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汚レタ子ニムケテ-Ⅲ

暴力とは暗がりによく馴染む。

シャッターの閉まった地下街の奥、照明も消えた闇の中で蠢く者がいる。

少女……いや、少年か。見目麗しい少年が薄い胸板も露に倒れている。


組み敷いていた男が起き上がった。隆々たる筋骨。

愉悦の表情を浮かべるその男はソウル少佐だ。いや、元少佐と言うべきか。


あの光ヶ丘の夜。法力僧・魁尊の自爆をもって終わった1つの闘争。

混乱の中に姿をくらませた超戦闘力の男は、ここに潜んでいたのだ。

池袋の地下。開発途中で閉鎖された空間。その暗黒を占拠して。


楽しんでいたのだ。この一画には淫靡な臭気が満ちている。

床には毛の長いカーペットが敷かれ、クッションや何やが点々とある。

赤色黄色紫色。金色銀色肉肌色。

豪華ではあるのかもしれない。しかしこれ見よがしに過ぎて退廃的だ。


壁際の端々に、1人2人と人が倒れている。息はしているようだが。

シーツやタオルをかけられた体は青白く、尋常ならざる眠りのようだ。

誰もが美しい。美しく若い男たちだ。中学生くらいが多いか。


「済んだのか?」


奥の闇から声が届いた。低音の美声。

影から人型を切り取ったように、小柄の少年が現れた。やはり美しい。

黒髪がサラリと揺れる。目には深い深い叡智と哀しみ。黒衣は喪服か。


「ならば連れて行くぞ。処置せねば死んでしまう」


黒衣の少年は12、3歳か。その外見に合致しない声音だ。

細身に見えるが怪力である。意識の無い者を抱えてよろめきもしない。


「……まだ足りんのか?」


背中越しに尋ねる。深い深い哀色の滲むその声。

対する返事もまた、やはり外見とちぐはぐなものであった。


「全然だね! もっと持っておいでよ。余は未だ空腹である!」


ソウルである。ソウルは日本語で返答している。無邪気なその声音。

言うなり立ち上がる裸体は塑像のようだ。眩しいばかりの笑顔だ。

実際にその体表は光っているのかもしれない。存在感が違う。


何のつもりか、受け身もなく背後へ倒れかかった。危険な倒れ方だ。

それはしかし極上の柔軟性でもって受け止められるのだ。ソファーだ。

唐突に出現した豪奢なソファーに座り、悠然と笑むソウル。


「1つ1つは美味しいけど量が少ないや。あと千人は欲しいね!」

「無茶を言うな。1人1人に人生があり、家族があるのだぞ」

「金で買ってきた奴隷だろう? ま、そうでなくとも知ったことじゃないが」


優雅にひるがえした手首。その手の平からザラザラと生じる金色がある。

大量の金貨だ。どこのいつの貨幣とも知れない、その未知の造形。

何億円ともなるだろう純金の小山を、黒衣の少年はただちらりと見やるのみ。


「……この国に奴隷はいない。報酬を支払っただけだ」

「そうなの? 金で自分の全ても寄こすなんて馬鹿な奴だ」

「春をひさぐこと自体は古くからある。魂まで啜るのはお主だけだ」

