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ハイマリアEYES-Ⅱ

速い。流石は『天使連盟』に英雄と名高き男。


ホーリーアークの進路を塞いでいた28の機雷が次々と消滅していく。

洗練された技は何事も芸術へ至るもの。この軌道と射撃も同様じゃな。

まるで毛糸の1本を引き抜いてセーターを崩すの如しじゃ。


「艦長、何をしておる! 前進せよ! 追撃戦じゃ!」


機雷を投じていたと思われる子供が移動を始めた。これも速い。

初め走り、次に飛び込み、そこからは正に化物じゃ。やはり恐るべし。


傘を抱えた姿がチラリと確認できたぞ。黒い魚雷のようなその姿。

速い、速いぞ。潜航艇を大佐が操って追いつけん。それはつまり。

つまり、推定速力70ノットの泳法。金メダリストの15倍を超える速度じゃ!


「捕獲は無理ですなぁ」

「討てと言った。ワシの名において引き金を引け」

「……ご信頼を戴いているようで嬉しい限りですな」


ふん、皮肉の応酬じゃな。

今更お主が殺人を躊躇うなどとは微塵も思っておりはせん。

だがあれは……見た目だけかもしれんが、女の子の上にスクール水着じゃ。


嗜むのは別の機会にして貰いたいぞ、大佐。

変態だか紳士だか知らんが、何でもかんでも浪漫とやらでくくられては困る。

この艦で行くと決まるなり、ワシに同種の水着を薦めてきたこと、忘れん。


しかし……大佐はともかくとして、何故、グロス中佐が必死だったのじゃ?

あの時の彼女は、何やら美貌が崩れんばかりの面相じゃった。

息も荒かったしのぅ……変な病気でなければよいが。


おっと、注意が散漫になってしまったな。

今はいくさじゃ。そしてワシは全ての責任を負う立場にある。


じゃが、それにしても。


既存兵器の常識を超えた水中格闘戦じゃな。

空戦もかくやという戦闘機動が、海中に極小気泡の軌跡を描きに描く。

複雑で美しくもあるそれが意味するところは……敵の攻撃意図じゃ。


逃げの一途ではない。

潜航艇を振り切るなりして、こちらに何か一撃するつもりなのじゃろう。


水着の子供1人が、原子力潜水艦と戦とはな!


「大佐、援護はいるか?」

「無用です。魚雷など撃たれては本末転倒な上、誘導線が切れます。ただ……」

「うむ。そろそろ限界じゃろうな」


大佐の戦術は見事なものじゃ。

その射撃は命中こそしないものの、敵の意図を挫き、艦から遠ざけていく。


しかし、リールの巻き取りと艦の速度とが追いつかん。

も少しリール巻き取り機構が頑丈で、も少し艦が速ければいいのじゃが。

無理か。誘導線は無様に伸びきっておるし、艦の最大戦速は40ノットじゃ。


今、艦から真直線に後退されたならば、もう追えまい。


「しかし撃ってきませんな」

「移動と攻撃とを同時に出来んのかもしれん。機雷設置の手際からして」

「成程。では少し過激に攻めてみましょう」


大佐が仕掛けた。

場合によっては体当たりも辞さない、そんな猛烈な突進じゃ。

射撃も当然織り交ぜる。全力攻勢。いいぞ……動揺を誘った……決まるか?


命中……していない! あれはリュックだ!

しかもモニターが暗転したぞ!? 何と……傘か! 何という子供!


「まずい、抜かれました! 荷物を捨てて更に速力を増すとは……」

「化物じゃな! 艦長、回避じゃ!」


艦が振動して水平さを失った。加速を感じる。取り舵をきってダウントリムか。

巻き取り音が気忙しい。いっそ、もう1機に操作を変換させるか?


「中将、移りますかね?」

「高速移動と攻撃は両立できんと判断した。そのまま追尾、停まったら撃て!」

「了解」


魚雷は撃てん。あの機動性能じゃ。潜航艇と艦との間を迫る周到さもある。

しかし凄まじい速力。これが日本国のオーラ使いか! 


「大佐、わかっているな?」

「フレンドリーファイアになりますかな、これも」

「7ミリで穴が開くほど柔くもあるまいよ、ホーリーアークは」


接触してこよう、敵は。間違っても魚雷発射管など開けられんな。

艦の巨大さが仇となる。対人高速戦闘など想定されておらんで当然じゃが。


「何!?」「なんじゃと!?」


更に加速したぞ、こやつ! しかもこれは……この軌道は……いかん!


「艦長、艦をランダムに動かせ! 体当たりだ、自滅させろ!」


敵は艦を中心にして螺旋軌道を始めたのじゃ。水中バレルロールか。

曲芸に見えるがいやらしい企みじゃぞ……嫌な予感しかせんわ。


「敵の狙いは冷却水の注水口じゃ! 探しておる! させるな!」


原子炉を機能不全にするつもりじゃ、こやつ!

ホーリーアークのそれは加圧水型、海水による冷却が滞れば復水に支障をきたす。

これほどの邪呪を使い、さらには知識もあるとは厄介な!


