観測者達
先程入ってきた駆け込みの客と、部下の瀬尾が顔見知りである事は把握できた。
この便利屋を経営する巽にとって、それは気に止めておかなくてはならない要素だ。あの客の依頼を受ける事になるならば、特に。どの人員を当てるかは依頼内容にもよるが、瀬尾と親密ならば彼に一任すれば円滑にいく点も多く出てくるかもしれない。あくまでも、親密ならばの話だが。
戸口でのやり取りを見ていたが、どうも良い関係では無い雰囲気だったのが気にかかる。
万事上手く行く様祈るしかないし、今は現在打ち合わせ中の自分の仕事を優先に考えなればならない。
―はずなのだが。
仕事の相方である目の前の男の意識は、背後の応接にある様だ。
「気になるか」
巽が短く問うと、引きつったぎこちない笑顔が返ってきた。
幼馴染みのこの男は、基本的な部分は幼い頃から一切変わっていない。何時だって自分の事より他人を気にかけている。よく言えば優しく、悪く言えば重度のお人好しなのだ。
鮮やかな赤い長髪を揺らしながら、美和が焦った様に弁解する。
「い、いや、なんだか訳ありと言う感じが気になってしまって」
世話を焼きたがる性分の彼が、後輩の瀬尾を気にかけるのは自然な事だろう。別にそれを咎め立てするつもりは無いが、美和が首を突っ込みすぎてしまうのは阻止したい所だ。過去にそれが原因で余計に事態がややこしくなったり、周囲が迷惑を被った事もあった。親切が有り難迷惑にならない様止めるのも、友人であり上司である自分の務めだと巽は自負している。渋々、と言った具合ではあるが。
「昔付き合っていたけど何らかの理由で別れた…とかだったらどうしますか。それが尾を引いて気まずい雰囲気なんじゃ無いですかね?青春の苦い想い出がふつふつと蘇って悶々としたりして…」
「…二人とも、男だぞ」
美和はどうしても二人の過去が気になるらしく、虚空を見つめては眉間に皺を寄せて思案している。打ち合わせに全く身が入っていない様子に、巽は辟易するばかりだ。こうなってしまった美和は、もう、使いものにならない。あの訳あり風の若人二人の―あるかないかわからない―問題を解決するまでは仕事など手につかないだろう。
何が起こるのか全く想像はつかないが、ひっかき回されるであろう若者達には憐憫の情を抱かざるをえない。単にお互いが気にくわない程度の事ならば、他人にどうしようもない事で無理に仲良くなる必要はないのだ。それでも美和は、二人の仲を取り持とうと躍起になるだろう。はた迷惑な話である。人間誰しも得手不得手があるものだと言うのに。
巽がため息混じりに一人で仕事の計画を立てていると、応接の二人が立ち上がった。二人の様子から察するに、依頼は成立した様だった。已然として固い雰囲気で、やはり親しい友人と言う感じでは無いらしい。
客を見送った瀬尾が自席に戻ると、美和はすかさず探りを入れる。
「今の方、お知り合いの様でしたが、どんな事を依頼しにいらしたのですか?」
鼻息荒く詰め寄る上司に、瀬尾は顔を引きつらせて仰け反った。この憐れな青年が働き始めた頃から、お節介な上司を苦手としている事を思うと気の毒で仕方がない。事あるごとに要らぬ世話まで焼かれ、子供扱いしないでくれと抗議する姿を幾度と無く見てきた。好かない友人との仲を仲裁しよう等と言うのは、彼にとって鬱陶しい事この上ないだろう。
赤い男はそんな事など露程も気にせず、人類皆兄弟よろしく二人を仲直りさせようと方策を練っている。そう、彼の中でこれは復縁話なのだ。
真実から当たらずとも遠からじその思惑は、はたから見れば全く理解の範疇にない。
男同士の恋愛関係と言うのは、中々想定しない。女性を取り合って仲違いしたと言うならまだわかるが、そこの所が巽には全く理解が出来ない。
「ただの同級生ッス。家事の代行の依頼です」
瀬尾は迷惑そうにしながらも、手短に答えて依頼関係の書類をまとめにかかった。美和は真面目に仕事をする部下になおもにじりより、電光石火の問いかける。そんな幼馴染みの姿を流石に見兼ねた巽は、首根っこを掴んで自分の席の前へ引きずっていった。
不機嫌にねめつけてくる視線の前に書類を突き出し、宿題と称して押し付ける。こうすれば流石に美和も引き下がるし、周囲の被害を抑えられる。
何よりも事務所の所長として、瀬尾の状況を把握するのに二人で話がしたかった。体の良い人払いなのだ。
そんな事を知ってか知らずか、赤い男は書類を受けとると頭を抱えて帰り支度を始めた。
ようやく騒がしい上司から解放された瀬尾は、黙々と作業を続ける。