01. ブレない少年
申し訳ありません。三人称の習作のつもりで軽く書いてます。本筋としての完結予定無し。
「ひゃははは! 殺すなよ、お前ら。一人は小便臭えが、大女は上玉だ。たっぷり楽しませてもらえるぜ!」
「「「おう!」」」
「なにおう!」
「……フンッ!」
小便臭いと言われた少女は、不当な評価に怒りを見せ、対峙していた相手の顎を蹴りとばす。
大女と呼ばれた長身の少女は無言で大剣を振り被り、隙を見せた男に切りかかった。しかし、四方を敵に囲まれての斬撃は浅く、皮篭手の二の腕に傷をつけるだけに留まった。
城砦都市ザウーラから、森を二つ越えた街道で商隊は山賊達に襲われた。荷物は綿麻と高級織物。御者と商人二人、護衛は十名を雇っていた。
編成は中堅どころのC、Dクラスを中心として雇われ、冒険者ギルドに所属する少女二人、リルとアリエイラもその中にいた。
いつもなら難なく撃退できた筈だったのだが、今回は敵人数が十六名と多く、最悪な事に魔術を使う邪術士が一人混ざっていた。
山賊達の中から魔術スリープクラウドを食らい護衛の半数が昏倒。更にそこを矢で射られた上での四方から襲撃。あっというまに護衛達の半数が切り伏せられた。
リルとアリエイラは包囲を掻い潜り、隠れていた邪術士をなんとか倒したのだが、本隊に戻ってみれば商隊の護衛は全滅。抵抗した商人まで殺されていた。
山賊達も人数を減らしていたが、残った男達に彼女達は包囲されたのだった。
「ひひひ! ホラ、ホラ。当っちまうぞ!」
「ソラ、ソラ! ひひひ!」
男達は欲望にギラついた目で少女達を囲み、四方からちょっかいを掛けて弄っている。彼女達の体力を削って捕らえる算段なのだ。
彼女達が生き残っているのは、容姿の際立つ若い女性で、男達の情欲を刺激したからに他ならない。すでに股間を膨らませている者さえいる始末だ。
「ホラッ、ホラ。早く降参しちまえよお」「死んじまうぞ」「わははは」
「こっ、このおっ!」
趨勢は既に決していた。護衛達や御者は殺され、商人も切られた。残った二名の女性冒険者だけが抵抗を続けている。しかし、それももう時間の問題だった。二人は体力を削られ息を切らしている。十名以上の山賊達に囲まれて弄りものにあっていた。
「くっそおっ!」
リルはポニーテールに括った長い髪と長剣を振り回し、隙を見ては切りかかる。
しかし四方を囲まれている。踏み込もうとすれば背後から、脇から打撃や蹴りをくらって体勢が崩されるのだ。彼等は舌なめずりをしながら少女の体力が尽き降参するのを待っていた。
魔術で火を放って打開しようにも精神集中する隙が無い。邪術士との戦闘もあって疲労も限界に達していた。
「くっ!」
藍色の長髪をなびかせる長身の少女、アリエイラの方はもっと状況が悪かった。彼女の押えた左脇腹から出血が止まらない。致命傷を受けたのだ。
全身を使って大剣を振り回す彼女にとって、脇腹の負傷は戦闘力が大きく減殺される。刻一刻と出血と共に体力が抜けていくのが分かった。
遠からず意識を失って倒される未来が見える。
しかし降参するつもりはない。慰み者となって恥辱を浴びるくらいなら、刺し違えてでも死んだ方がマシだった。
「ぐうっ!」
体力の限界が予想より早く来た。二方から続けて斧を叩きつけられ片膝が落ちる。最後の気力を振り絞って特攻を掛けようかと顔を上げたその時だった。
「ねえ、ねえ。大丈夫?」
突然、子供のソプラノ声が戦場に響いた。
目を向ければ男達の背後に、幼い少年が立っている。十歳にも満たないだろう。