「ふーん……中途半端だね。この電気って奴には驚いたけど」


そう言って指を鳴らす。たちまちに発生した電光が周囲を激しく明滅させた。

面白かったのか、何度も繰り返す。バチリバチリと閃く放電現象。


「こんなものが社会の根幹だってんだから。雷属性文明とでも言うのかな?」

「……お主のいた場所にはなかったのか」

「攻撃手段だったね。あの剣士ほどの使い手は……ま、余くらいだったか」


ニヤリと笑って、拳をぐっと握りしめた。

紫色に閃光を放つ大電力が発生し、周囲を目の開けられない光量で満たした。

収まりきらない放電の糸が、百蛇の舞踊のようにくねり、周囲を弾く。焼く。


「今思えば色々な使い手がいたけれど……」


どこを、いつを、何を思い返しているものか。視線の焦点は計り知れない。

紫電に明滅する顔はどこか人の在り様を超えている。遥かなものがある。


「ま、余ともなると、こういうのは副次的なもんさ。回りくどいよ」


手を開くなり雲散霧消した、何十億ワットとも知れなかったそれ。

ソウルは五本の指をワキワキと蠢かせた。

そこに生じたのは何と言う現象か。何の冗談なのか。


火炎が、凍気が、風圧が、金剛が、光輝が、真闇が。

それぞれにとてつもない迫力でもって生じ、即座に消失していく!


「本当に相手を滅ぼしたいなら、こうすべきだね」


両の手を合わせ、静かに力を込める。

大気が震える。空間が歪む。何かあってはならないことがあろうとしている。

この世界そのものを傷つけ、この世界そのものを滅ぼしかねない何かが。


「おっと、無駄遣いは止めておこう。まだ目覚めたばかりだ」


パッと手を開き、おどけてみせるソウル。

見事という他ない肉体美で、爽やかな微笑みで、黒衣の少年に示していた。

君の世界は随分と容易いものだね、と。神が下界を睥睨するかのように。


「それほどの力を持ちながら……どうして」


ギリリと鳴ったのは少年の奥歯か。その表情は苦悶に満ちている。

それは極限の物惜しみだ。今目の前に繰り広げられた目くるめく超常の力。

どれ1つとっても世界を変え得るものだ。不可能を可能とするものだ。


何故、どうして。


どうしてそれが、こんな、おぞましい風景の中で無為に発現されるのか。


もしも、それらの内どれか1つでも発電に利用することができたならば。

諸問題の根源にあるエネルギー問題が解決するだろう。資源の枯渇もなく。

いや、そんなことは小さい。科学では解決不能のそれすらが小さい。


彼の超常の力が正しく使われるのならば、世界から悲しみを消し去れる。


受け止め難いがゆえに様々な教えを、哲学を生んだ悲しみたち。

病苦。老衰。死別。

消せる。これらを全て消せるのだ。彼さえ、彼さえその気になるのなら。


バキリと破砕音。奥歯が砕けたようだ。

黒衣の少年の端整な顔を血の一筋が流れ落ちる。ソウルは苦笑したようだ。

流れる所作で近づき、その口元に指を添える。血は消えた。歯は新生した。


挿絵(By みてみん)