艦が上に傾いた。一気に浮上して振り切るつもりか。

潜航艇は至近に戻るも何もできん。もはや射撃できる状況ではない。


く……注水口への攻撃はとめられんか。

そうとなれば浮上は次善策としての最適じゃ。応急の船外作業をせねばならん。


「大佐、敵が離れたところを撃つぞ」

「ですな……いや、これは敵が見事と評しておきましょう」

「艦長、炉のコンディションを注視じゃ」


復水器と2次冷却水循環ポンプのステータスを見ておけば間違いあるまい。

予想さえしておけば対処できることじゃ。停滞は止むをえんが。

あの氷爆弾のような攻撃でなければダメージもなくやりすごせる。


……む?


消えた……いつの間にやら、消えおった。いないぞ。


「大佐、奴はどこだ?」

「相済みません。こちらも見失いました。取水口に先回りしていたのですよ」

「思考の落とし穴じゃな……盲点たる瞬間をついて姿を暗ませたか」


無音潜航ならぬ無音潜行か。いちいち厄介な。

ソナーにも反応がないようだ。イルカよりも小さい上、ああも水を操る。

潜伏に専念された場合、頼れるのはオーラ反応のみじゃろう。


「大佐はそのまま周辺警戒じゃ。長丁場になるやもしれんぞ」

「もう1機と随時交換しつつ、常時警戒してみせましょう」

「そうしてくれ。ワシは艦橋へ戻る。整備兵、大佐をフォロー!」


いっそ魚雷で排除すべきじゃったか……いや、それも未知の危険があるな。

これほど水中に特化したオーラなど初めてお目にかかる。侮り難し、島国日本。

制海権の掌握は厳しくなったな。我が軍のオーラ使いは陸戦メインじゃ。


……やむをえん。

横須賀基地までまだ少し。口惜しいが逃げるしかなあるまい。

基本的には搦め手の敵。まともに当たらなければいい。主目的は輸送じゃ。


「艦長、全速前進じゃ! 次は姿を見つけ次第に魚雷を見舞ってやれ!」





良く晴れた空の下、オープンカフェで飲み物を頂く。

美味しいのぅ……冷えた身体にホットチョコレートが染み渡るようじゃ。


「はぁー、陸はいいわねー!」


さして参っている風でもなしに、グロス中佐がしきりに繰り返しておる。

ワシも同感じゃ。何しろ途中からは気の休まるところにない航海じゃった。

横須賀ベースは良い所よの。教会で礼拝できたことも大いに気が休まった。


今、ワシらは束の間の休息中じゃ。

何事もオンとオフとをきっちり分けることが肝要。特に軍人はな。


「そういえばプール施設もあるそうよ。ハイマリアたん、泳ぎにいかない?」

「ふむ?」

「ちょ、中佐、何て呼び方! 何て提案!」


び、ビックリした。

セオの奴がメロンソーダ片手に立ち上がりおった。


「ハアハア……白い水着を用意してあるのよ……ハアハア」

「ふぇっ!? ふ、ふ、フリーズ! と、通しませんんっ」


挿絵(By みてみん)


何やら鼻の穴を大きくして近づいてくるグロス中佐。美人なのにのぅ?

