44話 誰かいた
ケルベロスってこんな大きいんだねぇ…
首がいたくなるほどの大きさ、それこそ日本の二階建てぐらいの家一軒分はあるんじゃないかというわんこを見上げ、私はふと思う。
何故ドラゴンじゃなくてケルベロスになったのか…それはきっと中心に足を踏み入れる瞬間にペットが欲しいと思ったからだと思う。
というわけで、この家一軒分はありそうな巨大なケルベロスは、私のペットになるべく呼び声に応えたとして、捕獲決定なのだ。
捕獲方法なのだけど…お手とか、お座りとか…やっぱり基本的服従ポーズとしては伏せよね…。
何からやらせるかとわくわくしていると、ケルベロスは唸りつつ私の体を鼻で突いた。
そこはさすがに体格差が違い過ぎて、私は後ろにぼちょっと座り込む。
お尻まで底なし沼にハマったわ!
というか、底なし沼だった! 忘れてた! 沈む!
気が付けば、ゆっくりではあるが沈んでいるので、急いでケルベロスを捕獲することにする。
こういうイベントはさっさと終わらせてしまえば通常世界に戻るモノ!
だから、慌てず騒がずハンティング!
さっそく私は手を前に差し出して叫んだ。
「お手!」
『ぐぬぅ…貴様、私を馬鹿にしておるのか、そのような犬の真似事など』
「まぁ、お手はいいや。躾の意味はないって友達も言ってたし。じゃあ…おすわりー!」
『誰がするか!…ぬお!』
今度は思い切り睨み、気合を込めて叫んでみた。
すると、魔力が働いたのか、ぐぐぐぐっと何かに抵抗するかのようなそぶりを見せつつ、ケルベロスはべちょんっと沼の上にお尻をついた。
ふふん、自分が魔力を使ったのかどうかはよくわからなかったけど、チートに勝てると思うなよ。
にやりと笑っていると、巨大な犬が沼にお尻を付けたことで水しぶきが上がり、思い切り自分にかかった…。
逃げられないって不便ねー。そして沈みそうだ…。
すでに腰は底なし沼にはまり込んでいて動けないが、冷静になれーと自分に言い聞かせ、勝負をかける。
「伏せをさせられたらケルちゃんは僕ね」
『だ、誰がケルちゃんかっ』
ケルベロスなんだからケルちゃんでしょう(安直)。
ケルベロスは3つの首にそれぞれ個性がありそうなのだが、今は真ん中の首が話すだけで、他の二つは興味津々にこちらを観察している。
どんな性格か知りたいから話してほしい所だけど…
あ、そういえば、3つとも個性があるってことは、人型になれたとしたらどうなるのかな…?
さすがに3つ首がある人間は、たとえ美形だったとしても嫌だ。
「ねぇケルちゃん。人間の姿に変化できる?」
『ケル呼ぶな! そんな下等な種族にこの我が変化するはずな・・」
「変・化・できる?」
黙って答えろやーとばかりに再度凄みをきかせて尋ねると、『できます』と素直な返事が返ってきた。
うんうん、素直が一番。
人に変化できる、となれば俄然やる気が出てくる。
「じゃあ後で見せてね。ではでは、さっそく伏せタイム」
『人の話を聞かんか~!』
やぁねぇ、ケルベロスって言ったらわんこだし、人じゃないし。
ということで
「問答無用! 伏せ~!」
ぶんっと両手を頭上から胸の前まで勢いよく振り下ろす。腰からは沈んでいるので少々踏ん張りがきかないが、それでも強く念じつつ、伏せをしろという合図で振り下ろした。
今回はお座りの時とは違い、胸の中に何か強くもやっとしたものが浮かんでくる。
ケルベロスを見れば、四肢を踏ん張り、小刻みに震えながらも伏せのポーズは取るまいと頑張っているようだ。
つまり、このもやもやはケルベロスの抵抗ってことなのかな?
「しかぁし! 初もっふりペットの為ならばどこから出てるのかよくわからない魔力だって大放出! 制御はたぶん誰かがしてくれる…ハズ!」
暴走しないようノルディークを含む4人の塔の主に封印をかけられているので、たぶん大丈夫だろう。
封印の隙間を縫って大きめの魔力を絞り出し、言葉に載せた。
「伏せ~!」
『なんてめちゃくちゃな魔力!』
『せめてコントロールぐらいしろー!』
『いやぁんっ、もう耐えられなーいっ』
お…ついにケルベロスの他の首もしゃべった!
でも…今、おねぇがいなかった…?
疑問に思ったが、ケルベロスが遂にべちゃんっと伏せをしたところで、底なし沼の水がざぱーんっと襲いかかり、私は思い切り水の中に沈んだ。
勝ったからね! 絶対今のは狩った(!?)からね!
「ぐぼぼぼっぼぼっぼがぼぼ~(ケルちゃんはペット決定~)」
意地でも主張した。
でも皆様、水の中で溺れかけの6歳児がなけなしの酸素を主張のために使うのは危険だと思うのです。
私はごぼっと息を吐き出し、そのまま底なし沼の水のなかへと沈んでいく…。
ぢぬ~!
わたわたと空気を求めて手足をかくが、なぜか私を飲み込んだ水の奔流は止まらず、私は流され、そして…
『誰かここを開けてくれ!』
声を聴いた。
・・・・絶対美形だ。美形の臭いがする。
美形ハーレムレーダーが激しく反応し、私は声のする方へと手を伸ばした。
『誰かいるのか!?』
しかし、手は何か壁のようなものに当たり、辺りは相変わらず真っ暗で何も見えない。
この壁の向こうに私の愛を待つ美形がいるはずなのに~!見えぬ~!
「ごぼぼぼぼ…(オボエテロ…)」
チンピラの捨て台詞のような言葉で無意味に空気を失い、私は壁の向こうの美形を見ることなく気を失った。
くっそぅ~! 必ず戻るからオボエテロ~!
最後の思考もやはりチンピラの捨て台詞だった・・・・。