「余の力は余のものだ。余のために使う。当然、やりたい放題にね」


空を睨みつける少年の、そのへの字口に唇を重ねて。

存分に舌でねぶってから、ソウルは心底楽しそうに言うのだった。


「いいから、ほら、次のを仕入れておいで。余の下僕の、魁尊くん」





朝日を仰ぐ畑の中に1人、三船秋生は立ち尽くしていた。

気管支が擦過音を立てるのを宥めるように、ゆっくりと呼吸を重ねて。

全ての良いものの集合調和であるような光を、暖かみを、ただ浴びて。


これは懺悔なのか。はたまた祈祷なのか。


薄く閉じられた双眸。身を捧ぐような脱力。

その心身の何1つを鎧わず、隠さず、あからさまにした直立だ。

エゴは変わらずそこに在って、自然の中の異物であるままに。敬虔に。


実際、秋生の姿はみすぼらしかった。

病的にやつれた面相は皮膚も荒れていて、寝ていないのか隈も濃い。

身にまとう雰囲気も貧相だ。白昼にさらされた幽霊とでもいった風に。


みっともない光景だった。

情けない在り様だった。

彼はこの健康的なパノラマの中で唯一の汚点と言えた。


けれど……だからこそ。

彼には見えるのだ。その目には映るのだ。その肌には感じられるのだ。


世界とは何と美しく在るのだろう。


今、大気の海は新鮮な光に満ち溢れ、大地の諸々はそれを謳歌している。

人の分類などという小さな枠に収まるわけもない大自然の細緻と膨大。

諸物がそれぞれに自らの天分を全うすることで成り立つ調和が在る。


この瞬間瞬間が常に祝福されているに違いない。

生じた命の性分を、在るがままに寿ぐ光なのだ。この無償の明るさは。

生命とは太陽に存在を保障されているのだ。その生も、その死も。


なんと素晴らしい……今や遠くなった、明るい世界の在り様は。


秋生は己が世界に馴染まぬことを知る。

実に多くの出来事が、己の心身を不可逆的に汚染してしまったことを知る。


かつては実父によって、人の世の暗黒面をこれでもかとばかりに。

やがては月盟騎士団によって、世界の理を裏切る邪法が施されて。

今や自らの意思によって、魔の力を貪欲に心身に焼き付けて。


不自然なのだ、もはや。


その身は既に穢れ果て、自然の摂理にも社会の秩序にも身の置き所が無い。

根無し草。糸切れ凧。帰る場所も降りる場所もなく飛ぶ鳥。散る火花。

安寧など望むべくもない。この生は逃れようもなく呪われて終わる。


しかし何の後悔があろうか。


全ては力の代償なのだ。秋生には力が必要であり、それを手にしつつある。

目的がある。己の全てを用いて果たしたい目的を手に入れたのだ。

自己憐憫など思いもよらない。むしろ彼は幸福を実感してさえいる。


何もかもを手に入れられるなど、子供の妄想だ。

ならば最も大事な1つを選び得た自分は、幸運としか言いようがない。


いや、1つどころか……と秋生は微笑む。

ここに至ることで、初めて、世界のかくも美しいことを知れたのだから。

幸いだ。あの子が生きる世界に祝福を。あの子が希望を見出すことを願う。


「随分と嬉しそうですね」


どこか険を含んだ声が届いた。沖春奈子だ。

日傘を差して柿の木の脇に立っている。同類だな、と秋生は思った。


「な、何をそんなに、笑っているんでしょうか」


何やら髪やスカートの皺を払うような素振りをするのが、また笑みを誘う。

汚れ者同士だ。互いを見ると色々に見えてしまうのだろう。

傍目にはこうも無残に映るものなのか……魂を穢した人間は。自分もまた。


「寝ていなくて大丈夫なのか?」


歩くのにもよろめくほどと知っているから、確認したくなる。

少しでも身を休めておくべきではないのか。作戦の決行は今夜である。


『神子』を連れての東京脱出。そして霊場を巡っての西進。

未だ神秘の眠りを続けるあの子に「栄養」を注ぐための本州横断旅行だ。

それで終わりでもないが、多くの始まりとなるだろう目覚めを願って。


問われた春奈子は初めきょとんとしていたようだが。


「こっちの台詞です! 貴方こそフラフラじゃないですか!」


拳を握って一歩前へ出た。本調子であれば叩きにきたのかもしれない。

気丈夫なことだと思う。場合によっては今夜が命日ともなりかねないのに。


沖春奈子。その身の上や素性は初対面の夜に自己紹介された。

母親は旧家の出自。父親は月盟騎士団幹部メンバーでもあった魔術師だ。

どちらも既に鬼籍に入っている。前者は幼い頃に、後者は数年前に。


