62話 天使
痛すぎるセアン視点です。
飛ばし読み可です
天使を見た、と思った。
黒髪に黒い瞳。
この世界では同色の髪と瞳で生まれる子供は総じて魔力が高いと言われている。だから、初めて彼女を目にした一瞬は、この子供魔力が高く、将来要注意人物になるのだろうな、と思ったくらいだったのだ。
しかし、彼女と目が合ったその時、俺の世界は塗り替えられていた。
「潜入?」
第6騎士団と言うのは貴族中心の第1第2騎士団と違い、貴族も平民も荒くれも入り混じった地味で目立たない集団だ。
まぁ、それもそのはず。ここにいる者達は皆、目立つな、騒ぐな、息をひそめよと育てられるいわば暗殺・諜報のスペシャリスト。
目立とうと思えば目立つものばかりなのに、目立たない能力を誇りとする変人の集まり。
そんな集団の一人である俺に、回ってきたのは成人を迎え、社交界デビューするという子供達の監視だ。しかもデビュタントの関係者として潜入せよという謎の言葉つき。
「城内の、特に社交パーティーに関しての護衛等は全て第1騎士の管轄では?」
第6騎士団の面々はパーティーのような狭くて大勢が集まるような場所ではどれほど気配を消しても数人に気配を察知され、顔を見られたりするため、顔見知りのいない他国でしか参加することができない。
自国で参加したことがきっかけで、他国の要人にこの国のスパイだと知られる可能性があるのだ。
だが、今回は特例で参加しろと言う。
「第1騎士団はいつものように要人の安全の確保等の任務に就く。だが、足りんのだ」
「足りないとは?」
上司は言いたいことが言えずに何とも渋い表情を浮かべ、「面倒臭い」とか「これぐらいは」など呟きつつ応える。
「とにかく、今回訳ありの人物が多く集まる。それに、全騎士団の人間が潜入する」
足りないという言葉の意味が分からないまま、次の疑問を口にする。
「は? たかが子供の社交デビューに全騎士団ですか?」
言ってしまってから上司はしまったという顔をしたが、一つ咳払いすると、すぐに開き直った。
「スカウトだスカウト。今回は粒ぞろいでな。どこの騎士団も優秀な奴を狙っておるのだ」
本当は違うのだろうが、半分は本当。そんな感じの理由で上司は優秀な奴を見つけてこいと俺に潜入を押し付けた。
結局、質問はほとんどさせてくれなかったしはぐらかされた。
一体どんな危険生物が潜んでいるというのか…
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不承不承参加することになったパーティーには、やはり同じように理由も不明で参加させられた騎士団の者達がちらほらいた。
気配を消して聞き耳を立てれば、話している内容も参加せられた不平や不満が多い。
「理由は聞いたか?」
「聞いた。けどとにかく行けって。不測の事態にいつでも備えとけってさ。たかが子供のデビューに何を大げさなって感じだよ」
どうやらどこの団も同じらしい。
だが、そうなると一体何を警戒しているのかと思いたくなる。
「そういえばうちの新人がはしゃいでたぞ・・。羨ましいって。あいつはクリセニア学園出身だったが、何でも今回のデビューには目立つ存在が山ほどいて、必ず何かやってくれるって話だった。城が壊れる可能性もあるから気をつけなくてはいけないとも言っていたがどういうことかわかるか?」
第4騎士団の男の言葉に男達は首を傾げる。
ここにいるのは年若い者達ばかりだが、実を言うと、クリセニア学園出身ではないものが多いのだ(クリセニア学園の出身者は責任を逃れるために早々に辞退している者多数と、何かに期待している者少数とで分かれた)。
そして、デビュタントの多くはクリセニア学園出身。貴族の中でも力のある者達ばかり。
「親の権力を笠に着て暴れたい放題とか?」
「そうなったら最悪だな」
「なんだか面倒そうな任務だ」
男達が同時にため息をつくと、ちょうどデビュタントたちが入場してくるのが見えた。
俺は気配を小さくし、気がつかれないよう慎重に移動して近くで子供達を見るが、これと言っておかしなところはない。
ただ、かなり多くの子供達が精霊や魔獣、聖獣と言った使い魔を連れていることには驚いた。
使い魔を呼び出し従わせることができる城の高位の魔道士を集めてもこれほど使い魔を連れている姿を見ることはない。
これが警戒の理由?
驚きながらも観察していると、珍しい黒髪を見つける。
黒髪だけならばまぁルアール国にもちらほらいるが、あれは実は茶色や紺色が重なった黒だ。だが、目の前の少女は純粋な黒だった。
瞳も…
そう思った瞬間、少女と目が合った。
とても小さな少女だ。背が低く、男の中でも低めな自分よりずっと小さい150センチあるかないかの少女は、きょとんとした表情の愛らしい美少女で…
目を奪われた。
いや、目を奪われたなんてものではない。
天使を見たのだ!
「…か…可愛い」
ぽつっと思わずつぶやくと、少女は恥じた様に目を逸らし(シャナはキラキラの視線に耐えられず目を逸らしただけ)王の言葉を聞いた後、軽やかに踊りだす。
その踊りもどこか戦うような雰囲気だったが、必死で愛らしく、噛みついたら離れないような犬を思い起こさせ、気持ちが暖かくなった。
そして、一度は声をかけることに失敗したものの、食事の時間に声をかけることができた。
彼女は素晴らしい料理の考案者なのだそうだ!
「シャ…シャナ・リンスターデス」
恥じらうその姿が腕に閉じ込めたいほど愛らしい!
ぜひ彼女を妻に!
そう思ったら口にしていた
「結婚してください!」
あぁ、なぜ段取りをすべて無視して暴走してしまったのか。
当然のことながら俺はお義父様に蹴り飛ばされ、床に埋められた。
まぁ、お付き合いもその後のあれやこれやも無視してプロポーズしてしまったのだから当然か。
だがしかし…
「負けません!」
すぐに彼女の後を追えば、彼女は優しく微笑み
なんと!
俺に
「召し上がれ」
と、カレーなるモノが乗ったスプーンを差し出し、まるで新妻のごとく「あ~ん」を要求してくれたのだ!
パクリと口に入れたそのカレーは、脳天が痺れるような辛さを持って俺の喉を焼いた。
「カハッ…」
一瞬呼吸が困難となり、声も出なくなったが、その辛さやまさに彼女の愛!
あなたの愛はとても辛いのですね!
結局、その日はダンスも踊れぬほどの辛さに痺れ、一日中唇を腫らすと言う失態を犯したが、必ずやいつかこの愛の辛さを克服してあなたの愛を受け止めて見せよう!
それまでどうか、待っていてください我が天使よ…




