92話 そう簡単には…
2対1はさすがに分が悪かったです。
朝ちゅんならぬ昼ちゅんで目覚めると、私の目の前には美形が…
「いないですね・・・」
昨夜のめくるめく戦いはまさか夢だったのかと飛び起き、体の違和感を感じてベッドに沈んだ。
何とは言いませんが…体がキシキシビシビシします。
微妙な羞恥にかられ、シーツの海に潜ってもぞもぞと身悶えていると、部屋の扉がガチャリと開いた音がした。
アルディスかノルディークか…
そっとシーツの中から様子を窺うと、部屋に入ってきたのはトレーに食事を乗せたノルディークの使い魔グリフィンのグリさんだ。現在はメイドさんだけど。
「おはようございますシャナ様。昨夜はお楽しみだったようですね」
「その台詞どっから覚えてきてるんですか…」
思わず胡乱な目で睨み、シーツを跳ね上げて起きると、グリさんは淡々と食事の準備を始めていく。
「シャナ様がお目覚めになりましたらそう言うようにとローシェン様が」
「ハーン? 来てるのですか?」
彼に転移の魔法は使えないはずなので、誰かが連れてくるか、もしくはその驚異的な肉体能力を生かして走ってくるかのどちらかのはずだが・・。
悩んでいると、ちょうどそのハーンが部屋の扉をノックして入ってきた。
「起きたな。気分はどうだ?」
いや…その台詞は普通あの二人から聞くモノだと思っていたのだけど…
ハーンはどさりとベッドに腰掛け、きょとんとしている私の頬に手を添えると、凶悪的に色っぽい眼差しで私の目を見つめ、そのままエロちっすを…
「ふへぃ!(待てぃ!)」
何故朝からこの事態にっ? と目を白黒させていると、ハーンが唇を軽く食み、にやりと微笑んで離れた。
「最初の約束は果たしたのだから次は俺だな」
「いやいやいや…そんなすぐには」
「まぁそれはそのうちな。それよりあの二人だが、先に王都に帰らせた。昨夜面倒なご一行さんが来てな、それで俺がこっちによこされたわけだが」
ハーンが言うには、昨日私達が消えた後すぐに、魔族に対抗する策を練るべく各国の王族貴族が意見を求めて押し寄せてきたのだそうだ。
温泉地から帰ったばかりだというのに、ゆっくりする暇もなく青の館は世界会議の場と化し、ディアスとリアナシアおばあ様の取り計らいで何とかその夜は彼等を追い返すことができたのだが、やはり本日早朝からまた押し寄せ、彼等は塔側の直接的な協力を求めたのだという。
「ついでにシェールが親父さんに持ってかれた」
あぁ、と私は頷く。
シェールはああ見えても公爵家の跡継ぎだ。
私の魔狼になってしまったので、その爵位は全て妹に譲ることになるだろうとぼそりと呟いていたことがあったが、確かまだ彼自身公爵の勉強中だった。いい加減遊び歩いてないで帰って来いと言われたのだろう。
「ひょっとしておっちゃんに叱られましたかね?」
「あれなら大丈夫だろうさ。男の顔してたしな」
男の顔ってどんな顔なのか…。大丈夫という太鼓判を押すハーンを見上げると、ハーンはにやりと笑みを浮かべて立ち上がり、ふわりと私を抱き上げた。
「あぁ、この姿でも軽いな」
お姫様抱っこをしながらハーンは笑う。
相変わらず色気駄々漏れで鼻血が出そうな美形だ…。
「ローシェン様、シャナ様はまだ食事をしておりませんから」
後ろで静かに控えていたグリさんに指摘され、ハーンは「そうか」と一言告げると、ベッドに乗り、そのまま私を足の間に座らせる形で座り、なぜか私が持つべきスプーンを横からかっさらってその手に持った。
まさかと思いますが…
「ほら、食え」
やはり餌付かー!!
