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ハイマリアEYES-Ⅲ

宿舎でも歓楽街でもなく、そこは教会。

20名ほどの少年少女がオルガンに合わせて合唱しておる。

並ぶ長椅子の最前列で、嬉しげに、その男は歌声を満喫しておった。


無邪気に、と表現するのが相応しいかのぅ。

その体格と風貌からして目立たざるを得ない彼じゃが、何の遠慮もない。

控え目ですらない。自分のために歌わせているようにすら見えるぞ。


……ソウル少佐は不思議な男じゃ。

特異性においては『天使連盟』随一であろう。今もって研究対象じゃしのぅ。


まず、普通の人間ではない。

来歴もない。記憶もない。20年以上前に降ってきた存在じゃ。

ロンドンのウェストミンスター大聖堂、そのステンドグラスを突き破ってな。


相前後してイギリス全土を襲った地震。あの国においては稀有な天災じゃな。

震度は4。この世の終わりが来た騒ぎだったそうじゃ。世紀末だったしのぅ。

少佐はそのオーラの強大さから即座に『連盟』が管轄するところのものとなった。


心ここに在らずの態で、僅かに口にする言葉も未知で意味不明の何事か。

しかしその身体能力は凄まじい。無改造で当時最新の機械化兵を上回る。

その肉体構造を研究した成果こそが生体強化兵。グロス中佐もその1人じゃな。


英語を覚え、常識を学び、更には軍人として矯正されて。

実験的に派遣された邪教村を、単独にして一晩で壊滅させるに至り、正規兵へ。

端から少佐じゃ。此度の軍務こそは初の正規任務となるわけじゃのぅ。


「良い歌じゃったの」


中将たるワシが隣に来ても、何ら反応もない。挨拶などしたこともない男じゃ。

余程に楽しかったのか、合唱団を見つめて続けている。ふむ。拍手を知らんか。

まぁ……ここまで喜色満面では、歌った方も面映ゆいじゃろうのぅ。


「休息は終いじゃ。軍務である。速やかに軍装を整えて集合せよ」


軍務、という言葉には反応する。軍人教育は受けておるからのぅ。

不思議そうな顔でワシを見て、コクリと頷いた。童のような仕草じゃ。

見た目は美青年じゃが中身はお子様。年齢も不明じゃがの。


「そう残念そうな顔をするな。労働とは尊いものじゃ」


おお、わかりやすく嫌そうな顔をしたのぅ。珍しい。初めて見るぞ。

大体において無表情の男じゃ。思いも寄らぬときに笑う。

以前、セオの奴が罰ゲームで女装したときなどは1日中笑顔でいたな。


「……働きたくないのか?」


頷きおる。こやつめ。勤労の精神がないと申すか。

軍人は生産活動をする必要はないが、軍務に準備し、精励せねばならん。

働かざる者食うべからずじゃ。怠惰は罪である。進歩の足枷である。


「駄目じゃ。優れた能力を持つものは相応の責任があると知れ。行くぞ!」





