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闘イノ果テニ-Ⅲ

 虚空に明滅する閃光があった。

 

 互いに他を消滅させるべく、ひっきりなしに、恐るべきエネルギーの

 乱流を叩きつけているのだ。そこに防御などない。ひたすらの攻撃と

 相討ちがあるきりだ。僅かでも怯んだら滅多打ちになる道理だ。


 争う両者を、三船秋生とソウルという。

 戦場となったここは、宇宙のようでいて宇宙でない場所。眼下に光る

 ものこそが宇宙だ。世界と、世界でない場所との、瀬戸際の空間。


 世界高所。


 地球地表からの距離などではない、別次元の角度でもって最大高所に

 あたるそこの場所で、2人は死闘を繰り広げているのだ。


 互いに武器としているのは純粋な魔力エネルギーである。火炎や雷撃に

 変ずる手間をも惜しんで、エネルギーのままにぶつけ合っている。

 消耗は絶大だが威力と速度は凄まじいものだ。


 それぞれのパーソナリティが魔力に色づいている。

 秋生は鋭利な光を煌めかせる鋼色だ。鍛え抜かれた刀剣を想わせる。

 ソウルは赤と灰とが不規則に変動する色。臓腑の蠢きを想わせる。


「何故だ! 何故そうも戦える!?」


 その悲鳴はソウルのものだ。彼はこの状況に冷静さを保てなかった。

 圧倒的な強者としてあるはずの自分が、どうしてこうも苦戦するのか。


 池袋のビルの上の戦いは、所詮は人間体でのもの、勝敗など無意味だ。

 しかし少女の精神内における圧倒的な追放は、彼の心に惨めな敗北感を

 残している。有り得ない。その後、渾身の破界力すら防がれて。


 今は、己の存在そのものが世界から追放されようとしている。

 ここで少しでも引いたならば、また、あの空虚の海へ戻される。

 今の消耗では、そのまま沈むきりだろう。そして深淵へ逆戻りだ。


 嫌だ。折角ここまで逃げてきたのに。

 深淵には奴がいる。あの畏怖すべき大存在が。深淵の覇者たる奴が。

 奴に捕捉されなかったからこそ、今、自分は生存しているというのに。


「どうして余をそこまで拒絶するのか!」


 何者だというのか、この、目の前で大魔力を操る少年は。

 人の身の尋常を超えた力……それは複数の要因が感じられるが。


 1つに、この少年には眼下の世界そのものから加護が齎されている。

 どういう理屈でかはわからないが、今も莫大なエネルギーが少年に

 供給され、この生命即死の高所に彼を戦わせている。


 1つに、この少年は莫大な魔力の使い方を身体で知っていることだ。

 そんな経験などあるわけがなかろうに、どうしてか、宇宙諸神たる

 自分すら生身では体験しなかったろう大魔力の使い方を知る。


 1つに、この少年はこの瞬間の為だけに自分の全存在を研ぎ澄ませて

 きている。後も先もない。鍛造に鍛造を重ねて。鋭利に鋭利を重ねて。

 一片の迷いも躊躇もなく、ただこの闘争の勝利にのみ焦点を絞って。


 これが世界の選択か。

 この世界は自分を拒絶し、その実行力としてこの少年を派遣したか。

 つまりは剣だ。この少年は、世界から自分に突きつけられた剣なのだ。


「世界に使い捨てにされて……それで満足か、少年!」


 痛撃を喰らったお返しを見舞うソウル。その叫びは焦燥の色が濃い。

 押され始めているのだ。拮抗は徐々に破綻しようとしている。


 だが、少年もまたただでは済まない状況だ。


 魔力塊の中心に在る彼の肉体は、時間の経過とともに減少・・している。

 手足の先から、徐々に、急速な風化現象のように摩滅していく。

 存在そのものを燃料にしているからだ。それを払って力を振るう。


 ソウルには理解できない。

 己の存在のみを尊んだ結果、故郷世界を滅ぼし、深淵を脱走したのだ。

 そんな彼には理解できるはずがない。この眼前の少年のことを。


 己以外の誰かを尊び、その為には己の消滅も辞さないという意志を。


 しかもそこには悲壮感などないのだ。

 秋生は、この世界高所の闘いの中に、欠片の悲哀も感じていない。

 一意専心、敵を滅ぼすことだけを考えている。他は全て捨ててきた。


 純粋無垢の殺意。彼は心身共に武器と化している。


 しかしそれは思考の放棄からくるものではない。自暴自棄ではない。

 頭で考えるまでもなく己より大事なものが、彼には在る。そのものの

 為に最良の結果を求める欲求。それが結実した結果なのだ。


 あの子の為に。


 眠るあの子が目覚めた時、そこが穏やかで明るい世界であってほしい。

 祝福の中に誕生を喜び、希望を胸に生き、己が幸せであることに何ら

 疑問を持たないで、笑ってほしい。産まれてきて良かった、と。


 その為に、行動する。出来ることをなどという努力目標ではないのだ。

 結果が全てだ。己のことならともかく、あの子のことならば、経過に

 何の価値があろう。あの子が幸福に包まれる結果のみ、価値がある。


 あの子に自分が必要なのではない。自分にあの子が必要なのだ。

 自分の全ては透明であっていい。意識されないものでいい。

 

