51話 彼は白です!
「それはこちらのセリフと言いたいところですが、まあ、あなたがそこにいるのは当然でしょうね」
「どういう意味だ?」
確かこの牢は大罪を犯した罪人が入れられる牢だった。だから彼がここにいるのは当然と言うノルディークの意見はわかるのだけど、彼は俺のしたことは間違ってない!とか思っているのかな?
私はノルディークに降ろしてもらい、ようやく攣りそうな体勢から解放され、一方的に男を睨み据えるノルディークを無視してとことこと鉄(?)格子の前に近づいた。
すると、男もゆっくりとこちらに近づき、ノルディークが警戒して私の間に入り込むが、それだと顔が見えないので、私はノルディークの足の間に顔をずぼっと突っ込んだ。
目の前に立つ見事な赤い髪に青碧の瞳をした男は、スラリと背が高く、おそらくいい感じに筋肉も着いていそうな身体つき。おまけに顔は好みど真ん中!
私の美形レーダーは正常に作動していた~!
「むひゅひゅひゅひゅ」
思わず漏れ出る笑いを堪えていると、男はぎょっとした顔をした後、ずさっと少し離れた。
なぜ皆一度は同じような反応をするのかしらん?
「シャナ…」
頭上から呆れたようなため息交じりの声が聞こえ、私はそのまま顔を上げた。
「はい?」
ほぼ90度上にノルディークの顔があるので些か首が痛い。なんて思っていると、ノルディークが私の脇辺りに手を差し込み、そのままグイッと持ち上げた。
6歳になってまでプランプランさせられるこの虚しさよ・・・・
「降ろしてください」
「ちゃんと、真面目に、話を聞いたらね」
わざわざ区切って言い聞かせるとは失敬な!
ちゃんと、真面目に、ノルディークの足の間に顔を突っ込んで、聞いてましたよ!
これのどこがいけないんですか?。
ぶすぅっと頬を膨らませると、ノルディークはやれやれと私を床に降ろした。
と、ぶすくれてる場合ではありませんね。あまり時間はありません。我が学友達が綱引きを投げ出してしまう前に彼をここから出さねば!
「シャナ・リンスター6歳! お約束通り助けに来ました!」
両手を腰に当て、まだ助けてないけれども、どや顔で胸を逸らして見せると、赤い髪の男は数度忙しなく瞬きをして首を傾げ、再び格子に近づいた。
じっと見降ろされると照れますね。
くふっと笑ってもじもじすると、彼は「まさか・・・?」と呟く。
そのまさかです!
あの時はお互い姿が見えなかったでしたからね、こうして愛人になる相手の顔も確認できなかったですが、今ならわかりますよ。
「ここであったが百年目!」
・・・・あり? 意味が違ったっけ?
確か友人はそう言って一目惚れを暴露して付き合い始めたはずだったけど…
なんにせよ、あの時の約束の相手はこの私! この出会いは運命なのです!
「セレンの新しい使い魔か?」
おぉぃっ ビシッと私は手だけ突っ込む形をとった。
彼は私が約束の相手だと気付いてないようだ。ちょっと鈍いかも?
「違いますよ。どちらかと言えば僕が彼女の使い魔になりますね」
「は?」
うんうん、わからなくて当然ですよ。こんな若くてぴちぴちした将来安泰の美少女が、実は魔力ぶっちぎり、世界だって吹き飛ばせるんじゃないっ? という凶悪…げふんっげふんっ…マジカルチート少女なんて誰も思いませんわな。
ノルディークはその辺りを誤魔化すように、いつもよりちょっとぎこちない笑みを浮かべ、赤い人は全く意味が分からず眉間に皺を寄せて考え込んでいる。
あぁぁぁぁぁぁっ、眉間に皺を寄せるとクセになるんですよ! 私好みの顔にそんな眉間の皺なんて残さないでくださいまし!
シャカシャカシャカと鉄格子をのぼり、器用に片手を伸ばしてぐにぐにと彼の額の皺を伸ばしてみた。
「シャーナ」
私は再びノルディークに持ち上げられ、プランプランの刑だ。
くっ…いつか大きくなってやるからな~!
「シャナ…忘れているようだから聞くけれど、僕と出会った時のことは覚えている?」
再び降ろされ、ノルディークと向き合い、ここで問題ですとばかりに尋ねられたので、私はこっくりと頷いた。
その頃のことを思い出し…
「あの時は道行くおじさんも悩殺のロリコン美少女でした」
即答してみた。
「…何の話かな?」
ノルディークがわずかばかりに冷ややかな黒い笑顔で見つめてくる。
やぁね~、ちょっとした冗談よ(半分以上本気)、そんな怖い顔で見つめなくてもちゃんとあの時のことを覚えてますとも。
「それは大冒険の始まり」
「長くなりそうだね…」
注文が多いですね。
私はため息をつくノルディークを見上げると、仕方なく端折って答えることにした。
「あの時のノルさんは赤い人と戦ってズタボロの死にかけ…ぶっちゃけ一度死んだような状態でした。それをこの私! 天才美少女シャナさんが」
「その戦った相手だよ」
おもいっきし私の話をぶった切りましたね…。重要なのは戦った部分だけですか!
