82話 証人(?)を召喚します
「率直に申し上げよう。塔の主達にはすぐにパルティアから離れ、塔に戻ってもらいたい」
ひどくお疲れの様子なノーグの王子ダレンはその美女顔を俯かせ、大きく息を吐き出しながら告げた。
こういう時はドラマなんかだと身を乗り出し、ギラリと睨みをきかせつつ迫るものだがやはり現実は違うようだ。
父様のお膝から逃げられないように抱っこされた状態の私は、暇を持て余してずっと美女顔を堪能していたのだが、俯かれてしまうとつまらない。
こういう美女系の男性も良いなぁと妄想してたのに…。
あ、そうそう、あの後ちゃんと男か女か確認しましたよ。かなり逃げ回られましたがむぎゅっとね。
「思ったより立派でしゅ」
「・・・・蒼白になってるから離してやりなさいシャナ」
むぎゅむぎゅしている私に父様がそう告げて、私は手を離したのだけれど、実はその後もノリで皆のを確認しようと狙い…何かを感じ取ったノルディークにあっさり捕獲され、父様に預けられて今に至る。
おかげで動けず顔を堪能するしかできなかったのだ。
じっと見つめれば見つめるほどに俯いていく美女というのも乙なものではありましたが。
それはともかく、ダレンと共に実はもう一人お客さんがいる。
まだ一言もしゃべっていないが、彼の隣には私のデビューの時にリアナシアおばあ様と静かなる攻防を繰り広げた黒髪に真紅の瞳をした静かに怒りを溜めるカエンがいる。彼は相変わらず皆を敵視したような目をしていた。
「我等はどこの王族の命にも従わないのは知っているな?」
今度はじっとカエンを見つめていると、私の背後からディアスが少々尊大な物言いで彼等に尋ねた。
そういう所は元王族っぽいですねディアス。
「もちろん。あなた方が王族貴族に従わないのは当然のことです。ですからお願いを。パルティアに塔の主が全員集合するなど、本来あってはならぬ事。無用な争いと不安を生ずることになりましょうゆえに元の形をとって欲しいとお願い申し上げているのです」
話をしている限りでは平和主義者に見えるのだけれど、彼がハーンのような傭兵を雇って暗殺を企てたというのだからきっとこの仮面の下はぽんぽこタヌキだ。
「無用な争い…ね。自分で刺客を送り込んどいてよく言うな」
ハーンも会話に加わる。
すると、それまで顔を俯けていた美女は顔を上げ、きつくハーンを睨んだ。
そうしてみると確かに男性だ。
女性的な顔立ちを生かし、わざと髪を長くして相手の油断を誘っているのかもしれないなぁ。
狡賢いならタヌキでなくてキツネかな。
「茶番だな」
ふと、それまで黙っていたカエンが突然そう告げると全員を睨みつけた。
「こちらの要求は一つだ。黙って塔に閉じこもり今まで通りでてこないか、もしくはここで天に命を捧げるか、だ」
おぉ、突然の過激な要求。
私は急展開にワクワクと立ち上がったカエンを見上げる。
カエンは塔の主達に見つめられる中、スッとどこからか短剣を引き抜いて私を見下ろした。
その視線に父様の腕に力がこもり、ちょいと息苦しい。
「つい先日会った時もあなたは私達を敵視していたようだけれど、それほど攻撃的な理由は何です?」
リアナシアおばあ様の問いに、ぎりっと唇を噛み、カエンは私から目を逸らし、短剣と視線をそのままアルディスへと向けた。
「13年前、パルティアで争いが起きた頃、同時に我が国の先王が倒れた」
ルアールの内情は私の知らない話だ。だが、塔の主達は承知しているのかコクリと肯く。もちろん父様も同様に。
「1年ほどして病気で身罷られたと聞いているわ」
「病ではない! 先王は殺されたのだ!」
突然の大声に驚いてびくっと肩が跳ねた。
「あの日私はこの目でしかと見た! 父は、そこの男に刺殺されたのだ!」
そこ、の先にいるのはアルディスだ。
だが、その頃アルディスは冥界の牢の中だから、それをやったのは暴走してしまった彼の使い魔ソフィアさんということになるのだけれども。
「まさかソフィアが…?」
案の定アルディスもその答えに行きついて愕然とした様子で尋ねる。
だが
「…じゃない」
ぽつりと誰かが呟いた。
私達はアルディスに注目していたから呟いたのはアルディスではない。彼は口を開いていなかった。
じゃあ誰が? と首を巡らせれば、呆然としていたのはノルディークである。
「ノルしゃん?」
声をかけると、彼ははっとして表情を引き締め、塔の主を順番に見た後アルディスに視線を止めた。
その目は真剣で、どこか警戒を感じさせる。
「ソフィアではありません。彼女はその頃すでに監視が付いていた。我等塔の主全員が用意した監視です」
どうやら当時、アルディスご乱心の報を受けた塔の主達は、その使い魔であるソフィアにも監視の目を向けていたらしい。
だが、彼女はアルディスとして外に出ていたので、塔から出ていないと監視からは報告されていた。
そして当然主犯であるアルディス(中身ソフィア)は塔の主達本人が見張っていたので、その動きは把握されていた。
ん~、そうなると疑惑がいろんなところに向かいますね。
アルディスも例外で無く再び疑われることになる。
空気が一気にピリピリからビリビリに変わったところで、私はムンと胸を張って叫んだ。
「ケルベロスちゃんおいでませ!」
手っ取り早くその時のアルディスのことを知っていそうな者に聞こうじゃないか。
本当に冥界の牢からは出られない状態だったのか、とか。
もちろん私は信じてますよ?
