連載になるかもしれない、ネタ。7
キラキラと輝くこの光景に、溜息を一つ。
キャッキャウフフと、一見して頭のよろしくないと解る行動を取る目の前のキラキラした少女は、一体何を考えているのか。
通常の神経の持ち主であれば、ドン引きしている私たちの態度に何らかの対応をしていると思うのだが。
そんな事をつらつらと考えながら周囲を見渡せば、これまたキラキラした男たちと視線がぶつかる。
現実世界ではまずお目にかかれない色彩の男たちの姿に、そういえば自分も今ではその一員だと気付き、またしても大きな溜息を吐く。
二次元だからこそ許されている色合いは、正に視界の暴力と呼ぶに相応しい。
よし、次からはもっと考えてデザインしようと、とても今更な、そして意味の無い決意をして、目の前に用意されたカップに口をつける。
過去と寸分の違いも無い紅茶の味に、これだけは過去の自分を褒めてもいいかもしれないと、これまた今更な思考を展開する。
「あ、おとうさまぁ~」
意識した甘えたその声に思考の波から脱出して視線を向ければ、美丈夫に抱き着く、頭のよろしくない少女の姿があった。
あぁ、こんなスチルも描いたわ、と感慨深く眺めれば、こちらに気付いた美丈夫と目が合った。
無視するわけにもいかず、優美な所作で立ち上がり、完璧と称賛される淑女の礼を取る。
「ごきげんよう、陛下」
まだ公務中のこの美丈夫を、たとえ娘とはいえ礼も取らずに迎える、などという礼儀知らずな真似は出来る事ではない。
まぁ、普通の感覚と常識を持って入れば、だが。
「そなたは真に美しくも賢い。そなたが王位に就けば、皆安泰。さすがは我が自慢の姫」
目の前まで来た美丈夫に、そう言われながら髪を梳かれる。
自身の指からサラサラと流れる髪を愛しげに数度梳き、最後は一房取って口づけを贈られた。
ソレを悠然と微笑んで受ければ、視界の端に写る般若のような顔。
そんな顔のイラストは描いた記憶は無いのだがと、どこかズレた事を思いつつ背を向けた美丈夫を見送った。
その時に、もう一人の娘には声どころか視線すら向けなかったのは見ないフリである。
この世界が、いわゆる『女性向け恋愛シミュレーションゲーム』と呼ばれる、俗称『乙女ゲーム』の世界であると気付いたのは、三歳の誕生日である。
初めて自身の容姿を鏡で映し、キラッキラ輝く髪と瞳を確認した瞬間に一気に記憶が溢れた。
『Jewel box ~貴女だけの貴石~』という名前の、ファンタジー色の強いゲーム。
主人公は物語の舞台となる王国の第二王女で、ライバルキャラである第一王女の側仕えたちを攻略して、最終的に王位に就く事を目的とする。
第一王女の側仕え五人プラス隠しキャラ二人が攻略対象者。
ライバルキャラである第一王女と攻略対象者の好感度はMAXという鬼仕様からこのゲームは始まる。
100%奪略系という一風変わった設定とこの鬼仕様、そして人気の絵師と声フェチたちの煩悩をガンガン刺激する声優陣。
そんな豪華すぎるラインナップで、このゲームは他に類を見ないほどの人気作品だった。
で、私は、その『人気絵師』だったわけだ。
思い出したときは本当に驚いた。
製作者も声優陣も知り合い、という結構恵まれた環境での作品だったから思い入れも強く、スチル画を始め全ての『絵』を手掛けたため細部まで記憶している。
そんな『作品』の中に、自身の描いたままの姿で『実在』しているのだ。
人間、驚きすぎると本当に声が出ないらしいと、したくもない体験を齢三歳でした。
虹色に輝く髪と瞳は、ライバルキャラの第一王女のモノ。
今まで意識したことも無かったが、よくよく周りを見渡せば蝶よ花よと大切にされていて。
設定では、主人公である第二王女が生まれるのは第一王女が四歳になる前だから、一年以内、ということだ。
どう見ても、今の私は第一王女。
ならば、このままいけば主人公に側仕えを奪われ王位を奪われ、最終的には他国へと追いやられる。
そんな未来は御免被りたい。
幸い、ゲーム開始は主人公の成人の儀。
