69話 ましゃか…
エロちっすなら負けないと宣言して胸を張った後、気分が悪くなってそのままベッドに突っ伏した。
二日酔なんていつぶり?
グワングワン響く頭痛と吐き気に悩まされながら、ふと視界に映ったものに目を細める。
あれは何でしょう…?
床にばったりと倒れているように見える貴族…もとい、あれは!
「父様っ、父様がなぜか床っ…おえぇぇ」
体を起こした私は途端に吐き気に襲われ、「ぎゃああああ」という悲鳴がシェールから上がった。
昨夜は食べてないから実際に吐くというようなことはしないのだけどなぁ。
「寝てろ! とにかく寝てろ! リンスター伯は何とかするから!」
シェールが慌てて私をベッドに押し付け、アルディスと共にバタバタと動き出す。
血の繋がりがあるからなのか、あの二人は顔立ちも行動もよく似ていて、性格もどちらかと言うとマメだ。
そんな二人を横目で見ながら、少しずつ心が落ち着いてくる感覚に、酔いが覚め始めているのだなと感じながらノルディークに尋ねた。
「ノルさん、父様はいつから床で寝てるのです?」
「…そういえば、昨日部屋に入ってシャナを呼んだ声は聞いたかな」
つまり、夜の間床に放置されていたらしい。
なんというひどい仕打ちっっ
それにしても、一体何が起きて床に放置される羽目になったのか?
気持ち悪さと頭痛に襲われ、寝返りを打った私は、そこに共に寝転んでいる色男の顔にむむっと眉根を寄せた。
いつの間に彼は再び横になっていたのか…。
昨夜は銀色に見えた髪は、よくみれば実は灰色をしていたようだ。おそらく昨夜は月明かりによって銀色に見えたのだろう。
手を伸ばし、わしゃわしゃと髪を乱すと、苦笑された。
「やめろ。絡まる」
「あぁ、そうだ。その男をシャナが襲っているのを見て倒れていたような気がします」
ノルディークは私の背後でベッドのヘリに腰掛け、私の額、頬、首と撫でるので、くすぐったくなって今度はそちらに寝返りを打った。
「襲ってましたか?」
「えぇ、襲ってましたよ。こんな風に」
ノルディークは私の頬に手を当てると、そのまま身をかがめてチュッと軽く唇に唇を触れ合わせた。
「「ノルディーク!!」」
ベッドから離れた場所で二人の男の非難の声が響き、ノルディークはくすくすと笑いながら唇を離した。
「シャナの初ちっすはこれでいいですね?」
おぉう、どうやら私の夢の初ちっすの再現だったらしい。
確かに宣言しましたね。初ちっすはもじもじチュッと・・
「もじもじありませんでしたよ?」
「では恥じらってください」
もう一度顔が近づき、思わずうへへ~と笑みが浮かんでしまう。
恥じらおうにも喜びの方が増してしまって顏がにやけるわ!
「何をしてるんだ、何をっ」
ノルディークの顔と私の顔の間にトレーが差し込まれ、私はむぅっとトレーを持つシェールを見上げた。
「朝の挨拶を邪魔しないでください」
「どこが朝の挨拶なんだ」
シェールは相変わらずだ。姉様の婚約者と言うのが形だけとわかっていても、我が恋の敵であることには変わりないな。
シェールと共に睨みあっていると、ずっと様子を見ていた謎の男が再び起き上がり、首を回しながら辺りを見回した。その際さらりと零れ落ちる灰色の髪がなんだか色っぽい。
「もう一人の赤毛は?」
言われて部屋を見回すと、いつの間にやら父様はソファに寝かせられ、アルディスの姿がない。
「赤毛のアルさんは?」
この世界では通じないけどちょっと某有名なお話をもじった言い方をして、一人むふっと微笑む。
「あの…方は他の主を呼びに行った」
「あの方??」
俺様誰様なシェールがあの方? それに他の主?
思わずびっくりして彼を凝視すると、シェールはふいっと目を逸らした。
一体奴に何が!?
「シャナ、そういえばどこか体調は悪くないですか? 魔力を分けてしまったのでかなり疲れているはずですが」
ノルディークに尋ねられ、私は首を傾げる。
魔力を分けるって何ぞ?
「覚えてない?」
再度尋ねられたので私はこっくり頷いた。
酒に呑まれても記憶ははっきりしているのがいつものことなのだけれど、どうも覚えてないところに何かあるらしく、それを覚えているかと尋ねられたらやはり覚えていないと答えるしかない。
つまり、わたくし人生初の泥酔をしたということに!?
初体験ににへっと笑ってしまうのは元来面白好きなせいね。何したかはちょっとだけ怖いけど。
「魔狼契約のことは覚えている?」
私はコクリと肯いた。
「それはですねぇ、いずれ私の夫となる人のことですよ。ノルさんはまだ愛人契約中ですね」
狼は現状の能力のまま、命を共にする人のこと。
これは使い魔と似たようなもので、契約した相手の能力がそれ以上にも以下にもなることはない。
しかし、魔狼と言うのは塔の主の魔力を受け、別の力を持つことができる。
つまり!
見た目もやしっ子でも爆発的な一瞬ならば筋肉質な超人になれるという裏技です!
…うわぁ…今、もやしっこな男が瞬間的にボディービルダーになる想像しちゃったよ…。しかもいつか見た記憶の中の魔王みたいなハゲだった。
「何かおかしな解釈をしていそうな感じがするけれど…」
「おぉう、私の心の中は覗いちゃいやんですよ」
いろんな計画がばれてしまいますからね。
「なんとなくわかるからいいよ。それより、シャナはすでに魔狼を選んでしまったよ」
ふむふむ、魔狼を私がね…
・・・・・・・
・・・・
「なんですとっ!? 誰? 私の夫になる人は誰ですか!? ・・・うおえっぷ」
起き上がってノルディークの胸ぐらをつかみ、吐きそうになって背中をさすられた。
二日酔いが治る魔法は無いんですかね…
「そこにいる二人。シェールとローシェン・ハーン」
私はばっと振り返り、再び吐き気がこみ上げて口を押さえた。
目の前にいる二人は対照的だ。
シェールはそっぽを向いて純情少年の様に耳まで赤くし、ローシェン・ハーンなる人物は体を起こして立膝を立て、こちらを見ながらニヤニヤしていた。
ましゃか・・・・
私は吐き気に襲われながら、思わず尋ねた。
「お腹の子はどちらの子ですかー!?」
「「なぜそうなる!?」」
間髪入れずに返されました。
異世界だからつわりも早いのかと思ったよ・・・・。
ちなみに部屋の片隅で再び起き上がった父様が、この時もう一度倒れたことは誰も気づかなかった・・・・。
ハーン「なんでまた腹に子がなんて想像になるんだ?」
シャナ 「10月10日ならぬ10時間10分かと思ったのですよ」
ノルディーク「えらく速いね」
シェール 「お前ならあり得るかもな…」
シャナ 「やはりお腹の子はっっ」
シェール・ハーン「「それは無い」」
シャナ 「微妙に失敬ですね」




