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臆病者の恋  作者: 苑生
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視線の邂逅

藤田は逃げ出したい気持ちを必死にこらえながら、扉に体を預けうつ向いていた。閉じた瞳の奥に広がる暗闇の中、ガラス越しにうっすらと感じる仄かな明かりは頼りない。瀬尾の微かな息づかいに、祈るように耳を澄ましていた。動く気配の無い様子に、次第に本当にそこに存在するのかすら疑わしく思えてくる。


「瀬尾…?」


押し潰されそうな空気に耐え兼ね、思わず発した声は震えていた。二人を隔てる扉はそのか細い声すら遮るように、堅く閉ざされたままだ。先程までの事ももしかすると、夢を見ていたのではないか。そんな思いが襲いかかる。

埒のあかない状況に、意を決して藤田はドアノブに手をかけた。冷えきった金属の感触に一瞬怯んだが、間をおいてゆっくりと回す。緩慢に響いたカチャリと言う音に、ようやく扉の向こうの空気が動いた。押し開こうとした扉は、向こうから押さえられ再びすりガラス越しに距離が接近する。

はっきりと相手が見える訳でもないのに、なぜだか目が合っていると藤田は確信していた。再会してから初めて交わす視線に、状況も忘れて胸が高鳴っている。


ふと、高校時代の瀬尾の楽しそうな笑顔が蘇ってきて目を細めた。穏やかな、何かを悟ったような表情で、藤田はガラスにぼんやりと映る瀬尾を見つめている。


「無理だ」


今度はしっかりとした声で、きっぱりとそう言った。言葉に反して否定的な感情や、悲観を感じさせない優しい声音が波紋のように広がっていく。表情は分からないが、瀬尾はたじろいでいるようだ。

発言の真意を伝えるべく、藤田は言葉を続ける。


「未来とか常識とか世間体とか、いくら考えても俺は瀬尾を諦められない。大分時間はかかったけど、やっと今分かった」


ドアノブを押す手に力を込め、ゆっくりと押し開く。向こうから押し返されることはもうなくて、開いた扉の先にはひどく辛そうな顔の瀬尾が立っていた。噛み締めた唇から、少し血がにじんでいる。

藤田は困ったように肩をすくめて笑って見せると、ためらいがちに瀬尾の手に触れた。

一呼吸おいて、ずっと言えずにいた言葉を囁く。


「好きだよ、瀬尾」


水を打ったような静寂が一瞬訪れ、眉を寄せる瀬尾の表情が目に飛び込んだ。苦しげな様子に声を掛けようとしたが、急に体の自由が効かなくなり叶わない。焦がれた相手に抱き締めれているのだと、そう認識するまで少し時間がかかった。突然の出来事に停止する思考とは対照的に、体にはじんわりと温もりが伝わってくる。

力強く抱き締められ破裂しそうに心臓が暴れだすと同時に、懐かしい匂いに包まれ安堵の情が湧き上がってくる。緊張と安心感と言う真逆の感情が胸中に渦巻き混乱しながらも、藤田は自然と瀬尾の背に手を回して抱き返していた。

夢のような至福の時を噛み締めていると、頭上から瀬尾の声が降ってきた。


「…自分可愛さにお前から逃げたんだぞ、俺は」


さっきわずかに見えた表情を思い出させる声に、藤田の胸は締め付けられた。

未だに踏み出すことを恐れる瀬尾を勇気づけるように抱き締める腕にそっと力を込める。びくりと強張る体を優しく撫でると、瀬尾の体から少し離れ両の手でやんわりと包み込む形で頬に触れた。見上げる瀬尾の表情は如実に困惑を示し、ついと目を逸らしてしまう。苦笑しながらも藤田は優しく瀬尾に語りかけた。


「俺だって、逃げたよ。あの後君を遠ざけることで全て忘れようとしていた…でも無理なんだ」


ゆっくりと藤田に注がれる視線は、藤田のものとかち合って二人の間に熱を生む。お互い外せなくなって、徐々に温度が増して行くようだ。



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