58話 お料理教室!
「まぁ、わたくしも協力できるの?」
それは、社交界デビュー三日前の昼、王妃様が告げた言葉だ。
格言・掴むなら、女の力と男の胃袋。
第2王子ルインから、サプライズ社交界デビューの話を母にはそれとなく伝えたい。といった要望があったので、それならば王妃様に協力を願おうということにしたのだ。
女達の、影でこそこそやってます行動はなかなかに侮れないものである。
ということで、わたくしシャナ・リンスターおよびかつての高木佐奈は、何十年かぶりの・・・
「お料理です!」
包丁片手に、料理好きな王妃様の専用の厨房を借り、社交界デビュー二日前の学園のお休み日をまるっと使ってお昼までダンス、お昼から料理といった具合に大忙しと相成りました。
料理の参加者は王妃様、母様、姉様、私、数人の友人と、なんと青のリアナシアおばあ様という豪華なメンバーだ。
男性は入室禁止なので、ノルディーク達は私達を送り届けた後、館に戻って青年達とダンスレッスンを続けているだろう。
「こっそり料理を増やそう計画です。できればこのせ…この国でも食べたことのない料理を作りましょう!」
危うくこの世界と言いそうになり、私は言い直して女性陣を見回した。
全員各々好き勝手なエプロン姿だ。
私と姉様、母様と王妃様はそれぞれ色違いだが以前母様が作ってくれたお揃いのエプロンドレス(メイド風)に身を包み、まるで四姉妹のようである。
「でも、創作料理と言うのはそうすぐにできるものではないでしょう?」
割烹着姿のリアナシアおばあ様は、なぜかしゃりしゃりと大根の桂剥きを始める。
一体その大根をどう料理するつもりなのか。・・・。そしてとっても包丁さばきがうまい・・。
「ふっふっふっ、よくぞ聞いてくださいましたナーシャおばあ様! 見て下さい!」
包丁を台の上に置き、ばばん!と再び取り出したのは一冊のノートである。
こちらはシャナである私が小さい頃に覚えている限りを書きだし、食材を調べてメモしたお料理ノートである。
なんだかんだと一人暮らしも長かった私は、ほとんどの料理がお湯を注いで3分だったとはいえ、ある程度は作れたので、いつか役に立つかもとその記憶をノートに書いて残していたのである。
これならば1から考えなくてもいいはず!
「何故か厨房に入るべからずと言われた私ですが、このように創作料理は完ぺきです。ということで、皆様、その信じられないという目はやめて作ってみましょう!」
皆が幼い頃に書いたきちゃない子供の文字を見下ろし、首を横に振るので、試しに私が一品作ることにした。
作るのは簡単グラタン~!
洋風の世界にいきなり和風な肉じゃがとか作っても受け入れられるかわからなかったので、洋食を選んで手早く…はさすがにこの年まで包丁すら握ったことがなかったために難しく、ぎこちなかったが、包丁を使わないグラタンを四苦八苦しながらも何とか無事完成させた。
実はマカロニから作っておいたのだよ。
完全手作り感の強いグラタンを、召し上がれとテーブルの上に置くと、全員が半信半疑で一つの皿を突いた。
パクリと口に入れ、食べている間に走る緊張感に私はごくりと喉を鳴らす。
「あら…」
「まぁ」
「すごいわシャナ。とてもおいしい。天才ね」
姉様にべた褒めされ、「むひゅひゅひゅひゅっ」と笑み崩れる。
そりゃもう~、どこかの誰かが作った有名な定番料理ですから。
とはいえ、やはり一から作ったことで不安はあったし、何より大した腕ではないのでどうかと思ったが、なんとか受け入れられたようだ。
「おススメはこれとこれと」
私は早速レシピ本を広げ、洋食とお菓子をチョイスする。
この世界に無いものでおいしく、そして大衆向けと言えばこの他にピザ、フライドポテト、カレー(香辛料はあった)、シフォンケーキに揚げドーナツ等・・・
ジャンクっぽい?
ふ…チョイスがジャンクっぽくてお貴族様のパーティには…と思われようが、この世界には無いものなのだから許されるのだよ!
ということで全員が料理に取り掛かる。
ここで手際がいいのは料理好きな王妃様。すちゃちゃちゃちゃっと言う速い動きで次々と作っていく。
手際が悪く、段どりも怪しげなのはシャンティ。料理をしたことがないので怖々と材料を入れるのだが、あまりに慎重すぎて粉がボウルに入り切るまで何分かかるのか…。しかも顔がボウルに近すぎて粉が鼻の頭に積もっている。
我が家の女性陣は母様も姉様も使用人の指導ができるほどの腕前なので心配は無い。
心配なのは自分だ。
グラタンに包丁はいらなかったが、カレーは包丁を使うのだよ・・・。そして、私はこの年まで包丁を握らせてもらったことが…この世界では無い。
緊張しながらも、昔のやり方そのままに包丁を動かして…。
「ぬはぁ!」
「きゃー! シャナ! 怖い! 怖いわよ!」
じゃがいもの皮剥きに力が入りすぎ、子供がやるかのように、なんだか手が切れそうな勢いだ。
そして、それを見たシャンティが悲鳴を上げ、ぎょっとした女性陣が私を見て真っ青になる。
「ふぬぅ!」
「待って! シャナ、それは私がやるわ」
姉様が手を差し伸べるが、私は久しぶりの皮剥きに集中していて気が付かない。
「とりゃあ!」
「「「きゃあああああ~!」」」
女性陣の悲鳴に、バタン!と部屋の扉が開き、部屋の前にいたらしい警備兵が駆け込んでくる。
「廊下まで悲鳴が聞こえたが、一体何の騒ぎですか伯母上…」
「あれ? 母上?」
「ほにょらー!」
「「「きゃああああああああ!!!」」」
ついにシュパンッと芋の皮が厚さ5ミリほど切れ、ついでにぷっすりと私の指に包丁が浅く刺さったため、女性陣がふぅぅっと気を失いかけて男達が慌てて支えた。
「あ~…久しぶりに切りました」
ちょびっと切れた指を見て、ちっさくなった芋を置き、包丁を洗って手も洗う。
水で綺麗に洗ってこれで良しと振り返ると、そこには青ざめた女性陣と、それを支える警備兵、それからなぜか女性陣と共に青ざめる兄様とシェールがいた。
「男性立ち入り禁止ですよっ!」
はっとして告げると、シェールは大きくため息を吐き、告げた。
「お前は刃物握るの禁止!」
この男は何をあほなことを抜かすか、ねぇ母様?と女性陣を見やれば、全員が激しく首を縦に振った。
・・・・ナゼに??
ナーシャ「あら、何かあったの?」
騒がしくなる王妃の厨房で、のんびりとした声が響き、全員がはっと振り返ると、そこには・・・
シャナ「芸術ができてますよナーシャおばあ様~!?」
大根のかつら剥きによる大量のバラが咲いていた…
どれだけ集中してるのですか、おばあ様っっ。




