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前夜の魔闘

夜闇に点々と人家の灯りが浮かぶ田園地帯。

地上に星空を模すそこに、一筋、遠く遠く弧を描くもの。高速自動車道。

周囲と隔絶したアスファルトの太線は、この夜、静寂を破るものでもあった。


時速200kmを超えて。

黒色のBMWが砲弾のように疾走していく。


稀に出会う車両を苛立たしげに避けて。奔る。

一切の減速もなく、大気を劈いて。ただ奔る。


運転しているのは髭の中年男性だ。

身なりは上等。そして必死の形相だ。鼻水も垂れている。

顎はハンドルに触れんばかりだ。前傾になれば加速できるものでもなかろうに。


後部座席にも人がいる。

2人……いや、3人と1匹か。

高校生くらいの少年と少女。少年は猫を、少女は赤ん坊を抱えている。


少年も少女も、その装いは同じものだ。

黒地に金ボタンの学ランと学帽。重厚な作りで懐古的だ。軍服だろうか。



挿絵(By みてみん)



「逃げ切れるでしょうか?」


少女の呟きに答えるものはいない。

運転席にその余裕はなく、猫を撫でる少年にはその気がない。

高速走行が生む震動が、ビリビリと車内を満たしている。


「……来た」


少年が言った。毛並みを観察する、その顔も上げずに。

弾かれたように振り返ったのは少女だ。その目が驚愕に見開かれる。


追いすがるものたちがいた。

12台のバイク。鈍色にびいろのそれらは、マシンもライダーも寸分変わらない。

フルフェイスの奥は伺い知れない。しかし平和な人相でもあるまい。


軍用だ。車体も人も。

整然と列を成して来たり、今や散開して半包囲を狙っている。

何の合図もなしにそれを行う。


「ひっ……!」と少女。

「ふぐぅっ!」と運転者。


俄かに恐慌をきたさんとした車中に、手が上がった。

少年だ。白い手袋の掌も冷厳として。


「夜の明けるまで、お前たちは守護されるものと知れ」


彼がそう、告げるや否や。


バイクのハンドル内側に固定された機関銃が火を吹いた。

射線を確保した数台による射撃だ。BMWが派手に火花を咲かせた。

位置を代えて。撃ち手を代えて。無数の薬莢が道路に撒き散らされていく。


車体を破壊せずにおかない。

人体を四散させずにおかない。

そんな鉄火の猛攻であったのに。


無傷だ。


黒い車体には何ら被弾の痕跡がない。

硬度でもって弾き返したのではない。銃弾が触れた形跡もないのだ。

先ほどの火花は何なのか。何にぶつかったというのか。


その答えは携帯対戦車グレネードの1撃をもって示された。


凄まじい振動を伴う高速の世界で、追っ手たちは見事それを命中させた。

爆音、爆炎、爆煙。衝撃と破壊。

それらはしかし車体に届いていない。視認できる。何かに遮られている。


バリヤー、とでもいうのだろうか?


淡く光る膜のようなものが、半球状に車体を覆っているのだ。

熱も衝撃も、何もかもが遮断される。或いは空気すら通さないのかもしれない。


事実、通さないようだ。

凄まじい風圧があろうに、ガチャリと、後部座席のドアが開けられたのだ。

全てが流れ去る風景のなかで、不自然に過ぎるその行為。


上半身を見せたのは少年だ。

その顔立ちは何とも捉え難い。端正ではあるだろう。不思議に筆舌し難い。

違和感の正体は……表情か。表情が違うのだ。


喜怒哀楽の何もかもが、その裏に人の生活史を透かし見せるというのに。

何もかもが感情の産物であり、無表情すら何某かの感情を感じさせるというのに。

一切の共感を起こさせず、さりとて狂人でもない。理解の断絶。


人……か?


