78話 温泉には・・・
「納得いきましぇんね~。博愛主義は絶対塔の主だからだと思うのでしゅよ? じゃなきゃこんなに愛しましぇん」
ぶぅぶぅ言いながら、現在ハーンの肩にお尻を乗せ、彼の頭にしがみ付いている。
塔の探検を終えて温泉街に帰ると、すでに日がとっぷりと暮れてしまった。
聞けば女性陣は現在温泉に向かったということで、私は男性陣と分かれて今宵は女風呂に突入することにした。
「母様と姉様のエキスをもらってきましゅ!」
「どんなエキスなんだ…」
シェールがぐったりとした様子でため息交じりに呟いたが、その効能はもったいないので秘密である。
私はハーンに頭を撫でられ、床に降ろされると男性陣に手を振り、ばたばたいそいそと女湯へと駆けて行った。
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基本バラバラとはいえ、数人のメイドさんは自発的に母様と姉様の傍を離れない。
女湯に入ると、当然のごとく待ち構えていた年若いメイドさんが、いつ私が来ても良い様に準備していたらしい私用の可愛い水着を手渡す。
これは私が男湯に行っていたとしても用意されていたろう。
なかなかいい仕事をしている我が家のメイドさん執事さんズだ。
「本日の作品はオレンジな水着です」
手渡されたのはまさにオレンジ色のかぼちゃパンツとチューブトップの水着。ついでにヘタ型シャンプーハットもどき付きだ。
凝ってますねお針子メイドさん。
私はお礼を言うとさっそくシャワーで全身洗って着替え、温泉地を駆け抜けた。
目指すは姉様と母様!
広い温泉地であってもどこにいるかぐらいはわかりますよ~!
疾走すること数分。結構奥まった温泉に、姉様と母様はいた。
「ただいま帰りましゅた~!」
振り返った姉様の胸目指してダイブ!
ばいん!
「ぬほぅ!?」
なぜか、腕を広げた姉様の胸…ではなく、その手前で透明な壁に阻まれ、私は温泉の中にぼちゃんと落ちた。
「シャナ!?」
姉様が驚いているような声が聞こえたが、私はそのままごぼごぼと沈み、冷静に今の透明な壁の感触と気配を分析して眉根を寄せる。
今のは、ひょっとしなくてもディアスの気配だった…。
・・・・・・・
なんということ! あの男は姉様の心を手に入れた瞬間、我が物顔に姉様に結界を張り巡らせたということだ!
おそらくは害虫避け、しかし…なぜ私をはじくのだ! 許すまじ…ディアスめ…
水中でディアスへの怒りから闘志をたぎらせていると、私のウエストに硬い掌の感触がして、そのままグイッと持ち上げられた。
「ぶじゃほぅぅ」
別に水中から出た時に声はいらんとは思いますがね、ノリでなんとなく声を出したら、ちらっとだけいた私たち家族以外の客が逃げるようにお風呂から慌ただしく出て行った。
それとともに、私を持ち上げたらしい人物もぽつりと呟く。
「魔物だったか…」
「うがぶっ」
パッと手を離され、私は再び湯船の中へと落ちた。
あとで聞いた話によると、水中から出てきたのは、緑のとげとげのわっかを付けた頭、顔も体もそのほとんどを長い黒髪に覆われて確認できず隙間からはオレンジの体が見え、奇声(?)を放つ不気味な魔物のような物体だったそうだ。
不気味な物体って失敬な!
今度は溺れそうになって慌てて水上に顔を出すと、そこには鋭い目をして獲物を待つ黒髪の美女が、手刀を振り上げるところだった。
お風呂でスイカ割り! じゃなくて頭かちわれる!
「カティア、それはうちの妹だから待って頂戴」
びゅっと風が鼻先を掠め、額の数ミリ上に手がピタリと止まっていた…。
姉様、止めるならもっと早くしてくださいな…。
一気に冷や汗がだらだらと流れた。温泉入ってるのに体に悪いわ…。
「すまない。魔物の子供かと思った」
どこをどう見れば魔物に見えるというのか、まったく…。
「おひさしぶりでしゅカティアしゃん」
カティア・ルアイーゼ。ルアール国第3王女は手刀を引くと、オレンジのヘタシャンプーハットを着け直す私をじっと見降ろし、首を傾げた。
相変わらず口にしない人だが、その首傾げは可愛いデスね。
「今はこんな姿でしゅが、朝のライバル、シャナ・リンスターでごじゃいましゅよ!」
「・・・・・・あぁ、見回りの」
コクコクと頷く。
馬車襲撃以降の接点と言ったら毎朝の町の見回りバトルだ。あまり顔は合わせてはいないけれど。
それよりも、子ども姿ということに彼女が驚かない…。それとも表情が動いていないだけで驚いているのだろうか?
彼女に恋する我が悪友アルフレッド君なら彼女が何を思っているか実況してくれるのに…、などと思っていると、背後から甲高い声が響いた。
「カティア、あなたそこのカパー(河童に似た魔物)と知り合いだったの?」
誰がカパーか!
ぎらんっと振り返り、声のした方を睨むと、そこにはもっちりと水面にもりあがる肉まん…いやいや…小玉スイカ…?
なんにせよ、けしからんお胸が!
「小さくなった」
カティアの返事に、あのお胸が!? と目を剥いたが、どうやら私のことのようだ。
「あらそう。何が小さいかわかりませんけど、知り合いなのね? リンスター家の3女かしら?」
髪が湯に濡れて見た目は普通のストレートの赤毛になっているが、この話方はひょっとして、大昔に一度会った…
「ツンデレ縦巻きロールちゃん! お久しぶりでしゅね~。あいかわらずノルさんの追っかけでしゅか?」
「ツン? わたくしの名前はアデラ・ノーグよ。縦巻きロールちゃんではないわ。それに、ノルさんの追っかけとは何?」
ツンツン~と相変わらずとげとげしい感じだが、これを言ったらきっと望む態度が得られるはず!
私はくふくふと笑みを浮かべる。
「嫌でしゅね~。もちろん大シュキなノルディークでしゅ」
途端にアデラは真っ赤になり、ざばっと立ち上がった。
「わ、わたくしがあの男を大好きなわけないでしょう!」
相変わらずノルディークが好き(?)なようだ。
「ノルさんを大シュキなのは私でしゅ」
にんまりと笑んで怪しげな笑みを向けると、アデラはさらに顔を真っ赤にさせ、何やらつぶやいて水面を叩いた。
「アデラ様!?」
姉様の悲鳴に気をとられていると、小さなお湯の塊が私に直撃し私は水浸しに…
やりましたね…
「大人をからかうモノではありませんわ!」
「残念ながらこちらも大人でしゅ!」
私は無詠唱でアデラに向けてお湯の塊を放った!
「きゃあ! …やりましたわね!?」
どうやら負けず嫌いのようだ。
ぎらんっとこちらを睨んでくる。
「ノルしゃん欲しくば我を倒してみよ!」
「受けて立ちますわ!」
私達が睨みあうと、どこかで「カーン」と言う戦いのゴングが鳴り響いた。
イネス(母様)「カーンッ」
レオノーラ 「母様っ?」
イネス 「うふふふふ、女の子の戦いって可愛らしいわ」
どうやら、ゴングは何処かでなったのではなく、お風呂の片隅で黙って様子を見ていた母様が口にしたようだ…。




