79話 天誅!
「もう一度言っておきますけれど、わたくしセレンディアのことはどうとも思っていなくてよ!」
どしゃあと滝のようなお湯が頭上から降ってくる。
いくら湧き出る天然温泉と言えども、お湯が無くなるのでは? と言う勢いだ。
「態度が怪しすぎるのでしゅよ!」
私は頭上からではなく全方向から水の玉を打つ。ただし、攻撃方法は打撃ではなく、水の玉を弾力性のあるボールにして、アデラを動けなくさせ、さらには
「マッサージ効果付きでしゅ~」
もみほぐし殺法!
ウォーターボールによるもみほぐしは殊の外気持ちがいいらしく、「うっ」とか、「はぁんっ」など、悩ましげな声がアデラから漏れる。
「これぞ必殺、湯けむりうっふんマッサージ!」
どや顔で鼻息荒く胸を張ると、アデラの眉間に皺が寄った。
おそらくいい様にされるのに腹が立ったのだろう、何やらぶつぶつと詠唱している。
「あら、それは素適ねシャナ。わたくしにもして頂戴」
いつの間にやってきたのか、温泉の中には長い白髪を結い上げた細身の美女、リアナシアおば…おねー様がお湯に浸かってふぅと息を吐いていた。
隣では、母様がにっこりとほほ笑み、さらにその隣では姉様が不安そうにおろおろしている。
この豪華な顔ぶれにうっふんマッサージ…。
どんな悩ましげな声が聴けることか!
鼻息荒くコクコクと頷いた。
「おまかしぇを!」
さっそく同じものを三人に向けて放つと、リアナシアおねー様と母様は凝っているのか、「良いわねぇ」と気持ちよさそうに目を細め、姉様は少しくすぐったそうに身をよじり「あんっ」と小さく息を吐き出した。
「ぐふっ」
おぉ、イカン。たらりと鼻血が…
「ふざけてないでこちらを相手なさい!」
そういえば姉様達に釘付けでアデラをほったらかしでした。
鋭い叫び声にうっふんマッサージを脱したのかと振り返れば、アデラの周りの水球が音を立てながら一瞬で蒸発した。
湯煙に蒸発した煙が加わり、煙の中から意味深な雰囲気で現れるのは進化したアデラ!?
「こんな子供だましでは私は倒せなくってよ…」
水分を蒸発させた影響か、人類の進化の形なのか、煙の中から現れたアデラの髪の毛先がくるんくるんと縦巻きロールになっていく!
それもしゅるしゅると音を立てそうな速さだ。
まさかのカーラーいらずな形状記憶髪!
でも微妙な髪型だから羨ましいと感じなかったりするのだけど…。
と、そんなところに気をとられていたら、彼女が何やら発した言葉と同時に温泉の波が押し寄せてきた!
これは、身長低い現在の私には致命的!
温泉で波にのまれるっ。
「のぉぉぉぉぉぉっ」
目の前には温泉の湯でできた高めの波が迫る!
「大人げないなアデラ」
覚悟した瞬間、ざっぱんっと温泉波は私の足先を掠め、私はおや? と振り返った。
「まぁぁぁ、邪魔しないでくださいなカティア!」
どうやら私は黒髪おかっぱ美女カティアに抱え上げられ、難を逃れたらしい。そのせいでアデラはかなりご立腹のようだが。
カティアが「子供にあたるな」とアデラの説得をしている間、抱えられたままの私が振り返った私の視界、カティアのさらに後ろで、母様とリアナシアおねー様がパチンッとウォーターボールもみほぐし魔法を解除し、ゆっくりと立ち上がっているのが見えた。
何をする気かと見つめていると。
「いけない子にはお仕置きね」
にっこり精霊の笑顔を浮かべた母様が、ぽつりとそんな怖いセリフを告げる。
「そうねぇ、ゆっくり温泉にも浸かれないわ」
続いて、リアナシアおねー様が母様に同意し、やれやれと胸の下で腕を組み、右の腕を立てると、手の甲の上に顎を乗せて呆れたような表情を浮かべた。
ぞくりと背筋に冷たいものが走る。
「わ、わたくしばかりが悪いわけではなくってよ!?」
カティアと口論していたアデラも嫌な予感に気が付いたのだろう。慌てて母様達に訴えた。その声はほんの少し悲鳴のようにも聞こえる。
二人は笑っているのだけど、なぜか怖いのだ。
いま、私はちびりそうな気分です…。
やはり温泉ではしゃぐのは危険ですのでやめましょうってことですかね? やめます、やめますからその恐怖のオーラを静めてくださいっ。
ふるふると涙目で首を横に振って怒らないでとアピールすると、にこりと微笑んだ母様の視線がふいっと別の方向へ逸らされた。
あり?
