死ヲ捧グモノドモ-Ⅲ
小田急小田原線新松田駅から徒歩数分。
敷地に木々の植生が濃い古民家において、遅い昼食をとっているのは。
引越し業者のつなぎを着た数人と、雨宮理沙である。
昭和の木の匂いのする和室だ。
ニスのはげた卓には大皿でおにぎりや漬物、果物などが並ぶ。
破れ障子からの日差しに疎らに照らされて、一同は揃って疲労困憊だ。
「皆、食べながら聞いてー」
理沙が湯のみを両手で包みつつ言う。
それを聞く周囲の視線は鋭い。兵士の目だ。浅間党の面々である。
「夕暮れを待って出発します。陽動のため3班に分かれるけれど……」
各自の間で無言のアイコンタクトがなされた。既に班分けは決まっている。
そもそも陽動のためだけに合流したのだ。浅間党本隊は別行動中である。
「次の待機は五合目休憩所と不死スカイライン、2ヵ所だから注意して?」
神子を連れて日本の最高峰へ登ろうというのだ。そのための装備もある。
場合によってはそこが戦場となるのだから大変なことだ。
戦いにくいのみならず、隠れにくく逃げにくい。霊場巡りは最初が最難関だ。
あの脱出の夜から日付にして2日経っている。
先発していた団員に合流する形で、理沙、春奈子は新松田駅に下車した。
日付も変わるような時刻だ。そのまま近くの団員の家へ匿われる。
そして待つ。予定通りであれば合流する人間を。各地からの連絡を。
結果は酷いものだった。
予想以上の逮捕者と、そして死傷者が発生していた。
最も被害が大きかったのは埼玉県秋ヶ瀬に『磐梯山』を迎撃した班である。
誘引及び伏兵は上手く作用したというのにも関わらず、数十名が落命した。
相手に及ぼした被害も相当だが、規模が違う以上、消耗は敗北である。
『磐梯山』自体は打倒したようだ。
しかし松島冬彦もまた重傷だ。全身20箇所以上に深い切り傷。全て霊傷。
特に左腕は駄目だ。肘を半ば以上切断されたため、もう使い物にならない。
快挙ではあるのかもしれない。だが痛い。
『月盟騎士団』にとって冬彦は唯一といっていい単体強威戦力だ。
オリハルコン・トンファーも1つを失った。代償が大きすぎる。
冬彦の戦線離脱は避けられない。となれば、今後の作戦については。
新たなる単体強威戦力、即ち三船秋生を酷使しなければならなくなる。
三船秋生。
この脱出に際しては遊撃兵の役割にあり、東名高速を西進する予定だった。
しかし北上した『天使連盟』の部隊を捉え、陽動のために戦闘行動をとる。
結果、運転手であった老人と、連絡員であった男性が亡くなった。
敵部隊については指揮官を除いて8人を撃破し、離脱にも成功した。
秋生が新松田の合流地点へ現れたのは、昨日の夕方である。
敢えて最短経路をとらず、潜伏と移動とを小刻みにして追跡をまいてきた。
戦闘こそなかったものの過酷な単独行であったろう。疲労困憊の極致だ。
合流して神子を確認するなり、倒れるようにして眠ってしまった秋生。
18時間以上が経った今もまだ目覚めない。だが時は迫っている。
前線兵であり切り札でもあるという矛盾が彼を追い立てている。
「それじゃ、皆、準備よろしくね」
思い思いに食べ、立ち上がり、散っていく。
この内の何人が再び顔を合わせられるのだろうか。敵も本気である。
理沙は後片付けをした後、離れへと向かった。
平屋で2間しかないそこ。1間にて春奈子が神子を抱いて過ごしていた。
眠り続ける革命の申し子。
霊妙にして神聖なる存在。多くの命を捧げられるべき存在。
抱く春奈子はここ数日の内では最も顔色が良いかもしれない。穏やかだ。
やがて汲み取られ尽きることの定められた命であるからか、儚くも美しい。
しかし不死登山は無理だろう。彼女は車両行ける五合目で待機だ。
「日が暮れてきたら出発よ。横になっておく?」
理沙の問いに首を横に振る春奈子。予想された回答だ。
