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03. A級冒険者

 道中詳しく少年の身の上話を聞く。


 少年は自分が記憶喪失だと告白した。五年よりの以前の記憶が無く、調べてもらったところ呪いを掛けられた影響だと解ったという。それを解いてもらえそうなハレンチナエッヂ神殿に向かっているというのだ。

 ハレンチナエッヂ神殿は国を一つ越えた先のワーコール皇国にあるヴァスト教の聖地だ。しかし、こんな子供が伝手も無く、一人で行って相手をしてくれるとも思えない。


「お金とか伝手はあるの?」

「あるよ」


 セージは外套内のポケットをまさぐっていたと思ったら、ザラザラと白金貨を出し始めた。


「すごっ、わ、わかったから。しまって、しまって」


 白金貨を際限なく出し始める少年に、慌ててしまう様に言い含める。何でこんな子が大金を……というか、何処からこんなに出したのだろう。


「しかし、金銭だけあっても足元を見られるぞ。子供一人ではなおさらだ。何か紹介状や伝手がなければいいのだが……」

「あるよ」


 そう言ってごそごそ探ると、今度は豪奢な書状を二通抜き出した。……本当に何処から出したのだろう。


「?……ちょっ! アリエイラ! こここれ!」

「どうしたのだ……」


 差出人を読んだリルが仰天して相棒を呼ぶ。覗き込んだアリエイラの顔からも徐々に血の気が引いていく。


「トリンブ帝国の王国印とヴァスト教の大司教名……」


 それは三つほど東へ行った大国の、なんと王家の紋が押された書状だった。もう一通はこの大陸の主教、ヴァスト教の大司教の役職と名が記されていた。


「僕、一体何者なの?」

「冒険者だよ。さっき言ったじゃん」

「……いや、そういう事じゃなくて」


 話が通じない。色々詳しく聞いてみると、どうやら冒険者として活躍し、その報酬として貰ったようだった。こんな子供が……。


「じゃあ冒険者として功績を挙げた報酬で国王様から頂いたと……」

「うん」

「なにやったの?」

「ううん……色々?」


 説明はあまり上手くないようで、何度も聞きカ返すがどうにも要領を得ない。魔獣やいけない奴をこらしめたんだーだけじゃさっぱり判らない。本人も説明が下手な自覚があるのか、終いにはべそかいて謝りだした。なんだか二人は悪い事をしてる気分になって来た。