綺麗というより可愛い少年だった。笑みに愛嬌がある。小奇麗な旅装束の袖からは小さな指先が可愛く覗いていた。ふわふわの金髪は柔らかそうで、撫で回すと気持ち良いに違いない。
男達は咄嗟に周囲を見回したが、他に新しい人影は見当たらない。この少年だけだ。一体どこから現れたというのか。
少年は場が読めていないのか、それとも頭がゆるいのか、周囲に満ちる殺気も解さず、上体を折ってアリエイラに話しかける。
「このままだと殺されちゃうよ」
「なんだこいつ」「どっから出てきやがった」「邪魔だ」
流石にあどけない子供を問答無用で切り殺す気にはなれないが、男の一人が邪魔だとばかりに足を振り上げた。
「ぬおっ?」
しかし、その蹴りを少年は軽くかわした。どよめく男達を擦り抜けて、少年はアリエイラの前に歩み寄る。
「こっ、このガキ!」
「ねえ、お姉さん達。助けてあげようか」
「……?」
言っている意味が判らない。こんな小さく弱々しい子供が、凶器を振りかざす十名以上の賊達から自分等を助けるというのだ。
今この場で一番危険なのは、この子自身ではないだろうか。なにせ彼は幼く、武器を持っている様子もないのだ。横にいる男の斧が振り下ろされた瞬間、少年の小さな頭部は南瓜の様に潰されてしまうだろう。
しかし少年は意に介さず、助ける代償としてとんでもない要求を始めた。
「だからね、お姉さん達。助けてあげるから、おっぱい触らせて!」
「……は?」
性差を感じない、あどけない顔からは想像も付かないエロい要求だった。全然顔と台詞が合ってない。
周囲の男達まであっけにとられていた。
なんだこのガキは。
「……は?」
「おっぱい!」
思わず聞き返したら満面の笑みで繰り返された。 ……聞き間違えではないようだ。
「ちょ、僕。危ないよ。逃げて!」
「大丈夫だよ。僕強いもん」
少年に気づいたリルが慌てて逃亡を促すが、彼は言い返して可愛くガッツポーズをとった。
まったく強く見えない。軽く叩かれただけで吹き飛んでしまいそうだった。
「……はあ?」「ガキに用はねえんだよ」「待て、見てくれが良い、売れるぞ」「うるせえよ。俺ぁもう早く犯りたくて仕方ねえんだよ!」
「危ない!」
欲望に理性を奪われた男の一人が、容赦なく少年に斧で切りかかった。
少女達が助けようにも男達に囲まれており、距離も遠すぎた。
立ちすくんだまま迎える少年。誰もが彼が殺される光景を幻視した。しかし
「てい」
「!」
斧は空を切り、男はそのまま地面に倒れこんだ。
見ていた男達は目を疑る。信じられない光景が起きたのだ。この少年は今、切りかかった斧の刃を、なんと素手で払い落とした。
切りかかった男は地面に伏せたままぴくりとも動かない……よく見れば白目を剥いて気絶していた。
「なんだ、おい」
「き、気をつけろ」
どうやって気絶させたのか。仲間を倒した方法がまったく分からなかった。少年は斧を払っただけ。男の身体には触ってもいなかったのだ。
警戒する男達を気にせず、少年は満面の笑みでアリエイラに再度提案する。
「どう?」
助けはありがたいが、その要求が下種過ぎた。普通だったら『自分の腐れ○ラでもしゃぶってろ』等と吐き捨てるところだが、
相手は年端もいかない子供だ。自分の言っている言葉の意味を理解しているのかも疑問だ。アリエイラはなんと答えていいのか判らず、返す言葉が浮かばなかった。
「って、わあっ!」
「おおし!」「よくやった!」
こちらに気をとられていたリルを、男達が三人掛かりで押し倒したのだ。抵抗しようにも男三人が体重で押しつぶしているので動けない。
