67話 カウントしない!?
お酒が大好きな高木佐奈は昔一度だけ酔って失敗したことがある。
普段お酒に呑まれることのないザルな佐奈だが、体調が悪い時だけは別だった。あの時は、そんな体調不良の中、どうしてものお付き合いで仕方なく飲み、珍しく酔って同僚をお持ち帰りしたのだ。
まぁ、結果を言えば、手は出していなかったので事なきを得たが。
佐奈が酔うような時によく付き合うことが多かった友人曰く
「あんたは酔うと何しでかすかわからないから体調の悪い時は特に飲むな!」
だそうだ。
で、今回も体調が悪かったのかと言えばそうではなく、ただ単にお酒を飲んだことのない体に酒を入れたせいで酔っただけなのだが、酔い方は一緒だったらしい。
今回は男の泊まっているらしい部屋に抵抗なくお持ち帰りされた。その間貪るようなキスは続いている。
(なかなかやりますね~。結構気持ちいいんですけどこれ)
指先がジンジン痺れる感覚に息を荒げながら負けるものかと踏ん張る。
もはや色気は皆無である。
「まだ降参しないか」
熱い吐息を吐く男が私を睨みながら尋ねる。
「負けては女がすたる」
「はっ…勝気な女だ。嫌いじゃないが」
男は再び唇を重ねた後、そのまま私を運んでふわふわのベッドの上に共に倒れこんだ。
上から顔を覗き込まれ、私はぐっと男の胸ぐらを掴むと、そのまま勢いよく転がって上に乗っかった。
「残念ながら~、ここから先は愛人2号が一番ですのでできませんが、お気に召しましたよ。魔狼契約してやろうじゃないですか…むふふ…まろうとやろう…むふっ」
何が楽しいのか、自分の言った言葉に笑いながら男の胸元を肌蹴させると、にんまりとほほ笑む。
なかなかいい筋肉です。少々筋肉量多めですが、まぁ、許容範囲でしょう。
「愛人? …その首のキスマークの男か」
首筋に触れられ、ぐふぐふ笑う私はスッと息を吸い込むと、男の胸にがぶっと歯をたてた。
酔っていたのでかなり遠慮なしにぶつかり、じわりとわずかに血が出ると、男は顔をしかめた。
「これが魔狼契約だと?」
「これはキスマークです!」
「…ただの歯形だろうが…」
「うっさい男ですね~。ちょっと黙っててください」
ぱらぱらと頭の中で魔狼契約の項目を探し出し、それを見つけると、そのままうんっと頷いた。
「これもあながち間違いではなかったですね。では参ります」
胸の歯形からほんの少し滲み出た血を舐めとり、私は古代魔法をすらすらと呟く。おそらく素面であったならば全く言えなかったであろう言葉を紡ぎ、男の両手に手を添えた。
「汝…名前なんだっけ?」
そういえば聞いたような聞いてないような。
「ローシェン・ハーンだ」
「じゃあローシェン・ハーンを我が魔狼とする。以下省略」
「そんな簡単なものなのか?」
「さぁ?」
首を傾げた私はそのままバチィッと魔力を注ぎ込んだ。
「「「「シャナ!!」」」」
全てが終わった瞬間、血相を変えて走ってきた塔の主達は、部屋に入った瞬間にガクリと項垂れ、銀髪の男はそんな男達ににやりと微笑んで手を上げると、「よぉ」とあいさつしたのだった。
____________________
翌朝
ちゅんちゅんと鳥の鳴く声にむむむむぅと唸りながら目を覚ました私は、襲いかかる頭痛にばふっとベッドに突っ伏した。
なぜこんなに頭が痛いのか…というか、なぜパーティーに参加したところから記憶が飛んで朝になっているのだろう。
パーティーどこ行った?
ひょっとしてパーティーは夢で、今日がパーティーの日かと頭を押さえながら体を起こせば、なぜか私の部屋(シャナはそう思っている)のキングサイズのベッドに、ノルディーク、アルディス、見知らぬ人が共寝しており、ついでにベッドの脇の椅子の上でシェールがコクコクと眠りこけていた。
見知らぬ人ってなんだ…。
頭を抱えながら悩む。
えぇと、何が起きた?
ノルディークとアルディスはまぁ愛人1号2号であるし、最近は怒られるからしてないものの、昔はよく共寝していたので良しとする。
問題は隣で眠る大きな男だ。
見目は麗しいし、結構好みでもある。だが、どちらかと言うと野性味が強い。たとえば、夢の人物かもしれないが、カエンをトラと例えるならば、こちらは百獣の王ライオンと言った風情だ。
長い銀髪に整った顔立ち、歳は眠っているのではっきりしないが30代ぐらいだろうか?
誰だっけなぁ…
とりあえず鼻をつまんで起こしてみようかと手を伸ばせば、その直前で腕を掴まれ、男はパチリと目を覚ました。
綺麗なアメジストの瞳が私を捕える。
「もっと情熱的に起こせ。情熱的なのが好きなんだろう?」
ぐんっと腹筋を使って起き上がった男は、私をするりと腕の中に閉じ込め、情熱的なキスで唇を塞いだ。
「・・・・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・! ふぬら!」
ぼすっと硬い腹筋を殴りつければ、ごふっと男は息を詰まらせて離れる。
「なにをするかー!」
私の叫び声にノルディーク達がばっと目を覚まし、いまだ謎の男の腕の中に捕まっている私を三人がかりで引きはがして囲った。
「仲間に対して随分な態度だな」
仲間とな?
首を傾げる私にアルディスがぎりっと歯を鳴らす。
「だまし討ちを仲間と認めるようなおめでたい頭はしてませんよ。シャナ? 昨日の記憶はありますか?」
ノルディークに尋ねられ、再度私は昨日の記憶を掘り起こした。
「パーティーに行きました?」
うんと全員が頷く。
「喧嘩が勃発してぇ…。あ、シャンパンが目の前を通りましたよ」
そうそう、それで庭に出て…
「シャンパンの瓶をラッパ飲みしてクルクル回ってたな」
男が答えると、3人が顔をしかめる。
クルクル…そこはおぼろげに…
痛む頭を押さえながらうんうん唸っていた私は、ふと先程の唇の感触を思い出し、唇に触れて、はっと気が付いた。
「そういえば…」
おぼろげだが、ちっす大会を繰り広げた記憶が残っている。
勝負に勝ったらなんたらかんたらというくだりもぼんやりとだが思い出した。
勝った時の商品は何だったか忘れたけれど。
しかぁし!
思い出したわ!
「私の初ちっす!」
「あぁ…あれは初めてだったのか? えらくうまい・・」
「初ちっすはもじもじチュッと青春の味にする予定だったのです! それを! それをぉぉぉ~!」
ぬあああああっと頭に響く叫び声をあげ、男達がハラハラと見守る中、私はひとしきりベッドの上で悶え、続いてばっと顔を上げた。
「エロちっすはカウントしません!」
「いやいや…あんながっつりしといて…」
「「「エロちっす…」」」
三人の男が唖然と呟くので、私はふんっと鼻息荒くノルディーク、アルディス、ついでにシェールを捕まえ、それぞれにキスしてやりましたとも! がっつりと!
これがエロちっすなのです! と。
「昔からキスだけは負けないのです!」
三人は口を押さえて愕然と項垂れ、私は瞬間のキスでメロメロにしてやった三人を見下ろして胸を張った。
「…またすごい主を持ったもんだ…」
謎の男は呆然と呟いた。
・・・・・ん? ところで主って何のこと?




