27話 嵐の前の…日常
閑話的な日常のお話です。飛ばしても大丈夫です。
それは幼等科にも慣れ、ちょっと大人びた子供達…だった幼等科の同級生が、完全な悪ガキに変貌した頃。
「雨上がりじゃどろんこで遊べないにぇ~」
「泥団子でおままごとしましょ」
子供達が銘々望む遊びを口にして、お兄ちゃん先生をハラハラさせる。
最近なぜか私をチラチラ見るので、お兄ちゃん先生の中でブラックリストに載っているかもしれないなぁ、私。
こんな幼いのにブラックリストだなんて…不良ねっ。
むふっと笑みを浮かべ、泥だらけのグラウンドを見る。
「しょ~いえば、しょりがありまちたね」
雪遊び用のソリを使えば泥だらけのグラウンドでも遊べるカモ。なんてチラと考える。
やるか? ときらりと目を輝かせると、お兄ちゃん先生が止めるより先に悪ガキ一号が我先にと外へ飛び出していった。
それに続いて皆が飛び出し、「あぁぁ~」と嘆くお兄ちゃん先生の肩をポンと叩いて慰めつつ、私も外に出た。
「じゅんちょーじゅんちょー」
私の同級生達は他の子供達に比べてなかなかに体力が付いている。町の子供達とだって取っ組み合いしても負けぬくらいだろう。
うんうん頷いていたら、私の前を子供達大勢で引っ張るソリが通過し、ばしゃりと跳ねた泥に襲われた。
「にゃんと!」
制服泥だらけ…
ソリを引く子供も、ソリに乗っている子供も転ぶし滑るしで泥だらけ。しかし、こういうことは楽しくて仕方ないらしく、子供達は大喜びだ。
こうなると…
「きゃ~!」
騒がしさに飛び出してきた園長先生が悲鳴を上げ、子供達が真似して両頬を押さえて叫んだ。
「「「きゃ~!」」」
悲鳴返しは最近の流行である。
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「ただいまでしゅ~っ」
泥だらけにより幼等科は本日早目の閉鎖となった。
手足の泥は洗われたけれど、服の泥は洗えないので、送迎馬車内では全員椅子に泥を付けないように地べたに座ったのがいい思い出になったろう。
たくましく育つのだ、貴族の子。
「あら、早かったわね、シャナ。今日は…きゃああ~!」
屋敷の中から駆けてきたママンが私を見て叫び、反射的に私も頬を押さえて叫ぶ。
「きゃ~!」
あ…ついつい園で流行の悲鳴返しをしてしまったよ。
「何事だ!?」
階段を転げ落ちる勢いでパパンが現れ、私を見るなり目を丸くする。
「泥だらけ! シャナ! 喧嘩でもしたのか!?」
「喧嘩はしてましぇんよ。グラウンドがぐちゃぐちゃだったのでしゅ。本日はソリあしょびでした」
パパンは私をなんだと思っているのだろう? これでも大人ですよ私はっ。
子供相手に喧嘩なんてしません。
つ~んっとした態度で答えると、パパンは戸惑ったように尋ねる。
「そ…ソリ? 泥だらけでソリ?」
パパンは目を丸くし、ママンはタオルッとと叫びながら部屋へと走っていく。
私はと言えば、お家を汚さないように玄関で待機。泥汚れは落ちにくいから気を付けないとね。
ノルディークがいれば洗浄魔法で一発だけれど、いないので待つしかない。
私はと言えば、私が現在習っているのは魔法の基礎の基礎で、まだ実践はしていないので魔法は禁止なままなのだ。ツラいわ…
そうこうしているとママンがタオルを持ってきて服に付いた泥をぬぐってくれる。
ある程度汚れが取れたらお風呂に入らないと、と思っていると、部屋の外に馬車が一台停まった。
「あ、姉しゃまのお帰りでしゅね」
初等科は今日試験だとかで早いらしく、馬車の扉が開くと、姉様…より先に少年達がばらばらと降りてきて、そのうち一人がさっと手を差し出して構えた。
何事?
パパンもきょとんとして様子を窺っていると、馬車の中からおずおずと手を伸ばして差し出された手に手を乗せたのは姉様だ。
まぁ、そこまではいいでしょう、目が見えないんだから補助は必要だと思うわけだ。
しかぁし! 次の瞬間、馬車を降りた姉様の手の甲にぶちゅっと口付けやがりましたよ少年は!
「「ぎゃあああああ~!」」
パパンと私の悲鳴が同時に上がり、今度は驚いたママンが駆けつける事態となった…
お、おそるべし貴族…恐るべし初等科。
いつの間にやら姉様に虫が付いていた! それも複数匹!
「にーしゃまとノルしゃんと、ついでにディアシュしゃんは何してるでしゅかー! 頼りにならん男達でしゅ!」
私はここにいない男達に憤慨したのだった。
これは…数日後に起きるとある事件の前の平和な一コマである…。