この目はチート能力で良い人間と悪い人間を見ぬくことが! …できるといいんだけど、とりあえずこれは勘だ。
彼には無理だという勘。
他の人にその曖昧な勘では納得してもらえないので私は証人を呼んだわけだが…。
ふっとソファの間の中央テーブルの真上、天井にほど近い場所に召喚の魔法陣が描かれ、私は頷く。
ここからあの可愛い子犬が顔を出すのだ。
久しぶりにもふりたい。
あ、いやいや、この緊張場面で少々本音が…。
そんなこと思いつつ。魔法陣を見上げた私達は、次の瞬間「あ!」と叫んだ。
魔法陣の結界から、にょきりと出たのは巨大な後ろ足!
しかも、ずぼっと踏み抜く勢いからして、これは巨犬姿でうろついている所、突然出現した子犬サイズの小さい魔法陣に気付かず足がはまった! という奴では!?
巨大な足はそのまま勢いよく中央テーブルを踏み抜き、中央テーブルはバキリと半分に割れた。
こ…このテーブルが人間だったらどうするよ…
見ていると、足は確認するようにトントンとテーブルを軽く踏み、しゅるしゅると小さく縮みながら一度魔法陣の中に姿を消した。
その後、なぜか後ろ脚、お尻と出てきて、魔法陣に前足をかけ、一度ぶらぶらと頭上辺りでぶら下がった後、そのままぼてっと…立ち上がっていたカエンの頭に落ちた。
『お、なんだここは?』
『温泉じゃなくてよかったわ~。あら、しかもいい男揃い踏みじゃない?』
『・・・・・』
なぜかカエンの頭の上に腹を乗せ、両手足をぶらつかせる子犬の姿に皆が笑うのを堪える。
シリアスぶち壊しである。
『どうでもよいがなぜ我等の足は地についておらん…おぉっ、なんと、人の頭の上ではないか』
鈍い! ケルちゃん鈍すぎる!
ケルベロスはその後よじよじと両手足を器用に使い、何とか這いあがると、なんと…カエンの頭の上にちょこんとお座りした!
「ぶふっ」
あ、ヘイムダールは耐えられなかったらしい。
固まるカエンの頭の上のわんこを見つめていると、子犬はたしたしとカエンの頭を肉球で叩いた後、『うむ』『あら?』と何やら納得したようだ。
『絶景…』
ベロちゃんの呟きにカエンは明らかに青筋を立ててぶんっと体を動かし、落とそうと試みる。
しかし、こういうシリアスぶち壊しはとどまることを知らないのが世の常…。
案の定ケルベロスは後ろに落ちず、カエンの顔に張り付く形でジタジタと暴れ、その愛くるしくも間抜けな姿に全員が噴出した。
思わず笑って場が和んだのはいいけれど…
はて、何が問題でしたかね…??
シャナ 「和んでしまいましたが何が問題でしゅたかね?」
ハーン 「国王が殺された」
シャナ 「あぁ! 思い出しましゅた。アルディスの無実の罪を晴らそうと思ったのでした」
ヘイン君「証人というより・・笑人(犬)召喚だね」
シャナ 「…ヘイン君オヤジでしゅ」
シャナに白い目で突っ込まれ、ヘイムダールはずず~んと落ち込むのだった。