「私、攻撃魔法は得意ではありませんのでナーシャ様」
すぅっと滑らかな動きで母様が温泉の背に当たる方角の森へと手を振ると、それに合わせてざわりと水の精霊が動き出し、歓喜に満ちた声をあげながらものすごい速さで一本の木の枝に向かって水の矢を打ち続け始めた。
「おぉ、これはコラボ魔法でしゅっ」
母様が精霊魔法を使うのを初めて見たので驚いたけれど、コラボ魔法にもびっくり!
コラボ魔法と言うのは、他人の能力と掛け合わせた魔法を発動する方法だ。
母様とリアナシアおねー様の場合、母様が精霊を呼び出し水を生み出させ、攻撃の命令をリアナシアおねー様がしている。
実はこれ、互いの能力を壊さないよう慎重に力を使う必要があるので、繊細さが必要な難しい魔法なのだ。
「…母様、精霊魔法が使えるのですね」
姉様も唖然として見ている。
母様が使う魔法はいつも治癒だったのでこういう精霊魔法は初めて見る。冒険者だったのだから使えても不思議はないけれど、治癒以外はあまり得意ではないと言っていたし。
「あら、イネスのは精霊魔法ではないわよ。呪文なかったでしょう?」
リアナシアお姉さまの言葉にはっとした。
そういえばそうだ…。母様はモーションだけで精霊を動かしたように見えた。
「私は精霊にお願いしているだけよ。動いてくださいなって。そうするとね、たくさん応えてくれる子達がいるの。でも、父様には内緒ね、父様嫉妬するから」
精霊に好かれてないとできない技ね…。母様何気に規格外? そして父様は精霊に嫉妬するんだ…。
考えている間も矢は打ち続けられ、やがて木の枝からどさりと何かが落ちたようだった。
猿…かな?
「魔物か?」
「ぬはっ」
私をずっと持ったままだったカティアがぽいと私を放り出し、剣の柄に手をかける仕草をしたが、彼女が着ているのは温泉用の水着のみ。剣がないことに気が付いて少々目が泳いでいる。
私はと言えば、水が減った温泉に華麗な着地を決めて10.0の境地でポーズを決めている。
誰も注目してくれてないけど…。
ひどい…
そんな私は無視されて、リアナシアおねー様と母様の攻撃は続く。
「水牢に閉じ込めてしまいましょうね」
リアナシアおねー様の一言で水は矢から形を変え、落ちたサルを森の中で捕獲したようだ。
「うわっ」
・・・・・・響いてきたのはサルの鳴き声でなく、どこかで聞いた覚えのある男の声。
森の方角を見ていると、そちらからは水のキューブに閉じ込められた栗毛に蒼い瞳の…いつかの騎士が運ばれてきた。
ちなみに運んで来たのは彼を閉じ込めているキューブだった。
足が生えておりましたよ…なんてシュールな…
それはともかく!
「覗きでしゅ!」
「まああ! 騎士ともあろうものがなんという破廉恥な!」
アデラが『騎士』と叫んだからには知り合いらしい。
「いえっ、覗きではなく、私はシャナさんの入浴姿…いやっ、これも任務でしてっ」
今ちらりと本音を言いましたな。
女性陣全員から冷たい視線を浴びた騎士、セアン・マッケイは焦りながら言い訳を考えている。
だが、言い訳を許す女性陣ではございません。
「覗きはわが国では極刑に値する」
「えぇっ!?」
バキリと指を鳴らすカティア。
「火あぶりにいたしましょう」
「国の保護を求めますっ!」
魔力にあおられ、髪がうねうねと火のように動くアデラ。
「二人とも落ち着いてっ」
「助けて下さいお義姉様!」
「誰がお姉しゃまでしゅかー!」
姉様は唯一女性陣をなだめにかかり、そこに甘えるセアンに私の喝が飛ぶ。
「我が孫達の生肌を見たのは失敗だったわね」
「そうですね、きっとアルバートにも襲われることになるわね」
リアナシアおねー様と母様がにこりと微笑み、セアンが姉様に助けを求める視線を向けるので、おろおろしている姉様のそのお胸に私はぴょーいっとしがみ付くと、至近距離でにっこり姉様にほほ笑んだ。
「大丈夫でしゅ姉しゃま」
これで奴が姉様のお胸を見つめることは防ぎますよっ。
「シャナ」
ひと肌は安心感を与えると言います。
私が皆を止めると思ったのか、姉様はひと肌の安心感もあってほっと息を吐いた。
だが!
「姉しゃまのおへそを見た者は天誅でしゅ!」
私の叫び声とともに、女湯の3か所の温泉から水が消え・・・
「うわああああああああ~!」
男の絶叫が女湯に響き渡った。
その時、町に辿り着いた旅人は、温泉地に口を開けて下降する竜を見たそうな…。