状況は夜をもって開始とする。

在日米軍施設である港区ニュー山王ホテルを前線拠点と定めたぞ。

回収車はあちこちに待機させ、どれに乗ろうともここへと帰還すべしじゃ。


地理情報、捕獲候補など、みっちりと少佐に叩き込むぞ。

いや違うな。叩き込ませるぞ。あれは時間のかかる男じゃ。


「え、ええ!? ぼ、ボク?」

「その通りじゃ、セオ一等兵。これを預ける。しっかりと教え込め」


作戦書を渡す。留意事項や何やかやで割と厚いのぅ。

相手が少佐ゆえに、これでも量を少なくまとめたのじゃが。


「どうしてボクです? そんな、重要なことを……」

「少佐はお主の言うことをよく聞くからな。適材適所じゃ。希望も受けている」

「え……それは……身の危険を感じるんですけど……」

「何を馬鹿な。我が軍の軍紀を愚弄するでない」

「いや、その、違くて……暴力とかそっちじゃなくて……」


階級差があるゆえ、気後れする気持ちもわかるがな。これも任務じゃ。

敵を強力なオーラ使いと想定した場合、数を頼れん以上、役割分担が重要となる。

入国する以前から安全地帯などなくなったではないか。ここは戦地ぞ。


ストーム大佐はここ横須賀ベースの守備じゃ。

我々の所在は知れていよう。ホーリーアークもある。狙われる可能性は高い。

また、ここにおいては大佐が銃火器を使いやすい。本領を発揮できる。


グロス中佐は前線拠点たるニュー山王ホテルの守備じゃ。

火器使用の望ましくない都会において、彼女の近接戦闘能力は実に頼もしい。

追っ手との交戦もあろう。KOLキングダムオブライトならいかなる状況であれ対応可能じゃ。


無論、ワシもやらねばならんことがある。『神僕サーバント』の受領じゃ。

個人としての戦闘能力は皆無じゃからの。しかして足手まといに非ずじゃ。


ワシは他の誰よりも『神僕』の支配適性が高い。

当然といえば当然じゃ。そもそもがワシの為に開発されたシステムじゃからな。

他の将官用は派生的に生まれた簡易版にすぎん。ふっふっふ。


「では任せたぞ。励め」

「え、ええー……あ痛っ! わ、わかりましたぁ」


1人、颯爽とベース内を歩くワシ。小さくとも舐めて貰っては困る。

この身には崇高な使命を担っておるのじゃ。ワシこそは……ワシ……寒いのぅ。

潮風が首筋に入り込んだのじゃ。うう。ぶるぶる。


(15秒お待ち下さい。お迎えに上がりますゆえに)


脳裏にアクセスしてくる凛々しき声。おお。助かるぞ。

立ち止まって震えることきっかり15秒。疾風の如く現れおったわい。


「ううん、温い。温いのぅ」


ワシはアフガンハウンドの立派な毛並みにしがみついた。もふもふっ。

一足先にベースに到着していたワシの『神僕』マックスじゃ。最愛の友じゃ。

友であり護衛であり暖房であり。


「寒くて足が痺れた。乗せていってくれぃ」

(畏まりました)


