71話 慰安旅行へ!
塔の主を知った兄様と母様と姉様の反応はそれぞれだった。
母様と姉様についてはおっとりと「大変そうですね」と反応薄く、なんだかちょっと残念だったのだが、その代わり、兄様の反応はすこぶる良かった。
特にシェールが魔狼になってしまったと聞いた時の反応ときたら、暗転スポットライトを浴びたように絶望にうちひしがれていた。
兄様はどうやら塔のお話の大ファンだったみたい。
「兄様も愛人になるなら魔狼にして差し上げますよ」
「「それはやめなさい」」
提案はあっさり周りの皆に止められた。
兄様が愛人なんて半分冗談だけどね。
その後ようやく父様が目を覚まし、ふらふらしつつも魔狼が二人ということと、命を狙われたことなどを説明すると、父様はがっくりと項垂れたまま
「夢ではなかった…」
と呟いて嘆き、母様に慰められていた。
一体どこにショックを受けたのかさっぱりです。
それにしても、魔狼誕生を父様喜ぶかと思ってたのにな~。
そして母様の慰め羨ましいな~…あ、叩かれた。
遠くで繰り広げられる夫婦のやり取りを見つめ、大分回復した私と家族全員は、一度屋敷に戻ることになった。
屋敷に戻ってこれからのことを考えようということで、ストーカーセアンはそのまま床に転がし、ローシェンを加えた一行は、屋敷に戻ることになったのだが…。
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なんでこうなった?
とっても真面目なお話をこれから繰り広げる…のかと思いきや、屋敷に着くなり母様が一言。
「社交界デビューも終わったのだからさっそく慰安旅行に行きましょう」
と告げ、馬車から降りかけた私達を再び馬車に詰め込み、待ち受けていたメイドさん執事さんが荷物を積み込んだ馬車に乗り込み、屋敷の人間総出で温泉旅行と相成った。
「この人数を転移するのか?!」
アルディスが悲鳴を上げたが、母様ににっこり微笑まれ、半分自棄で魔法を行使していたようだ。
転移と言うのは人数が多ければ多いほど魔力も消費するが、どうやら体力も消費するらしく、アルディスは飛んだ先でばたりと倒れたのだった。
・・・・・
そういうわけで! 現在私は美女達と共にかぽ~ん(お風呂)を満喫中なのです!
「ふへぇぇぇぇ~」
異世界の温泉なので外国のようにプールのような温泉だったりするのかと思えば、意外や意外、ザ・日本の温泉! でした。
只今天然岩風呂につかり、日頃の疲れを落としております。
惜しむらくは、一度シャワーを浴びた後、白い布でできた水着のようなものを着ねばならんことです。
これがセパレートタイプの水着なので、おへそは丸見え、腰の括れもばっちりと言う…
まさに!
姉様と母様のプロポーションが抜群なのが確認できるスペシャルコスチューム(?)なのだ!
やや自分にダメージがあったけども…。
うん、腰の括れとか、足の細さとか…。
胸? 胸はAカップでも良いのです! 年取ればそこそこ出てくるはずです!
姉様達もお約束通りのバインではなく、普通のCカップです。母様はDかもだけど…。
でかすぎは将来垂れるので丁度良いでしょう。
そんなことよりも、と周りを見渡して首を傾げた。
「そういえばナーシャおばあ様がおりませんね」
温泉に行くとなると俄然張り切った様子だったおばあ様の姿がない。
あれだけ喜んでいたのだから当然一番乗りぐらいで温泉に浸かっているかと思ったのだが、ここの温泉地はいくつもの種類の温泉があるので、別の場所にいるのだろうか?
そう思っていると、姉様が思い出したように答えてくれた。
「おばあ様なら若返りの湯につかると確かおっしゃっていたわ。肌にとても良いからって。ただ…あ、シャナっ!?」
姉様の言葉を全て聞く前に私はお風呂から飛び出て駆け出した。
若返りの湯なんて聞いたら行かねばならぬ!
永遠の36歳! ぴちぴちお肌にはこだわるとも!