 ただ、この胸にあの子の幸せが確信できたなら……それだけが望み。

 だから滅ぼさねばならない。この敵を。今ここで。今すぐに。


「まさか、そんな……まさか、まさかぁああああ!」


 ソウルの大絶叫が響き渡った。

 絞りに絞り、尖りに尖ったその一撃は、秋生の渾身の一撃は、穿った。

 ソウルという存在の核心を、在る為の要を、正確無比なる一穴で。


 滅びの時だ。


 多くを滅ぼしてきた者は、ここに自らも滅びの時を迎えたのだ。

 世界の外へと追い出されることを拒んだ結果、ここに滅ぶのだ。

 誰もいない、誰も来れないこの虚空に、音もなく、零になる。


 無く……為った。


 そして三船秋生という存在もまた、その後を追おうとしていた。

 もはや彼は人の輪郭など留めていない。虫食いだらけの絵画のように、

 あるいは数片のパズルのピースのように、彼の欠片だけが在る。


 人の身で宇宙諸神を葬るとは、こういうことか。


 その欠片を包む高エネルギーが散逸したならば、彼も消え去るのだ。

 誰も見ていない、誰も感じられないこの虚空に、無と化すのだ。


 ……いや、居たか。

 上位世界群、深淵、下位世界群の全ての中で、唯一、居られる者が。


(見事な勝利だ。人の可能性というものを再認識させられたよ)


 魔王だ。秋生の身に無限分の1でもって宿る、魔王の声だ。

 彼だけはこの高所でもどこ吹く風であろう。それでこその魔王だ。


(世界に寄生しようとした外患は取り除かれた。後は内憂だが、それは

 あの赤子が使命とするところだな。見届けたいか?)


 声のない会話が両者の間になされている。声帯など残っているわけも

 ない秋生の意志を、魔王の力が汲み取って交流しているのだ。


(そうか。それもいいだろう。それについてはまさか世界の拒絶もない

 であろうから、私が叶えて見せよう。何、大した手間でもないよ)


 言うなり、月色の光の帯が現れ、秋生という魔力塊を包み込んだ。

 そして何かを調整していく。精緻に過ぎて認識の不可能なその処置。

 光の帯が退いたとき、そこには艶やかな球体が在った。


 一見したところ物体のようだが、それはやはり魔力塊のようだ。

 しかし驚くべき絶妙の経路で魔力が循環し、静かに安定している。


(いつか地球の観測技術が増したときに、新星として発見されるかも

 しれん。詳細はわかるはずもないが、さて、どんな名がつくかな?)


 笑いの波動が両者の間にさざめいた。


(あの赤子が世界をどう変えていくのか……お前はここで見守るのだ。

 新たな外威が世界を脅かさぬよう、警戒しつつ、永きに渡ってな)


 それか。

 それが三船秋生の結末となるのか。この虚空に孤立することが。

 死闘の果てに星となるのか、三船秋生よ。 


(うむ、私は去る。契約は果たされた。この世界における目的もな)


 魔王が次元の高みを見やる気配。

 世界高所たるここであっても彼にはまだ低い。彼は何を見ているのか。


 この世界に在る三船秋生には、説明されても理解できないであろう。

 今この瞬間に、実はとてつもない出来事が成されているのだと。

 世界の存亡を決める闘争すら霞む、大いなる事業が成功したのだと。


 下位世界群、深淵、そしてこの世界の属する上位世界群。

 それぞれに想像を絶する無限数の世界が存在する。無限数の3倍だ。


 誰が知ろう。

 今この瞬間、全ての世界に魔王が存在していることを。

 今この刹那、全ての世界から同一の方向へ視線が投じられたことを。


 無限世界に同時に存在し、とある1点を同時に観察する。


 それは神話を超える大壮挙。空前絶後の大事業。


 即ち、全平行世界からの同時単一観測。


 何を見た、魔王よ。そして何処へ行くのだ、魔王よ。大魔王よ。

 深淵を超えたお前は、無限世界の全てをも超えて、どこへ向かうのか。


(では、さらばだ。三船秋生……この世界における私よ)


