52話 化け物は誰?
「お化けです! あれは真正のオバケいうモノです!」
「わかったからシャナ、落ち着いて!」
ぎゃあぎゃあ喚きつつ、私はノルディークの胸から顔へとよじよじよじ登りしがみ付きました。
現在肩車状態で顔にへばり付いております!
「お化けは駄目なのです!」
空いてる手を使って私を少しだけ離すことに成功できたノルディークは、ぜぇはぁと私よりも息を荒くしながら尋ねた。
「アルは平気だったのに?」
「ある?」
ひょっとしてそこにいる赤い人かしらんと男を見やれば、うっとりするような私好みの顔立ちを歪め、魔法でお化けを叩き落とす彼の姿が。
ここはあえてオバケは視界の外に置きます。
「アルディス・フェン・パルティア。赤の塔の現主です」
ディという発音の名前が多いのはこの世界の特徴だ。ディアス叱り、ノルディーク叱り。
ヘイムダールだけはちょっと変わった国出身らしいので、彼の故郷と比べると名前の発音の仕方も違うのらしいけど。それはともかく…
「パルティア?」
私の住む国の名前がパルティアだ。首都はクリセニア。
パルティアと言えばあの憎きシェールもパルティアの王家の人間だった。
・・・・つまり?
「白馬の王子様です!」
私の白馬の王子様です!
すでに愛人契約、情人契約は結んでありますので、この先存分に眠りの森の美女ができますね。
ぜひ眠る私にちっすをしてもらわねば!
「むふふふふふふ」
妄想で一時お化けのことを忘れてにんまりと笑みを浮かべていると、その声にぎょっとしたようにアルディスの手が離れそうになった。
しかし、そこは妄想に浸っていても離さない根性でぎゅうっと掴みなおしましたよ。
せっかく捕まえたのに放すわけがない!
「まさかと思うが・・・その子供は…あの時の声の主か!?」
なんと、今気が付いたみたいだ。
あまりの鈍さに私はほんの少し目を丸くして彼を見やり、そして再びにんまり微笑んだ。
と、そこで私は気が付いて首を横に振った。
いかんいかん。黒い笑みは封印して、ここは姉様直伝の妖精の微笑みを浮かべ、がっちりと心を掴まねば!
思い直して清楚、可憐を心がけて微笑む。
「そのまさかなのです。あの時約束しましたので、きちんと愛人2号、情人1号のお約束は守っていただきますわ。むふっ」
じっとわたしを見ていたノルディークがぶふっと吹き出し、肩を揺らして笑う。
「何故笑うのですかノルさん」
失礼ですねと尋ねれば、ノルディークは「何でもない」と言いつつ、笑いを堪え続けた。
ちなみにアルディスは今度こそ手を離しそうになっていた。
ナゼに??
姉様直伝の妖精の笑みはやはり姉様でないと難しいということ? 披露するたびに皆の表情が微妙だし、アルディスの様に逃げようとする人がいるのだけど…
いや、まてよ?
「あ、なるほど。皆様私の妖精笑顔に心乱されてまっすぐ見つめていられないのですね。大丈夫です。そこは恥ずかしがらずにもっと見つめていいんですよっ」
カム・オン! とばかりに目を輝かせると、アルディスは「心乱されて…」と呟き、それに続いてノルディークが苦笑しながら「ある意味」と呟いた。
どういう意味でしょうね…?
ちょっと胡乱な目で二人を睨んでいると、彼等が目を逸らした方向に、忘れていた生首お化けが現れた!
「ぎょひゃあああ!」
再びノルディークの顔にべちょっとしがみ付くと、彼はもごもごと尋ねる。
「話を戻しますが、お化けかもしれなかったアルディスは平気でしたよね?」
ノルディークの意味をパニックな頭の中で整理すると、彼は牢に入っていたので一度死んで入れられた。つまり、幽霊となって閉じ込められていたのだから同じモノだろう?という問いのようだ。
しかし!
そこは私の持論ですが答えましょう!
「アルさんには足がありました! ですがあれには足がありません! 足がないものはお化けなのです! 人間ではないのです!」
「その考えで行くとその子は人間なんだな…」
ぼそっとアルディスが呟いたのが聞こえましたよ! 失敬な!
「なるほど。そういうことならあれは化け物ですね。ちなみにもうすぐ結界が噛み砕かれそうです」
はっと振り向けば、確かにノルディークかアルディスの張った結界らしきものに生首が齧りつき、ぴしぴしとヒビが入り始めていた!
余裕に構えてる場合じゃないでしょう!
「暢気にしている場合ではないですよ! 彼等は真っ先にこの愛らしいお肉を狙ってきます!」
「愛らしいかはともかく、ぷにぷにですね」
女性にぷにぷに言うな~!
私はノルディークの額にがぶりと噛みついてやりましたとも。
「いたたたたた!」
「愛情表現です!」
愛憎ともいうかもですが!
「遊んでないで、外に出るぞ!」
どうやらノルディークが余裕だったのは、すぐ頭上に地上の光が見え始めていたからだったらしい。
アルディスの言葉にはっとして頭上を見上げた瞬間、思いっきり体がぐんっと引き上げられた。
すぽぽぽ~んっと私達は沼から飛び出す。
「「「シャナ釣れた~!」」」
日の光が眩しく目を閉じたが、友人達の声が下から聞こえてほっとする。
ん? 下から?
瞼をうっすら開けば、なんと! 私は地上5メートル上空あたりまで飛ばされていた!
「のぉぉぉ~!」
どうやらケルベロスが綱を咥えて引き上げたことで思い切り空高く吹っ飛んだようである。
そして、見下ろす沼からは生首が大量に飛び出し、周りを囲んでいた生徒達が一斉に悲鳴を上げにげだした。
「何を連れてきてるんだお前達は!!」
あ、ディアス発見。と思ったところで、私は重力には逆らえず、ノルディークの結界に守られた状態で地上に落ちた。
べちぃぃぃぃぃん!
ものすごい音を立て、地面とキスすることになった私は、隣にスタッと降り立つ人間の気配を感じ取り、結界が消えて泥だらけになった姿でムクリと起き上がると、恨みがましげに見上げた。
「か弱い幼児を庇わぬとは二人ともひどいでしゅ・・・」
あ、噛んだ。と思ったら、たらんと鼻血が出た。
結界張ってあったけど、少し影響があったようだ。
「ごめんねシャナ、シャナなら大丈夫に思えたんだ」
「…えぇと、セレンが庇わなかったから平気なのかと」
二人とも私をどんな超人間だと思っているのよ!
「私、か弱い6歳児です!」
「一緒に連れてきた化け物より化け物な顔をしているなシャナ」
駆け寄ってきたディアスが私を見て告げ、私は「ふぎゃー!」と叫ぶと、ディアス、ノルディーク、アルディス、ついでに今駆け寄ってきたヘイムダールに無意識で魔法をぶちかまし、4人はガクッと膝をついた。
「な…なんだこれ」
「すみません、うちの主は怒らせてはまずいようなのです」
「巻き込むな!」
「俺が一番巻き込まれた気がするのは気のせい?」
アルディス、ノルディーク、ディアス、ヘイムダールの順で呟き、彼等はびりびりと痺れて暫く立てなかった。
私は、そんな戦力外の4人から離れ、大泣きしながら駆け寄ってくる姉様と兄様の…おもに姉様の胸に飛び込むのだった。
ぐふっ…泣かされても、ちゃんと至福は確保です。
あ、姉様の服に鼻血付けちゃった…。