彼女はあまり眠らない。うつらうつらとすることはあれど、熟睡しない。
まるで残された時間を惜しむかのように、思い沈んでいることが多い。
食事もほとんどとっていないが、これは仕方のないことだ。
潔斎である。尋常でない魔術を使う代償だ。自然体で臨める術ではない。
死ぬ準備をさせているような気すらして、理沙はまた、己の罪を数えた。
静かな表情で春奈子は問うた。
「彼が戦うのですか?」
彼とは秋生か。奥の1間にて死体のように横たわる少年剣士のことか。
初めひっきりなしの激痛でのたうち回り、次いで悪寒と吐き気で悶絶し。
力尽きたかのように動かなくなったのが数時間前のことだ。その彼に。
「ええ。秋生君に戦って貰うしかないわ」
「……もちますか?」
「もってもらわないといけないの。少なくとも……」
その後の言葉をはっきり口に出せるほど、理沙は悪徳に酔えない。
2人分の命の使い捨てにする算段をしているとはいえ、表立っては。
「冬彦さんはどうしたのですか?」
「大怪我よー。金星上げたけど、凄い大怪我よー。今回はもう無理かも」
「流石は『天桐』ですね……あの人でそれですか」
団における冬彦の評価は極めて高い。荒事の代名詞のような男だ。
どんな危険な任務でも飄々と処理していく様は悪魔めいてすらいたのに。
「本当に怖いのは、当主が出てきたときかなー」
ぽつりとこぼしたその言葉。
「知っているんですか?」
「知ってるわよー。過去の当主の偉業ならハルちゃんも知ってるでしょ?」
「……神風」
「そう。今でも必要とあらばそのくらいやるわよー、『天桐』は」
とてつもない会話だ。その言葉が真実であるとするならば。
彼女らは天災すら自在にする敵と争っていることにある。よくも抗う。
「軽自動車で国道78号線を西へ向かうわ。運転手私。酔い止めいるかも」
日の暮れなずむ頃。
雨宮理沙、沖春奈子、神子、そして三船秋生を乗せた軽自動車は出発した。
西へ。日本最大の霊場、不死山へ。
神子を巡る争いが舞台を西へ移動していく中。
夕日の東京に、今、1つの闘争が始まろうとしていた。
池袋に屹立する巨大なるビルディング。サンシャイン60。
その屋上において対峙する2人がいた。1人は半裸の美丈夫、ソウル。
ニヤニヤと笑う彼に対して、もう1人は厳しい表情だ。
斜めのベレー帽、隻眼に髭のジェントルマンたる軍人。ストーム大佐だ。
「警告はしたぞ。現時点をもって貴様を脱走兵と認定する」
その苦々しい口調もどこ吹く風でソウルは笑う。クスクスと小馬鹿にして。
高まる戦気に気付かぬでもあるまいに、まるで緊張感がない。
返事すらしないのだ。ただ笑う。傲慢にして愉悦に満ち満ちたその顔。
銃声は1発。50口径デザートイーグルの抜き撃ちだ。予備動作無し。
その射撃技術が人の技の極致とするならば、ソウルの行動は人外の技だ。
大口径の弾丸を人差し指と親指とでつまみ止めた。その回転までも。
しかし、被弾したのである。
「ほぅ?」
ソウルが不思議そうに自分を見下ろした。左胸を穿つ弾痕がある。
いや、頬へ伝い落ちる血がもう1つの着弾を教えている。右こめかみだ。
一度の銃声でもって3発が放たれたのだ。同時に、別角度から。
「他に誰かが潜んでいるわけでもなし……どういうことだ?」
「それで死なんとはいよいよ化物か」
「おい髭の、説明してみてもいいんだよ?」
銃声が重なる。大佐は断固たる態度で拳銃を突きつけ、引き金を引く。
ソウルは避ける。あるいは手で払う。しかし着弾数は増えていく一方だ。
彼を包囲する戦陣が組まれてでもいるかのようだ。肉が弾け血が舞う。
大佐が拳銃を撃ち切った。たなびく硝煙。ゆっくりと弾倉を再装填する。
ソウルといえば血まみれだ。人であれば致命傷を遥かに超えていよう。
