76話 赤の塔を暴け!2
かなりの高さを落ちた…と思ったのだけれど、空中でシェールに抱きしめられ、くるっと回転したかと思うと、シェールはそのまま壁を何度か蹴り、減速しつつ下に辿り着いた。
驚きの身体能力だけれど、これが魔狼になるということのようだ。
とりあえず…
「床が剣山仕様でなくてよかったでしゅね」
「さらっと恐ろしいことを言うな」
ファンタジーの定番と言えば落ちた穴の中は剣山仕様になっていて、まれにしゃれこうべが刺さってたりするものなのだが、そこは人が寄りつかぬ塔だけあって罠自体に危険すぎるものはないようだ。(落下で死んでいるはずということには気が付かないシャナである)
「で、どうする?」
シェールの腕に抱き上げられたままの私は、部屋の中を見回した。
黒と白の市松模様の床、天井には大きな穴が…と思いきや、その穴はすでに無く、光の魔法で灯っているシャンデリアの付いたドーム型の擦りガラス天井となっていた。
再び前方を見れば、四つの出口が見える。
いずれもドアは付いておらず、まるで迷路にでも入ったかのようだ。
「うぅむ…。きっといじゅれかには恐ろしい罠が待っているのでしゅ」
もしくは全てにか。
バララララッと脳内の塔の知識を掘り起こせば、塔のトラップなる項目を見つけることができた。
これは、塔が建てられた初めの頃、侵入者を防ぐために用意されたトラップのようだ。その頃の塔は不可視ではなかったらしい。
トラップが発動する条件として、塔の主不在時に何者かが侵入した場合にのみ発動するようになっているらしい。
「はじめの一歩がまじゅかったでしゅね」
眉根を寄せてむむむと唸る。
だが、きっとすでにアルディスも塔に入ったことだろうから、トラップは解除されるはず!
「先へ進むのでしゅ!」
「あ~はいはい」
「なんでしゅか、その気の抜けたお返事は! ここはイエッサー、もしくは、了解です我が主といくべきでしゅよ」
シェールはぎゃんぎゃん喚く私を無視し、四つの出口に近づく。
おにょれ…と思ったが、早く皆に合流したいので口を閉ざし、目の前の出口を全て睨んだ。
私はそこでぎらんっと目を輝かせると、ビシリッ! と指…ならぬ怪獣の手を指し示した。
「あちらでしゅ!」
シェールはなんとなく疑いの目を向けている。
だが、私シャナ・リンスターは世界が羨む美少女チート! 全ての道は我に通ずってなものです。
結局、シェールは肩を竦めると私が指示した道へと進んだ。
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「普通でしゅね」
「人が住む場所だから普通でいいのでは?」
行けども行けども廊下と壁と、ついでに幾つかドアがあったが、そのほとんどはカギがかかっており、まれに開くモノを開けると、その先は…廊下でした。
まさに迷路。しかも空間がどうなっているのか謎なくらい広い。
それを普通と言っていいのかはともかく、魔物が出るとか、大玉が転がってくると言ったトラップは無いので普通と称させてもらった。
トラップ自体はおそらくアルディスが塔に入ったことで止まっているはずだ。
本当ならば大玉とか、床から槍とかあったかもしれない。
「次はでしゅね~、あちらでしゅ。あのドアに何か感じましゅ」
少し先にあるドア群のひとつを指し示し、シェールは「はいはい」とやる気なさそうにドアを開き、そっと中を窺う。
そこにあったのは、ごくごく平凡な一人暮らしの部屋だった。
「これでしゅ! これを追い求めていたのでしゅよ!」
「…普通の部屋だが?」
埃も被っていないその部屋には、ベッドが一つと机が一つ、その机の上にはいくつか紙が置かれ、覗き込めば筆跡はアルディスのものと同じである。
実際筆跡鑑定はできないけれど、文字の独特な跳ね具合がこれは彼の文字だと告げている。
私はにんまり微笑むとシェールの腕から降り、バタバタと部屋の中を物色し始めた。
「何してるんだ?」
シェールはごそごそとベッドの下へ潜る私を不思議そうに見ている。というか、様子は見えないけどそんな雰囲気は感じられる。
「絶対あると思うのでしゅよ」
「なにが?」
ベッドの下の狭苦しい暗闇の中、私は青い絨毯に違和感を感じてそこをぺちぺちと叩いてみた。
「もちろん」
べちっと強く叩くと、がこんっと音がして、私の上にあったはずのベッドが勢いよく上へと跳ね上がった!
