97話 転移事故!!
ざばんっ!
水しぶきを上げ、私…とハーンはお湯の中に落ちた。
つい最近温泉地でお湯は嫌になるほど浴びたというのにまたお湯である。
私はがぼがぼともがき
もがき…
あれ?
水の中で息ができた。
奇妙な感覚にとりあえず少し冷静になり、深呼吸をして体を起こすと、体が濡れている感覚はない。
そしてさらに奇妙なことに、私が今着ているのは…これは…懐かしの…スーツではないか??
さぁぁぁぁぁっと血の気が引いて、辺りを見回す。
まさか今私がいるのは現代日本の風呂場の中、今まで見ていたのは夢だった? …などと考えて混乱の極みに立ったが、すぐ傍でハーンが咳き込んでいたのでほっとした…。
それに、場所も日本の狭い我が家のお風呂場ではなく、洞窟の中にある自然の温泉のようだ。
『夢じゃなかった…』
ほうっと息を吐いたところで、いつもより幾分声が低い気がしてはっとする。
自分の腰から下を浸すお湯に顔を向けると、ぼやんぼやんと水面が揺れていて見づらいが、そこに映っていたのは天才美少女シャナ…ではなく、平凡日本人高木佐奈だ!
『なんじゃとぉう!?』
まぁ、中身は一緒なので叫び声等はそう変わるものではなかったが…。
「お前たちどこからきた?」
唖然茫然の私が声をかけられて顔を上げると、そこには素敵お色気美女軍団を侍らせてお湯に浸かるこれまたお色気筋肉男が!
「…親父?」
横から訝しむ声がして振り返ると、そこには『シャナ』を抱えたハーン…。
親父? 親父ってハーンの父親?
いや、それよりそこに私の体があるって何事!?
私まさか死んだとか!?
こちとら大パニックだ。
そんな中、ハーンが抱えた『シャナ』の息を確認してほっとしていたので、『シャナ』は生きていそうなことが判明して少し落ち着いた。
「うん? 俺の息子はまだ2歳だ。つい先日砂漠に放り込んできたから今ここにはいないがな」
「もう一年経ってるわ。今頃三歳よ」
横の美女が補足する。
「おぉ、そうか。もう3歳か。…一年もあいつ砂漠で彷徨ってるのか? 我が息子ながらとろいな」
そう言って笑うお色気筋肉男の髪は長い銀色。瞳はハーンと同じアメジスト。顔立ちは整って男らしく、歳は30代後半くらいに見える。
確かにハーンに良く似ているので親子と言われても納得だが…ホントに親子?
「今は何年だ?」
ハーンが低い声で唸るように尋ね、男は「知らん」と答える。
それだと物語が進まないだろうがっと思わず心の中で突っ込むと、女が補足した。
「ハーマディーネの年465年よ」
・・・・えぇと、このハーマディーネというのは西方にある砂漠の共和国での年号なので…
「25年前…」
ハーンの呟きで私はうんと頷いた。
要するに、これは・・タイムスリップだ。
転生と来てタイムスリップってどゆことー!?
頷いたところで頬を軽くひねってみたが、やはり痛かったので夢ではない。
転移事故って…タイムスリップを引き起こすのか~…なんて納得できるかい!
「その口ぶりだと未来から来たとか言いそうだな。で、お前は私の息子だと? まぁ、若い頃の私に似てはいるが…。魔力内包型か…一見しただけでは魔族かどうかすらも判別がつかんが…」
男は立ち上がると、その雄々しい裸体を惜しげもなくさらし、ハーンの目の前に立った。
そうして並ぶとそっくりだ。
ハーンの髪は灰色だが、出会った時は銀色に見えたくらいだから、間違いなくこの男の血を引いているだろう。
見た目で大きく違うのは身長がハーンの方が高いということと、その歳だ。
25年前で3歳…。
『ハーンて28歳だったっけ!?』
一度聞いたかもしれないけど忘れてた!
頓狂な声を出すと、二人は今気が付いたとばかりに私に振り返った。
「おぉ、そういえばもう一人いたな。お前は誰だ? やけに珍妙な服を着ている」
興味が私に映ったせいか、ハーンの父は私の前までザバザバとお湯を蹴りながら歩み寄り、私の腕を掴んで立たせた。
・・・・・さすがは日本人。外人の前では小さい小さい。
私、155センチはあるはずだが、ハーンの父の腹の辺りに顔が来る。
「精霊…ではないな。女神…にしてはちんくしゃか」
女神はいい線だが、誰がちんくしゃかっ!
びきっと青筋が浮かんだが、現在のこの体にチート能力は残っているのかわからないので黙っていることにする。
「ふむ…抱いてみるか?」
顎に手を当て思案したハーンの父はまさにハーンの父だった!
『勝負はしてやりたいけどこの操はそこにいるあなたの息子と仲間達に捧げているのでお断り! ついでに言うと私は高木佐奈! そこにいるチートな美少女シャナ・リンスターの中身です!』
近づくハーンの父の顔を手で押しやり、一気にまくしたてると、私はどや顔で胸を張った。
「シャナ?」
ハーンが珍しく驚いたように私を見やるので、私はうんと頷く。
「ほぅ…」
ハーンの父は楽しそうに声を漏らすと、その顔を抑えていた私の手をべろりと舐めた。
『ぎょわっ! 何するか!』
ベシリとハーン父の顔を叩いてから手を離し、慌ててお湯でばしゃばしゃ洗うと、ハーン父は笑い、私の腰と両手首を浚って体を密着させた。
ちょっ・・・おっさん裸なんですけど!
「気に入った。我妻として迎えてやる」
『お断りだ!』
禁断の護身術、金蹴りを発動させる!
しかし…敵に太腿を押さえられた!
「気が強いのはいい。この肌もなかなかに滑らかだ」
ハーン父の手が捕えた太腿を這い、私はぞわっとして震えた。
『離せこの野獣! こっちは魔族対決で忙しいんだから! こんなことしてる暇はないの! 帰ります!』
両手首は片手で抑えられ、振り上げた腿は捕えられて手を這わされると言う状態で悔しまぎれに叫ぶと、ハーン父の手はぴたりと止まり、私は解放された。
「魔族対決?」
『そう。なんだか知らないけど魔族が押し寄せてきてるの』
ハーン父はしばらく腕を組んで考え込む。
どうでもいいけどその裸体を隠せ!
「面白そうだ。少し協力してやろう。全て話せ」
にやりと笑うとまさしくハーンだ。
『…よくわからない人に話してどうなるの?』
私は呆れながらハーンの父に尋ねた。
素性もわからない一般人。それも25年前の人に話したところでどうにかなると思えない。
ここは何より先に元の時代に帰る方法を…。
「そう言うな。これでも役に立つぞ? 何しろ私は当代の魔王だからな」
『ふぅん…』
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・
『「はぁ!?」』
私とハーンの声は重なり、見やったハーン父は、それはそれは面白そうににやりと笑ったのだった。
ともかく、前は隠そうか…。
佐奈 『ハーン、あれ頭のおかしい人だ! 前見せ…いや、全裸で魔王はない!』
ハーン「まぁ、魔王というのは無いと思うぞ。俺も初めて聞いたからな」
佐奈 『そもそも! あれは父親なの?』
ハーン「記憶が正しければな。この年俺は砂漠で地獄の戦いを繰り広げて…」
何か思い出したのか、ハーンは佐奈を見て口を閉ざした。
佐奈 『苦労人だったのね…』
佐奈…ハーンの目線に気が付かずスル―!
ハーン「まぁ…頑張れ」
ぽつりとハーンは呟いたのだった…。




