セージに走り寄る者。飛び上がって生き残った無事を喜ぶ者。生き残ってる敵がいないかと止めを刺しに行く者。敵ボスの首を奪おうと駆け出す者。全員が駆け出した。
リルとアリアエイラがセージに駆け寄る。
「凄い! 凄いよセージ……ぶへ!」
「……どうした?」
「……」
飛びついたリルがセージにかわされ地面にダイブした。苦笑いしたアリエイラはセージの様子を見て声を掛ける。少年はじっと敵が出てきた林の奥を見つめているのだ。
セージの様子に気づいた冒険者数人がその視線の先を追う。
そういえば、敵後背から攻める予定だったこっちの本隊が来ていない。何故だ。
不穏な空気を感じ、浮かれていた冒険者達が林の奥に見入ったその時、林の右手からギルド唯一のBランクを隊長とする彼等の本隊が飛び出してきた。
全員が傷だらけで顔色を失って慌てている。
「お、お前ら逃げろ!」
「早く逃げろ!」
ぎょっとして皆が硬直する。
林の奥から地響きが響いて来た。近づいてくる。何かがこちらに近づいて来るのだ。どんどん大きくなる地響き。嫌な予感に冒険者達は息を呑む。
木立の上にぬっと巨大な頭部が現れた。
「オーガだ! ジャイアントオーガの群れが来てる!」
ゴブリンの群れはこの集団に追われ移動していたのだった。
◇
木立から続々とジャイアントオーガが現れる。
全長は六mを超える。巨大な体躯と膂力。振り払うだけで細い木々等が薙ぎ倒される。その手に持つ棍棒は大の大人二人以上の太さを持ち、叩きつけられたら最後、人の形さえ残さず潰されてしまうだろう。硬い肌は大弓でさえ通さず、攻城兵器の弩弓が必要だ。
冒険者の対応クラスで言えばBランクは必須。Cランクなら五人以上で囲まなければ危険とされている。もちろん魔術等の遠距離攻撃が出来る者は必須だ。ただの弓兵等は役に立たない。
それが次々と現れた。五体、八体……まだ出てくる。
冒険者達は一斉に駆け出した。もちろん逃げるのだ。通常のオーガならC、Dランクで囲めば立ち向かえるが、ジャイアントオーガは体格も膂力も桁違いだ。なによりその強固な肌が剣を通さない。
魔術士もいないこの集団では一匹でも太刀打ちできない。それがどんどん現れるのだ。城内に逃げて、城壁から弩弓等で立ち向かうしかない。
「セージ君、逃げるよ! 早く!」
皆が逃げ出す中、セージだけは平然と迫り来るジャイアントオーガを眺めていた。リルが慌てて声を掛ける。ジャイアントオーガの威容に呑まれて動けないかと思ったのだ。
「んー…もうちょっと……」
「ちょっとって何? 何ー!」
「後ろのも出てきて、全部揃ってからー」
「はははい?」
林から次々現れるジャイアントオーガは、まだその全数が掴めない。
確かにまだ距離がある。奴等の攻撃は届かないかもしれない。しかし一歩の距離が違うのだ。追いかけられたらあっという間に捕まり潰されてしまう。
なによりあの巨体から感じる威圧感は半端ではない。冒険者の本能が全力で逃げろと叫んでいる。
「そんな事言ってる場合じゃないでしょー! 早く逃げないとお!」
「……!」
恐怖を圧して駆け寄ったアリエイラがセージに声を掛ける。
「た、倒せるのか?」
少年はこっくり頷く。振り向いて、引き攣りながら相棒に頷き返す。相棒は嘘でしょおを顔中に浮かべながら、ジャイアントオーガとセージを見比べ、泣きそうな顔になってその場に留まった。地響きが迫る。アリエイラも見上げて息を呑む。迫り来るジャイアントオーガは十数体。情けないことに足が震えた。とても人間が適うようには思えない。
「ほ、ほ本当に倒せるのじゃなねぅ」
恐怖でアリエイラの声が裏返る。日頃の泰然とした長身美女の影も形もない。リルがアリエイラに飛びつく。二人は無意識に恐怖で抱き合った。
「これで全部かなー……」
セージは額に手を掲げ爪先立ちで周囲を眺めた。まったく怯えの色は見えない。もう、どこか感覚がおかしいとしか思えなかった。
「来る、来るよっ!」「ほほんとに大丈夫にゃなのだなあ!」
迫り来るジャイアントオーガは十三体にも及んだ。
城砦都市ザウーラに攻め込まれたら半日と持たず城壁は破られるだろう。絶望的な数だった。
「……えいっ」
少年がかざした掌を握ると鈍い音が周囲に響いた。何か詰まった物が踏み潰された様な音だった。
「……グ、オオオオオ!」
「オオオオオ!」
数匹が立ち止まり、呻き声を上げる。地を揺らす様な巨大な遠吠えに、リルとアリアエラは飛び上がる。そして、ジャイアントオーガ達がそのまま轟音を立てて倒れていく。
平然と歩いていたジャイアントオーガ達も次第に足元が危なくなり、横倒しに倒れ始める。一匹、二匹。次々と巨大な音を響かせ倒れていく。
地を響かせ倒れる轟音の中で、セージは事もなげに答えた。
「だって人形魔獣だもん。ゴブリンと同じだよ。心臓潰せば終わるよ」
最後のジャイアントオーガが倒れた。
全てのジャイアントオーガが倒れた後、その場には静寂が戻った。逃げていた冒険者達が振り返って呆然と立ち竦む。次第に状況を理解した者達が武器を掲げて歓声を上げる。あの少年が。ゴブリン達を一人で殲滅した少年がまたジャイアントオーガをも葬ったのだ。
「おおおおお!」
皆がセージとリル、アリエイラ達の元に駆け寄り歓声を上げ、賞賛する。安堵と興奮でもみくちゃになった。次々と冒険者達が押し寄せ、声を上げて勝利を称える。半べそを掻いていたリルとアリエイラにも興奮が伝わり、セージを抱きかかえ褒め称える。
「やった。やったよ! 凄いよ、セージ君!」
「ああ、凄いぞ。大殊勲だ!」
「そうだ! そうだ! すげえぞ小僧!」
「やるじゃねえか!」
「もう、ご褒美あげなきゃね!」
「本当!?」
「ほんと、ほんと!」
「じゃあ、おっぱい!」
「…………え?」
囲んでいた皆が停止する。誰もが笑みのまま、聞き間違えかと幼い少年に注目した。リルとアリエイラが硬直している。二人の額に汗が流れ落ちた。
「だから、おっぱい!」
時が止まった。
その場が凍り、全員が目を点にして少年を見つめる。セージを抱えた二人はムンクの叫びの様な顔になった。
彼は今日も平常運転。全然ブレていなかった。