初めてはお堅く…プログラム1番
初めての演奏会参加の日は、なんと縁起の悪い…雨だった。
まだ梅雨には早いゴールデンウイークだというのに、しとしとした嫌な雨。
しかし、ドルチェは楽しそうだった。
月に1度ある定例会(=サークル仲間内での練習成果発表の集まり)には何度か参加して、メンバーの皆さんと仲良くなり・・・、そして、その日は、初めての一般公開の演奏会だった。
高校を卒業後は大学に行かず(行けず…とも言う)フリーターをしていたドルチェは、それまでの学校の友達以来の新しくできた友人であり仲間だった。
やっとお酒を飲んでも良いお年頃にもなり、お兄さんお姉さんたちとの打ち上げにも堂々と参加できて、なんだか大人になった気分になっていた。
だから、演奏会とはいえ、演奏の緊張だとかよりも、みんなと会えてみんなと楽しい時間を過ごせることのほうが、その日のドルチェの気分をウキウキさせていたのだ。
「おはよーございまーす!!」
と、楽屋へ飛び込んでいった。
「おはよう、ドルちゃん」
「今日も元気ね」
笑顔で迎えてくれるメンバーを、誇らしく思った。
準備もお手伝い。
会場準備はもちろん、受付の机を出したりお客様誘導用の看板を作ったり印刷したままのプログラムを折り畳んで冊子のように整えたり。
そんなことも、何もかもが楽しかった。
リハーサルで初めてピアノに触れると、なんだか弾くことすらも、緊張より楽しみになってくるから不思議だ。
お昼ごはんは各自適当に手が空いたら…という流れ。準備も一段落して、リハーサルを順番に回してる隙に楽屋で食べるのが定番になっていた。
みんなとお喋りしながら食べるお弁当が、学校みたいで懐かしく楽しい。
しかしドルチェはよく食べる。ごはんにおやつまで食べて満腹に。世の中には「緊張で喉も通らない」という人種もいるが、ドルチェは異種らしい。
さて、午後からは本番タイム。
直前のお着替えタイムは、女子のファッションショーみたいなもの。みんな、キレイなロングドレスを着て華やかに着飾った。
の、だが…。ドルチェは黒のプリーツスカートに白いブラウス。まぁ、初期装備はこんなもんかな。
初めての演奏会は、プログラム順も1番。
1番って、意外な部分に緊張する。なんせお手本が無いものだから、アナウンスのどのタイミングで出たらいいか・・・どこでご挨拶(お辞儀)したらいいか・・・お辞儀したらどう動いてピアノへ移動したらいいか・・・終わったらホッとしてお辞儀忘れて帰っちゃいそうだ・・・などなど、弾く事じゃない部分の不安が押し寄せてくる。
「ひゃ〜緊張するぅ〜」
ステージ袖でドルチェはオドオドしていた。
「え?今さら?」
と、回りは驚く。
「どどど、どうしよ。どこでお辞儀したらイイ?出て行くタイミングでは背中押してね!」
おたおた…キョロキョロ…そわそわ。。。
なんか、よくわからないことに戸惑ってるドルチェを持て余すお姉さんたちがいたことでしょうが、本人には真剣な悩みなのだ。
名前と曲などなどがアナウンスされた。
肩を叩かれ歩き始める…1歩2歩とステージ上を進む。さて、第一関門は突破!
次は、お辞儀する場所である。よく見ると、子どもの音楽教室の発表会か何かで使われたのであろうバッテンが、ピアノの椅子の前あたりにある。そこを目指して突き進み、到着。お客様へ、礼。 第二関門突破!
小さい頃のピアノ教室の発表会では、“お客さんに背中を向けてはいけません”と習った。が…椅子の前にいる以上どうしたって後ろを向かなければ椅子に座れないのでは?冷静に考えながら、ここは諦めて好き勝手に動いてみた。案外だれも何も言わないものだし、後々よく皆の発表スタイルを見てみても、不自然な動きをしてる人なんていないじゃないか。
弾き始めれば、あとはこっちのもんだ。
初めてだし、まだ弾ける曲も少ないし、新しい曲を始めるだけの技量もなかったので、かなり簡単でシンプルな初級レベルのベートーベンのソナタ。
サラッと弾いてサラッと帰ってきました。
あっけらか〜ん☆
その後、きれいなドレスのお姉さんたちの、ドレスを着るだけのステキな演奏を客席で聞きながら、
『私もあんな難しい曲をカッコ良く弾きたいな〜』
と夢見て、初めての演奏会の日をポヤ〜ッと過ごしたのでした。