9話 幸運の鈴
シャナのパパンアルバート視点です
とばしても可ですよ。
守護塔の魔法使い。我々は彼らを主と呼び、その身を守り続ける。
濃い茶色の髪と瞳の青年アルバート・リンスター(シャナの父)は5つの守護塔の一つ、青の守護塔の守護者であった。
「少しは人と関わっておいで」
私の主は年老いた老婆で、しかし凛とした彼女の姿は神々しさすら感じられ、尊敬し、崇拝していたのは確かだ。
ある日、そんな主の放った何気ない言葉が、まさか守護塔の守護者である自分をこうまで変えてしまうとは、自分も主も予想だにしていなかった。
守護塔に住む者はあまり人と関わることがない。
中には人好きで毎日のようにふらふらと町へ繰り出す者もいるが、基本的に彼等は誰かや何かに憎悪の感情等を抱かないように人との接触を避けている。
感情に支配されて力を振るわないようにするためだ。
だが、ずっと人を避けた生活を続けると心に支障をきたす。というのは主の考えだ。
私はそんな主の意見に賛同し、主が塔からでないことを条件に久しぶりに(約80年ぶりに)町へと繰り出した。
そこで出会ったのは、金髪碧眼の儚げな少女、イネス(シャナの母)。
運命の出会いだ。
心が雷に打たれたようだった。
驚くことに、見た目の儚げさからは想像できない冒険者として生きていた彼女は、治癒士として有名で、そしてやはりその美しさからとてもモテていた。
こっそり冒険者ギルドで探りを入れた私は、翌日から毎日ギルドへ通い、何度か彼女とパーティーを組んでは、恥ずかしさから冗談交じりに口説いていた。
ちなみに当時そんな男達は山と存在した。
私が選ばれたのは、守護塔の主に呆れられ
「ストーカーなんて情けない。本気でぶつかってダメならすっぱりあきらめなさい」
と言われた私が、泣きながら結婚して欲しいと懇願したからだ。
「可愛く感じてしまったの」
とは結婚後のイネスの言葉だ。
結婚にこぎつけるまでが一苦労だったのは言うまでもない。
なにしろ自分は守護塔の守護者、関係者内では『魔狼』と呼ばれる者の一人だ。
その力は人を遥かに凌駕し、時に人の脅威となる。
本来なら人として暮らしていくことを禁じられるそんな私を人として受け入れてくれたのは、パルティア王国の現王とヘイム公爵だ。
正体がばれ、国の貴族にいいように使われないよう辺境伯という名前だけの貴族位をもらい、ヘイム公爵フリードリヒと懇意になって後ろ盾ができた。
お蔭で慣れぬ領地経営で貧乏ではあるものの、貴族達のしがらみにあまりかかわらずに済んでいる。
その恩人であり友人であるフリードリヒが行方不明だという。
パルティア王国の第一王子であった彼は、もともと王になるはずだったが、彼の妻のためにその全てを弟に押し付けたことを何度も悔やんでいた。そのせいか、パルティアで争いが起きるたびに、彼は弟のために先陣を切るのだ。
「無事でいてくれればいいが」
3日3晩馬を走らせ、戦場に向かう。
戦いに参加はできないが、捜索ぐらいならば許される。
この力は主と世界の為にある。
それと…愛する家族もだな。
ふ、と思い出すのは、愛する妻と愛しい子供達。
一番下の子供であるシャナは目を離すと何をしでかすかわからない子供だ。
ハイハイができるようになった頃、シャナは高速で屋敷中を駆け抜け、皆を驚かせた。
だが、そんな驚きなど序の口だ。
ある日、エントランスホールにある大きな階段のその踊り場にいたシャナは、帰宅した私をちらりと見た後、階段を見下ろし、くるっと身を丸くしたのだ。
何をするかとハラハラしながらも見つめていれば、なんと! 彼女はそのまま階段を転げ落ちてきた!
