68話 魔狼誕生
シェール視点です。
元々注目を浴びるのはわかっていたが、これほどとは思っていなかった。
王城の大ホールに入るなり、シャナ達は貴族達に取り囲まれた。
それも大貴族と呼ばれるものが中心で、それにつられて多くの下級貴族が挨拶へと向かう。
「大人気ですね」
俺がエスコートする形だけの婚約者であるレオノーラは、たちまち人垣に覆われていくシャナを見て嬉しそうにこりと微笑んだ。
シャナがデビューする前は自分達がああなっていたなとそれこそ数日前のことなのに懐かしくなる。
もっとも、今もレオノーラ狙いの男が変わらずに何人も挨拶にやってきてはいるのだが。
「今年は楽そうだ」
「シャナのおかげでですか?」
レオノーラはクスリと笑う。
「本当のところはお義父様のあの発言でもっと人に囲まれると思っておりましたので」
我が父の思惑はどうか知らないが、当人達は互いにいい虫除けだと思っている婚約。それをリンスター伯はついに形だけと暴露してしまい、その話はすでにレオノーラをひそかに思う数多くの男達に知れ渡ってしまった。
しかし、今のところ突進してくる者はいないようだ。
レオノーラに惚れている本人達はともかく、息子を押す親達は現在注目されるシャナの方へと流れているようだ。
自分達を囲む人間が少ないことにほっと息を吐き、人垣に埋もれていくピンクのドレスを見つめた。
「あれは何ですの?」
ほっとしていたのも束の間、厄介な人物の声に俺は顔をしかめた。
「アデラ様。こんばんは、いい夜ですね」
レオノーラが振り返って挨拶をしてしまうので、仕方なく俺も振り返り挨拶する。
そこにいたのは、毛先がドリルかネジかといった螺旋を描く赤い髪の女性。
アデラ・ノーグ。ノーグ国第二王女。
年は俺やシャナの兄エルネストと同じ24歳だが、いまだに結婚も婚約もしていないと言う貴族の、特に王族にしては奇特な女である。
「まぁまぁいい夜かしらね、それよりレオノーラ。あれは何? いつものあなたのポジションが獲られていてよ?」
「獲られるなんて…。あれは私の妹ですわ」
アデラはほんの少し考え込み、あぁと合点いった様に頷いた。
「昨日変わったパフォーマンスをしたと言う娘ね。それであんなに囲まれてるの? それ程のモノだったのかしら?」
彼女には現在社交デビューするような知り合いや親戚はいないようで、シャナ達の話は人から聞いただけのようである。
たとえその場に居合わせたとしても、彼女が気にするのは年下のパフォーマンスではなく、同い年の男只一人ではあろうが…。
「またあの男がいるわっ」
突然忌々しいものを見つけたっとでも言いたげに眉を跳ね上げ、その目にノルディークを写すなり彼女はそわそわしはじめた。
昔から何かにつけてはノルディークに突っかかっていくのだが、好意なのか悪意なのかいまいち判断しにくい。
何しろ会話が全て小言ばかり、それも照れ隠しなのか悪意故なのか判じにくいのだ。
「ちょっと失礼。挨拶してくるわ」
アデラはいそいそと髪を整え、ドレスの皺を伸ばすと、本日もまた小言を言いにノルディークの元へと向かった。
これだけ見ればノルディークが意中の相手だと思うのだが、やはり声をかけた後は文句ばかり言っている。
ノルディークもよくにこやかに相手をしてやれるものだ。
俺ならきっとすぐ遠ざけるだろう。
そんなことを考えながら人込みを見つめていると、隣でレオノーラが「あら?」と声を上げた。
「ノーラ?」
のんびりしているレオノーラが何かに気を取られたり驚いたりすることは珍しく、気になって何事かと声をかけると、レオノーラがあちこちへと視線を向ける。
「大変…。シャナがいませんわ」
「は?」
言われて俺もシャナのいた辺りを気にすれば、人垣に埋もれるようにしてチラチラと見えていたピンクのドレスが今は見えない。
理由は不明だが、幼い頃からシャナにはなぜか付添と称した護衛が付いている。
ノルディークをはじめ、兄や父親もそうだろう。そして、クリセニア学園の講師であるヘイムダールとディアスもおそらくは護衛とみていい。
その彼等もシャナを見失った?