この世界の成人は15歳なので、時間はたくさんある。
それまでに頑張って自分磨きをしよう、と決意したのだ。
で、それから十五年。
10日後に迫った、主人公の成人の儀。
つまり、ゲームの開始まであと10日である。
三歳から大人の意識がある私は、自分の地位を盤石とするために心血を注いだ。
礼儀作法から勉強まで、王位を継ぐために必要なことは勿論、国民たちの声を聴くための活動にも手を抜かず、国内だけでなく外交にも気を配った。
その甲斐あってか、私の成人の儀を待つ形で王位継承を正式なものとした。
ゲームでは第二王女と王位を競う形だったので、既にストーリーから外れている。
このまま問題なく過ぎれば、国内外問わず認められている私が王位に就くことは決定のため、ゲームは始まらないだろう。
攻略対象者である側仕えが主人公に惹かれる危険性も、ほんの1年前に無くなっている。
「おねぇさま、わたし、お部屋の戻ります」
「えぇ、しっかりお勉強なさいませ」
陛下相手のスチルの回収を終えた主人公が場を辞すためにかけてきた声に返答すれば、何やら物言いたげな表情を見せる。
ゲームであれば、私に引き留められて、二人仲良くお茶を飲むスチルが出てくるのだ。
選択肢も何もない、謂わばオープニングに出てくる共通スチル。
だが、わざわざソレに乗ってやる必要は欠片も無い。
そう、この主人公も前世の記憶持ちなのだ。
私のように、幼少から記憶があったわけではない。
一年前、原因不明の高熱が治ったら性格が一変していたのだ。
注意深く観察するまでも無く、非常に解り易く私や攻略対象である側仕えたちに接近してきた主人公。
事在る毎にこちらに絡んでくるその様に、陛下はじめ王城内の者たちも顔を顰めた。
そして、非常に残念なことに、この主人公は頭の出来がよろしくない。
もとは第二王女という身分に恥じない程度には出来ていた筈の記憶は、すっかり抜け落ちてしまったらしい。
そんな残念な主人公は、ココが現実ではなくゲームだという認識しかしていない。
見ていて滑稽になるほど、生きるのに必要な勉強をしないのだ。
自分はこのゲームの主人公なのだから、という態度を隠しもしない。
そのため、今では主人公の名声は地に落ちている。
ソレに気付きもしない主人公は、こうしてゲームをプレイするのに忙しない。
ゲーム開始時である10日後の成人の儀で、主人公補正がかかることを信じて疑っていないようだが。
「王女殿下、妹君はご存知ないのですか?」
とぼとぼと去っていく主人公をチラリと見て、私の家令が言う。
「陛下が何もおっしゃらない事を、わたくしが言えないわ」
そう返せば、それもそうですね、と一応の納得を見せる。
「早々に知らせることも優しさだとは思いますけどね」
そう言うのは、私の右腕である宰相補佐。
「それを決められるのも陛下だろう」
侍従がそう返し、
「どうでもいい、と思われているのでは?」
「既に捨て置かれているし、な」
双子の専属騎士が言う。
「そのようなことを口にするものではないわ」
側仕えたちの台詞を一応咎めて、それでも内心では同意する。
あまりにも残念な主人公は、早々に陛下に捨てられたのだ。
比べる対象が私だったということに、少々の罪悪感がある・・・わけも無く。
努力もせず現実を見ないバカには当然の処置だろう、と思うわけだが。
「ある意味幸せなんじゃないか?」
くつりと嗤う美貌の公爵と。
「一応、身分は我が国の王妃ですから」
外交官として来ている隣国の王太子殿下。
攻略対象が一堂に会するこの席は、主人公が憧れてやまないものだろう。
初めの選択を間違えた主人公は、成人の儀が終われば、隣国の国王へ嫁ぐことになる。
年老いた好色の国王は、自分の娘程の王妃を娶り、数日後に王太子へとその地位を譲る。
自身は自然の中の別邸へと隠居し、そこで若い新妻との新生活を送るそうだ。
本来であればライバルキャラである私のエンドは、主人公の自業自得で本来の姿を変えた。
『さて、貴女様のお相手は?』
始まらないゲームの結末は、まだわからない。