乗り物でもあるのじゃ、マックスは。

もふもふぬくぬくな背に乗る。暖かで柔らかなのじゃ。生き返るのぅ。

やはりこの国は寒い。気をつけねば。


揺れのないゆっくり移動で研究所へ。マックスの調整もした施設じゃ。

ワシはここで新たな『神僕』を受領する。場合によっては要請も必要か。

事態は想定を超えておるゆえ、出し惜しみは出来ん。在るものは使おう。


「使えるものは全部出してくれぃ。ワシに扱えんものはないゆえ」


ふぅむ。少ない。

鳩型。これは戦力的には低くとも無人偵察機として優秀じゃな。採用。

猪型。使い道がわからん。どこで連れておっても不審じゃ。不採用。

小型犬型は……間諜に特化した型では使い道がないのぅ。不採用。


「猫型はないのか? 都市部の諜報には使いやすいのじゃが」


無いという。聞けば日本国には未だに霊獣の眷属が多いようじゃ。

オーラの神秘を保有する獣、即ち霊獣。キリスト教圏では多くが駆逐されたが。

狸、狐、猫、烏か。多いぞ。先進国と思いきや、とんだ未開の地じゃ。


特に猫の霊獣はいかんな。

あれは強力な種族じゃ。魔女に味方し、黒死の呪いを振りまいた経歴がある。

愛らしく姿と声に騙されてはいかん。ふにふにもごろごろも危険なのじゃ。

コップや鍋で丸くなり、日向でお腹を見せる可愛さは魔力なのじゃ。


ふむ……こうなると虎型を全て失った事実がいかにもマズイのぅ。

護衛であればマックスが十二分に果たしてくれるが、攻め手が欲しい。

特に水中戦じゃ。先の戦いは教訓にせねばならん。


「仕方ない。鳩だけ借り受けていくぞ」


研究員の手を煩わせることもなく接続を完了する。ふむ。やはり偵察用じゃな。

知性は人語を解する域に達しておらん。元よりワシ以外には会話など無理じゃが。

今夜の作戦には使えよう。都会では夜でも鳥が飛ぶからの。


一方、『連盟』本部への要請も出さねばならんな。やはり。

水生動物の『神僕』が必要じゃ。オーストラリアにイルカ型が1体あったはず。

……コスモセラフィムが健在であれば、その使用権も確保したかったところじゃ。


必要とあらば。

あって欲しくないことではあるが。

ワシらはこの国自体をも滅ぼさなくてはならんのじゃから。





さあ、状況の開始である。

横須賀ベースの地下作戦室が我が第二方面軍の司令部となっておる。

尉官以下の人員も詰めておるため、実によい雰囲気が醸されておるのぅ。


「ソウル少佐のお手並み拝見ですな」


大佐も司令部に居る。軍装じゃ。頼もしき姿じゃな。

室内においては身に帯びた武器で、室外においては武装ジープで戦う態勢じゃ。

空爆以外のいかなる襲撃に対しても応戦してくれよう。


「連携には難があるが、単騎としては申し分なかろ」

「破壊工作ならば。しかしデリケートな任務についてはいかがです?」

「拉致がデリケートとは思わんよ、ワシは」


映像モニターは2つある。

1つはソウル少佐の視界を擬似的に映したものじゃ。こめかみにカメラがある。

1つはワシの『神僕』となった鳩の視界じゃ。各種センサーも重ねられる。


現在、少佐は単独で都市を北上している。

車両などは利用しない。ビルを、電柱を、高架上を、跳躍移動していく。

その速度は極めて高い。まるでニンジャじゃな。


「少佐、そろそろ練馬区に入る。警戒を怠るな」


画像が縦に小さく揺れた。頷いたのじゃな。

都心部に比べると光量の減じた中を、それまで以上の高速で跳ぶ。より直線的に。

ふむ……いよいよ鳩が追いつかんぞ。やるではないか、少佐。


「よし、目標地点が視認できたな。減速し潜伏せよ。一度鳩で流す」


ここまでは何の障害もない。敵に察知された気配もない。

少佐はビルの給水塔の影に隠れた。よし。鳩を通常速度に落として近隣へ。

この公園は周囲を高層集合住宅で囲まれておる。視界の確保は容易いのぅ。


ふぅむ…………1人。いや2人か。オーラの高い者がおる。

鳩のオーラ感知センサーに接続した『神眼』じゃ。かなりの再現率を期待できる。

仮設のフェンスなど全く意味をなさんし、この程度の感知防御結界など余裕じゃ。


「2人実力者がいる。1人は排除せよ。1人は拘束じゃ。識別データを送る」


戦じゃ。まずは此方の武威を示さねばならん。

オーラの戦いにおいては数は意味をなさんゆえ、その示し方もこうなる。

先の海中においては充分に脅かされた我々じゃ。目に物見せてくれるわぃ。