所々に白い骨すら覗く凄惨な有様で、しかし、のどかに首を傾げる。
「弾丸の種類が統一されていない……ということは、つまり?」
「人並みにしゃべるな、鬱陶しい」
大佐が左手で何かスイッチを押した。ソウルの体が小刻みに痙攣を始める。
撃ち込まれた弾丸の中に電子細工入りのものが幾つか混じっていたようだ。
神経系に作用したものか、膝をつき、血反吐を吐き散らかす。
「ははは……色々するねぇ!」
むくりと起き上がったその時には、ソウルの身体は無傷のそれである。
足元にぶちまけたものの中には弾丸も複数含まれている。排出したようだ。
大佐の片眉が上がった。流石に驚きは隠せないものか。
「いじらしいくらいだけれど、ま、同じ思いはしてもらおうかな?」
軽く地を蹴って、瞬時に近接するそのフットワーク。
拳銃を払おうとした動きは、しかし大佐に読まれていた。半身になって。
腹部に銃を抱え持つようにして、近接射撃。その距離でも弾を掴むソウル。
しかし側面からの豪撃がソウルを吹き飛ばした。とてつもない一撃だ。
連絡階段の影に巧妙に隠されていた迫撃砲である。無人であるのに。
これも大佐の射撃と同時に発射されたのだ。仕掛けは辞書大の電子機器。
大佐は自らと情報リンクで結ばれた兵器を自在に操作することができる。
あの水中においては有線リンクに頼っていたが、ここ地上においては。
無線だ。今この池袋には多数の火器が設置され、大佐にリンクしている。
「点で死なん、内からも死なん。ならば面で消滅させるしかあるまい」
そう言いながら遠くを見やる。
ソウルの身体はビルの枠を超えて都市の空中へと舞っていたが、そこへ。
地上から更なる榴弾の一撃。再び舞ったところへ別地点からもう一撃。
大佐の仕業だ。その隻眼たる右目が耳鳴り音を発している。
あちらこちらに設置された砲を遠隔操作し、ソウルに宙を強要している。
四散しないだけでも化物だが、しかしそれ以上に抗いようも無く。
運ばれていく。砲撃による空中輸送だ。血と爆煙を撒きながら南へ。
800メートル以上を運んで、雑司が谷霊園へと叩き落とされた。
落ちるが早いか、放物線を描いて無数の榴弾が吸い込まれていく。
連続する爆発は周囲に地震を発生させ、衝撃で窓ガラスを揺り割る。
「生者の安寧のためだ。死者には我慢していただこう」
都市部において容赦なき面攻撃である。
ソウルを中心とした半径200メートル四方は粉塵と炎の地獄と化した。
更には、止めとばかりに飛来してきたものがある。
ミサイルだ。
「閣下も思い切りのよいことですな」
ニヤリと笑う。先刻、大佐をして片眉を跳ね上げてしまった判断だ。
やるからには徹底的に、と言葉で言う以上のことをしてのける。
ミサイルの着弾はやはり凄まじい。
横須賀のホーリーアークから発射された高速巡航対地ミサイルである。
池袋上空まで飛来したものを、そこからは大佐が補正しての命中だ。
炎の柱がそそり立ち、周囲への被害もそれなりに発生したようだ。
延焼こそ園内で収まっているものの、黒煙は周囲を暗くするほどである。
轟くサイレン。巻き起こる悲鳴と怒号。
夜闇を待たずして池袋は戦場の有様と成り果てた。
眼下の混乱に何ら関心を示さず、大佐は霊園の方向を凝視している。
「……確かにそうですな、了解です。一度帰還します」
コートをひるがえし、大佐はその姿をビルディングの中へと消した。
残されたのは、首都へミサイルを撃ち込まれた日本国である。
丁度会社員たちの帰宅時だ。池袋はかつてない大混乱に見舞われている。
戦争。テロ。
そんな言葉がそこかしこで口にされる。日常を壊す言霊だ。
恐怖と不安とが大気に放射されている。死と暴力の予感だ。
群集の言葉は時として予言となる。
この日を境に、影に行われていた闘争は日常を覆い尽くしていくのだ。