「ああ、もういいから。ゴメンね。難しい事聞いちゃって」

「ううん」


 泣く子には勝てない。話題を変えよう。


「ボク達も冒険者なんだよ。ランクはD!」


 先月Dランクにランクアップしたばかりのリルは、ちょっと自慢したくてグリーン色のカードを出して見せつけた。


「僕も持ってるよ!」


 そう言って少年が襟元から抜き出した冒険者カードは、なんと黄金に輝いていた。


「A!? 嘘っ!」

「なんだと!」


 黄金のカード。それは冒険者クラス、Aランクを表す。


「ちょっ、ちょっと見せて!」


 冒険者のランクはS、A~Gまであり初心者はGランク。経験や功績を認められてランクアップするのだがF、Gが初級者、C、D、Eが中堅者。

 Bが上級。Aは超級。Sは伝説級となっていた。

 リル達は二年掛けてやっとDになったばかりだ。

 Bの冒険者はギルド幹部等にもいるが、Aはめったに出会う事もなく、Sに至っては十年に一度大陸に現れるかという話だった。


「凄い……しかも功績印がこんなに……」

「初めて見たぞ」


 更にランク外で何か偉大な功績を残した者に与えられる功績印が七つもついていた。

 カードだけを見れば国の英雄クラスだ。輝く魔鎧と聖剣を装備した壮年の美丈夫が思い浮かぶ。


「……」


 しかし見下ろせば、ちんまい子供が両手を腰に当てて可愛く威張っているだけだった。全身で褒めて。褒めて。と意気込んでいる。


「す、凄いね」

「えへへ~」


 頬を染めてもじもじ照れる姿は愛らしい。頭を撫でたら思ってた以上に手触りが良くて止められなくなった。


「止めろリル。参っているぞ」

「ふにゅー……」


 ぐりぐり弄り過ぎて目を回していた。しかし、どう見ても幼い普通の子供である。

 ついでに聞いておこうと、アリエイラが身を乗り出した。


「あの山賊達を倒したのアレは何なのだ。やはり魔術なのか」

「うーん……たぶん」

「ボクも火系魔術は扱えるから分かるんだけど、あれって、精霊力感じなかったよ。一体どんな系統の魔術なの?」

「知らない」

「……知らないって」

「だって覚えてないんだもん……」


 そういえばこの子は記憶喪失なのだった。聞けば気づいた時から普通に使えたという。


「せめて系統の名前でも分かればな。普段はなんと呼んでいるのだ?」

「えいって」

「……エイ?」

「うん。えいってやると出来るから」

「「…………」」


 見たことも無い恐るべき魔術は「エイッ」と名付けられていた。


            ◇


 一命は取り留めたが商人の体調は思わしくない。途中、何度も休憩を挟む事となった。

 疲労の抜けた少女達二人は武器の手入れをして日々の鍛錬を始める。少年は面白そうにそれを眺めていたが、リルが型の練習をしてるとニコニコ微笑みながら指摘を始めた。


「重心が前過ぎてるよー」

「……」

「手だけで振ってるよー」

「……セージ君、見て分かるの?」

「分かるよ」

 

 幾らなんでもそれは嘘だろう。少年はとても剣士には見えない。


「嘘でしょー。キミ、剣士じゃないよね」

「僕、強いんだよ」

「あはは」

「本当だもん!」


 全然信じられない。

 少年の手は剣を持つ手ではなかった。土弄りもしない商人程ではないが、剣ダコの跡もなかった。

 魔術使いならまだしも、剣を持つ者にはとても見えない。もっとも十歳にも満たない身の上では、鍛えていたとしてもたかが知れるのだが。


 それでも僕は強いと言い張るので、暇つぶしを兼ねて少し相手をする事になった。

 持てそうな剣が無いと気づいたが、なんと少年はそこら辺から木切れを持って来て構えだした。

 これにはアリエリラと二人で苦笑いするしかない。 

 しかし、少年がぼそぼそと呟きながら木の棒を撫でた後で地面を叩くと硬い音が響く。どうも木切れを硬質化したようだ。今度も見たことの無い魔術だった。


「じゃあ、いくよ」

「うん」


 ほんの準備運動前のお遊びのつもりだった。


「そいやっ」

「てい」


 甲高い音が鳴った。


「「……」」

「駄目だよ。しっかり持たないと。話にならないよ」


 地面には、跳ね飛ばされたリルの長剣が転がっていた。


「うそ……」

「……なんと」

「じゃ、じゃあ今度はちょっと本気で」

「てい」

 

 再び地面に剣が転がる。

 今度はしっかり持っていた筈なのに、簡単に剣が弾かれた。驚くべきタイミングで剣が手の中から消失したのだ。

 すっぽ抜けたというより、抜き取られたという感じだった。しかも剣を打ったのは、ただの木切れだ。


「……キミ、もしかして強いの?」

「言ったじゃん。強いって」


 少年は両手をブンブンと振って抗議する。その姿は可愛らしく、とても自分を打ち倒した剣士の様には見えない。


「いや、だって……」


 どう見てもそんな風には見えない。掌だって綺麗だった。それは日常で剣を持たない事を意味している。第一あんな小さな手の握力で剣が振れる筈がない。

 そもそも普通剣を持つ者は、それなりの剣気や威圧感を放つものだ。それがまったく無いのだ。彼は見た目、普通の町の子供と変わらない。


「たぶん十本やっても全部僕が勝つよ。今のままじゃ百本やっても同じ」

「い、言ったね……」


 そこまで言われては黙ってられない。剣を落とされたのも、剣士としては屈辱だ。


「今度は本気だよ」

「うん」

「はあっ!」

「足が合ってないよ」

 

 剣を弾かれ軸足を軽く叩かれただけで、リルは地面に転ばされた。

 

「……」


 二人はありえないものでも見たような表情で少年を見返す。少年はつまらなそうに木切れを片手に立ちすくんでいた。立ち位置さえ一歩も変わっていない。


「リル!」

「うん!」


 リルの表情が変わった。目が据わり腰を落とし、散々教え込まれ身に染み込んだ型を構え直す。場の空気が変わった。ヴラーズ剣術。半世紀前、大国を興した勇者が広めた現代の正統派剣術だ。彼女は冒険者になる前は、王都直営の剣の館で将来の師範とも目されていた腕前だった。


