24話 爆弾投下!
新居に入るなり連れて行かれたのは応接間。
様式の古い家だが、上下水道や水洗トイレなどはきちんと職人さんの手によって現代風に作り替えられている。そのあたりの差配は知らないうちにノルディークがしていたらしい。
あとは、ほかの貴族に目をつけられたり余計な横槍を入れられないために屋敷の見た目をオンボロのままにしていたのだそうだ。
知らない間にいろいろやってたのね、と感心している場合ではない。
青の間とも呼ばれるこの部屋は、品の良い青色をふんだんに使っており、屋敷のパーティースペースともなるボールルームと共に、この館を青の館と呼称されるに至る要因に相応しい荘厳さを持っていた。
いつもなら駆けまわってその美しい部屋を堪能し、高級そうな模様の入った青い地張りのソファにどっしり腰掛けてゴッドファーザー気分に浸るであろう私だが、現在はそこにきゅっと縮こまって座っていた。
ちなみにメンバーは塔の関係者のみ。ママンや、兄様姉様は荷物を降ろしたりと家のことを片づけている最中だ。
「なるほど、黒からの召集の手紙をシャナに渡したということですか」
ノルディークの使い魔であるクラウが、皆に全て話し終え、背の高い体をきゅっ縮めて項垂れた。
「間違いないですかディアス」
「召集の手紙を出したのは間違いない。だが、なぜおまえの使い魔がそこの小娘に手紙を渡すのだ」
むすっとした表情でディアスという名前らしい男が睨みつけるので、そこは睨み返しておく。
売られた喧嘩は買いますともよ。怖いのはパパンとママンのお説教だけですからね。
「そういうことなら仕方ないですね」
ノルディークがふぅとため息をつき、様子をじっとうかがっていたパパンも小さく息を吐いて頷いた。
一気に空気が軽くなり、おとがめ無しな雰囲気にほっとして、近づいてくるノルディークに手を伸ばせば、そのまま抱っこされる。
「人の話を聞いているのか白よ。私はおかしな手紙を受け取ったのだぞ塔の主としてありえぬ返事だ」
「ちなみに内容は?」
そういえばあの時なんて書いただろう。確か、なんとか女子校から逃れねばと思って焦っていたから、一言さらっと書きなぐった記憶はある。けど、内容は思い出せないなぁ。
うむむむむ~っと唸りながら眉根を寄せて首をひねっていると、ディアスとクラウが同時に応える。
「「『今人生の瀬戸際なので行けません』」」
「あ、そんなこと書いたかもでしゅ」
ディアスにぎらんっと睨まれてぎらんっと睨み返してみる。
「なぜ睨み返すんだその小娘は…。それより、かもではなく書いたんだ。塔の手紙を他人に渡すなどありえぬ行為だぞ白の。幸いその子供は幼いゆえにそのうち忘れてくれそうではあるが…」
ぶつぶつつぶやくディアスに、ノルディークは苦笑いを浮かべる。
そういえばまだ塔の人々に私のこと言ってないのではないかと、ここでようやく新事実に気が付き、私はノルディークの白い髪をつんつん引っ張った。
「ごあいさつしましゅよ」
「そうですね、招集がかかっていたというのならば遅かれ早かれ伝えねばなりませんでしたし」
にっこり微笑みあう私達に、ディアスが首を傾げる。
堅物そうな男の見せるその何げない仕草。ちょっとときめくわ…。
むふっと笑ったところで、ノルディークが告げる。
「ディアス、彼女は」
そこはちゃんと自分で言わねばなりません。ぺちぺちとノルディークの肩を叩いて止める。
何しろ淑女ですからね。パパンも見ていることだし、張り切って自己紹介して褒められますよ~っ。
「シャナ・リンスター、3しゃい。ノルしゃんの主で愛人でしゅ」
わずかに沈黙が流れ、パパンがあんぐりと口を開けている。
何かまずいことを言ったろうか? 首を傾げて反応を待つと、ディアスが眉間に皺を寄せてノルディークに聞き直した。
「この小娘がなんだと?」
ノルディークはにっこり微笑んで答え直した。
「僕は彼女の愛人1号ですよ」
ナイス答えですノルディーク。さすがは愛人1号、わかってる。
キャッキャとはしゃいでついでにちゅうっとほっぺに吸い付くと、「あぁ!」という悲鳴がパパンから上がり、ものすごい勢いでノルディークの腕から引きはがされた。
うほぅっ、何事?
脇の下を持たれ、ぷらんぷらんと足をぷらつかせながら、私は首だけ後ろに回してパパンを見やった。
「パパン?」
「シャナはまだまだ子供だから、愛人なんて必要ないっ! いいね!」
目をわずかに潤ませて真剣に訴えるパパンがいた。
これは嫉妬? 嫉妬ね!
きらーんと目を輝かせて体を捻り、パパンにがしぃっとしがみ付き、顔をぐりぐりとその厚い胸板に擦りつける。
「大丈夫でしゅよっ、まだまだお嫁には行きましぇんからっ」
「…何の遊びだそれは」
ディアスから突っ込みが入りました!
意外や意外、この方実は突っ込み体質かしらと再びディアスを見やり、呆れたような表情の彼に、「この親子愛がわからんとはけしからん!」とむっとしたものの、次の瞬間にいいことを思いついてむふりと笑みを浮かべた。
「お手紙でしゅけどね。あれは間違い無くちろの塔のありゅじの返事でしゅよ」
ディアスが呆れたような様子で私を見た後、ノルディークに視線を移すと、彼はコクリと肯いてにこにこ微笑む。
「えぇ、間違いないですよ」
そう言われれば信じるしかないのか、ディアスはさらに眉根を寄せて眉間に皺を作る。
「いつからお前はあんな可笑しな返事をするようになった」
睨まれたノルディークは首を傾げる。
「残念ですが私は塔の主ではありませんよ」
わかっていてとぼけた様子がなかなかの策士ですなノルディーク。
どうやら彼もこの爆弾投下カウントダウンを楽しんでいるようだ。
「は? 意味が…」
「塔の主はもう私ではありませんと言いました」
ますます混乱するディアスに、私はむふりと笑みを浮かべて爆弾を投下した。
「塔の主はこのわたち。チャナ・リンスターでしゅ」
ぬあっ! ここにきて名前を噛んだ!
…しかし、爆弾投下は成功したらしい。
チラリと様子を窺えば、ディアスはしばらく私の言葉を反芻した後、無言のままに私とノルディークを交互に指差し、うんうん頷く私達を確認して、ぽつりと一言つぶやいた。
「随分長い夢を見てるな…私も」
そう来たかっ!