更にもう一人が足を押さえ込み、とうとう彼女は捕まってしまった。
「リル!」
「ちくしょー、放せーっ!」
「ねえ。おっぱい!」
この期に及んでも少年は空気を読まず、微笑みながら自分の要求を繰り返す。ブレない鬼畜小僧だった。
「うわーん! わかった。わかったよ。ボクでいいなら触っていいから! だから助けてよ」
動けないリルが、泣きの入った声でヤケクソに叫んだ。
「わかった!」
少年が嬉々としてパンと両手を合わせ、周囲の男達に向けて大きく広げる。
次の瞬間、山賊達は一斉に宙を舞って吹き飛んだ。
「ぎゃあっ」「があっ!」「おおっ」
「!?」
宙を舞った末、地面に叩きつけられる男達。リルにしがみついていた男達も、どうやってか振りほどかれて叩きつけられていた。
風はなかった、突風でもない。精霊の力も感じなかったので魔術ではなかったのかも知れない。ではなんだ。確かに何かに飛ばされたのだ。 ……何が起きたのか全然理解出来ない。
リルもアリエイラも呆然と男達を見渡している。
「がはっ!」「ぐっ……」
立ち上がろうとして苦しむ男達。十m以上を吹き飛ばされたのだ。かなりの衝撃だった筈だ。気を失っている者さえいる。
気丈にも立ち上がろうとした男が再度転ぶ。男はその原因に気付いて悲鳴をあげた。
「立たない方が良いよ。全員足を折ったから」
少年は平然と言った。
「うそ……」
起き上がったリルが呟く。
よく見れば先程転んだ男の右足が外にねじれている。右の男も。その奥で呻く男も。……全員。全員だ。
十名以上いる山賊達の足が、等しく同じ方向にねじれ、折れ曲がっているのだ。
「いってえよ…」「なんだ…これ」「あぁ……」
いつ折ったのだろうか。しかも男達はバラバラの位置に立ち、各々違う姿勢をしていた筈だ。それを全員同時に同じ箇所、同じ方向に足を捻じ曲げるなどありえない技術だった。
「殺した方が良かった?」
「え? い、いや……」
呆然としていたら何か勘違いをしたのか、平然と怖い事を聞いてきた。リルは思わず否定する。自分ならまだしも、こんな幼い子供に殺人を強いるのは気が進まない。
「てっめえ……」「ふざけやがって……」「ぜってえ、ぶっ殺す」「待ってろコラ!」
男達は口々に怒声をあげる。冷静に考えればまったく未知の方法で叩きのめされたのだから警戒すべきなのであるが、相手は殺気も感じさせない子供であり、男達は欲望に目がくらんで冷静な判断力を無くしていた。
刃物を振りかざし殺意を向ける男達を、少年は小首をかしげて眺めていたが
「……やっぱ殺しておくね」
そう言って少年が再び男達に手を振った瞬間。鈍い音が辺りに響き、男達は次々呻いて痙攣を始めた。
「がっ……」「ぐふっ……」
数瞬で男達は動かなくなった。生気の無くなった顔を見渡して、全員が事切れたのを知る。おそるおそるリルが問いかける。
「今……何をしたの?」
「脳髄を引き千切ったの」
「……」
意味の判らない単語だったが、何をしたのかは理解できた。やはり彼が男達十一名を殺害したのだ。それも離れた場所から一瞬でだ。
殺意を無くさない敵に対し容赦なく殺害する冷徹さ、離れた場所から手を振っただけで大勢を殺害する未知の能力。
脅威を感じて少女達は息を呑んだ。
「あっ、たいへん。たいへん」
うずくまっていたアリエイラに気づき、少年が慌てて駆け寄って来た。彼女の傷口を押える手から血が止まっていないのだ。
「まずい……」
同じく駆け寄ったリルが不安そうに呻いた。治療魔術を使える者は殺されてしまった。
傷口を針で無理矢理縫合しても、止血の薬と手当てだけで街まで持つのか危ない程の重症だ。
