86話 魔族侵入
「だって、口でしゃべるとうるさいかもしれないと思ったの」
母様は一人ごちながら生首のラッピングリボンをするすると解いていく。
結局、話を聞こうにもラッピングされた首では何やらもごもごという音しか聞き取れず、体の方に聞いても話せないので、首はラッピングをはずすことになったのだ。
皆で母様をなだめてラッピングははずしたが、デュラハンはすっかりへそを曲げてしまった。
仕方なく、ここにきて当初の予定通りダレン君による色仕掛け・・ならぬ、かなりぶっきらぼうな
「見せてほしい」
というお願いで、デュラハンを何とか口説き落とした。
「うむ、いや、そのように恥ずかしげに頼まれては断れぬ」
あんなお願いで口説き落とせるとは何てチョロい男かと、浮かれるデュラハンが進んで差し出した記録をぶんどり、ざっと日付を遡って調べる事数分。アルディスの入牢した日は確かに記載されていた。
ダレンにあれほど着飾った意味は…? という視線を向けられたが、それは見なかったことにする。
記録を確かめた結果、アルディスはカエンの父親が殺されるより前に牢に閉じ込められ、使い魔ソフィアが監視を受けている最中にカエンの父は殺されていた。
「父が殺されるより…前? 間違いないのか?」
カエンが呆然と呟く。
シリアスな話し合いの最中、姉様と母様と私はデュラハンの首をテーブルに置き、今度は体の方をラッピングしていく。
その体の送り先はなんと宿屋の管理人さんだ。
この不思議生物の存在で宿屋が盛り上がらないかという案のもと、シリアスなお話の横でラッピングにいそしんでいる。
ついでに言うと、宙にふよふよと浮いている生首軍団はいまだ恐ろしいが、そういうランプなのだという折り合いをつけて無視している。母様はそれもラッピングして送ろうと言ったが、触りたくないので却下した。
「我はこの記録を冥王様にもお見せしている。間違った記録など書かん」
真面目な話し合いの裏で、いそいそとラッピングを終え、外のメイドさんにデュラハンの体を託し、ようやく私達は席に着いた。
「本当に彼女が俺を…?」
アルディスが不安そうにデュラハンに尋ねる。
彼は、己の使い魔が犯した罪の数々を聞いてもいまだに信じられず、牢に閉じ込められたことさえも彼女の姿をした別の何かだと思っているようだ。
「あの美女か…、少し様子がおかしかったな。例えるなら…そう、そこの女達と同じような気配を纏っていた」
デュラハンが視線で指示したのは母様と姉様だ。
「まさか、魔力酔い…に似たものにかかっていた…?」
ヘイムダールがぽつりと呟けば、皆が沈黙する。
「私じゃないでしゅよ?」
まるで私が操っていたのではという視線をカエンに向けられ、ぷるぷると首を横に振ると、他の皆が揃って「シャナには無理」と答える。
どういう意味かね…。微妙にけなされてる感満載なのだけど。
さて、ここで私は塔の知識を検索し、、魔力酔いについての項目を脳内で展開する。
魔力酔いというのは魔力を共有し、共に発動させた時、より強い魔力の相手に自分の意識を引っ張られ、酩酊した状態になることを言うのだそうだ。
だが、これは人間同士の間に起きる現象で、赤の使い魔であるソフィアは竜族なのでそうそう当てはまらないのだ。
並外れた精神力を持ち、魔力も高いとされる竜族。彼等を魔力酔いさせるとなると、それ相当の高い魔力を持つ…それこそ私のようなチートでないと魔力酔いにはできない。
「…やっぱり犯人は私でしゅかー!?」
チートだから夢遊病にでもなってる間、実は悪の帝王として君臨していたのでは…と蒼白になれば、皆が皆
「魔族か…」
無視をした。
ひどい…
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「魔族は外の大陸に住んでいるから、魔力の吸収率が高く人間より魔力が高い。だが、竜族を凌ぐとなるとたとえ魔族であってもかなり高位の者になる」
変わらず深刻そうな話は頭上で交わされているが、結局のところ犯人を絞れるものではないようだ。
ただ、全員の一致で魔族が絡んでいるということだけは確定したが。
私はと言えば、ノルさんの膝の上に座り、いじけながらもノルディークと見つめあっていちゃいちゃ(お胸にスリスリ)している。
これはディアスの膝枕で眠ってしまった姉様に対抗してのいちゃいちゃだったりする。
私だっていちゃいちゃでは負けませんよ!
ちなみに、魔力酔いで疲れた姉様はどうやら眠ってしまったらしい。酔い潰れという奴だ。
もちろん持ち帰りはさせません!
