117話 魂を結べ
「おひょひょひょひょひょひょ~!」
笑ってません! 断じて笑っておりません!
魔王ファルグの胸に手を置き、狼化を施そうとしたら心臓が握りつぶされるかというほどの痛みが走ったのだ。
つまり、今のは驚きの声と痛みの呻きが混ざったものである。
「シャナっ! やめろ!」
同じように胸を抑え、顔をしかめるハーンが私の肩を掴んだが、私はそれを思いきり片手で振り払った。
人命救助は何をおいても優先される。
これは日本人に植え付けられた常識の一つのようなものだ。とはいえ、時と場合による。
まぁ、今は間違いなくその時だろう。
「ぐひょっ・・・ふぅ」
もう自分が怪しすぎる言葉を発していようと知るモノか。とりあえず助けるのだー! と、頭を締め付けるような痛みを堪えて唇を噛みしめると、ジワリと血がにじんだ。
狼化というのは、実は魔狼化よりも難しい。
何しろ死にかけの人の命を繋ぐのだ。
実を言うと私も最初の時にあまりよくわからず使ったので感覚的な説明しかできないが、まず魔狼化というのは主と『力』を共にする。これを前提におき、魔力を分け与え、力や能力を向上させ、さらにその与えた魔力で寿命を延ばす、これが魔狼化だ。
これに必要なのはほとんど魔力。時々根性。
対して狼化は、主と魂を共にする。
体から離れかけた魂を生きている私の魂と結ぶことにより繋ぎ止め、体の状態を主と同じレベルにまで持って行く。
この場合、狼となった者の魔力はそのままで、身体能力等も上がることはない。
どちらも必要なのは力と根性。こう説明すればそれほど違いはなさそうだが、魔狼化には現実的能力が使われ、狼化には精神的能力が使われることで大きく違いが出てくるのだ。
おぉ…、考え出したら余計混乱してきた。
とりあえず魔狼化には魔力を、狼化には魂を必要すると思ってもらって問題ないはず!
問題の魂だが、魂の大きさが小さいと相手を受け切れず破裂して共倒れる。
何しろ死にかけの体の状態を、自分と同じレベルに変化させるのだから、相手を全て飲みこめなくてはならない。
そこへ来て私の魂は、すでにノルディークという魂を取り込んでいる。
ここで小さな箱に入ったノルディークを想像してもらおう。
ノルディークの魂はいろんな能力を有した年季の入った大きな魂なので、もう私の魂に空きスペースはほとんどない。
つまり、箱の中身はノルディークでぎゅうぎゅう詰めなのだ。
そんな場所に魔王という名の、もう一つ巨大な魂を詰め込もうというのだから、無茶にもほどがあるというものだ。
「にゃ・・・にゃせばにゃるぅ~」
半ば自棄だが…。
大体魂が入る場所が一つしかないのがいかんのよ。
二つか三つあればもっと余裕で…。
二つか三つ…。
二つ…。
はたと私は動きを止めた。ひょっとしてと思い、魔王ファルグを見下ろせば、なんと! 青い顔して気を失いかけではないかっっ。
人が頑張ってるのに死ぬ気っっ!?
「ちょっと起きてくだしゃい!」
べちべちファルグの頬を叩くと、周りの者達がぎょっとする。
「起きて死ぬ前にあれをやってくだしゃいっ」
うっすらと目を開き、ファルグは訝しげに私を見つめた。
あれとはなんだ? と聞きたげなので、私は彼の耳に囁いた。
すると、ファルグはにやりと笑みを浮かべ、指先をちょいちょい動かして私に手を握れと唇を動かして告げる。
読唇術は無いけれど、それぐらいの唇の動きは読めるので、言われた通り手を握ると、その瞬間ぐるりと世界が回ったかのような、上下、天地がわからなくなるようなおかしな感覚に見舞われ…。
「「うわっ」」
男達が声を上げ、驚く。ぽんっとシャナの体から『私』が抜け出したのだ。
『これなら行けると思うのよっ!』
ふんっと鼻息荒くこぶしを握って立つ私を、呆然と見上げるヘイムダールとシェール。
「佐奈」
ハーンが低い声で呼びかけるので、私は振り返ってにんまりとほほ笑んだ。
そこにいたのは、スーツ姿のシャナ・リンスター…ならぬ、高木佐奈だ。
『魂を結んでくるわ』
「「…は?」」
状況がわからず、駆け寄ったノルディークとヘイムダールが頓狂な声を上げ、私はそんな彼等に手を振って、思い付きのみで魔王の体の中にダイブした!