スプーンでスープを掬い、私の口元に寄せるハーンを睨むと、彼は面白そうに目元を細める。
絶対楽しんでいる…。
お腹は空いているが、なんとなくプライドが許さず、ぐぬぅと唸りつつ睨んでいると、彼はスープを掬ったスプーンを私の目の前でぱくりと己の口に入れる。
「うああああっ、私のスープ~!」
騒ぎ過ぎだと言われそうだが、ご飯は二番目に大事な栄養補給源なのだっ。
ちなみに一番目は美形と美女と筋肉だ。
羨ましげに見つめると、ハーンはにんまり微笑み、私の頤 を指で持ち上げ、そのまま口移しでスープを流し込んだ。
これぞまさに餌付けではないか!
「この辺がもう少し大きくならんとな・・・」
唇を離し、そう言ってむにんっと胸を掴まれたので、負けじとハーンの尻を揉んでやった。
ふっ…やられっぱなしでいるシャナ様と思うなよっ。
「なんだ、欲しいなら今からでも相手になるぞ?」
「くっ…それはそれでちょっとくらっとくるお誘いですが、今日は我慢ですっ。ご飯下さい」
大人の階段駆け上がったばかりで無理っと首を振ると、ハーンは豪快に笑い、膨れる私にスープを運んだ。
ちなみにその餌付けはご飯が片付く最後まできっちりと行われたのだった。
気分は小鳥でしたよ。
ぴよっとな…。
「お二人とも折角ですので塔に行ってからお帰りになられてはどうですか?」
ご飯を終え、グリさんに着替え一式を渡された私はうんと頷く。
「白の塔ってあんまり行ったことないから久しぶりに行ってこようかな」
「最終的に生活の拠点になる場所だな。見ておくに越したことはない」
ハーンも付いてくるらしく、私は立ち上がると、さっそく服を着替えようとグリさんにもらった服を広げ…
「んや?」
広げた服は明らかに小さく、幼児サイズの時に着ていた顏だけ出るタイプの着ぐるみに見える。見える・・というか、ライオンの着ぐるみそのものだ。
「あのぅ、グリさん、私大人なのですが…」
ちなみに今着ているのはとても簡単に脱ぎ着できるネグリジェだ。昨夜グリさんが持ってきて、私にテキパキと着せてくれたのをぼんやりとだが覚えている。
だからこそ、このサイズはないと思うのだが…?
「はい。えぇと…そろそろ…」
グリさんは謎の言葉を呟くと、時計に目をやった。
カチリカチリと動く秒針が丁度頂点を指すと・・・
むおぉぉぉぉんんっ むおぉぉぉぉんんっ
「…時計が壊れましたよ…」
なんて奇妙な音だ。時計とは認めたくない音である。
あまりにも奇妙な音が10回ほど続くと、私の体の中でもぞりと何かが動いた気がした。
服の中…ではない、完全に体の中だ。
これは!
はっとして手を見れば、指先が小さくなっていく!
「主からの伝言です。魔力酔いは波があるから、その波も経験してみるといいよ」
「ぎゅはあああああっ!」
高かった視界が再び低く!
両手を空に上げ、縮んではならぬとばかりに伸ばしたが、虚しい抵抗で終わった…。
「では、お召し替え致しましょうね」
グリさんがピンクのかぼちゃ型パンツを手に、嬉々として迫ってくる!
「・・・・やられたな。手が出せん」
ハーンの呟きに私は顔を上げ、こぶしをぐっと握りこんだ。
これは確実に私への嫌がらせと、ハーンへの牽制と見たっ。
オノレ、黒ノルディークめぇ~っ!
必ずや魔力酔い打破の方法も見つけてうっふんあっはんでゴメンナサイと言わせてやるっ!
「待ってるがよいでしゅよ~!」
闘志を燃やす私は、それがノルディークの思うつぼとは全く気が付いていなかったのだった。
ノルさん「そう簡単には大きくさせないよ」
アルさん「…まぁ、シャナのことだからすぐに魔力酔いを解く方法を生み出しそうだが…。それが狙いなんだよな?」
ノルディークはにこりと微笑む。
アルディスはその笑みを見つめ
(違うな…。シャナの大人姿を見せないようにしただけか…)
魔力酔い打破の方法云々はおそらく建前だろうと感じたアルディスだった。
アルさん「意外と嫉妬深…いえ、何でもありません」
にこりと微笑むノルディークの笑みは心底黒かったそうな…。




