56話 もうすぐデビューです
食堂に辿り着くと、映画でしか見たことがないような長テーブルにはすでに父様、母様、気品のある老婆で青の塔の主リアナシアが腰かけ、そこに合流した全員が腰掛けて朝ご飯の時間開始である。
最近はアリスのお茶会がずっと頭の中でぐるぐるする朝食風景だ。
連日の動物コスプレのせいだろうけれど・・・。
なぜか製作者である母様は着ていないのだけど、現在全員猫コスプレ状態。
まぁ、使用人以外は耳を付けているだけなのだけど、ちょっと可愛くて笑える。
「おはようシャナ、レオノーラ、皆」
父様の挨拶に皆が「おはよう」と返す。いつもの食卓だ。
「あら、ノーラ、どうかしたの?」
いつもの食卓なのだが、母様が姉様の顔を見てふと首を傾げた。
さすが母様、姉様が微妙に落ち込み気味なのを感じ取ったようです。
「何でも無いわ母様。きっと少し寝不足だったせいです」
「あら、それならこの間のような兎がよかったのでは?」
優雅に朝のお茶を飲んでいたリアナシアが、いつだったかに着たバニーガールの話をぶり返し、男性陣がぶふぅっと水を吹き出す。
きちゃない…
「あらあら、あなた方は何を思い出したのかしら?」
どうやらリアナシアおばー様はその巧みな話術で男達をひっかけたらしい。こういう所は見習わないといかんですな。
男を手玉に取る方法ノートに今の手並みを記録し、私は男性陣を見やる。
リアナシアおばー様に引っ掛けられて皆顔を逸らしているが、耳が赤く染まっている。
ほんとに何を思い出したんでしょうねぇ~?
私はちらちらと白ネコな姉様を見やった。
「確かに目が赤いのなら兎の方が似合ったかもですね。服も白いことですし」
相変わらずノルディークだけは飄飄としていた。
まぁ、ノルディークはリアナシアおばー様と同じくらいおじーちゃんだから、一部枯れてても仕方がないのかもしれない。
なんて思ったら、なぜかノルディークに黒い笑みを向けられた。
「シャナ」
にっこりにこにこしているが、笑みが黒い。というか、背中に黒いオーラしょってるよ…
「何でしょう、ノルさん」
私もにっこりにこにこ。
主従というのは似るものなのかも。
微笑みで躱しきって見せ、ほぅと息をつくと、猫メイドさん達が朝食を並べてくれた。
「では、今日の恵みに感謝を」
父様のあいさつで、全員が食事のあいさつに続き「感謝を」と述べる。日本で言う『いただきます』と同じようなものだ。
本来の貴族はここから無言でご飯を食べるもモノなのだが、我が家では日本風の給食風景の様にワイワイガヤガヤしている。ちなみに使用人達も会話には混じる。
「そう言えば今日はどんな悪人退治をなさったのですかお嬢様?」
使用人達が好きなのはこの話題だ。
毎朝早朝から起き出して私や友人達が、町のパトロールをし、あらゆる悪人退治をしていることは、もともと売られかけていた彼女達には嬉しい話らしい。
一番喜ばれるのは、最後に騎士団に追われる話なのだけど、騎士団に追われる話って、大抵アジトを壊滅させて、町に瓦礫を作っちゃうときだから複雑だ。
中には彼女達がよく知る景観を壊しているときもあるだろうから。
でも、まぁ、起きてしまったことは起きてしまったこととして話すけど。
「で、兄様と、今日はシェールもいたなぁ。すっごくしつこかった」
シェールは騎士団に在籍しているけれど、足を半分突っ込んでるくらいの在籍だ。近いうちに公爵になるのだから騎士として王城に出仕することはできなくなるので、ある程度の行儀見習い程度で終わるだろう。
私達を追いかけてくるときは並みの騎士よりしつこいといういやんな騎士見習いだ…
「専門科は間に合いませんでしたか?」
まるで他人事のように話すのは、現在専門科に在籍しているノルディークだ。
彼は塔の元主である手前、騎士等、国に仕える者にはなれない。しかし、もともと引き籠って研究をしていただけあって、専門科の学生と共に研究をする道を進むことはできるので、日々研究に没頭している。
それだってモノによっては国に貢献しちゃうのだけど、そこは他の学生も混じっての共同研究なので目を瞑ることにしているようだ。
「今日は専門科の人達見なかったなぁ。出てるはずなんだけど」
「近々試験だから取り締まりに専念はしていないのだろう。しばらくは取りこぼしないよう我等も気を付けてやろう」
ディアスはすっかり先生だ。
その言葉にヘイムダールとノルディークも頷く。
「試験と言えば、シャナもある意味試験だな」
父様がぽつりとつぶやき、私はキタ!と感じた。
先ほども廊下で姉様と話したけれど、16歳と言えば社交界デビューの年だ。
ついに…ついに私もおセレブ様の仲間入りみたいなことをするのです!
「あ~、ところで気になっていたんだが…シャナは踊れるのか?」
父様が気まずそうに尋ね、そういえばと全員の視線が私に集まった。
「いやですね、学園でも教わってますし、もちろん…」
走馬灯のように学園でのダンスレッスンが思い起こされる。が、そのどれもが途中で記憶が途切れているのは…
『半分以上見学組で座って寝ておった』
「うわっ、ケルちゃんいたの!?」
どうやらテーブルの下で骨付き肉を齧っていたらしい子犬なケルベロスが椅子によじ上ってちょこっと座り、大あくびをした。
『そういえば踊っているのを見たことないわねぇ~。アルフレッドちゃんやオリンちゃんの足を踏んづけてなぜか逆に怒っているのは見たことあるけれど』
・・・・私の記憶もおおむねそれに尽きた。
「あら、ではシャナは踊りを特訓しなくてはいけないわね」
姉様がにっこりとほほ笑む。
「ね…姉しゃま」
「大丈夫よシャナ。一緒に覚えましょうね」
姉様に微笑みに後光を見出し、うんうんと頷いた私は、実はこの選択はある意味成功で失敗だと知ることになる。
それは、レッスンを始めて数日後の、完璧に踊りを覚えたその時に気が付くことになった…。