「フッ!」


 先程迄と段違いの足運びで剣先が少年を襲う。


「だから足と合ってないって」


 今度は内股を叩かれ、リルは地に転ばされた。


「くっ……そおっ!」


 それからおよそ一時間。リルは叩かれ這わされ転がされた。当然一本も取れなかった。


「ま、まいった……降参」


 リルは息も絶え絶えで地面に転がっていた。打ち据えられ過ぎて手足が痛い。

 少年はさして汗も掻いていない。それ程の実力差であった。


「じゃあ、アリエイラお姉ちゃん」

「……ああ」


 大剣を持ってアリエイラが立ち上がる。

 少年は驚くほど強かった。彼女は真摯にそれを認めた。あの幼い体躯から、さして早くない剣線が絶妙なタイミングでリルの手足を打ちすえバランスを崩すのだ。およそ達人の域にあると言っても良い。自分でも勝てないだろう。

 しかし、ただで終わるつもりは無い。

 足裁き。体術。力の逃し方。そのタイミング。全部観察して頭に叩き込んだ。見ている間、ずっと対策を考えていた。正面からいけば勝てないだろう。しかし、そう簡単には負ける気は無い。

 このような小さな子に大剣を叩きつけるのは心苦しいが、これは剣士としての勝負である。手加減をする気は無い。

 あの未知の魔術ならまだしも、剣術の勝負で、剣士でもない子供相手に負ける訳にはいかないのだ。 


「セージ君、アリエイラは強いよ」

「うん」

「……いくぞ!」


 それからおよそ一時間。アリエイラも同じ様に叩かれ這わされ転がされた。当然一本も取れなかった。


 惨敗であった。


「つ、強いんだね。ボクのお師匠様より強いんじゃないかな」

「こ、これ程とはっ……」


 二人は息も絶え絶えで地面に伏せている。最後は二人掛かりだったが、まったく相手にならなかった。


「君は一体、誰に師事してそんな腕になったのさ」

「おなかすいたー。ごはんにしようよ!」


 話を聞いちゃいなかった。どのみち記憶喪失らしいので聞いても答えはなかっただろう。


「もう! カオの実、食べさせちゃるからね!」

「ええ~あれ嫌だー。苦いんだよー」

「駄目。凄く栄養あるんだから! 好き嫌い駄目!」

「ええーっ、ええーっ! わああん!」


 文句を言ってぐずりだした。まるで普通の子供だ。

 夕食時、少年はべそを掻きながら、栄養価は高いが果てしなく苦いカオの実を噛んで呑み下す。

 嫌がっていても自分の為と説教されれば、無理してでも食べようとする健気なところがある。ここら辺は好感が持てる。


「うう~っ。むむ~」


 少女達はその姿を見て 少し溜飲を下げた。二人揃って交代で頭を撫でると、相変わらず良い触り心地だった。

 よく我慢して食べたなと褒めれば満面の笑顔で頷き返す。どこから見ても普通の子供だった。


 二日掛けてようやく城砦都市ザウーラに戻って来た。商会にて商人と荷を降ろし、冒険者ギルドに報告に向かう。

 ギルドの受付で顛末を報告。自分達以外の冒険者達と、商人一人が殺されてしまうという多大な犠牲が出たが、残った商人を守って無事帰還できたので護衛料金としては当初予定の二割を貰える事になった。

 その際、付いて来たセージはその幼い姿と愛嬌で一躍皆の人気者になっていた。

 今は子供好きの冒険者やギルド職員達にテーブル席でちやほやされ、与えられた蜂蜜水を両手で抱えて飲んでいる。

 そこへ、報告を聞いたギルド長が降りてきた。名はマイゼン。元Bランクのいかつい禿頭の大男だ。彼はセージと手持ちの資料を見比べて蒼白になった。連れて来たリルとアリエイラ達を呼びつけて凄みのある顔で責め立てる。


「……お前ら、なんてガキを連れてきやがった。あいつは『災厄の落し子』じゃねえか!」


 セージは冒険者ギルドに要注意人物として名を挙げられていた。

やっぱり、どっかで見た様な内容ですな。

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