彼女は父親の魔術の協力者であり、応援者であり、被験者である。

父にとっての亡き妻、彼女にとっての亡き母を取り戻すための魔術研究。

それは団の「召喚魔法」技術に長足の進歩をもたらしたという。


彼女自身もまた、魔術の使い手である。

使える魔法は唯の1つきり。父から継いだ、父の命を奪った邪法。

即ち『深魔召喚』。命を代償に深淵の悪魔を招く秘術である。


そう、彼女ら父子こそが魔王をこの世界に招いた者。

母を哀しみの中に死なせ、蘇ることも許さない世界に革命を志す者。


秋生の身体を憑代として。

春奈子の命を燃料として。

あの畏怖すべき超存在は降臨するのだ。


そしてそれは、あと1度きりの奇跡となるだろう。


「寝ているばかりで体調が整うわけじゃない」

「同じ台詞を返します。病人扱いしないでください」

「……なら、それぞれに、過ごせばいいんじゃないか?」

「迷子か捨て猫のように過ごす人を放っておけません」


らしくない困惑を見せる秋生である。状況がわからない。

悪意ある理不尽には慣れ切っているし、対処の仕方も様々に知っている。

しかしどうやら善意であるようなのだ。夏紀以外のそれに慣れていない。


不思議だとは思う。何しろ、この身を穢す邪法を施した張本人だ。

利用価値の保全のためならわかるが、どうにも違う様子である。

思えば会話するのは初めてだ。向こうは何かにつけ声をかけてきたが。


困惑をどう受け止めたものか、春奈子が秋生に歩み寄ってきた。

背筋を伸ばした凛々しい有り様だが、その足取りは弱々しく不安定だ。


「もう機会があるともわかりません。はっきりさせましょう」


決然としたその声。凛としたその眼差し。


「貴方には私たちを恨む権利があります。憎む道理があります」


ああ、隠れているものが見える。声には震えが。眼差しには怯えが。

春奈子は近づいてくる。秋生という形をした、己の罪に向き合っている。

贖罪だろうか。弁明だろうか。或いは……非難だろうか。


「貴方に提示した全てについて、今も貴方に支払う用意があります」


『神子』を伴って月盟騎士団に合流したあの日。

わけもわからぬ秋生に対して、団は事のあらましの殆どを説明している。

本来なら、秋生にとって無自覚のままに済むはずだった、あらゆる暗躍を。


三船親子の様子に注目していたこと。秩父・大麻村壊滅の真相。

その後、催眠治療の度に繰り返された魔術のこと。高校での監視。

そして魔王の憑代としての逃れられない運命。今後予想される闘争のこと。


秋生の返答は簡潔だった。

どうでもいい。この子を護りたい。戦うための力が欲しい。

……恨み言の1つとしてなく、彼は魔王を受け入れ、魔剣に挑戦し始めた。


団が用意していた様々な報酬にも興味を示さなかった。

一生遊んで暮らせるほどの金融財産、海外での居住権、国内での不動産。

闘争期間の記憶の消去、最先端医療による身体整形、超科学の鹵獲品。


本人の申し出により、春奈子の純潔もまたリストに挙がっていたのだが。


「貴方は何も求めないままに、独りきりで、闘争を始めようとしています」


手を伸ばせば届く距離まで来て、春奈子は立ち止まった。

閉じられた日傘。空から降る光が少女を美しく照らしている。綺麗だ。

2人が並んでいる様子は、綺麗なのだ。どちらにも共通するものが在る。


この穢れ果てた少年と少女は、どちらも、心が尊かった。

気高かった。純粋だった。心のままに、己の全てを投じる覚悟があった。


「望むと望まざるとに関わらず、貴方と私とは、運命を共にしています」


そっと持ち上がった手。

やせ細り、白く、微かな震えが絶え間ない様子の、少女の手。

それは少年と少女との中間にあって、何かを求めるように開かれている。


「せめて一緒に闘いませんか? 手段も目的も一緒なのですから」


魔王を手段として神子を守護する者なのだ。この2人は。

父からの因縁に運命を操られ、宿命のように魔の闘争へと臨む2人だ。


「……アレは切り札中の切り札だろ。それまでは後ろにいてくれ」


握手が成された。

2人は微笑んでいた。


朝の空の青の高く、見えにくいだけで確かに在る、月。


この世界にすら知られることなく、月は、地上の2人を祝福していた。

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