70話 正体を明かしましょう
「何をどうすれば魔狼が二人だなんて事態になるんだー!」
ディアスの雷が落ちました。
外は快晴なのに局地的に落ちた雷は、当然頭痛に悩まされる私に直撃したわけで…
「ぬほぉぉぉぉっ」
頭を押さえてのたうつと、吐き気に襲われ、ぜぇぜぇとベッドの上で息を吐いた。
もう瀕死…。
「あの、とにかく今はシャナを休ませてあげましょう? シャナ、大丈夫?」
事情が分からず困惑気味に告げた姉様の手がそっと頭を撫でてくれ、癒しの魔力が流れ込んでくる。
二日酔いには効かないようだが、気分は少し良くなった。
さすがは姉様!
姉様がベッドに腰掛けると、すかさずその膝に頭を乗せて至福を味わう。
「随分美人な姉さんだな」
ぼそっと呟くローシェンの声が聞こえたので、ぎろりと睨んでおいた。
「あげませんよ」
「俺の好みはお前くらい生きがいい奴だから気にするな」
それは喜んでいいのだろうか?
まぁ、ハーレム要員が増えたことには変わりないからいいけどね。
「甘やかし過ぎだな。…まぁいい、とりあえず、魔狼が二人も増えたことだし、昨夜の暗殺者の狙いもあることだ、関係者には事情を話しておこう」
そう言ってディアスがチロリと見たのは、父様の眠るソファの下の床に直接眠らされているボロボロな姿のストーカー、セアンだった。
彼はなぜかボロボロ姿で運び込まれたのだが、気を失う寸前に一言…
「味方への被害が…」
と呟いて気絶した。
何があったのか聞いたところ、どうやら暗殺者が多く侵入したというのだ。それも手練ればかり。
ディアス、ヘイムダール、兄様、なぜかセアンはその掃討に夜中走り回り、リアナシアおばあ様、母様、姉様は王様に話を付け、皆の邪魔にならぬよう騎士や兵士の動きを制限したらしい。
で、兄様が言うには、ディアスがなぜか苛ついていて、攻撃魔法が味方にも飛んできたそうだ。
兄様は父様譲りで身体能力が高めなので避けられたが、普通の人であるセアンは、そこそこ能力が高いのか当たりはしなかったものの、避ける際に転んだり物にぶつかったりと大変だったようである。
「城に侵入した暗殺者の狙いはノルディーク…というより本来ならシャナだな」
「だろうね」とノルディークは驚いた様子もなく肯く。
「ノルさん、何悪さしたのですか」
「ノルディークでなく、仕出かしたのはお前だろうがシャナ」
ディアスに深々とため息をつかれ、私は姉様と顔を見合わせて首を傾げる。
「『我はちろの塔の主。人間よ、この戦いはちくまれたものである。いましゅぐ剣を引き、己が国に帰るがよい。しょして、我が目の黒いうちはこの地での戦いをいっしゃい禁じゅると己が王にちゅたえよ』さぁ、このセリフに聞き覚えは?」
「ディアスの赤ちゃん言葉が微妙です」
ディアスはぴしっと青筋を立てると、私の額にびしりとデコピンを食らわせる。
「真面目に考えないかっ」
うぅ…真面目にそう思ったのに…。
ぐわんっと痛む頭を抱え、睨むと、ずごごごごと背中に闇を背負ったディアスに睨まれたので真面目に思い出すことにした。
私はむむっと真剣な表情を浮かべると、堂々と答えた。
「記憶にありません!」
「お前が言った言葉だろうが!」
そうだった?
う~ん、う~んと必死に思い出そうと試みる。
「まぁ、シャナは小さかったからね。…出会った頃だけど覚えてる? アルが、アルバートがシェールの父親を捜しに戦場に行っていたろう?」
おぉ、そう言われて見れば思い出した。
あの一件がきっかけでディアス達他の塔の住人と関わるようになったのだった。
「白の塔の戦争介入。その前には赤の塔の暴走もあり、各国の重鎮が塔を危険視し始めた。塔の主の交代については今だ伏せているが、一部の人間はかなり調べ上げ、シャナに的を絞っている者もいる」
どうやら知らないところで私、命を狙われるほどの需要人物になったようです!
『あぁ、だめよ、私に関わってはあなたの命がっっ』
『俺の命よりも君の方が大切なんだっ…俺は君を』
「むふっ…」
思わず悲劇のヒロインを妄想し、この場合相手役は誰がいいかとぐるりと見回すと、ディアスと目が合い、ぎらんっと睨まれた。
「頭痛地獄にでも落としてやろうか?」
ディアス、目がマジですね…。ここは我が命のために真面目に口を噤みましょう。
「あぁ、ちなみに白状すると、俺もノーグの王から依頼されて、リンスター家に関わる全てを殺すよう言われたな。昨夜はどんな悪人かと顔だけ見に行ってこれにとっ捕まったが」
これとは失礼なっっ。
指を指されて私はむっすりし、ローシェンは苦笑する。
一方、ローシェンが俺暗殺者の一人です宣言をしたことで、ぎょっとしたディアスが護るために姉様を腕の中に引きこみ、膝枕を奪われた私を母様、兄様が両側から挟んで包み込んだ。
「大丈夫ですよ。ハーンは誰が見ても悪人と思える者しか殺したりしません」
ノルディークが母様と兄様の肩に手を置いて安心させると、ローシェンはわずかに目を丸くする。
「いろいろ知ってそうだな、あんた」
ノルディークはにこりと微笑み、ほぅと息を吐いた兄様が私を見下ろした後、ディアスを見上げる。
「根本的な質問だが、シャナや俺達が狙われる理由は? 皆は一体何者なんだ?」
ああ、確かに今までの話を正体知らずして聞いていたらわからないかも。
兄様の腕にぐりぐりと額を摺り寄せて甘えながら、私は母様と姉様を見つめた。
「塔の主。絵本でも伝承でもなんでも残っているだろう。5色の塔の主が我等で、お前の父はその守護者だ」
ディアスが明かすと、その瞬間ぽかぁんと口を開ける兄様。
しかし、私が見つめていた母様は驚くことなく私を見つめ返して微笑み、姉様は…
今もディアスの腕の中で顔を真っ赤にし、きゅっと彼の服を軽く掴んでそれはもう幸せそうにふんわりとほほ笑んでいた。
おぉう…姉様、やはりそこなのですか…
シャナ 「兄様!兄様の弟が決定しそうです!」
エルネスト「今そんな話だったか?!」
イネス(母様)「まぁ、喜ばしいわね」
アルバート(父様)は一瞬目を覚ましたが、再び眠りについた。
その目からは、一粒涙が零れ落ちたのだった…。




