14話 彼は一号でしゅ
「おまたせ。途中で母様が帰ってきたからちゃんとした食事を用意できたよ」
扉を開けつつ声をかけた兄様は、扉を開いて私とノルディークを見るなりピタリと固まってしまった。
兄様純情ですから、これは目に毒だったかなぁ?
というのも、今現在の私は、皆の気配を感じ取って美少年に戻ったノルディークの肌蹴た胸の上だったのだ。
「エル、止まらないで早く入れ」
シェールが兄様を押し、中に入って同じ光景を見て目を丸くする。
やはりお子様達には目に毒だったかも。
でも、実は動けないんだな、これが。
先ほど戦場に残念スピーチを送った後、一気に貧血を起こし、今はこうしてノルディークにぺったりくっついて癒してもらっているのだ。
それもこれも、私が賢く強いものだから危険かもしれないなんて考えたノルディークが悪いのだ。うん、私が悪いわけじゃないと思うよ? いや…彼を惑わす罪な女(意味が違うっっ)の私が悪いのかも?
「むっふ~でしゅ」
だ・か・ら・これは不可抗力なのであって、決して私の願望のがかなったとか、ゴリ押ししてこの方法をとったとか、そういうことじゃないのだよ? うん。
部屋の異様な雰囲気に首を傾げつつ、食事を用意する目の悪い姉様がかちゃりと食器の音を立てると、シェールははっとしてつかつかと大股で歩み寄り、私の襟首を掴んで引きはがした。
「破廉恥だ!」
どこのおっさん?! いまどき破廉恥って…破廉恥って…死語じゃないのですかねぇ? それとも、この世界でならありなのかな。
どちらにせよ、貧血再び。
「にゅはあぁ~」
ぐたーっとなった私に、シェールはぎょっとして私を抱えた。
「エル、チビの様子がおかし…なんだこの血!?」
おや、服に付いた血とベッドの血は全部ノルディークが魔法で消し去ったと思ったのだけれど、どうやら私の首に少し残っていたらしい。
結構たれたせいかな。
「貴様チビになにした!」
激高するシェールがノルディークを睨むが、そこは年の功というやつか、ノルディークは慌てた様子もなく淡々と告げた。
「すみません。彼女の魔力が高かったので先ほど見せてもらったのですが、少しやりすぎたようで鼻血を出されて」
あの出血の中、鼻血に気がつかれていたっっ。ほんのちょびっとだったし、ほぼ隠してやり過ごせたと思っていたのにっ。
そこは乙女ですからね。恥ずかしいというものなのよ。
「…変態が暴走しただけか…」
シェールがほっと息を吐く。
「ちっけいでしゅっ」
変態とは何事かっ。
私は呆れて緩んだシェールの腕からむにむにと抜け出すと、そのままベッドにダイブしてゴロゴロ転がりながら再びノルディークのお肌…は残念ながらしまわれていた! しかし、めげずにそのお腹の上にぽてりと乗っかった。
ノルディークから滲み出る癒しの魔力で、じんわり癒されていくのがわかる。
「はぁ~、極楽でしゅ」
温泉に浸かっているような気分を味わいながらまったりしている横で、状況が見えていない姉様が淡々と食事の用意をしていた。
「シャナは魔法が使えたのね」
「そのようでしゅよ。いつか姉様の目も治してあげましゅから期待してくだしゃい」
姉様は手を伸ばすと、私の頭をゆっくり撫でてくれる。ほとんど見えてなくても、人の気配はわかるそうで、こういう時姉様は外さず私の頭を撫でてくれる。
美少年に抱かれ、美少女に撫でられて至福のあまり顔がデレデレになりかけたのをはっとして戻した。
危ない、危ない。またシェールに変態呼ばわりされるところだった。
「目が悪いの? 診せてもらってもいい?」
ノルディークがそんな私達のやり取りの中に入ってきたかと思うと、私をお腹に引っ付けたまま姉様の手を取り、少し屈んだ姉様の頬に手を伸ばした。
姉様の頬がほんの少し恥ずかしそうに赤く染まる。
可愛いわぁ~。そして目の保養になる二人の姿に涎が…じゅるっ…。
目を閉じ、魔力を流して何かを探っていたノルディークは、パチリと目を開けるなり頷いて姉様から手を離した。
「うん…。魔法症だね。小さい時か、お腹にいる時に強い魔法を受けたんだと思う。それを吸収しようとしてしまったせいで負担が目にかかったんだ。少しずつ魔力を分解していけば治るよ」
「ホント「それは本当なの!?」?」
私の声にかぶさるようにママンの声が響き、ママンがパタパタと駆け寄ってきた。その後ろには一緒に買い物に行っていたノルディークの使い魔、クラウがおり、ノルディークの姿を見てほっとしたように肩の力を抜いた。
「この子を身籠っているときに魔法攻撃を受けたことがあったのです。そして生まれたこの子は目が不自由で…」
はらはらとママンの目から涙が零れ落ちた。
姉様の目がほとんど見えないことをとても気にしていたのはママン。そのママンにの腕に姉様がそっとつかまり、私はママンのお腹に抱き着いた。だっこちゃんです。
「母様」
励ますように静かに姉様がママンを呼び、私も続きます。
「かーちゃま、姉ちゃまは大丈夫よ。わたちが…ううん、わたちの愛人がにゃんとかしましゅから」
涙ぐむ姉様、涙する母様。感動的な二人の姿は、私の言葉でなぜかピタリと動きを止めた。
「?」
母様のお腹に力が入ったので振り仰ぐと、母様の顔が微妙な表情を浮かべている。
何か悪いものを食べたみたいな顔だ。
「シャナ…愛人って、どこでそんな言葉」
やっと我に返ったらしい兄様がこれまたおかしな表情で尋ねるので、私は母様のお腹にへばりついたままノルディークを指さした。
ちょっと筋肉試されるような体勢でプルプル震えたが、ノルディークを無事指し示した私は、彼と目が合ってにっこり笑いあった。
「愛人一号でしゅ」
母様の目から涙が引っ込み、続いて小さくため息を吐いた母様は、ぽつりとつぶやいた。
「この子の頭も魔法症かしら…」
・・・・・・・
ダメな子扱いされました…ナゼ!?