確認してくると告げ、レオノーラに父親の元へ行くよう促して俺はノルディーク達に近づいた。
「エル、ノル、シャナがいない」
簡潔に告げれば、彼等もはっとしたように辺りを見回す。
「ちょっと、聞いていますのノルディークッ」
赤毛のアデラ王女がきゃんきゃん喚くが、ノルディークは一言
「失礼、とても大切な人がどうやら迷子のようなので迎えに行ってあげないと」
と表面上はにこやかに答え、アデラの喚きをピタリと止めた。
ここで落ち込んだりでもすれば惚れているのだと思うのだが…。
「失礼な男ねっ、覚えてらっしゃいっ」
と怒りだし、彼女は去っていった。
相変わらずよくわからない。
それはともかく、その後の彼等の動きは早く、リアナシアはそれまで談笑していた(シェールにはそう見えた)ルアールの王子クァエンを追い払い、アルディスが従兄弟のルイン王子を使ってその場を解散させ、特に何もなかったような平然とした様子でまずはリンスター伯の元に戻った。
「ちょうどおかしなのを捕まえた所ですよ。我が君」
リアナシアの姿を見たシャナの父、リンスター伯アルバートは、首根っこを掴んでいたこの国の騎士を差し出した。
「お義父様っ、私は我が天使の危機を知らせに」
「お前の父になった覚えはない」
誰だか知らないが、騎士はリンスター伯を義父と呼びながら、シャナが酒を飲んで酔っ払い、厄介な人物に捕まったと告げる。
「誰のことだ?」
経緯はとりあえず飛ばしてリンスター伯が厄介な人物とは誰かと尋ね、返ってきた言葉は、全員を驚かせた。
「砂漠の共和国オージェントの傭兵王ですよ。ローシェン・ハーン本人です」
ローシェン・ハーン。
砂漠の国や民族が集まりできたオージェント共和国で名を馳せる傭兵である。
たった12歳で単身1000の敵を相手にしたとか、腕に覚えのある者が数人でかかってしとめるような魔物を一刀に伏したとかいろいろ噂はあるが、一番彼の名が知られるようになったきっかけは、ノーグ国が仕掛けてきた戦争の最中に城に乗り込み、王の首に剣を突き付けたということだ。
軍を引けと脅された王はその後本当に軍を退かせ、砂漠には手を出さないという契約書にサインをしたのだ。
それについては、よほど怖い思いをしたというものもあれば、ローシェンを手に入れるための取引をしたのだという声もある。
とにかく、彼は名の知れた化け物である。
そんな男の元にシャナがいるかと思うと、ざわりと胸が騒ぎ出す。
「あぁ、捉えました。連れ戻してきますね」
どくどくなる心臓の音をうるさく感じ始めた頃、ノルディークがニコリとも笑わずにそう告げて走り出し、アルディスが続いた。
「私も行こう! 我が君、これは自由に使ってください」
リンスター伯は暴れる騎士をなぜかリアナシアに押し付け、リアナシアはにっこりとほほ笑む。
「まぁ、それでは外にいる厄介な者達を倒す手伝いをしてもらいましょうねぇ」
「いえっ、それは私の仕事とは違っ」
騎士は何やらリアナシアの顔を見てカチンッと固まったようだ。
こちらから顔は見えなかったが、なぜかリンスター伯も青ざめ、俺をちらと見て「共に行くか?」と誘い、俺は思わず頷いて駆けだしていた。
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「「「「シャナ!」」」」
部屋に飛び込むと、目の前に広がっていたのは、襲われる・・・・ではなく、男に襲いかかっているシャナの姿だ。
「うおっふ・・・・」
「うわっ…リンスター伯!?」
突然気絶してしまったリンスター伯に驚いていると、男が「よぉ」と軽く手を上げる。
気安いその態度に腹が立って近づけば、シャナはノルディークとアルディスに捕えられてむふむふ笑っていた。
「魔狼契約してしまうなんて…」
アルディスが呆然と呟くと、シャナがご機嫌にほほ笑みながら首を傾げる。
「アルディスもしますか? 次はぱぱっといきますよ」
「シャナ、主は魔狼契約できないよ」
「んじゃですね~…」
シャナはなぜか俺を見てきらっと目を輝かせると、ノルディークとアルディスの手から逃れ、うへへへ~と笑いながら俺の首にしがみ付いた。
おそらく、ノルディークもアルディスもありえないと思っていたので油断していたのだろう。
シャナが次に放った言葉に、二人とも唖然として言葉も出なかった。
それは…
「シェール・ヘイム・パルティア以下同文」
ものすごくはしょった魔狼契約だった。
がぶりと首筋に歯形をつけられ、血を舐められ、さらに魔力を込められると、おおよそ『魔狼』なるものが知らねばならない塔とその周りの者達の情報が流れ込んでくる。
「「魔狼をもう一人!?」」
驚きたいのは俺も同じだったが、流れ込む知識にしばらく動けなくなった。
同じ状態のローシェンもベッドの上で目を瞑りじっと動かない。
シャナは俺達を見てノルディークとアルディスをベッドに連れ込んではしゃぎ、連れ込まれた二人は俺達の魔狼の記憶と、酔っているらしいシャナが治まるまで共に同じ部屋にとどまることになった。
俺は何とか少し動けるようになると、椅子に座り込み、目を閉じて記憶を整理し始めた。
そうして俺達はいつの間にか眠ってしまい・・・・
翌日
「う…」
シャナによるエロちっすなるモノを喰らい、俺達は朝から気力というものを根こそぎ奪われかけた。
しかも!
これは絶対に!
口が裂けても言えないが!
そのエロちっすは
俺の…
ファーストキスだった・・・・・・・・




