10話 君の名は!
「いつ目が覚めましゅかねぇ~」
ワクワクしながらベッドの脇でぴょいこらぴょいこら跳び上がり、その度にベッドに手をついてベッドをキシキシ言わせるので、共にいた兄様に目でやめなさいと訴えられました。
私は少しだけしゅんとしょげた後、はっとしてベッドによじよじとよじ上ります。
大人用ベッドはまだ私には大きいので一苦労だけど、これも美少年を起こすための苦労と思えばなんてことないわっっ。
「シャナ? 何をする気? 起こしてしまうからやめなさい」
兄様に止められましたが、そこはスルーの方向で。
「古今東西、美少年のお目覚めは魔法使いのちゅうで起きるモノなのでしゅー」
ん? お姫様のキスでしたっけね? まぁ、些細なことは気にしない。
いざっ! マイファーストキスを美少年に捧ぐ~
ピタッと小さな手で美少年の頬を挟み、むちゅううううぅぅぅ~っとムードもへったくれもなく唇を尖らせて吸い付こう…いやいや、チュッとキスしようとした瞬間、美少年の目がパチッと開いた。
まぁ、なんて綺麗なアイスブルーの瞳。
互いのまつ毛がくっつきそうなほど近い距離でそんな感想を持った私を見つめ、美少年ははっと我に返って飛び起きました。
「のふぉっ」
おかげさまで私は後ろにのけぞり、そのまま器用に一回転。
危うくベッドから転げ落ちかけて兄様に抱きとめられ、床に落ちるという事態は避けられたようだ。
「にーしゃまありがとう」
「何をしようとしていたのか気になるところだけど…。まぁいいや」
私を咎めるように見る兄様に私はにこっと笑って誤魔化す。
3歳の子供ですから。邪な考えはこれっぽっちも持っておりませんよ~(内心邪だらけ)
兄様は身だしなみを整え、目をぱちくりさせる美少年に向き合った。
「目が覚めてよかった。ここはヘルゼール領リンスターの屋敷です。僕はエルネスト・リンスター。うちのシャナ、この子があなたを見つけて連れてきたのですが、覚えておいでですか?」
美少年は兄様の大人びてしっかりした問いかけに、まるでお爺ちゃんのような雰囲気の笑顔を浮かべ、大きく息を吐き出した。
「アルバートの…。いえ、アルバート様のお子様でしたか」
「父を存じてましたか」
「はい」
氷を何層にも重ねると現れるアイスブルー。美しいその色の瞳がこちらを向き、見つめられて胸がキュンキュンしちゃいますっ。
美少年はいいねぇ。兄様も美少年だから大好きだけど、こちらの少年はどこか老成した印象を受けるギャップがあってまた…
身悶えしたいところを堪え、目は素早く美少年の身体チェック、じゃなくて健康チェックね、健康チェック。
ちょっと細身ね~。
鎖骨のくぼみがキュートなのは高ポイント。
顔立ちは間違いなく美少年だから、将来有望…ん? まてよ? 塔の元主だから歳も見た目と違うはず。
と、いうことは…
きらぴ~んっと目が輝きます。
「シャナ・リンシュターでしゅ。美少年もよろしいでしゅけど、できればおとにゃのしゅがたがモガっ」
話の途中で口を塞がれ、白昼堂々の美少女誘拐会!と後ろを振り向けば、なんと!
「ぶばーる!」
「・・・既に手は外しているのにいい度胸だなシャナ」
おや? ペタペタと顔に触れれば、確かに手は外れていました。
頑張って口を塞がれている設定で名を呼んだのに・・・て、わざとだけどね。
私の背後に立っていたのは、儚げ美人な姉様を引き連れた宿敵、シェール・ヘイム・パルティアことクソガキですっ。この私から姉さまを奪おうという婚約者(仮)!
兄様と同い年の11歳なので、ガキから少年にレベルアップでだけど、いくら赤い髪が見事な青い瞳の将来有望株な美少年だからと言っても、彼は私のハーレム要員にはならんのよっ。
姉さまを狙う男は敵! 私のお眼鏡に適う男じゃなきゃ私の姉様は奪わせないわーっ
「がるるるるるる~」
唸って威嚇していると、それを無視してシェールはベッドの上の美少年に向き直った。
その視線は父親であるおっさんことヘイム公爵に似てきて、子供ながらに威圧的だ。
「僕はシェール・ヘイム・パルティア。こちらの令嬢の婚約者だ」
チラリと姉様を目で示したので、私はその視線を邪魔するように姉様に飛びつき、姉様を驚かせながらも視線ブロックに努めます。
ファイアーウォールシャナとお呼びいただこう。
「(仮)の婚約者でしゅからね! 仮に姉しゃまが売れ残ってしまった時のあんじぇんパイでしゅからっ」
「次期公爵にいい度胸だな」
うぉぉぉぉっ、子供のくせにアイアンクローをかましてきたよ! どこで覚えたその技!
私とシェールがバタバタやっていると、ベッドの上の美少年がくすくすと笑いだし、私達はピタッと動きを止めた。
「あ、ごめんね。とても平和な光景で、久しぶりだからなんだか懐かしくて」
塔の住人の記憶がある私にはわかる。彼のみならず、塔の住人は皆塔に閉じ込められるような生活送らざるをえないため、どんなに薙いだ心を持っているように見えても、本当は人恋しいし寂しいのだ。
次に引き籠るのは私の番だけど、それはマイハーレムを作って寂しさとは無縁になってからだから、もう少し先の予定。
と、いうことで…
姉様から離れ、よじよじベッドに再び上ると、美少年にビタッと張り付いた。
「これからは人並みのせいかちゅが送れましゅ。それでもさびちいならいつでもわたちが温めて上げましゅよ」
できれば大人の姿のあなたを温めて上げたいわ。なんて思ったりして…むふふふふふっ
どさくさに紛れて美少年の胸に頬をぐりぐりすりすり押し付けていると、首根っこを掴まれ、べりっとはがされました!
あぁっ! 私の心のオアシスが!
「いつも思うが、お前のくっつき方は何か違う気がするんだよ」
おのれシェール、ここでも邪魔するとはっ
ギラリと睨むが、彼は私の首根っこを掴んで美少年から引き離したまま尋ねた。
「名前は?」
美少年が笑いを止め、ふわりと微笑んで答えます。
「僕の名はノルディーク。ノルディーク・セレンディアだよ。よろしくね」
シェールの眉がちょいっと跳ね上がり、兄様もおや?という顔をする。何かおかしいだろうかと見つめていれば、シェールが呆れたように告げた。
「お前の両親はよほどの守護塔ファンだな。白の塔の守護者の名前をそっくり付けるなんて」
ノルディークはそうだねと笑い、私はむふ~んと少し勝ち誇ったような、ほくそ笑むというのがふさわしいような、そんな笑みを浮かべた。
本人ですからね~
と心で暴露した。もちろん秘密だけどね。




