40話 襲撃
さてさて、歓迎式典も無事(?)終わりをつげ、ひとまず本日の学校は終了。
姉様兄様を捕まえたら、ディアスとヘイムダールと共に帰るノルディークを残して乗合馬車に乗り込み、お家へと帰宅だ。
「まぁ、ではあのドラゴンはシャナが生み出したのね」
「そうなのです。幻想生物と言えばドラゴンなのです」
ここでも話題はドラゴン。
目の前でその変化を見ていた私の友人やディアス、ノルディーク、ヘイムダールはともかくとして、他の少し離れたところにいた年長さん達はあの大騒ぎの後の昼食会で、あのドラゴンを誰が作り出したのかという議論をしていたらしい。
「確かあれは出会ったことのあるものを生み出す魔法だろう? 先生達がそう説明していたし。いつドラゴンになんか会ったんだ?」
だから…ゲームの中です…。
と説明をしたところで誰にも通じないのはもうすでに経験済み。ここはさらっと嘘をつくことにした。
「夢の中で会いました。とっても素敵な」
夢見心地でうっとりと人化するドラゴンを想像して瞼を閉じれば、浮かんでくるのは人化した…
「ムキムキマッチョ…」
くっ…なんて存在感の強い元魔王!
私の神聖なる妄想すらも突き破って現れるとは…さすが魔王というべきかっ。
「ムキムキマッチョなの?」
「素敵なムキムキマッチョってよくわからん・・・」
姉様と兄様が想像に苦しみうんうん唸った。
あぁ…ドラゴンが可笑しな想像で汚されていく…。て、まぁ、原因は私、というか魔王なんだけどね。
おかしな想像で馬車の中に奇妙な空気が漂い始めた頃、がたんっと大きく馬車が揺れ、突然ピタリと馬車が止まった。
馬車の中には私達兄弟と、2・3人の子供達が乗っている。皆同じ方向に帰る貴族の子供で、何があったかときょろきょろしている。
「車輪が外れたかな?」
兄様がいたって落ち着いた様子で呟いた。
我が家は元々貧乏家族。今は領地の経営をノルディークだけでなく、ディアスにも手伝ってもらって軌道に乗ったが、二人に会う前はカツカツ生活で、移動の馬車は中古。車輪が外れるのは日常茶飯事だったので、突然揺れたり止まったりにざわついたりしないのだ。
「手がいるかもしれないから手伝ってくるよ」
そういうと、兄様はすぐ傍に座っていた少年を促し、二人で外へと出ていった。
残されたのは脅えた様子の少女と、何にも動じないでひたすら本に目を落とすおかっぱ頭の美少女だ。
「あの…何が起きたの?」
脅えた少女がちらりと目が合った私を見て声をかけてきたので、答えることにする。
「馬車の車輪がはずれたかもしれないのです。よくあることなので誰か大人の人を呼んで付け直せばまた走りますよ」
問題がないということを伝えれば、あからさまにほっと息を吐く少女。
しかし、ほっとしたのも束の間、次の瞬間馬車は再び大きく揺れた。
ガタン!
ついでに私はぼてっと椅子から滑り落ちてお尻を打った!
「おぉう…」
「まぁシャナ、ちゃんと座っていないと」
いやいや姉様、ちゃんと座っていようが何だろうが今の揺れはおかしかったよ?
「馬車の車輪を直すなら馬車は持ちあがるでしょう姉様。でも、今の」
横から強く当てられた揺れだった――――
その言葉は、パタンっとやけに響く本の音に遮られ、私達は先程までずっと本を読んでいたおかっぱ頭の美少女に視線を集めた。
「外で貴方達のお兄さんが戦ってるわ。敵の数は10人、その内3人がプロね」
「にゃんですと!」
私は慌てて馬車の御者席側の小窓に取り付いて開き、そこから見えた景色にぽかんと口を開けた。
兄様が剣を振るっているではありませんか!
しかも、しかもだ、10人も敵がいるのに、一緒に馬車から出て行った貴族の子を助けつつ立ち回っている!
つまり!
「兄様強ーい!」
歓声をあげれば、はっとした兄様がこちらを見た後、別の方向へ視線を向け、またこちらを見て叫ぶ。
「窓を閉めろシャナ!」
咄嗟に従ったのは野生の本能か。
バタンっと閉めた小窓から、バキリと音を立てて矢が突き抜けてきた。
あと一歩遅かったら私串刺しでしたよ!?
驚きでドキドキする胸を押さえ、そそそっと席に戻ると、ホントはやっちゃいけないのだけれど、自分の中の魔力を練り始める。
ちなみに、ほんの少しならば魔力コントロールの仕方も教わり始めているのでひどい暴走にはならない…はず。
それに、この魔力でノルディーク達が気が付くはずだ。
「…敵が増えるわ」
またもやおかっぱ美少女が静かな声で呟き、彼女は馬車のドアを突然大きく開いた。
何事かと見れば、ドアの向こうで扉が開かれたことに目を見開く兄様と目が合った。兄様はぎょっと目を剥いたが、すぐにその入り口から、共に連れて行った子供を蹴りいれる。
「うわぁ!」
転がり込んできた子供は腕に矢傷を負っており、流れる血の臭いで馬車の中は鉄錆クサくなる。
「扉を閉めとけ!」
兄様が再び叫んで走り出し、私が飛び出すよりも前に美少女があっさりと扉を閉めた。
応援に…出そびれた。
今戦力になれるのは私しかいなーい!と気合を入れた所だったのに、美少女はそれを遮るように扉を閉めて私を一瞬睨みましたよ!?
「ケガ」
美少女が少年の腕を指し示すと、姉様がはっとして癒しの魔法を使う。
ひょっとして、姉様が癒しの魔法が使えるのを知ってる…?
実は、ママン譲りのこの魔法、使える人間はそう多くない為、学校の授業では教えていないのだ。だから、姉様が使えることを知っているのは一握りの人間だけなのだが。
じっと見つめれば、美少女は姉様の癒しをやはり驚くことなくちらと確認した後、荷物の中からすらりと剣を取り出し、それを手にして私を見る。
「私が出たらすぐに扉を閉めて」
「うえあっ?」
驚いてまともな返事をする間もなく彼女は飛び出し、私は言われるままに扉を閉めたところではっとした…
私…初めて助けを待つお姫様になっている!
状況にのまれてぼんやりしていた自分に驚き、私は馬車の扉の取っ手に再び手をかけた。
私は唯一の大人! ぼんやりしてないで率先して子供達を守らねば!
ばん!
勢いよく扉を開いた私は、思い切り床を蹴りつけ…
「出ちゃだめですよシャナ」
ノルディークの声と共にパタンと閉まった扉に…
「ぐほぅっ!」
・・・・
思い切り顔を打ち付けて鼻血を拭きだし、悶絶するのだった…。