セオはストローなぞ構えて震えておる。それは無謀じゃろうて。

中佐は『天使連盟』に無双と名高き剣士である。紙片で鉛筆を切断する女じゃ。


……彼女の剣が水中でも使えればのぅ。


ストーム大佐が万の武器に精通するのに対し、中佐は逆の特質を持つ。

彼女のオーラはたった1つの武器への適合性じゃ。他に誰も扱えんその武器。


人造聖剣『Kingdom of Light』。


ただの1剣にしてあらゆる戦局に対応できる、応用の兵器。

当然ながら水中にも適応する。そして小さな高速機動体に対しても最適化しよう。

しかし肝心の中佐自体が水中で戦えん。ままならんものじゃ。


「結局、一度も現れませんでしたな」


大佐が言う。人生の奥深さを感じさせる眼差しで往来を眺めておる。

む……何か録画しとるな? あれか。やや肌色の多い服装の女性が靴紐を結ぶ。

その人工の瞳の拡大機能、録画機能を何に活用しているのやら。


大佐はその身体の大部分を機械化しておる。

中佐の生体強化に比べると旧式な手法となったものじゃが、今尚強力じゃ。


「お陰さまで少々眠気を残しておりますよ」


そうも見えんが、眉間に指を当てて首など振っている。

まぁ、負担をかけたのは間違いないのぅ。本来であれば寝ておればよい道中じゃ。


「牽制目的であったとしたなら、見事にやってのけられたものじゃな」

「ですな。流石はニンジャのいる国といったところですか」

「冗談ごとではないのぅ。艦長が嘆いておったよ。サブマリナーの憂鬱じゃ」


海際を眺めやる。

原子力潜水艦ホーリーアークは屋根付きドッグ深くに隠されておる。

あの敵を警戒してのことじゃ。破壊工作の恐れは今も残るからの。


我々『天使連盟』が世界を守護、監督するための秘匿兵器が4つある。

次世代型原子力潜水艦ホーリーアーク。試作戦闘攻撃機デュナミス。

地上戦艦ブレスドノア。そして攻撃衛星コスモセラフィム。


既にコスモセラフィムは失われた。未だその原因も不明。

しかしそれが『神子』とやらを巡る闘争の中に失したことは確実じゃ。


この極東の島国で何かが起こっておる。

全世界に影響するような何かが。我々が全力を傾けるべき何かが。

それゆえに我が第二方面軍が来たのじゃ。ホーリーアークと共に。


さりとて予定の変更は免れん。

今またホーリーアークまで失う訳にはいかん。易々とは出せんことになった。


「『日高』の装甲輸送バスを利用ですかな?」

「それしかるまいのぅ。ここの装甲車なぞ使えば目立つ上に戦争行為じゃ」

「ではすぐにも用意させますか?」

「いや、むしろ数を使わんことじゃな。『日高』の敗北がそれを教えておる」


日本国首都北辺で行われた先の戦闘詳報を読んだ。酷いものじゃ。

衛星消失の大事件に霞んでおったが、いやはや、この戦闘内容も事件じゃぞ。


完敗ではないか。

『日高』は旧式とはいえ充分な戦力を与えられた下部組織である。

その尉官が50人と出撃して全滅させられておる。下士官も然りじゃ。


更には、未完成の『神僕サーバント』を3体も出し、その全てを失っておる。


許しがたいことじゃ! 何故使った! あれは可愛い虎ちゃんの奴じゃぞ!?

使いこなせるわけがないのじゃ。『神僕』は将官用の護衛として開発されたもの。

日本には調整目的で在っただけのものを……責任者は出頭せい!


と思えば、責任者も戦死しておる。何ということか。

『日高』には佐官が2人出向しておったわけじゃが、その2人ともとは。

しかも、どうやら2人とも同一の敵にやられておる。


「バンダイさん」じゃったか? 敬称付きで呼ばれるほどの敵。

先の水中ニンジャ娘と併せて、少なくとも2人、強力な敵がいるということじゃ。

他にもいよう。それゆえの完全なる敗戦。


オーラを伴う戦闘においては、1人の上位者が無数の下位者を掃討し得る。

正にそれが示された形じゃ。数頼みの攻勢は禁物と知らねばならん。


日本国のオーラ機関……『天桐』と言ったか。

ニンジャの国は同時にサムライとシントーの国でもある。

連綿と続く歴史に培われた神秘の力……それがあると評さざるを得まい。


異教徒、と断じきれんところが面倒といえば面倒じゃの。

この国は色々と節操がなさ過ぎる。面白い国じゃ。それゆえに恐ろしくもある。


「では、我々で一当てしますか」


嬉しそうじゃな、大佐。さっき注文したときと同じ調子じゃ。

実際、当初の予定からすれば大佐好みの展開になってきておるのぅ。

本来であれば『神子』とやらが見つかるまで動かぬつもりじゃったが。


敵は十中八九が『天桐』。

そして彼らは我々の存在と接近を察知していた。牽制もかけてきおった。

もはや動かぬわけにもいかん。勝利とは常に行動の先にあるものゆえ、な。


「うむ。とりあえずは先の敗戦地である公園じゃな」

「敵は居りましょうな。しかし我らではその地の利点を活かしきれますまい」

「何も占拠しようというわけではない。探索はこの国の者に任せよう」


『天桐』から『日高』が奪取した『神子』とやら。

かつて世界中でその誕生が予知予感されたという、超常的な何らかの存在。

無視はできん。神は我らの前にいかなる形で意思を示すともしれないゆえに。


神性の是非を判断しなければ。

我々『天使連盟』こそがその任に相応しい、唯一絶対の組織なれば。


『日高』の筑波研究所にて誕生を確認したまでは良かった。

そこから予備調査を経て、最終的には我々が判断を下すべきところのものを。

原因不明の研究所崩壊。いかなる勢力による攻撃かもわかっておらん。


許しがたいことだ。不明とは。


全てを解き明かし、光の中に世界を立ち上げることこそが我らの使命。

それこそが神の国へと至る道程。不測の闇をを予測の光で払拭するのじゃ。


「では?」

「ソウル少佐を出す。そして1人や2人、上位者を捕獲させよう」

「成程……報復し、示威し、交渉するわけですか。お見事な作戦です」


ふっふ、大佐は話が早くていいのぅ。

何も殺し壊すのみが戦に非ずじゃ。土地の者を利用するのは戦の常道。

『神子』の所在が判明するまでは全面攻勢に出る必要などないのじゃ。


「しかし、まぁ……何ですな」

「うむ。どうかしとるわ」


ワシと大佐が眺めるその先で。

片やストローを両手で構え、片や白い水着に頬ずりしつつ息を荒げ。

セオ一等兵とグロス中佐のじゃれ合いは観客が囲む規模で展開しておるのじゃった。


「オフじゃからのぅ」

「オフですなぁ」


休息は大事じゃ。うむ。

ソウル少佐も寛いでおると良いのぅ。今夜は彼に励んで貰わねばならんゆえ。

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