そしてもう一人、魔力酔いしているはずの母様は現在父様となぜかバトルを繰り広げている。
お題は20年前の美女との浮気疑惑。
現在母様の魔力酔いはピークに達しているので父様たじたじである。
「ところで、なぜ赤の塔が動けなくなるようにしかけたんだ? この中で最も力があるのは白だろう?強いものを押さえるつもりなら白を抑えるが」
ハーンの指摘に私もシリアスに戻り、皆が押し黙った。
「力だけを見ればナーシャが一番弱い。だが、使い魔に付け入る隙があったのは赤の塔だけ…ということなのか…」
本当に? と自問するようにディアスが呟く。
塔の強い人ランキングで行くと上からノルディーク、アルディス、ディアス、ヘイムダール、リアナシアの順だ。ちなみにノルディークを除く男三人はほぼ同列だが、戦いに関してはアルディスが群を抜いて小癪なのだそうだ。
それこそノルディークと同等になれるほど。
そんな人を普通標的に狙うだろうか…。
「リスクが大きすぎましゅね」
「あぁ…そうだ。いくら使い魔を操れたとしても、よほどのことがない限りアルディスがその異変に気が付かないはずもない」
「そうでしゅ。小癪さはぴか一なのだから誰かが何か企めば気づくモノなのでしゅ! 小癪な人間というものはっ」
私がディアスに同意して胸を張って答えれば、アルディスが何やら「小癪・・・」と呟いて床に手をつきうなだれている。
ちなみにディアスも私と同じ意見だったようで頷くと、沈むアルディスと、胸を張る私を交互に見た男達が微妙な沈黙を保った。
「赤の塔でなければならない理由があったとしたら…?」
空気を変えようと試みるヘイムダールの呟きに、塔の主達はまたもや首を傾げる。
塔の機能は全て主に集中している。たとえ冥界に行って塔を空け、塔に侵入されたところで何ということはない。
昨日行った塔には荒れた痕跡もなかったし、と私はむむむと眉根を寄せる。
「冥界…」
たとえば、仮に塔を占拠したかったとしても、なぜ冥界なんてわけのわからないところに閉じ込める必要があるのだろう?
「なるほど。そういうことならばよくわかった。お前達、大陸の魔の番人なのだな?」
突然他の誰もがわからないのに、一人納得したようにごろりとテーブルの上を生首デュラハンが転がる。
冥界の住人にしてみれば地上のことにはあまり興味がないらしいが、番人としては親近感を感じるらしい。それゆえに教えてやると上から目線で告げられ、私は思わずスリッパを振り上げた…だが、ノルディークに止められた。
「答えを聞くまで待とうか」
その後はゴーサインということですね。
とりあえず答えを待つ。
デュラハンは「うむ」とエラそうに声を出すと答えた。
「赤の塔は魔族の大陸に最も近く、海を渡って大陸に入り込むつもりならば、赤の番人の結界を緩めるのが一番いいだろう。冥界の牢の中は全ての魔力を遮断することだし、今頃どこかに魔族の軍隊が出来上がっているのではないか?」
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・
「えらいこっちゃでしゅ!」
沈黙を破り、私はすぱぁぁぁん! とデュラハンをスリッパで叩きつつ立ち上がると、同じようにショックを受けている男達に最も危惧すべき恐ろしい事態を告げた。
「ハゲ筋肉マッチョ軍団が押し寄せてきましゅよ!」
「いや…筋肉マッチョより…」
「「「全ての魔力を遮断!?」」」
塔の主達が一斉に悲鳴を上げ、私はきょとりとした。
それが何か…?
「なんてことだ…それじゃあアルディスのいない数年間。我等は魔族の侵入と大地の荒廃を許したことになる!」
ディアスの叫びに、私はさらに首をひねった。
「それって…?」
どういうこと? と尋ねれば、ヘイムダールは小さくため息をつき、告げた。
「人間が…特に、多くの者が住む国の首都が狙われる」
・・・・・・
「ハゲ軍団と全面戦争でしゅかー!!?」
かー! かー! かー…と私の声はその場に響き渡ったのだった。
管理人「こ・・・この体はロッカーに隠せ!!」
無造作にデュラハンの体はしまわれ、鍵をかけられた。
従業員「大変です!生首の集団が体を探して廊下を彷徨っていると!!」
ドアをけ破る勢いで従業員が管理室へ飛び込み、叫ぶ。
管理人が外へと飛び出せば、悲鳴を上げ、逃げ惑う人々…と、なぜかとある国の記者…
記者「すごいですね! ホラー宿! ぜひ特集させてください!」
目を輝かせる記者はホラーがお好きなようだ
管理人は頷くと、涙を滂沱と流しながら呟いた
管理人「どうぞお好きに…」
しかし…このやけっぱちで放った一言が、彼等の運命を変えた!
いま、この瞬間、世界でもっとも注目される恐怖の館が誕生した!!
後日談…
デュラハン「…体はどこ行った…」
その宿では、しばし体を求めてさまよう生首が見られたという…




