60話 悪寒が走ります
王様の挨拶が終わると、新成人…もとい、社交界デビューを果たしたデビュタント達がまず一曲踊ることになる。
私はアルフレッドと向き合い、心臓がドキンバクンと鳴る中、顔だけは優雅な笑みを浮かべ、差し出された手にそっと手を乗せ、体を密着。
腰に手が回ったところで、うしっと小さく呟いて気合を入れた。いや、腰の密着に喜んだわけじゃないよ? うん、違いますよ?
とりあえず3曲は女性としての踊りを踊らねばならない。
練習中必死で覚えたが、油断すると男性パートを踊りそうになるため、頭の中で何度も何度もステップの順番を繰り返す。
「顔が怖い…」
「今話しかけると踏み抜きますよっ」
「抜くな! 踏んでもいいが踏み抜くな!」
音楽に合わせくるくるくるくる。
気分はオルゴール…て言って今の子わからないのでは!?
昔はオルゴールの中には人形がいて、曲が鳴るとくるくると回ったものなのだよ~。
と余計なことを考えた瞬間ふみっとアルフレッドのつま先をつま先で踏んづけた。
「集中しろよ~」
しゅ、集中集中…。
言い聞かせて踊るものの、こういうのはちょっとでも慣れてくるとついつい他に考え事がいったり周りを見たりしてしまって…。
ふみっ
ふみっ
う~ん…物覚えはいい方なのだけど。
私があまりにも踏むので、アルフレッドはにんまりとほほ笑み、ステップを少し変えてきた。
なぬをぅ~?
変えた、と言っても基本は変わっていない。ただ、足を上げる高さや跳ねる高さが変わったのだ。
ちなみに、それらは私の足を避ける為でもあるが、逆に私の足を踏もうという意図も見えた。
ギラリと共に視線を見合わせると、そこからは無言の戦いである。
顏は優雅にほほ笑み、雰囲気はバッチリ。しかし、目はまさにどちらがどちらを仕留めるかと言う戦いの目で、ステップは軽やかに見えて、その実足元では踏みあいの攻防が始まっていた。
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「まぁ、シャナったら…」
デビュタント達が踊る様子を見守る大人達は、緊張でぎこちない子供達のダンスに微笑みを浮かべている。
ただし、シャナの関係者は少しばかりハラハラしているが。
「まさに武闘だな」
兄エルネストは席に座る妹レオノーラの前に飲み物を置き、自分も席に座って感想を述べた。
「エル、それはダジャレかい?」
ノルディークは苦笑しながら同席し、周りの席に他の者も腰かける。
ちなみにレオノーラの後ろの席にはディアスが座り、その横にはヘイムダール、一番遠くにアルディスが座った。
ノルディークはほんのりと頬を染めるレオノーラを微笑ましげに見た後、エルネストを見る。
思わずオヤジ臭いことを言ってしまったエルネストも、レオノーラ同様顔が赤くなっていた。
(二人ともよく似てるね…)
実はエルネストも照れると可愛いのだと、いつだったかシャナが言っていたことを思い出し、ノルディークはシャナを見やり、その瞬間珍しくびくっとした。
「ノルディーク?」
ノルディークは思わずシャナから目を逸らし、エルネストに不思議がられていた。
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「見ましたか奥さん!」
「見ましたわ!」
私の声にくるくる回りながら答えたのはさすがのシャンティだ。
「兄様がほんのり顔を染めておりました! しかもそれを楽しみおってぇぇ~。独り占めはいかんのですよノルさんっ」
私が嫉妬でギラリと睨み据えると、ちょうどノルディークと目が合い、微笑んでいたノルディークがびくりとして目を逸らした。
「エルネスト様も捨てがたいわねぇ~」
ギラギラ睨みつけていた私は、シャンティの言葉に首を傾げる。
「も? 誰と誰?」
「エルネスト様とシェール様」
ナゼにシェールかね…?
胡乱な目でシャンティを見やると、周りの少女達が少し近づいて声をかける。
「わかるわシャンティ! あの二人は眼福よねぇ」
「そうなの?」
兄様のことは認めるが、シェールまで眼福と言われるとは思っていなかった私は首を傾げて少女達を見回す。
彼女達は一様にコクリと肯いて見せた。
「あのお二人が並ぶ姿は今城で話題なのよぉ。そこにあの美形軍団が並んだら!」
「お前ら鼻血は禁止だぞ」
踊りながら興奮しだす少女達に、アルフレッドが思い切り釘をさす。
だが、少女達はそれでハッと表情を引き締めた。
やはり白いドレスを汚すわけにはいかないからだ。
女たるもの、ドレスの為なら鼻血も止める! である。
「あ~、ところでですね~、あそこに立っているちょっと可愛らしい青年のことを知ってる人いませんか?」
ちらっと視線をやるたびに目がキラッキラッと輝く年下のような顔立ちの可愛らしい青年。私より身長は高いが、この世界の平均男性としてはわずかに低めだ。
私は彼の立つ位置を皆に伝えると、踊りの輪の中にそれが広がり、情報が上がってきた。
「騎士団期待の星?」
「小さい時は見世物小屋にいたのですって」
見世物小屋と言えばサーカスですか。ということはかなり身のこなしが良いということだろうか。
「何やら悪寒が…」
ぷるりと身を震わせる私に、アルフレッドがにやついた笑みで尋ねた。
「いつもみたいにハーレム候補~とか言わないのか? あんな視線を送ってくるんだから即行落とせそうだぞ」
うんと周りの皆も頷き、私は渋い表情になる。
そこは皆様長い付き合いなのだからわかって欲しいものだ。
「獲物がついてくるよりも、獲物を狩る方が好きなのですよ」
そう言えば、周りはすんなり納得して頷いた。
そして、タイムリーに曲が鳴り終わり、2曲目3曲目は周りの客も交えてのダンスだ。
当然周りの保護者や友人、もしくは自分の気に入った子を見つけた者達がデビュタントを誘いに来る。
私はちらりと奴がやってくるのを見て、席に座る男達に視線を送り、塔の関係者の中からアルディスが代表してやってきた。
「どうかしたか?」
スッと差し出す手を取り、私は彼が私を引き寄せる前にビタッとアルディスにへばり付いた。
「なんか変なのがいるのです」
「変…? あぁ、ものすごく残念そうにとぼとぼと帰っていく子供が一人…」
「・・・・あれは卵から出てきたひよこの目ですっ」
私が力説すると、アルディスはたじろぎながらも「そうか」と頷いた。
それの何がいけないんだ? て顔してますがね、アルディスさん。世の中刷り込みで付いてくる子供は自分の子ではないんですよっ。それでも後をくっついてくるのですよっめげずに、懲りずに…。
そして、その刷り込みひよこは、サプライズ第一弾発動のその時にやってきたのだった・・・・。