ちなみにこの世界、温泉以外で水着姿と言うのはまずありえない。
一般の女性でも足や腕は隠すものが多く、水着姿を異性にさらした瞬間には痴女だと言われてもおかしくない。
そんな恰好で私はいくつもある温泉を駆け巡っているのだが、ここで男性に見られるのでは? という疑問については問題ないと答えよう。
ここの温泉施設はシャワーを浴びて水着らしきものを着ると、あとは様々な温泉を堪能できるようになっている。
ただし、男女は分けられており、男湯を楽しみたいという時は、翌日男湯と女湯が入れ替わるので、その時楽しめばいいそうだ。
つまり、ポロリイベントやらいや~んイベントやらがないということだ!
残念すぎる!
初めにそれを聞いた時、私は絶望のあまり嘆いたよ。心の中で盛大に。
そんなことを思い出しつつ、私は駆け巡って辿り着いた温泉の一つに、リアナシアおばあ様の後姿を見つけて温泉に飛び込んだ。
が!
「うひょぉぉぉぉぉ! おばあ様、コレ熱い!」
入ったはいいが温度が過激! 一体何度!?
「あらまぁ、シャナ。こんな温泉に入ったらあなた…」
おばあ様は私が飛び込んだ時の水飛沫を浴びて濡れ鼠になりながら振り返ったのだが。
「・・・・・・・」
「シャナ?」
「・・・・・誰ですか?」
目の前にいたのは、長い灰色の髪をした細身の美女である。
私は首を傾げた。
確かにリアナシアおばあ様の声だったし、後姿もそう見えたのだけど、目の前の美女はどう見ても20代だ。おばあ様ではない。
それにしても、このお姉様、随分背が高くていらっしゃる。私よりも遥かに背が…。
「ごぶ? …ぐぼごぼげぶぼ~!」
どうやら私は温泉の深みにはまったようでがっぽがっぽと溺れ、暴れている所を美女に救われ、温泉から出された。
「うげふっ、げふっ、侮りがたいでしゅね天然おんしぇん! 深い!」
おぉ、お湯の飲み過ぎで言葉がかみかみだ。
「あらあら。若返ってしまったわねぇ」
「おう?」
くすくすと笑う美女を見上げると、私は彼女の背の高さに驚く。
私、彼女の腿辺りまでしか頭がありませんが…そんな大女ではなかったよね?
上を向いたその時、べちょっと音を立てて私が身に纏う水着が全て床に落ちた。
「にゃぜに?」
まさかのポロリ…
下を見下ろせば、ポッコリお腹につるんとおうとつの無い体が…。
ペタッと胸に触れ、ペタペタ体を触り、顔を触り、ばっと美女を見上げると、美女はふふふと笑って答えた。
「若返りの温泉は中に入った者の肉体を若くしてくれるのよ。ただし効力は3日ね」
ということは?
「ナーシャおばあしゃま?」
「ええそうよ」
細身の超絶美女ではありませんか!
一体何歳若返った!?
一瞬そのままを口にしかけ、突然吹雪いてきたブリザードに身を震わせると、私は身の危険を感じて思考を逸らした。
ね…姉様や母様とはまたジャンルの違ったどこか悪戯めいたお嬢さんと言った感がありますが、喰い付きたくなる美女に間違いなし!
「貴方は3歳ぐらいかしら? 可愛いわねぇ」
わたくし3歳!? まさかの若返り…と言うより逆行!
赤ん坊にならなくてよかった!
ひとまずほっとしたところで、3日と言う言葉を思い出す。
「3日間このままでしゅか?」
「えぇ、そうよ」
と…言うことは。
私はすかさず落ちた水着を拾うと、胸に巻いていた部分を腰に巻き、ギラッと目を輝かせてエンジンスタート!
「3日間、私シャナは男湯巡りをいたしてきましゅ! お土産はいりましゅか!?」
「あら、そうねぇ。じゃあどの人が一番素敵だったか教えて頂戴ね」
ノリがいいですねリアナシアおばあ様。
私はびしっと敬礼し
「おまかしぇを!」
と叫ぶなり、そのまま再び温泉地を疾走した。
目指すは男湯!
ハーレム男性の肉体美見物へ!
待ってて、私の筋肉達!
「むふふふふふふ~!」
その日、温泉地の女湯で、不気味に笑い温泉を駆け巡る魔物が出現したという目撃談が後を絶たなかったらしい。