 1つの世界が。


 1つの物語が、今、終わった。





◆ 沖春奈子EYES ◆


 近頃はめっきり食がすすまない。白湯ばかりが美味しい。

 茶卓の上の新聞には、今日も心温まるニュースが多いというのに。


 暮れなずむ西日の赤が差し込み、また昔を思い出している。

 この色はどうしても好きになれない。たくさんの死を連想するから。


 東京に世界の命運を賭けた決戦が起こり、終わって、もう半世紀以上。

 数多の犠牲の上に災厄は退けられ、神子は遂に目覚めの時を迎えた。

 それからの世界は、変わった。正に変革したと言っていいほど。


 神子の力は、想像を超えていたから。


 目を開き、そこに在って微笑むだけで、その力は周囲に伝播していく。

 誰もが神子に愛情を感じ、神子の幸せを願い、神子を尊く覚える力。

 その力を受けた人間は、言われずとも神子の為に行動を開始する。


 諸人の「子」になる力。

 諸人を「親」にする力。

 それは世界を「大人」にする力に他ならない。


 まず日本が変わった。大人たちは子供じみたエゴの鬩ぎ合いを捨て、

 誰もが子に尊敬されるに値する大人となって、諸事に奮起した。

 犯罪は激減し、規則は遵守され、誇りをもった振る舞いが伝播した。


 全てが良くなっていく。まるで国全体が浄化されていくような変革。

 誰もが誇らしく充実していく。その様は……まるで洗脳のようだった。


 劇薬だったのだ、神子は。私が思った以上に。


 10年と経たず、世界各地で神子の誕生が報告されはじめた。

 人口に比例するように大地から産まれ、周囲を変革していく神子たち。

 世界から戦争が消えた。争いは大人が子に見せるに相応しくないから。


 人類は未来への責任を果たす存在となった。


 政治が、経済が、科学が……何もかもが急速に達観していった。

 それは1つの理想の形だった。正に万物の霊長たる叡智の文明。

 散在する50人の神子の為に、清く正しく運営される社会。


 その一方で、世界からあらゆる異能力が消えていった。


 天桐も月盟騎士団も今や存在しない。天使連盟もなくなったという。

 超常の力は変革と反比例的に失われていき、私も魔法の力を失った。


 世界はまるで夢から覚めたかのようだ。


 新聞を開けば、定点観測的に「日本の神子」の本日が紹介されている。

 穏やかで無垢な笑顔の赤ん坊。あの子だ。その外見は一切変わらない。

 生物的な成長など無縁なのだ。永遠の赤子。永遠に愛でられる存在。


 今にして思えば……三船秋生は、最初の人だったのだ。


 最初の神子の、最初の信奉者。最も早く、この新世界の人間となって。

 最初にして最も強力で、最も熱心で……その様子はまるで神子の父親。

 旧世界の澱みの中に一瞬だけ輝いて、消えた。東京の空の彼方に。

 

 ……共に闘うと約束したのに、私を置いて、独りで。


 これで良かったのだとは思う。

 世界は変革され、それ以前のような悲劇や悪行は起きなくなった。

 理想郷だ。人類は遂にそのエゴを乗り越えたかのようにすら見える。


 けれど……この胸にわだかまる寂寞は何なのだろう?

 夕日の赤に、曇天の空に、学生の制服に、夜空の星に……忍ばれる。

 

 最大多数の最大幸福の影で、私は今、悲しいのだ。


 後悔ではない。時を戻したとしても、私は同じ行動をとるだろう。

 旧世界には荒療治が必要だったのだ。あのままでは世界は沈み滅んだ。


 でも……そう……旧世界末期、人は世界の先頭に立ってもいたのだ。

 今はいない。世界の頂点には神子が在り、人はその下に位置している。

 つまり種としては敗北したのだ。自浄出来ず、超人に洗われたのだ。


 この新世界に、当時のような輝ける人間は存在しない。

 英雄のいない世界は平和なのだろう。望ましいことなのだろう。

 わかってはいるのだ。私のこの思いが詮無きものであることは。


 これが世界の選択なのだ。

 世界が存続の為に選んだ、私たちが死力を尽くして望んだ、結果だ。


 再び新聞を見る。

 神子の笑顔はとても素敵だ。この子が笑う世界は本当に素敵だ。

 それが何故こうも涙を誘うのか。日を追うごとに、歳をとるごとに。


 

 ああ。


 そうか……わかった。


 私は……彼に……三船秋生に、この笑顔を見せてあげたかった。


 全ての善いもの、美しいものが自分の外にしかないと思っていた人に。

 過去も未来もかなぐり捨てて、現在すらも辛苦の地獄としていた人に。


 その後に続く誰よりも、神子の……違う、この1人の赤ん坊の幸せを

 望んでいたあの人に……見せてあげたかったのだ。幸せそうな笑顔を。

 

 そして……見たかったのだ。彼自身が幸せそうに笑う姿を。


 

 祈ろう。今日も。

 何の力もない私に出来るのは、本当にそれきりだ。


 誰に賞賛されるでもなく、傷ついていった人よ。

 歴史に名を残すでもなく、散っていった人よ。

 何ら報われずに、それでも己の信じる使命を果たした人よ。


 どうか、安らかに。


 貴方の……貴方たちの冥福の在らんことを。


挿絵(By みてみん)

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