「シャ、シャナァァァァァァ~!」
大絶叫して止めたのも記憶に新しい。
本人は目をクルクル回しながら「だう~っ」と笑っていたが…。
記憶に新しいといえば・・・
「パパン」
くっ、あのパパンは可愛かった。いつもは「おとーちゃま」だったが、パパンはいいっ。帰ったらもう一度呼んでもらおう。
と、いかんいかん。ついつい思い出に浸ってしまったな。
森を抜けると、広い草原地帯が広がる。
草原地帯と言っても地面に亀裂がいくつかあったり、陥没か隆起かによる段差があって隠れる場所が多い。
この場所を戦場に選んだのはおそらくヘイム公爵フリードリヒだ。
だとすると、行方不明になったのならばある程度見渡せるこの草原内ではなく、敵の陣地に近い森だな。
私は草原内を馬でまっすぐに駆け抜ける。
戦場というものは戦うことを選ばなければ、案外通り抜けられるものだ(アルバートしかできないとわかっていない)。
しんと静まり返る森の中に入ると、さすがに敵の陣に近いだけあって潜んでいる敵が多い。
味方もいないような場所だ、むやみやたらに動けばすぐに捕まるか殺されるかだ。こんな場所だからこそ動けず行方不明であるという確率が高い。
とはいえ、こうも敵が多いと面倒だな。
「っ、誰だっ」
気づかれる度、敵の背後に素早く回り、警笛を吹かれる前に男達の後ろ首を叩くなり、鳩尾を蹴りつけるなりして次々と落していく。
言っておくが戦争に参加はしてないぞ? 敵も気絶させるだけだ。
だから、時間が経つほどに包囲網が狭まるので早く片付けたいが、範囲が広い。
「まったく、なんて面倒な」
気絶というのは時間が経てば気が付くもので、気が付いた者が警笛を鳴らせばそれでおしまい。
ここは敵の陣地。私はともかく、隠れているはずのフリードリヒの命が危うい。
いっそ大声で名前を呼ぼうかと馬鹿なことを考えていると、突然耳元で
リィンッ
と鈴の音が響いた。
「?」
周りを見回しても鈴らしきものはない。だが、ある方向を見るとリンッと鈴の音が鳴り、私は警戒しながらその方向へ進む。
まさかとは思うが・・・
『パパンにおっきな幸運をっ』
出がけに告げたシャナの言葉が思い起こされる。
あの子は黒髪黒目、同じ色を持つ高魔力保持者だ。
だから、ひょっとしたらそんなこともあるかもしれないが、無意識に高位魔法を使えたりするものなのか…?
リンリンと鈴の音が騒がしくなり、私は一番うるさく聞こえる方向の茂みに向けて声をかけた。
「フリードリヒ、いるか?」
半信半疑で声をかける。
この鈴の音が敵の罠である可能性の方が高いからだ。
だが…
「…アルバートか?」
掠れた声が響き、私は茂みの中へと飛び込んだ。
森の茂みを超えると、そこには地面の裂け目があり、赤い髪に蒼い瞳のくたびれた様子の男が座り込んでいた。
フリードリヒだ。
私はその存在にほっと息を吐き、手を差し出す。
「仲間は?」
「何人かは逃がした。囮になったが敵が多くて動けなくなってな。よくここがわかったな」
私は苦笑すると、彼を肩に担いで走り出す。
人一人くらい担いで逃げるのは造作もない。
「帰ったら感謝しないとな。私もお前も天使に救われたようだ」
フリードリヒは何のことかと首を傾げたが、私は答えなかった。
まさか、3歳の子供が、無意識に人の運気を目的のために一時的に上げるという『幸運の鈴』と言う名の高位魔法を使ったとは言えなかったからだ。
なんにせよ、おかげでフリードリヒは命を救われ、私は人を殺さずに済んで助かった。
帰ったらシャナをたくさん抱きしめてやろう。
私はそう誓い、足を速めたのだった。