危急の場にあって、何ら力むところなく。

100mを進むのに2秒とかからない中にあって、何の躊躇いもなく。


少年は降車した。


何が、どういう理屈で、そうなるというのか。

立っている。いや浮いているのか。この高速度の奔流に髪の1本とて乱さずに。

きちんと締めるドアの音も白々しく。走行中の車から降りて。


直立したままに。スルスルと滑るように。BMWを庇うように。

少年はバイクの群れに立ち塞がった。



挿絵(By みてみん)



たちまちに響き渡る銃声。飛来する無数の弾丸。

挽肉と化すことを強要する嵐は、しかし見えない防波堤を越えられない。

バリヤーだ。少年の前に壁のごとく存在している。


彼が発生源なのか。

もしも、そうであるならば。

ああ……やはり。


少年を抜き去らんとしたバイクたちがことごとくクラッシュしていく。

何もかも原型を留めない有様だ。

ひしゃげ、割れ、砕け、爆発的に飛び散る。しかし少年の前の一線を越えない。


減速したのだ、彼は。


理屈は不明だが、バリヤーは彼を起点に発生している。

風をも通さないそれが壁状に広がったなら……それはパラシュートだ。

停止ではないまでも、充分に破壊力を有する大減速が生じたのだ。


地に降り立つ。音もなく。

大事故の現場となった場所から、少し離れたところだ。

今更になって炎が上がった。ガソリンに何某かが引火したものか。


橙色に照らされる少年。

何を熱くなるでもなく。何を冷めるでもなく。

その表情の相似形があるとするならば……車窓を眺めやる眼差しか。


炎の中から立ち上がる者たちを見ても、眉1つ動かない。

五体満足なものなどいない。這いずり、あるいは足を引きずるようにして、迫る。

血も骨も嗚咽もなく。油と金属と駆動音とを伴って。


機械だ。機械人形なのだ。


腕あるものたちが機関銃を構える。撃った。

狙いなど曖昧だ。反動で腕がもげたものすらいる。

どうあれ、結果は同じ……ではない?


透明な何かに弾かれるのは同じだ。

しかしその壁は次第に撃つ者へ近づいていく。

無数の跳弾が、煙が、何かを浮き上がらせていく……これは!


ドーム状の何かが、バリヤーのようなものが。

人型であれバイクであれ、機械たちに大きく覆いかぶさっている。


そしてそれは縮小していく。

まるで見えない巨人が手で寄せ集めていくかのように、否応なく、中心へ。

集まる。集められていく。為す術なく。


バキリと折れて。

グシャリと潰れて。

ゴリゴリと圧縮されて。


出来上がったのは、いびつな無機物の小山。

空気もまた密度を増したか、一端は温度を赤熱するまでに高め、その後鎮火した。

膜が取り払われたなら、そこには熱と悪臭を放つ、歪な無機物の大塊。融合して。


少年が歩み寄っていく。

高熱であろう塊に触れ、軽く押した。片手で軽くだ。


浮いた! 大塊が!

まるで風船のようにフワリと、重量を感じさせない有様で、ゆっくりと。

高速道路を周囲から隔離するフェンス、それを越えていく。


落下する。そこで初めて自らの重さを思い出したのか。

けたたましい轟音は、防音フェンスの向こうにあってどこか遠い。

夜なのだ。静けさがそれをも思い出させる。


追い越し車線を歩く少年。

或いは、夜空の落とした雫なのかもしれない。彼は。

月光の祝福が降り注いでいる。1人のためだけに。


バリバリと唸る音が、チカチカと光るライトが、月下の歩みを妨げた。

ヘリコプターだ。これも軍用か。2つのプロペラが大気を掻き分けている。

その向かう先は、BMWが少年を残して走り去った、その先。


少年は浮上を始めた。

まるでそれが当然であるかのように。

つま先で地を蹴った反動のままに、緩やかに。


ああ……やはり人ではなかったか、君よ。


少年の背から翼が広がったのだ。

黒く大きなそれの、何と夜闇に相応しいことか。

星空へ帰るがいい。有翼の人よ。そして討つのだ。無粋な輩を。


遠く見やれば夜を拒否する摩天楼。

振り返れば僅かに白む地平線。


時は迫る。

朝が来る。


夜も明けやらぬこの魔闘は、始まり。

丑寅の方角より東京へと、何が来たる?


全てを知るは月か大地か。




~ ミフネの神子 ~

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