8話 美少年捕獲
我が手に入れたのはチートなる能力!
アイ・アム・チート! イエェ~イ
ひとしきり心の中で想像の喝采を浴びた後、ようやく現実に意識を戻したのはヨダレが垂れかかった瞬間だった。
やばいやばい。美少女が(自分で言う)人前でヨダレなんて垂らしちゃまずいでしょう。
ヨダレをグイッと袖で拭った後、はたと目の前の男の人と目が合う。
背の高い黒髪の男。私と同じ黒髪だけれど、どちらかと言えば黒により近い紺色のようだ。瞳は赤い。
顔立ちはそれなりに整っていて美形だが、いかんせん線が細くて好みとは言えない。
もう少しマッチョじゃないと駄目ねぇ~
ふぅとため息をついて男を見上げ直すと、彼は目が合った瞬間びくっと震えた。
「にゃんで怖がるのでしゅか」
こちとら3歳児よ。大の男が脅える要素はどこにもありませんの事よ。
「…なぜ、倒れないんだ?」
「?」
不思議そうに見下ろされ、私は首を傾げる。
倒れる…という言葉に触発されて記憶が流れ込んでくる。
『継承の儀式』
前の塔の主から次の主に継承を施す時、普通ならば発狂するか、倒れて寝込むのが普通のようだ。
それこそ何人もの人々が発狂して倒れていく様が目の前に映画の一部分を繋げたように流れるが、そんな映像にはすぐに飽きてその記憶は閉じた。
人の記憶も知識も一気に受けようとすればおかしくなるのは当たり前だと思うんだ。私は。
で、何が言いたいかって言うと。
「3歳のお子ちゃまに何してくれるんでしゅかっ」
倒れて死にかけの前の塔の主である少年をボコりました。
3歳児の力じゃペチっと鳴るぐらいがせいぜいですがね。
ヘタを打てばこちらが死んでいたのでそれぐらいの痛みは甘んじて受けていただこう。
「マスターっ!」
男が慌てて少年を抱き起し、私を睨む。
「死に掛けている者になんてひどいことをっ」
「死に掛けていた者でしゅよ」
しっかり訂正しておきます。
「とりあえず塔はこのままでお家に帰りましゅ。ママンにきっと怒られましゅからね。その坊やを連れてついてきなしゃい」
気分は色気むんむんの酒場のお姉さん風だったのですが、3歳の舌足らずな私ではそんな雰囲気はひとかけらも出ませんでした。
残念すぎる。
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「あ・な・た・という子は~っ!」
きゃああああああ~っ!
私の足ではいつまでたっても家に帰りつかないと思ったらしい黒い男が、私と少年を抱えて空を飛びあがり、ひとっ飛びで屋敷に帰ったのはほんの少し前。
屋敷の門を潜り、白い少年を抱えた黒い男を後ろにひきつれ、私を探すママンの前に出ていったがつい先ほど。
そして、屋敷の団欒室でママンの頭に角が生え、問答無用で掴まれてお尻ぺんぺんの刑に処されたのが今現在ですっ。
お尻ぺんぺんて大昔の刑だと思ってましたよっ。まさか自分がされる日が来るとはっ。しかも人前で。
生ぺんぺんでなかったことだけが幸いでした。
顔を真っ赤にしてぐずぐず泣き、怒るママンのお腹にへばりついて謝っていると、ようやくママンがほぅとため息を一つ付いて許してくれました。
「外には勝手に行かないこと。いいですね?」
「はいでしゅ。ごめんなしゃい」
そんな光景を一部始終見てしまった黒い男はぽかんと口を開けて固まっている。
「あら、ごめんなさいね。うちの子がお世話になったのに」
ママンはそこでようやく黒い男に気が付いて謝り、ふと彼が抱いている白い少年を見て私を腹に引っ付けたまま立ち上がった。
おちっ、落ちます、ママンッ。
あぶあぶしながらへばりついていると、ママンが男の前に立ち、少年の顔を覗き込んだ。
「この子顔色が悪いわっ。早くこちらに寝かせて」
とりあえずソファに少年を寝かせ、私は床に降りてママンが癒しの魔法を施します。
「マスターは大丈夫でしょうか?」
「マスター…。貴方使い魔なのね?」
コクリと肯く黒い男。
そういえば彼が飛んだ時背中に翼があった。蝙蝠のような翼だったから、蝙蝠かな?
「私は飛龍種のクラウと申します」
『飛龍種』
頭の中に浮かび上がったのは、うねうねと動くラーメンどんぶりに描かれているような蛇型の竜に、大きな蝙蝠の翼が生えた凶悪そうな黒い竜です。
これは確実にこのクラウの本来の姿だろう。
後でお触りしてこねくり回すと心に決めて、今はこの元塔の主の少年と使い魔をどうするかなのだけど…。
「ママン。この子お家がなくなっちゃったの。ここに置いてあげて?」
クラウが何を言い出すんだと驚いたように私を見つめ、私はそれを見ないようにしてママンに子供のようなおねだり光線を向けた。
まだまだ庇護が必要な年では塔に閉じこもって研究したり使い魔増やしたり、かわいこちゃんをはべらしたり、ムフフ…な生活はできないから、今は彼ごとお家に庇護してもらう方法を選びます。
彼が家なき子である理由はあえて言いませんよ。3歳児にそんな難しい話は分からないのです!て顔をしておきます。
あとで彼自身が説明するでしょう。うん。
「まぁ…戦争の被害者なのかしら。いいわ。とりあえずはうちで面倒を見ましょう。最終的にどうするかはお父様が帰ってきてからよ」
さすがは貧乏まっしぐらになるくらい頼られると人に施しを与えてしまうお人よし貴族な我が家族です。話が分かるっ。
私はにこっと微笑むと、ママンにぴょいっと飛びついてスリスリと甘えた。
「大ちゅき、ママン~っ」
「あらあら」
ママンに甘えながらチラリと視線を少年に向ければ、彼は落ち着いた寝息を立てており、私はほっと安堵の息を吐き、くふっと微笑んだ。
美少年一人捕獲しました!
少年の眉間に一瞬しわが寄ったのは気のせいでしょう。