_____________
魔王の中身はどこまでも続く水平線と青い空でした・・・・。
「なんじゃそらー」
空に掛けたダジャレじゃないよ。
言ってから自分で「うまいかも…」なんてにんまりと微笑んじゃったけど。
そんなどうでもいいことを考えていると、ふいに声が響いた。
「死にかけの人間の体に入ると抜け出せなくなるぞ」
何もない空間、と思っていたが、声をかけられて振り返れば魔王ファルグが少々若々しい姿で立っていた。
現在の30代後半から40代前半の少し渋みのある顔ではなく、20代の若々しさだ。
私が36歳の姿だというのに小憎たらしいっ。どういう原理なのだこれはっ。
思わずその頬を引っ張った。
「にゃにをしゅる」
「現れるならロマンスグレーのオジサマ風で現れてよね」
それなら今までのハーレム要員にいない感じで萌えるのに。
「・・・で、どうするつもりだ? こんな場所に入ってきて、共に死ぬ気なのか?」
私の手を頬から外させ、ファルグは首を傾げた。
勝手に自殺願望ありみたいな扱いにするのはやめてほしいな。こっちは人命救助で来ているのだ。
私は腕を組むと、彼をぎろりと睨む。
「取り敢えず魂同士を結べば助けられるのよ」
「ほぉ?」
シャナの状態では魂に空きがなかったので考えついたのがこの佐奈の魂だ。
シャナと佐奈の魂は融合しているようでいて、別に存在しているのでは…と考えたのだ。
つまり、どちらも私だけれど、佐奈の魂が抜けると、シャナの魂はシャナの魂として体の中で生命活動を続け、佐奈の魂は佐奈の魂として動けるのではないか? と考えたわけだ。
過去で体が息していたことから思いついたのだ。
元々一つの魂は分裂可能で、さらにその分けられたものの容量は分裂前と同じぐらいになれるとしたら?
チートなのだからそれぐらいの特典があっていいでしょ、というのがここに至る最終判断理由だけど、たぶん間違っていないはず!
佐奈が佐奈として存在でき、なおかつシャナはシャナとして存在し、ノルディークやハーン達と繋がっているのだから、体の中にも魂は残ってると考えるべきだろう。
なんだか難しいことを悶々と考えていると、ファルグは私のスーツの襟首を掴んで引っ張った。
「ぐえぇっ」
何すんだ! とヒールの高い靴でファルグの足を踏んづけると、彼は痛みに顔をしかめながらも、にやりと微笑んでどこまでも続く水平線と空の景色の遠くの方を指さした。
そこには、黒いしみのようなものが見える。
だんだん広がっているようにも見えるが・・・。
「魂を結ぶなら早くした方がいい。あれに飲み込まれれば死だ」
・・・・時間がないらしい。
もうこうなれば小難しいことは頭の隅へ追いやり、今度は魂の結び方について思案する。
「取り敢えず手を繋ぐ?」
むぎゅっと強引に繋いでみるが何の効果もない。
「何をしてる?」
「魂の結び方を考えてるのよ! ちょっとは協力して!」
「ふむ…」
ファルグは焦る私を見つめて思案した後、手を繋いであーでもないこーでもないと呟く私のその手を思い切り引っ張った。
「ぶっ」
バランスを崩してファルグの胸に低い鼻をぶつけたっ。
顔がさらに潰れたらどうしてくれる! と抗議の視線でファルグを睨めば、彼は再びにやりと笑みを浮かべた。
ただし、今回のニヤリはなんだか凶悪な感じが…。
「手っ取り早く結べばよい」
頭の中では私とファルグがひも状になって結ばれる想像しか浮かびませんが…。
なぜだか冷や汗がだらだらと流れる。
「ちなみにどうやって…?」
「深く繋がるのだろう?」
息子と同じで色気を振りまかないでくださいな!
だんだん彼の顔が近づき、だらだらと流れる冷や汗はやがて滝のように噴出し…そして…。
まぁ、人には言えない方法で繋がりましたよ。
こういっちゃなんですが佐奈は奥手なの!
乙女なの!
親子二代で襲うんじゃない!
がっつりがっぷりここぞとばかりに喰われました。
しかし…当初の目的は果たしたようです。
何が起きたかはゴソーゾーにお任せします。えぇ、お任せします!
その頃の皆は…
ノルさん「ものすごく嫌な予感がしますね…」
突然背後から発せられた冷気に、魔王治療中のヘイン君がぞくっと身を震わせる。
シェール「たぶんそれ、間違いじゃないと思う」
ノルさん「・・・・」
ハーン 「魔狼は感情が繋がることがあるからな」
ノルさん「ほぉ・・・・。では、帰ってきたらお仕置きですね」
ヘイン君(人命救助してもお仕置きなのか…)
ちょっとだけシャナに同情するヘイン君なのでした。
補足:
本編説明文ではわかりづらかったと思うので、不知火螢様によるわかりやすい説明でシャナと佐奈の状態をお知らせいたします。
・シャナ(身体) にはシャナ(魂)と佐奈(魂)が共存、通常は融合しているけど分断可能
・シャナ(魂)と佐奈(魂)は容量が同じ
・シャナ(身体)はシャナ(魂)が機能維持担当(呼吸とか)しており、佐奈(魂)が活動担当(実際に身体を動かす)、その為佐奈(魂)が居ないとシャナ(身体)は動かないけどシャナ(魂)が居るから生きてる
・シャナ(魂)はノルディークで容量一杯
・佐奈(魂)なら容量空いてるからファルグはコッチに容れよう
という感じです。
わかりやすい説明ありがとうございました。不知火螢様。