ほんの少しすねた表情で私は応えた。
「わかってますよ。それが?」
「警戒してくださいと言っているんです」
それは…彼を手に入れよという私の心に背けと申すのですかー!?
「この美形にですか! このっ…造作が見事に私の好みのこの美形を!?」
私は力説する。
美形に悪い奴はいない・・なんていう気はないですが、彼は私の中で白です!
だって、この齧り付きたい色男振りは神様が私に彼を助けろと言っているようなものですよ!? まさに恋愛フラグですよ!? これを疑えと!
「個人的感情は別にしてくださいね」
くぎを刺されました・・・
しょぼんと気落ちした私はウルウルとした目で赤い髪の人を見上げます。
赤い見事な髪、青碧の瞳は美しく吸い込まれそうで、その腕に抱かれたならば至福であろう筋肉付きの理想的な腕…
「とにかく、彼は一国を滅ぼし、シャナの国をも巻き込んだ大罪人だ。シャナの望むようにここから出すことはできないよ」
私がさらにしょぼーんと沈みかけたその時
「何の話だ!?」
男が格子をぐっと掴み、少々怖い表情で話に食いついてきた。
そんな怖い表情もなかなかイイ・・・。
腕がくいくい来ちゃいますね。
ん? 腕がくいくい?
腕が引っ張られる感じがして私はずっと握っていて忘れていた綱の存在を思い出した。
どうやら地上で痺れを切らした学友達が引っ張っているようだ!
「ノルさん! 皆が痺れを切らしました!」
急いで合図をしないと引き上げてもらえず、綱をたどったら綱の先が落ちてきたとかいう恐ろしい事態になりかねません!
「じゃあ帰りましょうね。彼のことは諦めて」
ノルディークはこれ幸いとばかりに私をひょいと抱き上げ、踵を返す。すると、格子に捕まっていた彼が辛そうな表情で叫んだ。
「セレン! 俺のことは放っておいても、あいつを、俺の使い魔のソフィアを止めてくれ! あいつが俺をここに閉じ込め、人を滅ぼす宣言をした! 狂いだしたあいつを頼むっ」
その表情に嘘偽りは感じられず、私はノルディークの顔を見つめる。
ノルディークは、唖然とした表情で立ち止まった。
「まさか…? あの時のあれは…彼女?」
・・・よくわかりませんが、たぶん赤い人は悪い人ではないような気がします。
となれば、やることは一つ。
私は手にしている綱をノルディークに預け、ぴょーいと彼の腕から飛び降りて再び格子に憑りつき、ありったけの魔力を込めた。
「シャナ! それは鉄でできているわけではありません! 普通の人間が壊せるはず」
無理というのは人間の思い込みでできている物ですよ。前世の私なら何事も無理無理、やってられな~いとなげましたが、今世の私は一味違うのです! これっくらいチョロいのです!
チートですから!
「ふんにょれば~!」
気合を込め、映画でよくある怪力の男が鉄格子を曲げて脱獄するシーンを思い浮かべて魔力を解き放った。
バキバキバキ~!
なせば成るのです。
ふぅと額の汗をぬぐう仕草をし、私は、曲げるでなく破壊した鉄格子を見て頷くと、すぐに唖然茫然の表情をしている赤い人の手を取り、同じく唖然茫然しているノルディークの元へと駆け寄る。
「さぁ! 脱出ですよ!」
私は綱を3回引き、ノルディークの体にぐんっと力が入るのを見て慌ててノルディークの手を掴もうとすると、はっとしたノルディークの胸に抱え込まれた。
積極的ね~。なんてむふむふ喜んでいたが・・・
オォォォォォォォォ~
何やら遠くから響く不気味な声。
「言い忘れてましたが、ここは牢屋。たとえ無実の罪で閉じ込められていたのだとしても、一度捕えた者を脱走させるような甘い門番はいません。彼等は追ってきますよ」
私が手を握る赤い人の手にも力が籠められ、緊張感が漂う。
そして、ノルディークの肩越しに見えたのは、透き通る白い…
「そういうことは先に言って欲しいのです!」
「言う前に壊してしまったでしょうっ」
ごもっとも…
そして、私の目の前に迫ったのは透き通る白い人間の・・・
オオォォォォォ~
「ぎゃあああああああ~!」
真っ暗な闇の中に私の声が響き渡る。
目の前に迫ったのは、透き通る白い人間の生首だった!
お化け怖い・・・・。