少佐が動き出した。

ただの一跳びで数百メートルの距離を行き、音もなくフェンスを越える。

気付かれたようじゃな。まあ、そうであろうよ。そうでなくては。


木々の多い公園じゃ。物陰がこうも多いと、逆に戦いにくいやもしれん。

無音戦闘は時に実力差を覆しかねん。地の利がなければ余計に避けるべきじゃ。


「遠慮はいらんぞ、少佐。施設も破壊してこい。一直線に駆け抜けて見せよ!」


デリケートな作戦など、この際は要らん要らん。

武力とは時に抗えぬ災害の如くに猛威を振るわねばならんのじゃ。

駆けよ。会わば討て。見れば討て。そこに一切の斟酌は要らん。暴風となれぃ。


「心振るわせる状況ですな。私が代わりたい程ですよ」

「何を馬鹿な。大佐にはもっともっとデリケートで高度な作戦を望むわぃ」


適材適所という奴じゃ。例えば少佐を核弾頭のサイロには派遣できん。

それらを過たず判断し、最大の戦果を導くことこそが采配。将の仕事よ。


さあ、分かりやすい戦争の時間だ。


反撃の暇も与えず、その直進を妨げる全てを吹き飛ばして、駆ける。

少佐は疾風怒濤の人間戦車じゃな。陣も人も関係ない。触れたもの皆破壊する。

土嚢が、腕が、木が、肉が。正に鎧袖一触の突撃兵。見事なり。


む? 来たなオーラ使い。

小柄な体躯からして女か? 身体にフィットした異国の黒甲冑。剣士か。


「少佐、強い方の実力者だ。排除するか拘束するかは任せる」


速度そのまま、両の拳を眼前に打ち合わせる。

走る下半身はそのままに、上半身を捻る。弓を引き絞るような準備姿勢。

引いた右拳にオーラが凝縮しておる。初手から出すか、それを。


『クラッシュ』。


戦車をも粉々にする爆裂の一撃。メガトンパンチというヤツじゃ。

対する敵は剣を……随分と長い刀を振りかぶっておる。身の丈ほどもある刀身。


なんと!


挿絵(By みてみん)


分裂……いや、分身か! 正にニンジャ!

横方向だけではない、縦にも、まるで壁のように剣士が増えたぞ!


しかし。


閃光と爆発音。土煙と飛礫。

大地の震動までが伝わってくるようじゃな。

鳩の俯瞰視点には濛々たる爆煙だけが映っておる。


意にも介さず『クラッシュ』か、少佐。らしいことこの上なし。


む、視界が一気に変わったぞ。跳んだか。煙を突き抜けて直上への大ジャンプ。

戦果の確認……ではないな。その背で服が僅かに裂かれておる。ほほぅ。

あの一撃をどうやってか避けたばかりでなく、後背から仕掛けるとは。


「戦闘詳報にあった、サイレントキリングの猛者ですかな?」

「そのようじゃの。やはり侮れん。しかし……」


長い滞空時間を、少佐の視界はどこを見るでもなく彷徨う。探っておる。

オーラを隠蔽したその潜伏を、理屈の通じない何かで探査しているのじゃ。


着地と同時に地を蹴る。地面を滑るような、地面スレスレの直線的飛躍。

その先には鉄骨の束がある。建築材かの。そしてその裏からは。


出おった。やはり。


少佐の着弾・・を待たずに横へ跳んだ者がいる。黒甲冑の剣士じゃ。

地面をもう一蹴りして進路を修正、剣士に迫る。目元が見えた。歳若い女か。

その手には長い長い刀。これは……凄まじいオーラじゃ! オーラ兵器か!


斬撃が来る。明確な殺意をもって振るわれる刃。

少佐は右手で掴み止めた。オーラを集中したその皮膚が破れる。血が散る。

衝撃も大したものじゃ。少佐が着地する羽目だぞ。


じゃが、甘い。


同時に薙ぐは、少佐の左回し蹴りじゃ。

避けようもなく喰らった剣士が吹き飛んでいくぞ。む。刀は奪えなかったか。


血の滑りもあるが、何より、少佐の動きが鈍いことに原因がある。

身体データのモニターがその異常を示しておるわぃ。若干の麻痺があるだと?

……電気じゃな。あの刀には電気の性質が備わっておるようじゃ。


「少佐、敵は電気のオーラを使うようじゃ。接触は最小限にせよ」


先の分身も放電を操って成した幻影じゃな。空気中への立体映像のようなものか。

流石は電化製品の国、日本。新世紀の科学ニンポーとでも評しておこう。


しかし、それでは勝てんよ。我が軍には。


痺れを嫌ってか直立して待つ少佐。

その視線の先にはよろよろと立ち上がる剣士がいる。効いておる。


「美少女かもしれませんなぁ」


……少し黙っておれ、大佐。

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