「何……大丈夫さ」
青い顔で答えるアリエイラの言葉にも張りが無い。本人も危険な状態だと分かっているのだ。
「治すね。手をどけて」
そこへ少年が小さな両手を伸ばした。紅葉の様な可愛い手だった。
「僕、治療できるの?」
「うん」
「やった! 助かった!」
「……それは、ありがたい」
アリエイラは少年に患部を晒して手当てを受ける。
「治すね」
「……あれ?」
しかし治療魔術の発現時に出る白い光は一向に現われなかった。周囲の精霊にも動きが見られない。精霊魔術を使えるリルは首をかしげた。
それなのに……少年の声に合わせて致命傷と思えた傷がみるみる塞がっていく。
「ますい。ますい」
アリエイラの表情が穏やかになった。
「しけつ。しけつ」
溢れ出る血がぴたりと止まった。
「たいしゃのかそく。かそく。いそいで。んむむ~っ」
みるみる内肉が盛り上がり、傷口を塞いでいく。
「よしっ」
少年が患部に当てた手を放すと、既に新しく芽吹いたピンク色の肌が傷口を塞いでいた。とんでもない早さだった。
傷跡を見直し触って確かめるアリエイラ。
「治った……のか?」
「うん。結構血が流れたみたいだから、お肉一杯食べてね。ミルクも良いんだよ」
「た、助かった」
普通の魔術なら数時間は掛かる治療が、ものの数分で終わってしまった。礼を言うアリエイラの表情も引き攣る。こんな治療魔術は見たことも無い。よほど高位の治療魔術ではないだろうか。
「なんでえ?」
少年の背後でリルは驚きの声をあげた。
最後まで精霊の動きは感じれられなかった。そんな事があるのだろうか。少なくとも自分の知る治療魔術に今のようなものは無い。
今のはなんだろう。そして、この少年は一体何者なのか。
「次。お姉ちゃんも。座って座って」
「え、ボク? ボクは大丈夫だよ」
「だめだよ。肩とか背中とかいっぱい怪我してるんだから」
実際今は戦い後の興奮状態にあるので自覚はなかった。しかし、改めて見直せば手足に多くの切り傷を作り、それ以上に打撲を負っていた。
「ホラ。脱いで脱いで」
「い? 脱ぐ?」
確かに背中や患部を触られるには脱ぐ必要があった。しかし先刻言われた下種な要求を覚えてるので警戒せざるを得ない。
「早く」
「う、うん」
少年の顔を見れば、真面目に治療しようと身を案じてくれているようにしか見えない。どう見てもHな要求をする子には思えない。仕方なくリルは上着や装備を脱ぎ下着姿になった。
「一杯あるよ。たいへん、たいへん」
少年は真面目に治療を始めた。真剣な表情には邪な下心など一切感じられない。むしろ、幼い子が眉間を寄せ、むむむと真面目な顔で挑む姿は愛らしさを感じる。
「お、おお?……うわー、何これ。暖かーい。じわーっとするよ。変な感じ」
普通の治療魔術よりも患部が暖かいのだ。通常の魔術で感じる肉や内蔵が蠢く違和感を感じない。不思議な治療魔術だった。
少年は次々と治療を施し、彼女達の古傷までも完治させてしまった。彼女等が知る、通常の治療魔術よりも高度な術だったのは間違いない。
二人は嬉々として治療された箇所を確認して感謝の言葉をあげる。
「凄い。古傷の腕の突っ張りも無くなったよ!」「これはありがたいな」
「治った?」
「もう大丈夫!」「ああ」
「本当?」
「うん、ありがとう」「助かったよ」
「じゃあ、おっぱい!」
「「…………」」
少年は全然ブレていなかった。
うん……なんか新平の続き、展開が凄惨過ぎて気晴らしをしたくなったんです。すいません、すぐ終わります。
全六話で年内に一部終了予定。