「うわっ!」
跳ね上がるベッドに危うく顎を打たれそうになってシェールは間一髪で避け、私は突然狭苦しさから解放されて体を起こし、きょとんとする。
「エロ本…」
呆然と呟くと、跳ね上がったベッドに驚いたシェールも固まっている。
すると、続いて部屋の壁の一部がすぅっと消えてなくなり、私は目を輝かせて立ち上がると、そこへ駆け込んだ。
「馬鹿っ! 少しは学習しろ!」
見知らぬ場所に飛び込むと、落ちる…
ということは今回なかったが、シェールに捕えられて荷物の様に腕に抱えられてしまった。
しかし、そんな状況でも私の目は輝く!
目の前には隠されていたお宝が広がっていたのだから!
「みちゅけましゅた!」
「うわ…」
目の前に広がっていたのは、石壁、石床、石天井と塔と同じ素材でできたものが剥き出しの部屋だ。
絨毯等は敷かれておらず、床には鞭が転がり、拘束機の付いたベッドのようなものがあり、さらに部屋の壁に備え付けられた棚には、ぎっしり詰まった教本(危険な虜にする方法と書かれている)が並び、その横には媚薬と書かれたピンクの液体が入った物が!!
唖然とするシェールを振り切り、シャカシャカと棚を登って媚薬の瓶を手にすると…
「あ」
そのままバランスを崩して転げ落ちた。
幸い怪獣の着ぐるみのおかげで痛みはなかったが、ビンは手から離れて割れ、部屋中に腐ったにおいが充満する。
「くしゃってましゅ~」
鼻をつまんで訴えると、シェールが呆れながら私を起こしたが、そこは腐っても媚薬だったらしい。
「う・・」
「う?」
なぜかシェールがばったりと倒れ、悩ましげに息を荒げて床に転がった。
「…にゃんでシェールに効いて私に効かないのか謎でしゅが。…据え膳でしゅね。いただきましゅ」
パンッと両手を叩いていただきますすると、そのままシェールのシャツのボタンに手を…
「手が使えましぇん」
怪獣の手は思ったよりも不便だ。
仕方ないのでぐっとシャツを掴んでボタンごと引きちぎってやりました。
「再び、いただきま~しゅっ」
床には悩ましげに息を荒げ、乱れる青年、その腹には怪獣コスチュームの幼児が乗り、その胸に今にも食らいつかんとした!
「そこまでにしとけ」
あと一歩でシェールのお胸に齧りつけるところでぷらーんとぶら下げられた。
振り返れば呆れたような様子のハーンと、部屋を見て「うわ」と声を上げるアルディス、それにこの状況を見て黒い笑みを浮かべるノルディークと目が合った。
「アルしゃん! 動かぬ証拠をみちゅけましたよ!」
「証拠??」
アルディスは部屋と床に転がり息を荒げるシェールを見て目を白黒させている。
私はそんな彼にびしっと…まぁ、いまだプラプラされたままではあるが、糾弾するように指を突き付けた。
「隠れエロの証拠でしゅ!」
「「隠れエロ…」」
誰もがちらりと鞭やベッドを見やり、アルディスに向き直ると、アルディスは首をぶんぶんと横に振って叫んだ。
「これは初代の部屋だー!」
ちなみに、信じてもらえるまで1時間もかかり、その間シェールはずっと耐えつつも悶え続けたという…。
本能を我慢する男の顏もなかなかいいと思いますよ。うん。
私は1時間アルディスをからかいながらシェールの悩ましげな表情を堪能したのであった。




